第五十五話 魔導剣士ロイ、大貴族の美食に舌鼓を打つ
「失礼な質問でしたら、申し訳ありません。奥方様の姿が、見えないようですが」
「妻は、娘が幼いとき、身罷った。もう、十年以上になるのか」
遠い目をなさる卿。そして、クッコロさん。
「デリケートな話題に踏み込んでしまったようで、大変申し訳ありません」
「気にしないでくれ。私には、妻の遺してくれた、かけがえのない宝がある。それで、十分すぎる」
なるほど。本当に、ただ一人遺された忘れ形見なのだな。戦いの世界から強く遠ざけたい気持ちが、よく理解できた。
「奥方様のご冥福を、主に祈らせてくださいませ」
フランが、祈りを捧げる。
「ありがとう。さあ、これ以上、辛気臭いのはなしだ。前菜が冷める前に、いただこうではないか」
卿の仕切りで、食事が開始される。
まずは、葉物野菜に、ソースがかかったものだ。はて、キャベツはまだ時期ではないし......。何だろうか。
とりあえず、試してみよう。これは......どこかで? そうだ、バーブルに滞在していたとき食べた、白菜だ! これに、ラドネスブルグ風のソースがかかっている。意外なことに、相性が良い。
「白菜ですね。これは、意外なものをいただきました」
「ほう、さすが冒険者。白菜を知っているか。バーブルでは旬らしくてな。メインシェフが、面白い組み合わせを思いついたというので期待していたが、こう来たかと私も驚いている」
サンも、「うめーうめー」と大絶賛。卿らのお許しをいただいているので、マナーの悪さは、今は咎めないでおこう。だが、帰ったらお説教だ。
続いて、白ワインをいただく。甘め、ライトボディの発泡酒。美味いとしか言いようのない酒だ。
続いて運ばれてきたのは、パンとスープ。はて、何の変哲もないコンソメだが......?
や! これは!?
「この味、『青い三日月亭』のものですね」
それも、お忍びで重臣が来たとき、バーシがお出ししたものだ。
「君らの拠点だったな。マルティアン様......兄上のほうだが、彼が、いたく感心したスープがあると仰っていてな。シェフに、食べに行かせたのだ。まったく、彼のお忍び癖は、愉快なものをもたらしてくださる」
愉快そうに、肩を揺らす卿。ラドネスブルグの重鎮中の重鎮、マルティアン兄弟。「グリーン・ラクーン」の異名を取る、兄である宰相テッツァーと、「レッド・フォックス」の異名を取る、弟の大将軍ハマド。その兄が、あの日の客だ。
かような場で、あの日のスープを飲むとは、奇妙な巡り合わせだ。
しかし、実に完璧なコピーぶり。いや、それ以上か。このシェフ、只者ではない。
これには、関わった皆も、息を呑んでいる。
続いて、魚料理。マリネ......というか、異界の言葉を使わせてもらうならば、南蛮漬けだ。
「これは......オイカワですね」
冬が旬の魚だ。
「ほう、詳しいな」
「師匠のために獲物を獲り、料理するのが長年の習慣でありましたから」
三人で過ごした日々が、脳裏に去来する。
「ベラドンナ殿か。お会いしたのは一度だけだが、達者であろうな」
「はい。大変達者に過ごされております」
続いて、リンゴのシャーベットが運ばれてきた。
「おお、一番の楽しみが来た。私は、氷菓に目がなくてな」
やはり、クッコロさんも、年頃の女の子なのだなあ。
冷たくて、美味い。冬に、暖かい部屋で氷菓というのも、オツなものだ。口の中が、さっぱりするな。
そして、メインディッシュ。重量感のあるステーキだ。
ナイフを入れると、力を入れずとも、スゥッと切れる。なんて柔らかい肉だ。
もともと良い肉に、シャリアピンソースを使っているから、かくも柔らかい。
そして、焼き加減は、見事なレア。噛むと、豊かな肉汁が、ぎゅっと溢れてくる。
義妹など、「うめー、うめー」から、「すげー、すげー」に褒め言葉が変わっている。
ここで、赤ワインを愉しむ。先ほどの白と異なり、辛口のフルボディ。これは効く。
ラストは、ザッハトルテ。
いやはや、美味い。依頼時も出されたが、遠慮して手を付けなかったのが悔やまれるな。
「やはり、運動の後は甘味だな! 氷菓も良いが、チョコレートも良いものだ!」
顔をほころばすクッコロさん。その姿は、やはり年相応の女の子だ。
以上をもって、すべての料理が出され終わった。
「大変、美味しゅうございました」
「ふふ。娘に懐柔されないでくれたまえよ」
「は。気をつけます」
と言いながらも、俺の心は揺れていた。
どうするのが、ベストなのだろうか。