煙草と堅物
広大な宇宙を旅するには光速すらも遅すぎる。だから現代の航宙船はどれもワープ航行を原則としている。
だが、宇宙のゴミを集める掃除人はワープばかりをしていられない。当たり前のことだ、飛び越えた途中の空間に漂うゴミをどうやって回収できる?
だから、宇宙ゴミを回収する作業は目標に設定した宙域を亜光速で飛び回って行う。
そして残念なことに、ノロマな人間にとっては音速すらも速すぎる。
だから、宇宙ゴミの捕集作業は航宙船の航行プログラムに命令を与えた後は目標を達成するまで宙域監視モニターを眺めながら待つだけとなる。要するに、ひたすらに暇な時間が流れ続けるのだ。
「しばらくは自由時間だ、好きなことをしてていいぞ」
そう言ってライトが取り出したのは一本の紙巻きタバコだった。古代の遺物と侮るなかれ、遥か昔の地球と違い、現代の宇宙を旅する人々の間ではとても人気のある嗜好品なのだ。
健康への害はほとんどない、子供が吸っても大丈夫なほど安全な商品もある。だがライトが取り出したタバコは、とある惑星で生産されている〝弁えた〟大人向けの代物だ。タールもニコチンもたっぷり含まれている、一度吸ったら病みつきなること間違いなしの厄介なアイテムである。
「ちょっと! 船内がタバコ臭くなるでしょ」
クライスは真面目で品行方正な青年だ。だからこの手のアイテムに眉をひそめる〝正常な〟反応を示した。とはいえ現在タバコは全宇宙的に合法な商品なので、タバコを吸うことそれ自体に反対することもできない。彼は品行方正な青年なので。
そんな人間が喫煙者を責める時の常套句が「臭い」というものである。当然ライトもそんなことは言われ慣れている。今さらそんな文句に何かを思うこともない。
「ヘーキだって。この船の空気清浄機は完璧さ。お前も一本吸ってみるといい、手放せなくなるぜ」
「やめときますよ。僕はタバコに使う金を貯めてベンツを買います」
大昔から伝わる定番の冗句だ。嫌煙者はカタブツと言われるのも昔から変わらない。そんな評価は御免被るとばかりに精一杯のユーモアを棚から引っ張ってくるのが、彼に出来る最大の抵抗なのだった。
そんなクライスの反応を楽しげに眺めながらタバコに火を付け、口に咥える。出てくる煙の粒子ひと粒すら惜しいと言わんばかりに大きく息を吸い、胸いっぱいに煙を満たすと、ライトの脳は、えも言われぬ幸福感で満たされるのだった。