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トカゲやカエルに抵抗のないわたしは、水竜様を手に乗せるのも平気だった。乗せると、やっぱり肌触りは爬虫類に近い気がする。水気をはらってしまうと、存外さらりと乾いた感触だった。
仮にも「ドラゴン」を爬虫類といっていいかは分からないけれど、見た目に近いのは爬虫類なので仕方がない。そういえば、触った感触はちょっと蛇に近いかもしれない。
蛇も、毒がない蛇ならわりと平気で掴める。村の女友達は「信じられない」と顔を引きつらせるけれど、なにしろ果樹園を営んでいるのだ。トカゲやカエルをいちいち怖がっていたら仕事にならない。
まぁ、つまりは慣れだ。ムカデなんかはちょっと苦手だけれど。
わたしの両の手に乗っている「水竜」は、トカゲと栗鼠を足したみたいな見た目だ。背中に生えてる鱗は魚のような生臭さやぬめりはなくて、薄い石英みたい。よくみれば、頭にちっちゃい角みたいなのが二本生えてる。たん瘤っぽくて、角だとは思わなかった......けど、たぶん角なんだろう。尻尾の部分が一番トカゲみたいだ。長くて、つやつやと光る青緑色だ。体色は頭の方は茶系だけれど、下にいくにつれて青緑っぽくなっている。お腹は白っぽい。
それにしても、やはり最初に見た時より、明らかに大きくなっている。満腹で「膨らんだ」という風ではない。
不思議だな、と思って眺めていると、水竜様は、わたしの手の上でぶるんっと体を震わせた。すると、さっきまでなかったはずの翼が背中に現れた。具合を確かめるように、水竜様はぱたぱたと翼を動かしてみる。
わたしは思わず「わあっ」と声をあげてしまった。
一気に「ドラゴン」感があがった!
翼の形状は蝙蝠っぽい。
翼竜なんだなぁと、内心で感動していた。
蝙蝠のようだけど、蝙蝠の翼とは違って黒くなく、青みがかった色で、鱗はなく、日に透けるように薄い。きれいだけど、これで本当に飛べるのかって思ってしまうくらい、華奢で骨細な翼だ。その翼は、どうやらたたんでしまっておけるらしい。
そういえば、神獣ドラゴン様とはつゆ知らず、うっかり気安い口調で話しかけてしまったけれど、あまり気にしていないみたいだ。わたしの手の上で、ドラゴン様は寛いだ様子で座っている。
かわいいなぁ、と思っても、それは口にしない。
ふと、水竜様がわたしを見上げた。
「おお、そうじゃ、娘よ。名前を聞いておらなんだ。そちの名は、なんという」
「え? ああ、わたしは、ミルカと言います」
「ミルカか。良い名じゃな」
「ありがとうございます。......えぇっと、水竜様......あなたのお名前を窺っても?」
ドラゴンに固有の名前があるのだろうか。疑問に思ったけれど、とりあえず尋ねてみた。けれど、水竜様は教えてくれなかった。
「容易く名を明かすわけにはいかぬ」
「そうですか......」
水竜様はつっけんどんにそう言ったけれど、気のせいか、ちょっとすまなそうな声音にも聞こえた。
名を明かせぬ理由を長々説明されても困るので、しつこく尋ねたりはしなかった。
「えぇっと、それじゃぁ、水竜様とお呼びした方がいいんでしょうか?」
「それでもかまわぬが、種族で呼ばれるのは、奇妙な具合だな......」
「なるほど......」
たしかに、わたしもニンゲンと呼ばれたら、奇妙に感じるかもしれない。
「......では、わたしが仮の名前をつけてもいいですか?」
お呼びするのに「名」がないのは不便だ。提案すると、水竜様は「よかろう」と肯諾してくれた。
「それじゃぁ......セーレ......セレ様というのはどうでしょう?」
ぱっと思いついた名だったけれど、我ながら良い名づけなんじゃないかなと思う。
「セーレ......この地の古語で、青という意味だったか?」
「はい」
