第三話 主人公、梅太郎の目的
青年は、畑の脇の道をこちらへ歩いてきた。
青い鉢巻きには、墨で「梅」の一文字。服も青で、腰には一本の刀を差している。頭の上には、あの小さな文字が浮かんでいた。
『梅太郎』
間違いない。編集画面で見た、本来の主人公だ。
「あの、梅太郎さん......ですよね」
青年は足を止め、振り返った。
「そうだけど。何か用?」
「ちょっと聞きたいことがあって。これから、どこへ行くんですか」
「鬼ヶ島」
あまりにも、あっさりとした返事だった。
「......鬼ヶ島?」
「村長に頼まれたんだ。鬼ヶ島に悪い奴がいるらしいから、倒してきてくれって」
魔王じゃなかったのか。
さっき俺は「魔王を倒せ」と言われたばかりだ。同じ村長が、同じ日に、二人へ別の敵を指定したことになる。
おまけに、この青年の本来の目的は、おじいさんとおばあさんの喧嘩を止めることのはずだ。話が、だいぶ遠回りしていた。
「本当は、おじいさんとおばあさんの喧嘩を止めたいんだけどさ。どうすればいいのか、さっぱり分からなくて。頼まれたから、とりあえず」
梅太郎は、頭をかきながら笑った。
頼まれたから、とりあえず。
その言い方が、どこか自分に似ている気がして、俺は少しだけ口をつぐんだ。
「......その悪い奴って、どんな奴なんです」
「知らないって言ってた」
「鬼ヶ島は、どこにあるんです」
「北の海の向こう。それは、村のみんなが知ってる」
「じゃあ、行き方は」
「それが、誰も知らないんだ」
「......おい」
思わず、額を押さえた。
依頼主が、敵の正体も、行き方も把握していない。
そんなことがあるのか。
いや、あの村長ならあり得る。俺を勇者にした理由を、「なんとなく」の一言で片づけた男だ。
この世界の住人に、まともな説明を期待するほうが間違っているのかもしれない。
「それで、どうするつもりなんです」
「とりあえず、行き方を探そうと思って」
「......そうですか」
俺は編集画面を開いた。
【イベント設定:未完了項目あり】
【マップ移動:未設定イベントあり】
やっぱりだ。
主人公はいる。目的もある。それなのに、目的地へ向かうためのイベントが、ごっそり抜けている。
RPGとしては、致命的だった。
「梅太郎さん。少しだけ待っていてください。道を調べます」
「わかった。頼むよ」
梅太郎は、道端にどっかりと腰を下ろした。
主人公のくせに、やけにのんびりしている。
画面を操作していると、背後で足音がした。
「おう、頑張れよ!」
「......は?」
振り返ると、茶色い髪に黒い服の青年が立っていた。腰には、梅太郎と同じように刀を差している。
見た目だけなら、いかにも腕が立ちそうだ。
「えっと、どちら様で」
「シャフト」
青年は、短く答えた。
「梅太郎の知り合いですか」
「まあな」
「梅太郎さんは、これから鬼ヶ島へ行くそうです。あなたも、一緒に行くんですか」
シャフトは、梅太郎をちらりと見た。
それから、にっと笑って言った。
「おう、頑張れよ!」
「いや、だから一緒に行くのかって聞いたんですが」
「頑張れよ!」
......会話にならない。
当の梅太郎は、気にする様子もなく、膝の土を払って立ち上がった。
「おう! 頑張る!」
「いや、納得するんですか、今ので」
シャフトは軽く手を振ると、そのまま背を向けて歩き去った。
刀まで持っているのに、冒険には、まるで参加する気がないらしい。
「......何なんだ、あの人」
首をかしげたが、すぐに画面へ視線を戻した。今は、シャフトよりも鬼ヶ島への道だ。
【北の道:移動イベント未設定】
北へ続く道の先には、海があるらしい。ただ、そこへ行くための移動イベントは、どこにも見当たらなかった。
鬼ヶ島へ向かうなら、まず海へ出る必要がある。
「よし。まず、北の海岸だな」
移動イベントの設定画面を開く。
【イベント追加】
【移動先:北の海岸】
保存を押すと、画面の端に小さな通知が出た。
【イベント設定を更新しました】
これで、先へ進めるはずだ。
そう思った、直後だった。
画面が、一瞬だけ点滅した。
【警告:不明なアクセスを検知しました】
「......またかよ」
迷わず、ログを開いた。
アクセス元は、不明。
操作履歴の最後に、見覚えのある一行が残っている。時刻は、俺が保存を押すより、ほんのわずか前だった。
まるで、俺が何をするのかを、先に知っていたみたいに。
「......誰か、いるのか」
返事はない。ログを更新しても、それ以上の情報は出てこなかった。
気のせいだ、とは思えなかった。
この世界に来てから、おかしなことが何度も起きている。未設定のイベント。そして、俺の操作に先回りする、謎のアクセス。
このゲームには、俺の知らない何かがある。
「おーい! 道は直ったのか?」
梅太郎の声に、顔を上げた。
「ええ、たぶん」
「じゃあ、鬼ヶ島に行けるんだな?」
「いえ、まずは海岸までです。その先は、まだ分かりません」
「そっか! じゃあ、頼んだぞ!」
梅太郎は、からっと笑った。
俺は、編集画面を閉じた。
まずは、北の海岸へ。その先に何があるのかは、行ってみなければ分からない。
そして、もう一つ。
誰が、俺の操作を見ているのか。
その答えは、まだ分からなかった。