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第2話 増援とは

2両のティーガーⅠは互いに寄り添うが如く休んでいた。米軍戦車隊の攻撃を弾き返したばかり。しかし、二度は通用しなかった。米軍の恐ろしい点は物量よりも修正力の高さである。一度失敗すれば反省を活かして必ず改善してきた。



「約束された増援がこれか。軽駆逐戦車でも来たらな」



「マルダーでもよかったですよ。歩兵ですか」



「おいおい、聞き捨てならんよ。腐っても正規軍だぜ」



「小銃は」



「何を言っている。これが小銃だ」



「はぁ...」



 カリウスは増援を要請する。ルール包囲網において交通の要衝を守るにティーガーⅠが2両だけはあまりにも心許なかった。ティーガーの無敵伝説は長く続かない。ソ連軍の新型重戦車は遠距離から一方的に撃破してきた。こちらの徹甲弾は無力化される。連合軍は物量で押し立てる上に長砲身型を投じて火力だけは対抗してきた。かのミハエル・ヴィットマンのティーガーも連合軍の長砲身型に撃破されたらしい。彼は単独行動が多くて何かと危うかった。オットー・カリウスは違う。いの一番に連携を重んじた。



 一両でも多いに越したことはない。中戦車や突撃砲も望まなかった。38(t)軽駆逐車がいるだけでも状況は好転する。上層部への期待は薄れていたが増援の約束を取り付けた。何が来るのか楽しみにしていると納屋という指揮所の扉を叩いて現れたのは歩兵部隊である。最初は道にでも迷ったのか案内を申し出たが自分達こそ増援である旨を伝えてきた。確かに随伴歩兵をいただけると助かる。車内に閉じこもっていては周囲警戒が疎かになりがちだ。



「パンツァーファウストはあるかい」



「なくはない。この村の住民に使わせるためにな」



「民兵は使わない。さすが、死神様だぜ」



「その軽快がいつまで続くか楽しみである」



「あんたもわかっているはずだ。ここから先は地獄しかない。俺たちは地獄に身を置いている。地獄の過ごし方は工夫しなきゃ」



「ふん...言い得て妙だ」



 随伴歩兵と呼ぶには貧相が過ぎる。栄光あるドイツ陸軍歩兵は何処へ行ってしまった。小銃はおろか短機関銃、拳銃すら持たない。彼らが胸を張って「小銃」と呼ぶは歩兵携行対戦車火器のパンツァーファウストだった。鋼鉄の熊を撃つために化学的な拳を作る。その見た目は珍妙だが内に秘める威力は洒落にならなかった。モンロー・ノイマン効果のおかげで最大200mmの装甲を食い破る。88mm徹甲弾ですら得られない貫徹力をいとも容易くだった。



 もちろん、致命的な弱点も存在する。徹底的に簡素を突き詰めた設計のため有効射程は50mにも満たなかった。現実的なところは約30mである。山なりの弾道を描くため照準器を使っても命中精度は低かった。一発必中をかなぐり捨てて百発一中を上等にする。とにかく、パンツァーファウストの数は揃っていた。10名にも満たない歩兵部隊に数十個は送られる。なんなら市民の一人に一発という仕組みすら構築された。カリウス隊も民兵のために数十発を備蓄している。



「ともかく、よろしくお願いする。死神さんや」



「あぁ、存分に頼りにしたい。まずは案内しよう」



「頼んだ。畑の中でポツンと一人は嫌だがね」



「カリウスさんをなんと思っている。この方はアホなSSと真逆に聡明だ」



「ケルシャ―」



「はい」



「噂に違わぬ夫婦だわ」



 理想と現実の差に打ちひしがれながらも増援を確かに受け取った。ヘルメットは穴が開いて制服はビリビリに破れて髪の毛はボサボサを極める。軍隊らしく規律が整っているところはなかった。これがドイツ軍の現状を示している。もはや、正規軍を為していなかった。親衛隊すら潰走を繰り返す絶望的な中で正規軍が戦えるはずもなく。カリウス隊は唯一の真っ当な戦車隊と稀有な例に挙げられた。東部戦線において死神と恐れられた畏怖の対象は最後まで死神であり続ける。



