第31話 接触する二人
10月12日 09時03分 | 風見川運動公園
この日もハルたちは消滅の対処をするため、朝から二手に別れて活動をしていた。
「これであとは結果がどうなるかだね」
ハルは風見川沿いの運動公園にあるサッカーゴールのポストに黒いビニールテープを巻き付け終わると、ふうっと一息つく。そこへ反対側のゴールに同じようにテープを巻き付けてきたナナが駆け寄ってきた。
「こっちも終わったよー」
「うん、ありがと。お疲れ様」
「こんなことで今回は大丈夫なの?」
「大丈夫......なはずだよ」
「頼りないなー、そこは自信をもって大丈夫!って言い張りなよー」
「こればかりは【予定表】がどう解釈するか次第だからね」
今回【予定表】に載っていた内容はこうだ。
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サッカーゴール
10月12日09時11分
風見川運動公園
真っ白なゴールポストが目立っている
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ハルは消滅状態である「真っ白なゴールポストが目立っている」という点に着目して、ゴールポストの一部が違う色になれば「真っ白」とはならないのではないか、と考えたのだ。
確実を期するのであれば、いっそのことゴールポストの全てに白以外にテープを巻き付けたり、あるいは塗装するなどしてしまえばいいのだが、それはさすがに難しいし、そもそもそんなところを人に見られたら、ちょっとした騒ぎになってしまいかねない。
だからせめてところどころに黒いテープを巻き、「真っ白」とは言えない状態にしてみたのだ。
2人はサッカーゴールから離れて土手にあがり、サッカーグラウンドが一望できる場所に腰を掛けると、さきほど2人で細工をしていたサッカーゴールを見る。
「よし、ここから見ても黒のテープが結構目立つから、これなら大丈夫なはずだよ」
「これでもし消えちゃったら、【予定表】を司っている神様みたいな人に文句言ってやらなくちゃだよ」
ハルの言うとおり、ゴールポストの何か所にも巻き付けたビニールテープのおかげで、離れたところから見ても黒いテープが十分目立つ。これならさすがに「真っ白」とは言えないと思うが、それでも【予定表】がこれをどう解釈するのかは分からない。そんなことを言い合いながら消滅予定時間を待つ。
9時10分。
残り1分を切り、来たるべき瞬間に備えてごくりと喉を鳴らす。
そして......
「うん、無事に回避できたみたいだ」
「やったね!」
まだグラウンドに存在し続けるサッカーゴールを確認して2人はハイタッチをする。
「さて、誰かが来る前にテープを全部はがさないと......」
「よーし、どっちが早く剥がし終わるか競争ね!」
ナナがサッカーゴールに向かって駆け出そうとした時――
「驚いた、消えてない」
不意に後ろから驚くような声がした。
突然の声とその発言内容に慌てて振り返ると、そこには20代半ばと思われる女性がサッカーゴールの方を見て驚き表情を浮かべていた。
その女性は細身のスラックスと淡いブルーのブラウスを身にまとい、このような土手沿いにいるよりもノートパソコンでも抱えてオフィス街にもいる方が似合いそうな雰囲気であった。
大きめの眼鏡の奥に見える表情は、驚いた顔をして見せているものの、その顔に浮かべているのは驚愕よりも好奇心の色の方が強い。このような状況で好奇心を隠し切れないというのは、もしかしたら研究者のように未知のものを追い続ける職業なのだろうか。
先ほどの発言も、感情よりも現象を冷静に見ているような響きであったことから、身に沁みついた職業病ともいえる未知のものに対する探究心が隠しきれていないようだった。
