53.行ってくる
でっかい肉球がデチデチと走ってくる音がする。
グラナートがいつの間にか犬笛を吹いていたらしい。だから、ケルベロス相手に犬笛はやめろ。
村の外でお行儀よくお座りして待つポチコロタマ。デカい。
どうしたの?の村をチラチラしていたポチコロタマが、近づいてきたらウルラートのぐちゃぐちゃ顔を見て、慌てたようにポチが頭を寄せてきた。コロがベロベロ舐めてくる。やめろ。タマもそっぽを向きながらチラチラ。三者(?)三様に、どうしたの!?を前面に示している。
「ちょ、やめろって......タマ......いや違う、コロか」
涙でベショベショの顔を、よだれでベショベショにされた。泣く気も失せて涙が引っ込む。何より臭い。
「ウル、顔を洗ってこい。いろんな意味でひでぇ顔してるぞ」
近所のおっさんたちに笑われながら追い払われて、顔を洗いに行く。
村の空気がほんの少し軽くなる。笑うとは偉大なことだなと改めて思った。その代償に顔をよだれでベショベショにされたウルラートは、なんとなく釈然としないまま顔を洗う。
顔を洗って戻れば、グラナートとピスティがマジックバッグから食料をドサドサと村の住人に渡しているところだった。そういえばグラナートの試食荒らしのせいで食料が大量にあったな、と思い出す。
「.........いいのかよ、お前が食いたかったんじゃねぇの?」
ありがたがるご近所さんたちに聞こえないようにグラナートに問えば、問題ないと返ってくる。
「それに、ベルゼブル領にも美味いものはたくさんあるからな。また買えばいい」
「お前、その金はどっから出てくると思ってんだ......」
旅の軍資金は基本的に旅に出るときに王様からもらった金貨である。出費の大半がグラナートの試食荒らしの尻ぬぐいで食費に消えている。まぁ、装備等を揃えるのが前提の支給金で、高い店に行くわけでもない、装備も買っていない。余裕はある。
「............いや、装備は買えよ......」
今更、自分に呆れ返った。
「ウルラート様......その思考はできればルクスリア領に行く前に私が提案したときに出してほしかったです......」
ピスティが微妙な顔でため息をつく。
「なんだ、装備が欲しいのか?それなら、レヴィアタンのところで買うといいぞ。あそこのものは質がいい。............当たり外れはあるが、質はいい。余計な機能がついていたりするが。質は、いい」
絶妙に怖くなるプレゼンが魔王の口からこぼれる。怖さが割り増しである。
「めちゃくちゃ怖いんだが......お前、レヴィアタン領の評価だけ怖いの何......祭り?もできれば時期を外したいとか言ってたし」
グラナートは目をそらした。ついでにフィリテも目をそらした。
「え、ちょ、怖いんだが......!?」
「まさか、本当に罠......」
ピスティまで話に加わって警戒度アップ。だって普通に怖い。
「大丈夫だ、質だけは保証する」
「............あそこ、また街の構造変わってたぞ......」
「なんだと......!?またか......!」
フィリテの不穏で余計な一言にグラナートが頭を抱えた。
「あそこはまぁ......説明するより見たほうが早いから......とりあえずベルゼブルのところに行くぞ。............ウル、行けるか」
名指しで問われて、一瞬躊躇するように村を振り返る。壊れた村、もらった食料を臨時の保存庫に運ぶ村の住人たち。せわしなく動き回る故郷の姿。
「.........あぁ」
そして、見知ったご近所さんたちに、ウルラートが最後に声をかける。
「俺、行ってくるから。クリアールのこと、頼む」
ばんっと、背中を叩かれた。
「もっと手伝ってけ!と言いたいところだが......まぁいいだろう。行ってこい、ウル」
背中に走る衝撃が懐かしい。でも、同じ相手に背中を叩かれることも蹴られることももうない。
それでも背筋を伸ばして、仲間たちが待つ方に足を踏み出す。
「お前には風の加護がついている。変なことすると、風になったクリアールにぶっ飛ばされるぞ」
「しっかりやってこい」
「怪我はしてもいいけど、死なないように。あと、風邪ひくんじゃないよ」
「終わったら帰ってきなさいね」
口々に激励の声が飛ぶ。村の住人たちが、ウルラートの背中を押す。
「行ってくる」
今度は、蹴り出されることなく、自分の足で踏み出した。
もっとも、相変わらずでかいケルベロスの上によじ登る姿は普通に笑われたが。