 カリウス隊が精鋭部隊と残った理由は厳重な規律だけでなかった。チームプレーの連携を重視する方針は歩兵も含む。彼が三号突撃砲の車長を務めた時の大失敗から学びを得た。戦車は歩兵なくして動けない。パンツァーファウストを装備する以上は戦車戦に参加してもらった。そして、伝説のティーガー乗りの彼がぞんざいに扱うことがあろうか。丸腰に近しい歩兵を戦場にポイッと放り投げる愚は犯さなかった。小さくも戦略的な配置に努める。



「ここは比較的に高いから三方を見下ろすことができた。敵の姿はまる見えだが」



「まず待ち伏せには向かねぇ」



「こちらから見えるということは向こうからも見えること。あくまでも、監視所だから絶対に間違えないでいただきたい。我々は家屋や倉庫に身を潜めることが多かった。君たちの報告が勝敗を分ける」



「責任重大ってことだ。腕が鳴るよ。それなら俺たちは適当な建物で過ごさせてもらうがいいかね」



「なんら構わない」



「パンツァーファウストは後方10mを安全距離としなければならない。教本はそのように書かれているはずだ。建物から撃つと言うのは危険ではないか」



 所詮は農村に過ぎず対戦車砲も機関銃も何もなかった。ティーガーⅠがたった2両で持ち堪えてきたが御覧の有様である。ここで精一杯の抵抗を見せるために待ち伏せが絶対だった。敵軍を高所から見下ろして早期に発見して迎撃の用意を整える。パンツァーファウストの威力を最大に引き出すために家屋から道具入れまで隠れ蓑は選ばなかった。



 ケルシャーの鋭い指摘が入る。無反動砲の性質から発射時に後方へ強烈な爆風であるバックブラストを生じた。パンツァーファウストの教本に後方約10mは安全を確保することが記される。生身の人間は一瞬にして引き裂かれた。人間はいなくても障害物があれば爆風が戻ってくる。射手が全身に重度の火傷を負いかねなかった。したがって、建物からの発射はよほどの広さが無い限りはご法度である。



「本当に真面目だね。マインヒューラーのいう理想的なドイツ軍人だ。俺たちはもう死んだに等しい。祖国はどうなっている。家族はどうなっている。理想はどうなっている。今まで4両仕留めてきたが満たされない。なぜだ?」



「私にはわからない」



「へっ逃げやがってよ。答えは単純だ。ドイツは負けるから」



「ドイツが負ける...」



「最後まで優等生でいようとするんじゃねぇよ。お前の主が最も理解している」



 ケルシャーの隣に立つカリウスの表情はいつにも増して険しいものだ。どこかを真っ直ぐに見ている。最前線にティーガーを駆り続けてきた男が見つめる先にあるのはドイツの敗北だった。宣伝は徹底抗戦を訴えて止まらない。一部戦線は大勝を収めたと扇動に余念がなかった。しかし、ドイツの各地が連合軍の爆撃に晒されている。物資不足は窮乏を遥かに超えた。戦車を動かす燃料も底を尽き始める。カリウス隊が得意とする機動戦も自重を余儀なくされた。



 これで未だに勝利するという者は熱狂的な文字通りの狂信者である。アドルフ・ヒトラーの責任を問う声は日に日に強まった。クーデターか暗殺の未遂が報じられる。ドイツの偉大な指導者が目指したドイツはここになかった。我々は何のために戦っているのか自問自答は終わらない。ただ一つ言えることがあった。



「敵と戦っていなけりゃ正気を保てねぇんだ。それが戦争じゃないかないのね」



「なかなかに盛り上がっているところ申し訳ございません。お食事の用意が整いました。パサパサのライ麦パンと乾燥ハムですが今を生きるために」



「もうそんな時間であるか」



「皆様、どうぞこちらへ」



 夕日は沈む。



 ドイツも沈んでいた。



続く
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ティーガー最後の戦い作者:竹本田重郎
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2両のティーガーⅠは互いに寄り添うが如く休んでいた。米軍戦車隊の攻撃を弾き返したばかり。しかし、二度は通用しなかった。米軍の恐ろしい点は物量よりも修正力の高さである。一度失敗すれば反省を活かして必ず改善してきた。