ハルとナナがなにも言えずに彼女を見つめる。
その視線に気づいた彼女は、しまったというように口元を抑える。
「あ、ごめんなさい。驚かせてしまったかしら」
「い、いえ......」
そう言ってその場を離れようとした女性にナナが声をかける。
「あの......今「消えてない」って言いました?」
「え、ああ、まあ。気にしないでください」
気まずそうな顔を隠そうともせず、そそくさと立ち去ろうとする女性に、さらにナナが言葉を続ける。
「もしかして、あなたも見えるんですか?」
「えっ!?」
「【予定表】、見えるんですよね?」
女性は先ほどよりも驚いた表情でハルたちを見つめていた。
***
同日 09時35分 | 風見市第二共同農園直売所
リクは共同直売所に並んでいたサツマイモを片手に、同じく直売所で買い物に来ていた中年男性となにやら談笑をしていた。
暫く楽しそうに話をしていると、ちょっと離れた場所からリクのことを呼ぶ声が聞こえてくる。
「やべっ、連れを待たせてるんだった。そろそろ行かないと。それじゃまたどこかで」
そう言うと、リクは先ほど知り合ったばかりの中年男性に人懐っこい笑顔を浮かべながら手を振り、その場をあとにする。
男性からの別れの言葉を背に受けながら、そこから離れたところにいるミオに合流すると、もう一度男性の方に手を振ってその場をあとにする。
「今回も無事に消滅回避できたみたいだな」
「ええ、ご苦労様。しかし、あんたのその誰とでも打ち解けれるコミュニケーション能力って一体何なの?」
「そうか?別に普通だろ?」
相変わらずのリクのコミュニケーションの高さに、感嘆をとおり越して呆れかえってしまうのだが、一番呆れてしまうのは、それに本人がまったく気づいていないということだ。誰もがリクと同じようにできるわけがない、と声を大にして言いたいのだが、きっとそれを言っても「そうなのか?」の一言で済まされそうだなと想像すると、なんとなく釈然としない気持ちになるが、人には得手不得手があるのだからと自分を無理やり納得させて、何とか平常心を取り戻す。
そうして直売所前で消滅する予定だった中年男性の消滅を回避した2人は、ハルたちとの待ち合わせ場所に向かおうとしたところで、そこで不意に声をかけられる。
「お前さんたち、もしかして関与者か?」
振り返ると、少し怪しげな風体をした男性が探るような表情を浮かべていた。
見たところは30代前後と言ったところだろうか。
服装はデニムに白シャツと一見当たり障りがないコーディネートだが、第二ボタンまで開けた胸元に軽率な印象を感じてしまう。しかしそこから見える身体は、部活で鍛えているリクと比べても見劣りしないほどに引き締まっており、何かスポーツを生業にしているのかとも思ったが、常に何かを観察しているような彼の目を見ると、あるいは警察や自衛隊など、公の仕事に携わる人なのかもしれない。
その証拠、といったら言いすぎなのかもしれないが、開けた胸元からドッグプレートのようなものが見え隠れしている。
「いや、悪いな突然。忘れてくれ」
そう言って立ち去ろうとするその男性に、ミオが思わず声をかける。
「もしかしてあなたも?」
その言葉に男性はにやりとした笑みを浮かべる。
***
同日 昼前 | 風見中央公園
「初めまして。北条カナメと言います」
「まさかこんなにお仲間がいるとはな。俺は横島トシオ。よろしくな」
二手に分かれて朝から消滅を回避すべく活動していたハルたちは、元々昼前に一度合流する予定であった。それならばその機会にぜひ仲間を紹介したいと、河原で出会った女性――カナメ――を半ば無理矢理この場に連れてきた。
それを見て、リクたちは驚きを隠せなかったのだが、それは自分たちも同じように【予定表】が見えるという男性――トシオ――を連れてきていたからであった。
