54.芸人じゃねぇよ!
でっかいケルベロスが尻尾をフリフリ、デチデチと歩く背中で、なんとなく気まずい空気が流れていた。
旅立つことを決めて足を踏み出したはいいものの、心の整理はすぐにはつかないウルラート。いつ、隠していることを糾弾されるかと微妙な緊張感を漂わせるグラナート。ウルラートにどう声をかけようかと一言一言に気を使うピスティ。フィリテはなんとなく居心地が悪い。4者4様になんとなく気まずかった。
そしてポチコロタマは、背中の沈黙をまったく気にすることなく、わふんわふんと小走りで進んでいる。尻尾が最後尾でブンブン揺れている。
村がどんどん離れていく。
「............よく、剣を取れたな」
振り返らないウルラートに、グラナートが声をかけた。
村に残る、そうウルラートが言い出してもおかしくないとグラナートは思っていた。そうした時、自分はどうするべきだろうか、と。響魔として。魔王として。神魔大戦を知るものとして。
だが、それは杞憂だった。
ウルラートは剣を取った。自分でそれを決めて、自分の足で村を出た。
「勇者の剣は、皆の希望の象徴だって思い知ったから」
勇者の剣を携えて天使と戦った時。勇者の剣が村の住人たちの目に映った時。
自分を育ててくれたエルフたちの目が変わった。
勇者の剣を通して、ウルラートを見る目が変わった。
それは紛れもなく、希望を見つけた目だった。
「俺があそこで、勇者の剣を捨てたらダメだと思った」
勇者の剣なんかいらない。そもそも、剣そのものがいらない。でも、ウルラートが剣を持たないことを知っている村の住人たちでさえ、ウルラートがその剣を振るったら希望を見出した。安堵を浮かべた。
「............勇者ってのは、めんどくさいな」
ただの剣なら、捨てていたかもしれない。
でも、勇者の剣だ。
神魔大戦を切り開いた、伝説の剣。
夢と希望の象徴の剣。
村も家も畑も壊されて、自分たちを守るので精一杯だった村の住人たちを奮い立たせたのは、間違いなく、このたった一振りの剣だった。
「.........そうだな。勇者というのは、面倒くさい」
グラナートが同調すると、フィリテが鼻で笑った。
「おい、なんだその反応。酷くないか」
「別に」
耳ざとくそれを拾ったグラナートがフィリテを睨むと、フィリテはふいっとそっぽを向いた。
「フィリ、お前、そういえば人探し......悪いな、付き合わせて」
あ、と思い出したようにウルラートがフィリテに目をやると、フィリテは首を振った。
「構わない。俺の人探しは終わってる。というか、他2人はもう知ってるが、俺はコレールだ。ルシフェルの契約者の」
え、とウルラートの口から間抜けな音が漏れた。視線がフィリテ、グラナート、ピスティ、とせわしなく泳ぎ回った。
「えええっ!?」
突然の大声に、ポチコロタマの3対の耳がビクッ!と跳ねる。ポチのビックリしたぁ、という顔、コロの、なに?どうしたの?という顔は可愛かったが、タマの、うるさいなぁ、という迷惑そうな顔は地味に心に刺さった。
「え、ちょ......お前コレール!?」
「そうだって言ってるだろ」
沈んで凹んでどん底でやっとまともなシリアスをしていたというのに、ウルラートの声がデカい。
「フィリテ・コレール。ルシフェルの今代契約者だ」
「もっと早く言えよ!」
ごもっともである。訳知り顔しやがって。
「今代の勇者がどんなやつか、見てみたかったからな。とはいえ、お前を見てると、言っても対応は変わらなかった気もするが」
ちょっと呆れが滲んでいる。普通、と断じたウルラートを特別視する気がないのかもしれない。良くも悪くも。まぁウルラートは特別扱いされても困るだけなので構わないのだが。
「にしたって、今言う......?リアクションする元気もなかったらどうするんだよ、ド滑りだぞ」
「別に、芸人としての反応は求めてない」
「芸人じゃねぇよ!」
何の話をしているんだ。
よく分からん会話を続けながら、ポチコロタマのふわっふわもっこもこの毛並みに癒しを求めるウルラート。
「............なぁ、グルナ」
「なんだ」
「...............なんか、またむちってねぇ?」
ウルラートの告発に、思わずグラナートだけでなく、ピスティも毛の中に手を突っ込んだ。
むちっ。
沈黙。
「............ポチ、コロ、タマ......どこで何をもらってきたんだ......」
グラナートのがっくりとした声を、よく分かりません!という顔で聞き流して、ポチコロタマは進む。
進む先はベルゼブル領。おいしいご飯がいっぱい。
しかし、進む先には大きな谷。渡れる場所を探して、ポチコロタマは元気にデチデチ歩くのだった。
背中の騒音は知らない。なんか煩いけど、たぶん問題ない。
だって僕たち、可愛いから。
ポチコロタマは今日も元気であった。