「約束された増援がこれか。軽駆逐戦車でも来たらな」



「マルダーでもよかったですよ。歩兵ですか」



「おいおい、聞き捨てならんよ。腐っても正規軍だぜ」



「小銃は」



「何を言っている。これが小銃だ」



「はぁ...」



 カリウスは増援を要請する。ルール包囲網において交通の要衝を守るにティーガーⅠが2両だけはあまりにも心許なかった。ティーガーの無敵伝説は長く続かない。ソ連軍の新型重戦車は遠距離から一方的に撃破してきた。こちらの徹甲弾は無力化される。連合軍は物量で押し立てる上に長砲身型を投じて火力だけは対抗してきた。かのミハエル・ヴィットマンのティーガーも連合軍の長砲身型に撃破されたらしい。彼は単独行動が多くて何かと危うかった。オットー・カリウスは違う。いの一番に連携を重んじた。



 一両でも多いに越したことはない。中戦車や突撃砲も望まなかった。38(t)軽駆逐車がいるだけでも状況は好転する。上層部への期待は薄れていたが増援の約束を取り付けた。何が来るのか楽しみにしていると納屋という指揮所の扉を叩いて現れたのは歩兵部隊である。最初は道にでも迷ったのか案内を申し出たが自分達こそ増援である旨を伝えてきた。確かに随伴歩兵をいただけると助かる。車内に閉じこもっていては周囲警戒が疎かになりがちだ。



「パンツァーファウストはあるかい」



「なくはない。この村の住民に使わせるためにな」



「民兵は使わない。さすが、死神様だぜ」



「その軽快がいつまで続くか楽しみである」



「あんたもわかっているはずだ。ここから先は地獄しかない。俺たちは地獄に身を置いている。地獄の過ごし方は工夫しなきゃ」



「ふん...言い得て妙だ」



 随伴歩兵と呼ぶには貧相が過ぎる。栄光あるドイツ陸軍歩兵は何処へ行ってしまった。小銃はおろか短機関銃、拳銃すら持たない。彼らが胸を張って「小銃」と呼ぶは歩兵携行対戦車火器のパンツァーファウストだった。鋼鉄の熊を撃つために化学的な拳を作る。その見た目は珍妙だが内に秘める威力は洒落にならなかった。モンロー・ノイマン効果のおかげで最大200mmの装甲を食い破る。88mm徹甲弾ですら得られない貫徹力をいとも容易くだった。



 もちろん、致命的な弱点も存在する。徹底的に簡素を突き詰めた設計のため有効射程は50mにも満たなかった。現実的なところは約30mである。山なりの弾道を描くため照準器を使っても命中精度は低かった。一発必中をかなぐり捨てて百発一中を上等にする。とにかく、パンツァーファウストの数は揃っていた。10名にも満たない歩兵部隊に数十個は送られる。なんなら市民の一人に一発という仕組みすら構築された。カリウス隊も民兵のために数十発を備蓄している。



「ともかく、よろしくお願いする。死神さんや」



「あぁ、存分に頼りにしたい。まずは案内しよう」



「頼んだ。畑の中でポツンと一人は嫌だがね」



「カリウスさんをなんと思っている。この方はアホなSSと真逆に聡明だ」



「ケルシャ―」



「はい」



「噂に違わぬ夫婦だわ」



 理想と現実の差に打ちひしがれながらも増援を確かに受け取った。ヘルメットは穴が開いて制服はビリビリに破れて髪の毛はボサボサを極める。軍隊らしく規律が整っているところはなかった。これがドイツ軍の現状を示している。もはや、正規軍を為していなかった。親衛隊すら潰走を繰り返す絶望的な中で正規軍が戦えるはずもなく。カリウス隊は唯一の真っ当な戦車隊と稀有な例に挙げられた。東部戦線において死神と恐れられた畏怖の対象は最後まで死神であり続ける。