「まさかここにきて【予定表】が見える仲間が増えるとは思ってもみなかったな」
「そうだね。突然声を掛けられた時にはびっくりしたけども、カナメさんも消滅を何とかできないかと消滅を見に来たんだって」
お近づきのしるしにと、カナメがここに来る途中に買ってくれたジュースやお菓子が公園の一角にある休憩エリアのテーブルに広げられる。
周囲にはピクニックに来ている家族が、手作りの弁当を広げて楽し気に笑う声が響き渡る。ハルたちは初めて迎える2人を前に、カナメが差し入れてくれたお菓子に手を伸ばしながら、さっきまでの対処していた消滅について互いに報告し合う。
それが終わると、話題はカナメとトシオの出会いの件となる。
彼らは2人とも最近になって【予定表】が見えるようになったのだという。
最初は無視をしていたのだが、どうしても気になり、載っている内容がたまたま近くだったので見に行ってみたところでハルやミオたちがいたとのことだ。
「人間が消えるって書いてあったから見に来てみたら、そこの兄ちゃんとおっさんが話しててよ。どっちかが消えるのかと思ったら2人とも消えないんだよな。で、2人が別れたあとにそれぞれを目で追ってたら、この兄ちゃんがそっちの美人な姉ちゃんと消滅とか何とか言ってるじゃねえか。こりゃもしかしたらなにか知ってるのかも、って思って声をかけてみたってわけだ」
関与者という言葉はネットを検索して見つけた言葉らしい。きっとトシオもユウの書き込みを見たことがあるのだろう。
美人という言葉に反応してぽっと顔を赤らめるミオを見て、少しだけトシオにもやっとした感情を抱くリクであったが、自分の幼馴染がどういった形であっても褒められらているのには悪い気はしない。
リクはすでにこのトシオという男を気に入っていた。
「何かが消えるって分かってるのに、それを放っておくのはあまり気持ちが良いものじゃないですからね。とは言え、にわかには信じ可難いことなのでまずは実地検証をしようと思ったところ真壁君たちに声を掛けられました。それで私のほかにも【予定表】の存在を知る人がいることを知りました」
カナメが丁寧に説明する。
彼女もハルたちと同じように関与者としての使命感を自覚するものの、何をどうした良いのか分からず、まずは見てみようと行動をしたとのことだった。
「何にしても初めて会った私たち以外の関与者だわ。何だか安心するわね」
「安心?」
ハルたちにとっては初対面である2人。
そんな彼らに安心という言葉を使う違和感を尋ねる。
「えっとね。詳しくは話せば長くなるけども、中には消滅を回避させるんじゃなくて、実行させようとする人たちもいるみたいなんだよ」
「そうなのか。そいつはまたひでえことをするやつがいるもんだな」
ナナの説明にトシオが憤る。
「私とハルが一回それらしき人を見たことがあるんだけども、なんか怖いというか、別世界の人というか......とにかく近寄りがたい人だったから、もしまたその人と会ったらどうしようかって思ってたんだよ」
「おっかねえのがいるんだな」
「そう、だからトシオさんみたいに頼もしそうな人と知り合えたのはとても頼もしいんですよ」
ハルとナナは以前、自転車の消滅の時に遭遇した近寄りがたい雰囲気を発していた男のことを思い出す。
「おいおい、あんまり買い被らないでくれよ。俺はただの一般人だぜ」
「いや、そんなふうには見えないっすよ。その身体、相当鍛えてるんじゃないっすか?」
「まあ、それなりには鍛えてるけどもな。兄ちゃんもなかなか良いガタイしてんじゃねえか」
トシオもリクに何か通じるものを感じるのだろうか。まるで歳が離れた兄弟のように接している。
「だから安心できるってこと?」
「それもあるけど、それだけじゃないです」
カナメの言葉にミオが答える。
