三治、魔法士官学校に入学
三治、入学する
「......報告は以上です」
背筋を伸ばして書類を提出する。だれの字なのか分からないように魔法で筆跡を変えて書いた数頁の報告書は、活字のように整った仕上がりだ。
「ご苦労様でした」
2人きりの暗い部屋の中、受け取ったその手の袖口に「証」の紐がのぞいた。一蓮托生の証。夕暮れの色。
じっとその報告書を読む様子を見ながら、自らの「証」に触れた。もう逃げられない事を示す夕暮れの色の「証」は、まるでこの場所に縛り付けられているように思える。
「よろしい。退出しなさい」
許可が降りて、ホッと胸を撫で下ろしながら部屋を出ようとする。「ああ」と何かを思い出したような声が背後から聞こえたので振り返る。
「今年も抜かりなく」
***
「三治、早く食わないと弁当が痛むぞ」
列車は汽笛を鳴らしてトンネルへ差し掛かる。
澤山三治は正面に座る幼馴染の紀上吉継に膝を小突かれて顔を上げた。
「もうそんなに熱心に勉強する必要もないじゃないか。お前はもう魔法士官学校の入学試験に合格したんだぞ」
「何を言う。士官学校での生活はこれからだ。入学試験など、魔法将校への道の通過点に過ぎん」
三治は再び教科書に目線を戻す。
「......この場合の魔法式は、魔力元素の出力先との距離を1.5倍に延長し、気象条件に合わせた計算方法で......んがッ」
吉継は呆れたようにため息をついて、三治の弁当から出したおにぎりを三治の口の中に突っ込んだ。
「お母上が魔法界なんぞという片田舎に行くご子息のために作ってくれた弁当だろうが。ありがたく食え」
しつこく昼食を勧められた三治は仕方なく弁当を口にする。無理やり突っ込まれたおにぎりを飲み込んでから、いそいそと鞄から昼食を取り出す吉継を眺めた。
緑色の詰襟に、所属部隊を示す赤い肩章。金刺繍に縁取られた華やかな魔法士官学校の軍服に身を包む吉継の胸には、士官学校の2年生を示す赤い学年章のほか、彼がこの1年間で残した華々しい戦績を讃える曹長の勲章が取り付けられている。
「大体、なぜお前がわざわざうちまで迎えにきた? 入学式の時間は当然把握済みだ。士官学校の場所だって分かっている」
三治は、決意を新たに自宅を出たその一歩目に、この幼馴染の男が箒を持ってニコニコと突っ立っていたことで完全に出鼻をくじかれていた。
戸惑う三治に構うことなく帝都発魔法界行きの列車に同乗してきた吉継に、一体なんの目的があったのか。三治には理解できずにいた。
三治の問いかけに、吉継は鞄をあさる手を止めて顔を上げた。ニヤリと笑った吉継は、三治に顔を近づけて、黒い革手袋で覆われた人差し指をピンと突きつける。
「......断言するよ、三治。お前は今日の入学式から2週間のあいだに4回モメる」
「は?」
唐突に予言めいたことを言い出した吉継は、足を組んで車窓に頬杖をつき、目を細めて三治を見た。
「何をいう。俺がそんな揉め事をおこすものか」
三治は短い眉の下の鋭い目を更に鋭くして吉継を見た。この目つきが誤解を招くのだ、とよく言われるが、生まれ持った顔つきはどうすることもできない。
「お前のお母上からの情報によると、まず陸軍幼年学校の1年目の春。お前は首席入学なのに1番体が小さかったからという理由でバカにしてきた同級生の鼻を骨折させたそうだな」
「そ、それは。仕方なかろう。陸軍幼年学校で同級生から侮られたら終わりだ」
「そして同じく1年の春。お前はあろうことか3年生の集団と3対1の大喧嘩になり、上級生3名を訓練用プールに突き落とした」
「それも致し方あるまい。上級生たちが目をつけた下級生たちに暴力を振るうので、皆が迷惑していたのだ。俺は注意をしに行ったまで」
三治の弁解に、吉継は肩をすくめる。事実を述べているだけなのだが、どうにも彼の理解を得ることはできなかったらしい。
「いいか三治。魔法士官学校の中で、お前以外に『非魔法使い』は1人もいない。異例中の異例のお前を好奇の目で見てくる奴とか、冷やかしてくる奴の巣窟と思ったほうがいい」
「それは......」
「そんな中でだ。お前みたいにすぐ他人と衝突する奴が、大人しく優等生をやれるとは到底思えない。澤山大佐殿も心配しておられたぞ? お前が魔法軍に行ってしまったら、陸軍の監視下で見守れないって」
「父が?」
「それでも、お前が帝国軍の頂点である魔法将校を目指したいって言うなら止められないってさ。だからせめて、ご立派なお父上を心配させないように過ごせよな」
「そ、そんなことは分かっている......」
三治の声はどんどん小さくなる。
吉継はそんな三治をじっと見つめてからニコリと笑い、鞄の底に入れていた飯盒を取り出す。中には大量のおでんが詰め込まれていた。
「列車内でおでんを食うな」
「仕方ないだろう。あのおでん屋さんはお前ん家の近くにしかないんだから。あそこで買って帰りの列車で食うしか方法がない。まさか箒の上では食えないからな」
他の弁当なら幾らでも選択肢があったはずだが、と言いたくなるが、面倒だったのでやめた。