 カリウス隊が精鋭部隊と残った理由は厳重な規律だけでなかった。チームプレーの連携を重視する方針は歩兵も含む。彼が三号突撃砲の車長を務めた時の大失敗から学びを得た。戦車は歩兵なくして動けない。パンツァーファウストを装備する以上は戦車戦に参加してもらった。そして、伝説のティーガー乗りの彼がぞんざいに扱うことがあろうか。丸腰に近しい歩兵を戦場にポイッと放り投げる愚は犯さなかった。小さくも戦略的な配置に努める。



「ここは比較的に高いから三方を見下ろすことができた。敵の姿はまる見えだが」



「まず待ち伏せには向かねぇ」



「こちらから見えるということは向こうからも見えること。あくまでも、監視所だから絶対に間違えないでいただきたい。我々は家屋や倉庫に身を潜めることが多かった。君たちの報告が勝敗を分ける」



「責任重大ってことだ。腕が鳴るよ。それなら俺たちは適当な建物で過ごさせてもらうがいいかね」



「なんら構わない」



「パンツァーファウストは後方10mを安全距離としなければならない。教本はそのように書かれているはずだ。建物から撃つと言うのは危険ではないか」



 所詮は農村に過ぎず対戦車砲も機関銃も何もなかった。ティーガーⅠがたった2両で持ち堪えてきたが御覧の有様である。ここで精一杯の抵抗を見せるために待ち伏せが絶対だった。敵軍を高所から見下ろして早期に発見して迎撃の用意を整える。パンツァーファウストの威力を最大に引き出すために家屋から道具入れまで隠れ蓑は選ばなかった。



 ケルシャーの鋭い指摘が入る。無反動砲の性質から発射時に後方へ強烈な爆風であるバックブラストを生じた。パンツァーファウストの教本に後方約10mは安全を確保することが記される。生身の人間は一瞬にして引き裂かれた。人間はいなくても障害物があれば爆風が戻ってくる。射手が全身に重度の火傷を負いかねなかった。したがって、建物からの発射はよほどの広さが無い限りはご法度である。



「本当に真面目だね。マインヒューラーのいう理想的なドイツ軍人だ。俺たちはもう死んだに等しい。祖国はどうなっている。家族はどうなっている。理想はどうなっている。今まで4両仕留めてきたが満たされない。なぜだ?」



「私にはわからない」



「へっ逃げやがってよ。答えは単純だ。ドイツは負けるから」



「ドイツが負ける...」



「最後まで優等生でいようとするんじゃねぇよ。お前の主が最も理解している」



 ケルシャーの隣に立つカリウスの表情はいつにも増して険しいものだ。どこかを真っ直ぐに見ている。最前線にティーガーを駆り続けてきた男が見つめる先にあるのはドイツの敗北だった。宣伝は徹底抗戦を訴えて止まらない。一部戦線は大勝を収めたと扇動に余念がなかった。しかし、ドイツの各地が連合軍の爆撃に晒されている。物資不足は窮乏を遥かに超えた。戦車を動かす燃料も底を尽き始める。カリウス隊が得意とする機動戦も自重を余儀なくされた。



 これで未だに勝利するという者は熱狂的な文字通りの狂信者である。アドルフ・ヒトラーの責任を問う声は日に日に強まった。クーデターか暗殺の未遂が報じられる。ドイツの偉大な指導者が目指したドイツはここになかった。我々は何のために戦っているのか自問自答は終わらない。ただ一つ言えることがあった。



「敵と戦っていなけりゃ正気を保てねぇんだ。それが戦争じゃないかないのね」



「なかなかに盛り上がっているところ申し訳ございません。お食事の用意が整いました。パサパサのライ麦パンと乾燥ハムですが今を生きるために」



「もうそんな時間であるか」



「皆様、どうぞこちらへ」



 夕日は沈む。



 ドイツも沈んでいた。



続く
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ティーガー最後の戦い作者:竹本田重郎
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