「私たちは見てのとおり高校生です。だから時間的にも行動範囲的にもおのずとできることが限られてきます。だから私たちが活動するのはあくまでも自分たちが手が届く範囲、つまり動ける時間や行ける場所に限って活動しているんです」
「一時はかなり無理して精力的に動いていたこともあるけども、僕たちは誰でも救えるヒーローじゃないですからね」
「だからと言って、私たちが活動できない時間帯のサポートをしてほしいってわけじゃないんです。ただ......」
「ただ?」
「やっぱり、頼れる方がいるのは単純に嬉しいしありがたいです」
彼らの説明に納得するカナメとトシオ。
【予定表】を見ることができるようになってしまい、消滅に対する責任感で活動を続けてきた彼らではあるが、そうはいってもまだ高校生である。最近になって【予定表】が見えるようになったばかりであるとはいえ、やはり年上の人がいれば、それだけでも不思議と安心できるものなのだろう。
トシオはミオの話を聞き、うんうんと頷くと声高らかに宣言する。
「よっしゃ、そしたら今度からは頼ってくれ。お前らとはだいぶ歳が離れてるけども、まあそんなことを気にせずにこれからはよろしく頼むな」
「私も仕事があるのでできる範囲にはなりますが、それでもあなたたちよりも動ける時間も範囲も広いはず。ぜひお手伝いさせてください」
トシオに続き、カナメもそう約束すると、ハルたちは自然と歓喜の声をあげる。
近くのテーブルで弁当を食べていた家族は、何か楽しいことがあったのだろうと、ハルたちのことを微笑ましく眺めていた。
***
「それで早速なんですけど......」
ひとしきり騒いだあとに、ミオが2人に相談を持ちかける。
「明日とある消滅があるんですけど、ちょっと状況的に私たちの手には負えなくて......」
その言葉を聞くと、2人の雰囲気が一瞬変わる。
その変化は、人の感情の機微に慣れていなければ気づかないくらい些細なものである。いくら関与者としての経験を積んでいるとはいえ、まだ高校生であるハルたちがそれを感じ取れないのは無理もないことである。
もっとも、それはほんの一瞬だけ。
すぐに元の様子に戻ると、トシオは軽い調子でスマホを開きながら尋ねる。
「それって、ここに出てる八雲サトルってやつのことか?」
そう言ってトシオは自分のスマホを指差す。
「そうなんです。これ、昨日出てきた予定なんですが、状況的に私たちには対処が難しくて」
「さっきミオ先輩が言ったとおり、僕たちは自分たちの手の届く範囲の消滅に対処していくと決めています。でもこれにはどう対処していいのか分からないので、残念ながら今回は対処を見送ろうかと考えていたんです」
「とんでもない!!」
ハルの言葉に思わずカナメが声をあげる。
突然のことに談笑していたナナとリクもカナメに注目する。
トシオがわざとらしく咳払いすると、自分の失態に気付いたのか、「失礼しました」と謝罪の言葉を口にする。
「いえ、初めてお手伝いしようとしているところなのに、消滅をみすみす見逃すなんて幸先が悪いです。これはぜひ私たちにも協力させてください」
よほど消滅を救いたいという強い意志があるのだろう。
理知的な見た目から想像できないほどの剣幕に圧倒されたハルとミオが、少したじろぎながら答える。
「ぼ、僕たちも救えるならそれに越したことはないから、カナメさんたちが手伝ってくれてなんとかなるならなんとかしたいです」
「そうね、ぜひお手伝いをお願いします」
「よし、それじゃ決まりだな。俺たちのデビュー戦ってことでいっちょ頑張るかな」
そう言うとトシオはハルとミオの肩を叩きながら楽し気に笑う。
「で、この状況なんですが、なにかいい方法はありますか?」
ミオは【予定表】を開いて、カナメたちの意見を聞こうとするが......
