クドリャフカの月
やぁ、いらっしゃい。随分長い旅だったようだね。
「・・・」
ここはどこだって? ここは永久に優しい夜の都だよ。
「・・・」
私は...そうだね、“老人”とでも呼んでくれたまえ。この都に老人は私しかいないからね。
私は安息日に働いた罰のためにこの地に幽閉された身でね。手が空いているから君のようにこの都にやってきたモノ、生まれたモノを案内しているんだ。
「・・・」
ははは、大丈夫だよ。確かに理不尽にも感じたが。案外ここでの生活は気に入っているんだ。
きっとキミも気に入ると思うよ。さぁ案内を始めようか。
おや、丁度ウサギたちが餅を付いているね。
「老人さん、こんばんは!」
「こんばんは、ウサギくん、今日も楽しそうだね」
「えぇ、今度の餅は自信作ですよ! あの子もきっと喜んでくれると思います!」
「うん、私も君たちの餅は大好きだからね、楽しみにしているよ」
「ところで、そちらの方は?」
「紹介が遅れたね、さっきこの都にやってきたばかりの新入りだ、これから仲良くしてやってくれ」
「勿論です! アナタも僕たちの餅を是非とも食べてくださいね!」
うん? なんだね? ”餅“を知らない? たしかに私も食べてみるまで知らなかったね。
まぁ食べてみればわかるよ、きっとキミも病みつきになるんじゃないかな。完成が楽しみだね。
私はよく食べすぎてね、カエルたちのお世話になってるよ。
「・・・」
うん、そうだね。次はジョウガさんのところを案内しようか。
おぉっと、足元に気を付けてくれよ、カエルたちが沢山働いているからね。
「いらっしゃい、老人。またお腹を壊したのかしら」
「ウサギたちが餅をついていたから、今日もお世話になりそうだよ」
こちらの女性はジョウガさん、この都で医者をやっているお方だよ。君もお腹を壊したらお世話になるといい。
「食べ過ぎでウチにくるのはアナタだけにして欲しいわね。新人さん、何かあったらウチにいらっしゃい。とても苦いけど、よく効くお薬を出してあげるわ」
彼女の薬は本当によく効くけれど、本当に苦いからね。覚悟しておいた方がいいかもね。
「私のカエルたちが一生懸命煎じて作ってくれたんだから、感謝して飲みなさい。特に腹痛で毎度運び込まれる誰かさんはね」
ははは、どうにも彼女には頭が上がらないな。元気なモノがあまり居座っては邪魔になるね、次の場所を案内しようか。
「昔々、あるところに白雪姫という...」
丁度”語り部おばさん“がカニたちに物語を読み聞かせているね。
なに? 老人は私だけじゃなかったのかだって? 女性を「老人」呼びは失礼だろう?
それより、”語り部おばさん“は本を読み聞かせてくれるお方でね、さっきのウサギたちや、カエルたちや、特にカニたちに人気があるね。
「・・・」
そうだね、ここで話していると邪魔をしてしまうね。キミも案内が終わったら来てみると言い、とてもステキなお話を聞けるよ。
ここは永久に優しい夜の都だからね、彼女は優しいお話しか読まないんだ。きっとキミも好きになるよ。
オオカミ広場...クマ闘技場...ヒュイキとビル姉弟の遊技場...枯れ木の森...あとはどこを案内したかな...
色々なところを案内したけど、キミが特に気に入ったところはどこだったかな?
「・・・」
ふむ、キミはあそこが特に気に入ったのか、わかるよ、私も大好きだからね。
「・・・」
ふふふ、理不尽な罰でこの地に幽閉されている私が、ここの生活を気に入っているという言葉の意味がわかってくれたかな。
本当にいいところだろう? 更にこの先に......おや? あの桶を抱えた女性は...。
「あら老人さん、新入りさんの案内ですか」
「やぁ、ロナ。今日もよく働くね」
「えぇ、ワニさんたちがカニさんたちのお水を飲んじゃって」
紹介しよう、彼女は「ロナ」古くからこの都にいる子でね、この都では水を運ぶ”水守(ミモリ)“の役割を担っているんだ。
とても尊く、大事なお仕事だよ。彼女は健気で元気で優しいから、みんなから好かれててね、キミもきっと彼女の事を好きになるよ。
「・・・」
「アナタも、外からやってきたんですか?」
おっと、しまったね、コレは...。
「・・・」
「アナタや老人さんと同じです、”こんなところ“望んでくる人なんていませんよ」
「ロナ...」
「あ、ごめんなさい。みんなの事は大好きなんです。だけど、私、やっぱり......」
やはり、彼女にキミの姿を見せるのはまだ早かった......、いや、早いも遅いもないか......。
「帰りたい......。私......帰りたいよ......」
「・・・」
待ちたまえ、泣きだした彼女はもはや我々には止められない。
それよりも逃げる準備をしておきたまえ。ほら、すぐにでも......
「龍が現れたぞーーー!」
「バクナワが出たぞーー!」
ほら、龍が現れた。
「あぁ、ロナ! ロナ! 泣かないでくれ! 悲しまないでくれ!」
彼女は誰にでも好かれるといっただろう? あの龍、バクナワもロナの事を大事に想っているんだ
だから、彼女を泣かす存在が許せないんだよ。
「”地球に“...帰りたいよ......!!」
「お前を悲しませる、この世界を私が食らってやる! お前を捉える、この”月“を食らってやろう!!」
あぁ、世界が食われていく、”月“が欠けていく。
「・・・」
我々にはどうすることもできないよ、だけど、心配はいらないよ、月の中には、彼らがいる。
「ロナ、ロナ、悲しまないで。アナタが悲しむと、私たちも悲しいわ」
ほら、龍が月を食ったから、中からラフコイたちが現れたよ。
「ラフコイ......ごめんなさい、でも......悲しいの、帰りたいって思いが止まらないの......!」
「大丈夫、大丈夫だよロナ。私たちの思い出を分けて上げる、夢を分けてあげる。だから、聞いて。だから歌って」
ラフコイたちが歌いだしたよ、もう大丈夫だ。
あの子達、ラフコイは地球で亡くなった魂が月の中で眠り、水守のロナに癒されてきた存在なんだ。
「とてもステキな歌......、ラフコイたちの世界が見える......、ステキな思い出が聞こえる......」
そして、ロナに幸福を分け与えて、新たな月の一部となっていくんだ。
「おぉ、ロナ! ロナ! なんて素敵な歌を歌うんだ! なんて優しい心で歌うんだ!」
龍が、バクナワが眠りにつくよ、ロナの優しい歌は、何度聞いてもステキだな。私も龍のように長い眠りについてしまいそうだよ。
「・・・」
あぁ、そうだね、ずっと聞いていたいね。私が地球に帰りたいと思わないのは、ロナの歌のおかげなのだろう。
...キミはどうだい? 地球に帰りたいと思うかい?
「・・・」
そうか......。
まぁ、野暮なことを考えるのをやめよう、今は月の再生を、ロナの歌を見守ろう。
ロナから水を貰ってきた、乾杯しようじゃないか。
「・・・」
何故かって? 月はすっかり再生して今日は満月だ。満月は、彼女が泣いていない証だ。
「・・・」
乾杯しよう、誰も泣かない夜に。優しい夜に。
.........
そういえば、今更かもしれないが、新しいモノなんて久しぶりですっかり忘れていた。
キミの”名前“を聞いていいかい?
「・・・」
良い名前だね...。
――月の都に、犬の遠吠えが響いた。
―クドリャフカの月―