第40話 解かれていく紐
「お前ら、うちのボスに会う気はあるか?」
「......なぜですか?」
「消滅の暴走を止めるためだ」
トシオはテーブルに肘をつき、指を組んでニヤリと笑う。その姿が妙にさまになっていて、ハルは思わず見惚れてしまう。
カナメがそれを見て呆れたように笑ったのは、きっとその姿が自分たちの上司を真似ていることに気づいたからであろう。
もっとも、それに気づけるのはこの場ではカナメしかいないのだが。
「消滅の暴走って......暴走してるから消滅が増えてるってことですか?」
「ああ、そうだ。さっきトシオも言っていたが、現在消滅は著しく増加傾向にある。消滅自体は以前から存在しているが、ここまで急激な増加は今までに例がない」
ミオの質問にカナメが答える。
「消滅の対応に関して、若干の意見の相違はあるだろうが、それでも私たちは君たちのことをそれなりに評価している。だからこそ今回は消滅回避の協力を要請しに来たのだが......」
カナメは話しながら苦々しげな顔をトシオに向ける。
「どうやらこいつはまた違うことを考えついたらしい」
「まあそう言うなって。モグラ叩きを続けるより、原因を元から絶ったほうがいいだろ?」
「だからって独断で室長に会わせるなど組織の方針に明らかに反してる」
「ボスだって言ってたろ、やるべきことをやりさえすれば手段は問わないって」
「だからと言って――」
「あの......」
見解の相違があるらしく、言い争いをはじめるカナメたちの会話にナナが恐る恐る割って入る。
ふと見ると、ハンバーガーを手にしたままのリクを含め、4人の視線はカナメたちに集中していた。
「ああ、すまないな。こちらの話だ。気にしないでくれ」
その言葉にトシオは困ったように肩をすくめると、隣にいるリクに肩を組み、小さな声で何か吹き込んでいる。それを聞いたリクは意外そうに驚くが、それを見てまたニヤニヤと笑う。
何を話したのか気になり気が逸れそうになるカナメだが、それをするとまたトシオのペースにのせられてしまうので、敢えて気にしないようにして、ナナに微笑みかける。
「それで、片瀬さん。なにか言いかけなかったか?」
「あの......」
ハルとミオをちらりと見ると、また視線をカナメに戻す。
「なんでハルたちは【予定表】を見えるようになったんですか?」
「「ナナ?」」
思いがけない質問にハルとミオの声が揃う。
「私、前から気になってたんだよ。私たちだってこんなに消滅に関わってるのに、やっぱり【予定表】が出てこないんだよね。別に【予定表】を見たいってわけじゃないんだけど、ハルたちばかりに負担かけるのも嫌だから、私も見えるようになったらなって思ったんだよ」
ナナの意外な質問にハルたちは言葉を失う。
【予定表】が見えるようになってナナには何度も心配をかけたことはあるが、まさかそのようなことを考えていたとは思いもしなかった。
しかしいくらハルたちよりも色々な事情に詳しいカナメであっても、消滅による影響などであればともかく、【予定表】そのものについてまでは分かるまい。
「ナナ、いくらカナメさんだってそんなことまでは......」
「知りたいか?」
そう思ってナナにかけたハルの言葉はカナメ自身によって遮られる。
まさか【予定表】が見えるようになる条件を知ってるとは思わなかったハルは思わず聞き返す。
「分かるんですか?」
「おいおい、カナメちゃんよお。俺に文句を言っといて自分は良いのかよ」
ハルの言葉にカナメが答える前に、リクと肩を組んだままのトシオがカナメに釘を刺す。
「お前が無茶なことを言い出すからだろ。それなら多少の質問には答えてやるのが誠意と言うもんだろ」
そう言ってトシオを睨む。
「そう言うわけだ。なんでもとは言わないが、答えられる内容なら答えるぞ」
その言葉にリクと肩を組むのをやめたトシオは「ま、カナメちゃんがいいならいいけどな」と目の前のハンバーガーにかぶりつく。
「それじゃ......」
「【予定表】が見えるようになる条件だったか。あまり愉快なことじゃないがそれでもいいのか?」
その言葉にハルとミオは思わず顔を見合わせるが、ナナは神妙な面持ちで頷く。
しばらく無言のままでナナに試すような視線を送り続けていたカナメだったが、その表情から決意の固さを察したのか、軽く頷いてから話し出す。