「消滅関与の経験値はあなたたちの方が遥かに高いでしょ?だからまずはあなたたちの意見を聞かせて」
「え......」
カナメの言葉に【予定表】の内容は名前と時間以外は第三者に共有できないというルールを思い出し、なぜそれを知らないのだろうと疑問を浮かべる。
しかしすぐに、彼らは最近【予定表】が見えるようになったばかりだし、情報を共有する仲間もいなかったのだろうと気づく。
「実は、ご存じないかもしれないですが【予定表】に書かれている内容って、たとえ関与者同士でも対象の名前と時間以外は第三者に伝えることができないんですよ」
「あらそうなの?」
やはりルールを知らなかったようである。
ハルたちは【予定表】に書かれていることを互いに把握している前提で方針を決めている。だからカナメの提案する意見交換はしたことがないし、できないのだ。
それでもやはり経験者の意見を求めたいのか、カナメは同じ内容を違う角度から再度依頼する。
「でも私たちだって【予定表】を見てるから内容は把握しているわ。だから上手く口に出さずに説明してもらうってことじゃだめなのかしら?」
「それならナナ達にいつもやっていることだから問題ないですよ」
「おっ、さすがだな。俺たちみたいな新参の関与者とは違うな」
トシオの人柄のせいだろうか。
口調は乱暴だが、常に楽し気に話す様子と、ところどころで相手を持ち上げるような話し方は決して不快ではない。リクが大人になったら、こういう風になる未来もあるのかもしれない。そんな雰囲気を感じる。
「それじゃナナとリク、僕たちはちょっと離れるから2人は昨日話した内容から、推測できたことを2人に伝えてくれる?」
「なんで離れるんだ?」
ハルの提案にトシオが理由を問う。
「念のためですよ。以前とある消滅で、対象者本人に直接消滅を回避するような行動を促したところ、その内容が本人伝えられないどころか、対象者本人が自分の意思で消滅回避を避けるような行動をとるようになったんです」
「だから、それからは念のために内容が分かっても、それを共有するのは関与者ではない2人の間だけってことにしているの」
「僕たちは自分の【予定表】がありますからね。記載内容に多少の違いはあっても、対象が同じであれば場所や状況に変わりはありませんからね」
【予定表】が見えるようになったばかりだという2人は、その説明に「なるほど」と感心する。
「でも、それじゃ俺たちだって聞いたらまずいんじゃないか?」
「いえ、それはきっと大丈夫」
「なんで断言できるんだ?」
ハルは確信をもって答える。
「あくまでも推測だけど、ナナは僕たちが話した情報から内容を推測しましたけども、お2人からはナナ達になにも話していないからです」
「......それだけ?」
「はい、そうです」
「それってつまりどういうこと?」
確信を持ったハルの言葉があまりにもシンプルすぎたせいか、その意味が理解できないカナメが質問を重ねる。
「さっき言ったことは関与者が非関与者に消滅情報を伝えたことがトリガーになってるのでは、と考えています。でも2人は明日の消滅のことをまだなにもナナたちに話していません。だから大丈夫なのでは、と判断しました」
「......でもそれって確認ができたことなの?」
「いえ。でも今まで失敗を重ねながら【予定表】のさまざまなルールを見つけてきて経験からの推測なので多分大丈夫です」
推測とは言っているが、そこに至るまでには何度も検証を重ねてきたのだろう。
強い感情もなく、当たり前のことのように自然に言ってのける様子が、かえってハルの言葉に信ぴょう性を与える。
「分かったわ。それなら真壁君たちは少し席を外してもらえるかしら」
「はい。それじゃ2人とも説明よろしくね」
「はーい」
2人は少し離れたところにあるベンチに腰掛け、スマホを開いたままなにか相談をしている。彼らは彼らで、改めて回避のための糸口を探しているのだろう。
「それじゃこの八雲サトルって人の消滅についてだけども......」
トシオは笑みを浮かべながら話に耳を傾けているが、その眼は真剣そのものである。
またカナメは手帳を取り出し、聞いたことを一字一句漏らすまいと構えている。
一方、そこから離れたハルとミオは明日の消滅回避のことを話し合いながら、それぞれがトシオたちにうまく言えない違和感を感じていた。
(あのヒト、どこかで見たことあるような気がするんだけど......)
(言ってることはおかしくないのに、なにか引っかかる......)
