第一話 そのふたり、結局どういう関係なの?
一、ある珊瑚宮第一守衛団団員の目撃証言
さようでございます。ある晩、いつも通り若宮司様の寝所の外にて警備にあたっておりましたところ、お部屋の中から悲鳴が聞こえてまいりました。男性の、ただならぬ叫び声でございました。
同僚と共にただちに寝所の戸を開け、中へ踏み込みました。そうせよと、日頃の訓練で指導されておりますゆえ。
「いっ......いたっ......痛すぎーーーー!」
床の上では若宮司様が膝をおつきになって泣き叫んでおられました。
さらに若宮司様の両腕を背後から引っ張りながら、そのお背中を足で蹴りつける我らが第一守衛団団長、ロタラ王女殿下がおられました。
「肩甲骨が硬すぎるぞ、エンジュ」
ロタラ団長は若宮司様の悲鳴を聞いても手を緩めることなく、真面目な顔で仰いました。
若宮司様も、悲鳴は上げつつも「やめろ」とは仰らず、にこにこと優しい笑顔でロタラ団長を振り返ってございました。
「最近、机での仕事が多くてねえ」
「鍛錬が足りないぞ、エンジュ」
「ああっ......!効く効くー!」
「だろう?」
ロタラ団長がお手をお離しになると、若宮司様は肩を回しながらゆっくりと立ち上がりあそばしました。
その若宮司様のご立派なお姿と言ったら!深緑色の髪をゆるやかに三つ編みにまとめて肩へ流すその長身は、神殿に立つ樹齢二千年の大木のような佇まいでございました。
......あ、はい。若宮司様のご容姿については今は関係ございませんね。
それで、なんでしたっけ?ああ、そうでした。
お二人はそのまま並んで体側たいそくを伸ばし始め、頭上で互いの手を掴んでおられました。長身のお二人が左右から身体を傾けたそのお姿は、さながら巨大な門のようでございました。
「あれ?君たちどうしたのー?」
我々にお気づきになった若宮司様が、手を繋いだまま、お声をかけてくださいました。
「大事ない。基準配置に戻れ」
ロタラ団長が、そのように指示を出されましたので、我々は再び寝所の外にて控えましてございます。
その後も、お部屋の中からはお二人の楽しそうな声が聞こえてまいりました。
「ああー......伸びる伸びるー。やっぱり柔軟はロタラと一緒にやるのが一番効くなぁ」
「いつでも呼べ。すぐに駆けつける」
「ありがとー」
お二人の柔軟体操は夜更けごろまで続きました。
二、ある翡翠宮大神殿の若手神官の目撃証言
はい。その夜は、若宮司様の指示で薬箱をお部屋までお持ちしました。
「入ってー」
と、いつもの無駄に呑気な若宮司様の声が聞こえたので遠慮なくお部屋に入りますと、上半身の着衣をお脱ぎあそばされた珊瑚宮第二王女殿下が、寝台の上で胡座をかいてお座りになっていました。
「ありがとー。ここに置いてー」
若宮司様は薬箱から軟膏を取り出すと、手のひらでよーく温めてからロタラ姫の背中に、自ら塗って差し上げていました。
「ああ、ここ痣になっちゃってるねぇ。痛そう......」
「朝稽古でぶつけたところだな。平気だ」
ロタラ姫は、橙色の長い髪を片手で押さえながら、気持ちよさそうに目を閉じておられました。
でも、私は思いました。上半身、全部脱ぐ必要ないんじゃないかなって。
「エンジュ、君の調合した薬はよく効く」
「でしょー?」
ロタラ姫に褒められた若宮司様は、なんかすんごい得意げでした。
私がまじまじと見ていると、若宮司様は首を傾げて仰いました。
「まだいるの?もう出てっていいよ」
あの人、我々神官には当たりがきついんですよ。......あ、すみません。今の発言は記録に残さないでもらえます?
三、翡翠宮の縁談担当者の訴え
ですから、申し上げているでしょう!
我々とて、何の根拠もなく若宮司様とロタラ王女殿下の縁談を進めようとしたわけではございません!
夜な夜な私室で身体をほぐし合い、肌に薬を塗り合い、何かにつけて二人でいそいそと山へ出掛けていく。
若宮司様の近接護衛についても、人事担当者がまとめ上げた候補者名簿には一切目もくれず、
「護衛?今回もロタラでいいよ」
の一言ですよ。
これで何もないと思いますか?私は思えませんね!
若君は翡翠宮第三王子にして、実に五十六年ぶりに選ばれた若宮司。天体を読み、自然現象を予測するお力は歴代でも最高峰、北の山の獣を相手取っても軽くいなしてしまわれる。ええ、それはもう、能力については私も何ひとつ申し上げることはございません。
ですが!人格には少々難があるのでは?
珊瑚宮からも苦情が来ております。「適齢期の王女を、寝所を含む近接護衛に継続指名するくせに、そちらの若君は縁談を申し入れる素振りも見せない」と。
神事を司る翡翠宮と武門を司る珊瑚宮の縁談は、古来より国家の安寧をもたらすと言われてきました。
嫌い合う仲なら無理にとは言いません!
でもあの二人......仲良いじゃないですか!!
ですから私どもは何度も若君の説得にあたりました。
「ロタラ王女殿下をお娶りになってはいかがですか」と。
ところが若君は、
「えー?なんでロタラと?」
などと言って、呑気に饅頭を頬張っておられる!
もうこの際、縁談さえまとまればロタラ王女じゃなくてもと、国中のあらゆる宮家の姫君の身上録を持っていきました。
その度に、「えー?興味なーい」「まだ早いんじゃなーい」などと仰り、私どもの苦労など何も理解されないご様子。
私、大神殿にお仕えして四十四年になりますが、これほど晴れない霧の中を歩かされたことはございません。もはやこの職を辞すべきかと思い詰め......はい?
では結局、若宮司様と王女殿下はどういう関係なのか、ですって?
それはね、
私が一番聞きたいんですよ!!