「関与者になる条件は2つある。でもあなたや土屋くんまで関与者になると言い出したら面倒なことになるから、教えられる条件は1つだけだ。それでも構わないか?」
「はい、構いません!」
カナメの問いに、ナナははっきりと断言する。
その答え方に満足したのか、今度は視線を送らずに、少し表情を引き締めて続ける。
「1つ目の条件、それは消滅によって自分の大切なものを失うことだ」
「......!」
その言葉にハルやミオ、ナナだけでなく、トシオと談笑しながら聞き耳を立てていたリクも驚きを隠せない。
ハルは【予定表】が自分のスマホに現れる前、お気に入りの木を消滅によって失った。
その木は何の変哲もない公園に生えている街路樹の一本ではあるが、アルバイトをはじめてからほぼ毎回その木の前のベンチで休憩して、その木を眺めながらアルバイト前の英気を養うと同時に、四季の移り変わりを感じていた。
別にその木を大切などと思ったことはなかったのだが、そんな毎日を繰り返すうちに次第にハルの中でその存在が大きくなっていたのだろう。消滅でその木を失ってからは心にぽっかりと穴が空いていた。
ミオの場合は言うまでもなく、愛犬だったサロンのことだろう。
一時期は心を許せるのがサロンしかいなかったミオにとって、サロンは大切どころか、目に入れても痛くないほどの存在だった。
だからこそ、サロンを失った時のミオの取り乱しようは大変なものであったとリクが言っていた。
つまりカナメが言った【予定表】を見ることができるための第一条件は2人ともクリアしていた。
「どうやら2人とも思い当たることがあるようね」
「はい......」
当時の虚無感、あるいは絶望感を思い出したのか、ハルとミオは眉間にしわを寄せながらカナメの言葉に頷く。
「それって、なんでハルたちなんですか?」
「それはどういう意味だ?」
ハルとミオの辛そうな顔がナナの瞳に映る。
「ハルとミオ先輩が関与者になった理由は分かったけど、なんで2人が選ばれたのか。なんか理由があるんですか?」
ハルたちは【予定表】を見ることができるようになってから、様々な悩みや苦労を抱えるようになっていた。
それがきっかけでこうしてハルとまた仲良くなれたことを考えると、複雑な想いはあるのだが、それでも関与者にならなければ、こんな思いを抱えずに済んだはず。
なぜハルたちなのか、なぜ選ばれたのか。
ナナはそれが知りたかったのだが――。
「残念ながらそれは分からないな。ただの偶然かもしれないし、なんらかの理由があるかもしれないが、それは我々にも分からない」
「それが......消滅の意思......?」
カナメの言葉にぽつりと呟くハル。
それは今まで4人で話し合ってきた中で推測してきた仮説であったが、その言葉にカナメが驚いたように反応する。
「真壁くん、それはどこで聞いた話だ!?」
「どうしたよ、カナメちゃん。そんなに血相を変えたらみんなビビるだろうが」
カナメはよほど驚いていたのだろうか、その反応をトシオに指摘される。
そんなトシオの指摘を無視して再度ハルに詰め寄る。
「真壁くん、ぜひ聞かせてくれないか?君は、いや君たちは消滅の意思をどこまで把握しているんだ!?」
ハルは無言でミオ、リク、そしてナナに視線を向ける。それだけでなにを聞きたいのか分かったのだろう。視線を向けられた3人はそのまま無言で頷く。
トシオはニヤついた表情こそ崩さないが、カナメの前にあるドリンクを飲みながらハルの話を聞こうとこちらに耳を傾けている。
「......これは僕らなりの推測の話になるんですが......」
そう切り出すと、これまで話し合いながら推測した内容を伝える。
――消滅を司る存在
――その存在の思いと迷い
――【予定表】の意味
大して長い話ではない。
話を終えるまではわずか数分だったろう。
むしろ話を聞いたあとのカナメの沈黙の方が長いくらいだ。
難しい顔をしてハルの話を整理しているようだったが、その沈黙の長さに耐えきれず、ハルはカナメにおずおずと尋ねる。
「あの......笑わないんですか?」
「ん?なんでだ?」
その質問に答えたのは、真剣な表情のトシオだった。