列車はトンネルを抜ける。湖の上の高架を進んでいくと、遠くに高い山が見えた。その頂上は拓けていて、円柱状の高い塔を囲うように要塞のような重厚な作りの建物が構えられていた。
「おっ、見えてきたぞ、魔法士官学校」
三治は夢にまで見た場所を自分の目で見た感動に息を呑む。
「あれが......」
「案外ボロっちいだろう。隙間風と雨漏りが酷くてな。厠なんか外で済ませた方がマシなほどだ。後で立ち小便の好適地を教えてやる」
真正面から夢が壊れる最悪の情報を投げかけられつつ、三治は教科書を抱きしめた。
列車は終着駅である魔法士官学校に到着した。魔法界の更に1番山奥にあるこの駅で降りる者は皆、この士官学校で学ぶ士官候補生である。
三治は、作ったばかりでまだ布地が硬い軍服の襟を正して大きな荷物を持ち、駅に降り立った。
「新入学の士官候補生は入学式の手続きへ。終わり次第大講堂へ移動せよ」
三治と同じ新入生たちは、指導教官の指示に従い列をなしている。
一足遅れて降りてきた吉継は、名残惜しそうに飯盒の底に残ったおでんの汁を飲み干した。
「三治はそっちの列だな。俺は新入生を迎える側だから、先に講堂へ行っている」
「ああ。では、また後で」
吉継はヒラヒラと手を振って講堂へ向かう。
新入生の列の中にいる女子候補生たちが、異様に整った顔をしている吉継を見て興奮したようにキャアキャアと喚く。吉継も手慣れたように笑顔を振りまいて颯爽と歩いていくが、あの男がその辺で立ち小便をしているような奴だとは誰も思うまい。
三治は入学手続きを済ませて、大講堂の前に張り出されている配属表を確認した。
この魔法士官学校には「青龍」「朱雀」「白虎」「玄武」の四つの部隊があり、それぞれの部隊ごとに割り当てられた寮で生活する。
新入生でごった返す配属表を離れた位置から確認すると、三治は「朱雀隊」に配属されていた。確か吉継も朱雀隊のはずだ。
三治は配属表の前の人混みを抜けて、大講堂の入り口へと向かう。
赤煉瓦を積み重ねた重厚な造りの建物に近づいてみると、吉継が言っていた通り、外壁は劣化して所々にヒビが入っていた。
三治はその歴史を感じる壁に触れかけて手をとめた。どこかの誰かが立ち小便を引っ掛けた可能性を捨てきれなかったからである。
大講堂の中には舞台を中心に階段状の座席が並ぶ。2階席まであるこの大講堂は、4学年1500人ほどの士官候補生を全員収容できる大きさがある。
朱雀隊1年生の座席は前方右側にあった。最前列から9番目。座席に貼られた名札に目が止まる。
「魔法軍朱雀隊1年、澤山三治......軍曹」
小さな声で読み上げてみると、思っていた以上に三治の心は躍った。
この世界において、人間は「魔法使い」か「非魔法使い」かの2つに分かれる。
そして魔法使いたちによって構成された「魔法軍」は、実質的にこの帝国軍の頂点であり、多くの軍事決定を担う国防の最前線である。
この魔法軍の将校として国防の一端を担うことは、軍人としても、魔法使いとしてもこの上ない栄誉であり、憧れなのである。
本来であれば、非魔法使いである三治は魔法軍の門戸を叩くこと自体許されない立場であるが、20年以上前に外国から伝来した「演算魔法」がそれを可能にした。
魔法使いたちが杖を振ることで発現させる魔法陣をノートに描いた魔法陣で再現し、詠唱によって発動先や威力を指示する魔法式を手動の演算で出力する「演算魔法」。使いこなせば理論上は魔法使いと対等に渡り合える戦力となるものである。
──理論上は。
現実的には実戦の場において、詠唱ひとつで魔法を発動できる魔法使いに対し、咄嗟に魔法式を計算して魔法陣に記入するという過程をもって魔法を発動する戦い方は圧倒的に不利である。
しかし、そんな常識を覆したのが、非魔法使いとして初めて魔法士官学校に合格した澤山三治という男であった。
物心ついた頃から絵を描いて過ごし、計算の楽しさにのめり込んだ三治が、魔法陣を模写して遊び、魔法式の計算を次々と覚えていったのは自然なことだった。
いつしか三治の手描きの魔法陣は正確な魔法を発動するのに十分な緻密さになり、暗算の早さを活かして計算する魔法式は、魔法使いが魔法の詠唱を終わらせるよりも早く攻撃を繰り出すことが可能なまでに至っていた。
そして本年度、並み居る魔法使いたちの中に混じって受験した魔法士官学校入学試験において、三治は全ての科目において1番の成績をおさめ、首席として合格を果たした。
この名札は、そんな三治の努力の結果を裏付ける証なのである。
三治は自分のために用意された新入生の座席に座り、早速魔法陣の描画練習を始めた。
生来の魔法使いの中で、たった1人だけの非魔法使いである三治が渡り合うためには人並み以上の努力を続けなければならない。
「失敬、前を通る」
コツコツと硬い軍靴の足音が、三治の真横に近寄ってきた。
三治は、まさかそれが入学から2週間のあいだの1回目のモメ事の合図であるとは、この時は思いもしていなかったのである。