さすが、水竜様。ご存じなんですねと笑うと、水竜様......セレ様は「当然じゃ」と、ちょっと自慢気に鼻を鳴らした。
気に入っていただけたようで、何よりだ。
「では、セレ様とお呼びしますね」
「うむ、あい分かった」
そうこう話しているうちに、我が家に辿り着いた。
神獣と崇められるドラゴンを保護......お迎えしたものの、我が家は白亜の宮殿でもなければ煉瓦造りの重厚な神殿でもない。
地味な木造建築で、土壁には母が織ったタペストリーがいくつか掛かっている。余りものの毛で織ったものだからサイズも小さいし、古びているし、色も少なく凝った絵が描かれているわけでもない。足元に敷かれているマットも同様だ。
セレ様はお世辞なのかどうなのか、「良き家だな」と言ってくれて、ともあれわたしはほっとした。
ひとまずセレ様を台所のテーブルに置いてから、わたしは大急ぎで汚れた服を着替えにいった。なにしろ尻もちをついてしまったから、泥まみれだ。
それからすぐにお菓子を用意して、ついでに林檎酒も引っ張り出してきた。
「ええっと......セレ様、お酒は飲めますか?」
「むろん、飲めるぞ。......それは、果実酒か?」
「はい。うちの果樹園で採れた林檎で作ってるんですよ」
なるたけ小さなグラスを用意して、そこに林檎酒を注いだ。
現在行商に出ていて留守にしている兄の秘蔵のお酒だけど、ちょっとくらい減っても構わないだろう。ほかに、柘榴や山桃、杏酒もある。すべてわたしと兄が造ったものだ。
「お菓子も用意したので、どうぞ」
「うむ、ありがたく」
小さくカットしたビスケットに、林檎と柘榴のジャムをつけて、小皿に並べた。セレ様はためらいなくそれを口に運んでいく。カリカリと音を立てて、じつに美味しそうに食べてくれるので、見ているこちらまでいい気分だ。
「素朴な味だが、実に美味い! 風味もよいし、歯ごたえも面白い。かたいのに、噛んだ後はとろけるような不思議な食感だな。ジャムは、林檎と......?」
「柘榴です。林檎と合うんですよ」
林檎と柘榴のジャムは売り物にもしていて、幸いなことに村でも人気がある。うちの定番商品のひとつだ。
「ほう。酸味がほどよいな。もうちょっと甘くても良いが」
セレ様は、なんとも器用に両手(前脚というべきか)でグラスを抱え、グラス一杯に注がれた林檎酒を一気に飲み干した。とってもいい飲みっぷりだ。
「美味いっ! 美味いのう! まっこと、これまた得難い美酒じゃ!」
「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど、ちょっと大袈裟ですよ、セレ様」
さすがに褒めすぎですよ、と照れ笑いしながらグラスにおかわりを注いだ。
水竜様はまるで水を飲むがごとくに、グラスを空にする。
ぷはぁっと息を吐いてから、水竜様は「大袈裟ではないぞ」と言葉を続けた。
「吾等水竜の一族は、酒にちょっと煩いのじゃ。吾等も酒を造るが、どうにも甘味が足りなくてのう......。チカラはつくのじゃが味気ない。むろん、極上の酒には違いないぞ? なにしろ吾等の竜気が入っておるのじゃからな」
「なるほど......」
と、曖昧に相槌を打つ。
薬膳酒みたいなものなのだろうか? 薬膳酒は、滋養はあるけど風味が独特なものも多い。
というか、ドラゴンもお酒をつくるんだ? どうやって作るんだろう? 何を原材料にしているんだろう?
「人間が造った酒も過去に幾度か吞む機会はあったが、これほどの美酒は初めてじゃ。甘味の加減も吾の好みじゃ。林檎の風味も爽やかで、香りも良い。口当たりもよいし、後味の甘酸っぱさが絶妙じゃ!」
絶佳の酒だと、水竜様は褒めちぎってくれる。
褒められるのは嬉しいけど、なんともこそばゆい。
そりゃぁ、ここ数年で一番の出来だと思ってるし、それゆえに兄は秘蔵の酒として棚に残しておいたわけだけど。
こうまで褒められると、さすがに照れくさい。