「いや、話しておいてなんですが、あまりにも荒唐無稽というか、妄想がすぎるというか......」
ハルたちの推測は、正体の分からない現象に無理やり理屈や理由を当てはめた、言わば妄想にすぎないのだ。
それでも彼ら自身はその推測に納得しているのだが、それを他人が信じるかどうかは別問題だ。
話しているうちにそんなふうに思ってしまい、今にも「そんなわけあるか」と笑われてしまうのではないか、と不安な気持ちがよぎっていたのだ。
しかし――。
「さっきも言ったけどよ、俺たちもお前さんたちも消滅なんて普通はあり得ないことを目の当たりにしてるんだぜ。そんな普通じゃ説明できないことに理由をつけようとするんなら妄想上等。むしろそんな発想力こそがお前さんたちの強みなのかもしれねえな」
トシオが真剣な表情で感心する横で、先ほどまで沈黙を貫いていたカナメが口を開く。
「いや、すまないな。君たちの話を聞いてちょっと驚いていたんだよ。君たちがたどり着いた推測は我々の見解とほぼ一致しているんだ。我々が長年考察を続けてようやくたどり着いた推測に、あっさりとたどり着いた君たちの洞察力に素直に感心するよ」
「ま、そういうわけだ。若気の至りみたいな面もあるだろうが、それでも大したもんだよ」
カナメに笑われるどころか、むしろ感心されるとは。
思いもよらない言葉に戸惑っていたところ、今度はリクが質問する。
「ハルたちみたいな関与者ってどれくらいいるんすか?」
「まー、それなりにいるな」
リクの質問に答えたのはトシオだった。
トシオはそのまま重ねられた質問にも流れるように答えていく。
「それってここら辺にも?」
「おう、ここら辺どころか世界中にいるだろうよ」
「でも結局ハルたち以外の関与者って見たことないっすよ?」
「そりゃそうだろ。ただでさえ消滅なんてあり得ねえことなのに、それを事前に見ることができる【予定表】なんてもの、普通のやつなら信じると思うか?」
「でも、俺たちは信じましたよ」
「そりゃお前さんたちはレア中のレアだよ」
そこまで言うと再びリクに肩を組み、顔を寄せてリクだけに聞こえる小声でささやく。
「真壁と片瀬、あの2人の関係を見りゃ、そんなレアなこともあり得るって分かんだろ?」
そう言うとすぐに肩を外してニヤっと笑う。
――お前と日下部も同じだけどな。
そんなトシオの心の声に気づく由もないリクは、トシオの言葉に納得する。
「んでだ、お前さんたちは例外だが、普通なら本人ですら関与者になったことに気づかないことも多い。そりゃそうだ。自分と関係ないものがいくら消えたって、そりゃ自分と関係ないんだからな。気づきようもないってもんだ」
「でも【予定表】を見れば分かるんじゃないですか?」
スマホを開き、【予定表】のアイコンを見ながらハルが質問を重ねる。
「俺やカナメちゃんは関与者じゃねえから分からねえけども、突然スマホによく分からねえ怪しいアプリが現れたら、普通はどうすると思う?」
「まあ、開かずに削除、ですか?」
「そう、それが普通の反応ってもんだ。それをお前さんたちは開いた。それでそこに書いてある内容を読み、それを信じて行動した。それって迷惑メールなんかに反応してのと変わらねえんだぞ」
そう言われれば、確かに身に覚えがないアプリを開き、それをそのまま信じたことは軽率だったかもしれない。
それが良かったのか、あるいは知らずに過ごしていた方が良かったのか。それは今となっては分からないが、当時はそうするのが自然であると思ったし、結果的にはそれは違う世界に飛び込むきっかけとなった。
「そんな感じで、自分を関与者だって自覚してるやつ自体が少ないし、仮に自覚したとして、積極的に消滅に関わろうとするやつなんかはさらにその中でほんの一握りだ。さらにお前さんたちみたいに関与者以外がそれを信じて協力してるだなんて関係は、俺たちが把握してる限り、そんな例は他にはねえ。だよな、カナメちゃん」
「ああ、そうだな。我々もすべてを把握しているわけではないが、少なくとも我々が管轄する中では君たちのような例は報告にあがっていない」
その言葉に思わず4人は顔を見合わせる。
思えばナナもリクも当たり前のように【予定表】を信じてくれた。だが、冷静に考えてみれば、こんな突拍子もないことは信じない方が普通だろう。