しかしその答えにたどり着くことはことはできない。
2人の違和感は解消することなく、明日の消滅対処に向けての話は進められていた。
***
同日 夕方 | 西峰区
午後も別の消滅対処に当たるから良ければ一緒に、という誘いをやんわりと断り、明日の再会を約束してハルたちと別れたトシオとカナメ。
別々の方向に帰っていったはずなのだが、3連休で人もまばらなオフィス街で、今はこうして肩を並べて歩いている。
正確にはカナメが歩いていると、いつの間にかトシオが横に並んでいたのだ。
「よお、お疲れさん」
カナメはそれを特に不思議に思うこともなく、隣を音もなく歩くトシオに軽く一瞥をくれるだけである。
「意外と子供好きなんだな、知らなかったよ」
「おや、俺の意外な一面を知っちまったか?なんだかんだ言っても熱い気持ちを持つヤツは、ガキだろうとなんだろうとそんなに嫌いじゃないんだぜ」
ハルたちが出会ったトシオとカナメは言うまでもなく、特殊事案対策室第五班所属の2人である。
もちろん彼らは本当の関与者ではない。
サトルの消滅情報を聞き出すため、消滅を確認しに来た関与者を装ってハルたちに接触したのだ。
関与者ではない彼らは、【予定表】書かれている内容を知ることができないのだが、消滅という現象と【予定表】の存在を知っており、さらに明日消える予定の八雲サトルという名前を知っている。それだけ分かれば、あとは普段から消滅に関与している彼らにとって、見えない【予定表】を見えているかのように話すのはお手の物である。
そうして彼らからの必要な情報を聞き出せれば、あとは適当な言い訳をつけてその場を離れようとしていた。
しかし話の流れで、なぜか彼らと一緒にサトルの消滅対処に当たることになってしまった。
カナメたちが唯一見誤っていたこと。
それはハルたちは思っていたよりもはるかにしっかりと消滅に向き合っていること。それは若気の至りとか安っぽい正義感とかではなく、自らに課した責任感ともいえるものであった。
だからこそ彼らは自分たちが手を出す出さないの線引きがしっかりとできており、手が届かないものは潔く諦め、手を出すと決めたものには躊躇することなく対処していく。
サトルの消滅に対してはどう対処してよいか分からなかったため一度は諦めたのだが、それに対処できる可能性があると分かった彼らの熱意に押されて、一緒にサトルの消滅回避に向けて行動を共にする約束をしてしまったのだ。
「組織の存在さえ知られなければ、特に問題はない」
「だな」
やがて彼らはオフィスに辿り着くが、本来いるべき人物の姿はない。
「やっぱり来てないか」
「ま、予想どおりだな」
トシオはそれをさほど気にしていないように勢いよくソファに腰を下ろす。
サトルは事務所閉鎖に伴い、有休消化を命じられていた。
恐らくこれはサトルの存在を疎ましく思う一部上層部により、閉鎖回避に向けた対策を取られることを恐れた事前策なのだろう。
【予定表】を見ることができるサトルさえいなければ、残るは関与者ではない部下2人。なにかができるはずもないと高をくくっているのだろう。
「上は俺たちを舐めてるってことだな」
「でも裏を返せば私たちの動きはノーマークってことだ」
そう言いながらカナメはトシオの正面に座り、先ほどハルたちから聞いたことをまとめた手帳を取り出す。
「それにしてもあの子たちのこと、ちょっと舐めてたな」
「だな。ガキどもが青臭い正義感で頑張ってるのかと思ったけどよ。なかなかどうして、色々考えてるみたいだったな」
「ああ、消滅のことをあそこまで色々研究してるとは正直驚いた」
「ボスが目をつけるだけのことはあるな」
――トシオが素直に相手のことを認めるなんて、珍しいこともあるもんだ。
そう思うが、それを口に出したらまたなにを言われるか分からないと思いながら、トシオと合流する前に、聞いた内容をまとめていたので、そのページを開いてサトルの消滅予定をまとめる。
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八雲サトル 40代
10月12日14時08分
風見市駅前通り
タクシーに乗っている
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「さて、これで必要な情報は出揃った。あとはやるだけだ。いつもならボスからなにをどうすればいいのか指令が来るところだが、今回は俺たちで考えなくちゃだぜ。さあ、どーする」
「コンサート会場や大型のモニュメントに比べれば、ヒトの1人の消滅回避などどうということはない。早速作戦を伝えるから、必要なものを手配してくれ」
「あいよ。頼りにしてるぜ、カナメちゃん」
――本当に珍しいこともあるもんだ。
口調こそいつもと変わらないが、いつもよりも真剣な態度のトシオを頼もしく思ってしまうカナメであった。