それでもハルはナナなら信じてくれると確信していたし、きっとミオがリクに話したときにも同じ気持ちだったのだろう。
しかしそれは他にはないことだと聞くと、改めてここまで寄り添ってくれた2人に感謝の視線を送る。
ミオがリクから視線を外すと、【予定表】を開いてそれを目で追いながら質問する。
「消滅の対処をしている関与者ってそんなに少ないんですか?【予定表】を見てその内容を理解したら、何かが消えるってことが分かるはずなんですが、何かが消えるって分かっているのに、何もしないでいられるなんて思えないんですが......」
「さあな。他のやつらがどう思うかは分からねえが、何の見返りもなく、むしろ自分の時間や精神をすり減らしてまで行動できるやつなんて普通はいねえ。だからこそさっきカナメちゃん言ってた通り、俺たちはお前さんたちのことをそれなりに認めてるんだよ」
まだまだ青臭いけどな、と言葉を足すとニヤリと笑う。
「トシオさんたちだって消滅に対応してるじゃないですか。それって私たちと同じなんじゃ......?」
「我々は察しの通りとある組織に所属して、そこからの指令で動いている。もちろんそれなりに責任感を持ち、与えられた指令を確実に実行するために最善を尽くすようにはしているが、君たちのような自分たちの信念に基づいて動いてるわけではないんだ」
「俺たちはプロかもしれないが、スポーツだってプロよりも学生の方が熱い気持ちがあったりするだろ。プロになるってことは、それに長けていく分、そういう熱い気持ちが薄れていくもんなんだよ。だからウチのボスもお前らのことは気にかけてるみたいなんだよ」
「トシオ!」
「んー?いーじゃねーかよ。カナメちゃんもボスの考えには気づいてるんだろ?」
「それはそうだが......」
その言葉はきっとハルたちのことを認めているということなのだろう。しかし、それは言い換えればハルたちの動向はかなり前からトシオたちの組織に把握され、監視されているとも言える。
そう思うと今さらながら少し背筋が寒くなる。
一体いつから監視されていたのか、と聞いてみたくなるが、それを聞くのは即ちトシオたちの組織のことを聞くことになるが、教えてくれるはずはないだろうし、仮に教えてもらえたとしたらさらに背筋が寒くなりそうなので、聞かずにおくことにした。
ここまで続いた質問が途切れたのをきっかけに「それじゃそろそろ行くわ」とトシオたちが立ち上がりかけたところで、ハルが慌てて彼らを呼び止める。
「僕から最後にもう一つ質問させてもらっていいですか?」
「ああ、構わない」
上げかけた腰を再び下ろしてカナメが答える。
「消滅の暴走ってどうすれば止められるんですか?」
「それは分からない」
「それじゃどうすれば......」
カナメの無情な一言にハルは言葉を失う。
しかし安心しろと言わんばかりのニヒルな笑顔でトシオが告げる。
「それを見つけるためにボスに会ってもらうんだ」
***
同日 夕方 | 風見川の河原
4人はファーストフード店でカナメたちと別れた後、風見川まで来ていた。
――後日連絡するから。
そう言い残してカナメたちは去っていった。
さすがに少し肌寒くなってくる時間ではあるが、先ほどまでの邂逅の影響か、身体の寒さよりも困惑からくる火照りの方が強く、河川敷に吹く風を心地よく受け止めていた。
4人は並んで土手に腰を下ろす。
突然もたらされたさまざまな情報をどう整理すればよいのか分からず、誰も一言も発さなかった。
「消滅の暴走か......」
それは誰が呟いた言葉だろう。
ハルはその言葉をきっかけにスマホを開きユウの書き込みを見ると、また新しいことが書かれていた。
――関与とは何かに関わること。
――関わりを持つこととはその者の運命を変えること。
――すなわち運命とは誰かとの関与によって生ずる。
これはいったいなんのことを言っているのだろうか。
トシオたち組織と関わりを持った自分たちのことか。
ハルたち関与者と関わりを持ったナナとリクのことか。
あるいは消滅と関わりを持ってしまった自分のことか。
自称観測者のユウが放つ言葉は、消滅にかかわるものにこそ響く何かがあった。
「本当に何者なんだろう......」
ハルの呟きは誰からの回答もなく、そのまま宙に消えていった。