第十二話 失敗! お見合い ⭐︎ 大作戦
「どうにかならんのか」
翡翠宮の奥まった小さな部屋に、神官たちがぎゅうぎゅうに集まっていた。
「相変わらず、琥珀宮から、若君とナナリエ王女の距離が近いと苦情が入っております」
「珊瑚宮からも、いつまでロタラ王女を拘束するつもりだと問い合わせもきております」
「うーん」
部屋の照明は落とされ、話し合う声も抑えられていた。
「若君の兄上からの情報提供によれば、若君自身は女性に関心はおありのようで」
「そりゃそうだろう。でなければナナリエ王女に鼻の下を伸ばすわけがない」
「なんとかして、若君に身を固めてもらうしかありませんな」
「誰かいないか」
「翡翠宮の未婚の王女たちは、若君の普段の有様をよく知っており、誰も手を挙げません」
誰からともなく、深いため息が漏れた。
「......やはり、珊瑚宮か。しかしロタラ王女には散々断られているしな」
「巷の噂で、珊瑚宮の第三王女が若君との縁談に乗り気であると耳にしました」
「なんだと? それは良い。どうしようもない若君は武門の姫を側に置いて躾けてもらうくらいせねば。さっそく話を――」
「いえ、ここは慎重に。若君は縁談と聞くたびに逃げ出しております」
「ならば、どうする?」
暗い部屋の中で、神官たちは顔を見合わせた。
⭐︎
「姫様方に、翡翠宮より若宮司の近接護衛の打診が来ております」
年嵩の武人が深々と頭を下げて上申した。
光と風が爽やかに通り抜ける、珊瑚宮の宮殿の最上階、将軍謁見の間だ。
珊瑚宮護国軍を率いる将軍は、娘たちを見渡して口を開いた。
「これまでは二の姫ロタラが当たっていたであろう。なぜ遊撃隊のニムファと保安局のカメリアに護衛の話が来るのだ」
ニムファとカメリアも互いに顔を見合わせた。
「は。密偵からの情報によりますと、どうやら此度の護衛の打診、裏で若宮司の縁談を画策している気配がございます」
「裏で? 全然隠れているようには見えんが、神殿の奴らは阿呆なのか?」
将軍は橙色の顎鬚を撫でながら肩をすくめた。
「して、お前たちの考えは?」
ニムファは姿勢を正し、真っ直ぐに父親を見つめた。
「お受けいたしまする! 万事、覚悟はできております!」
「まあ、一度くらいならお会いしましょうかねえ」
カメリアも薄紅色の髪を艶やかに撫でながら微笑んだ。
将軍は感心するように頷いた。
「ではその話、進めよ」
「やったあ!」
ニムファは思わず飛び上がった。
⭐︎
「若君、近接護衛の件ですが」
「ロタラでいいよ」
エンジュは顔を上げずに答えた。
一瞬怯みつつも、神官は表情を引き締めて再び口を開いた。
「このたび珊瑚宮より、第一王女カメリア殿下と第三王女ニムファ殿下も候補に――」
「............」
エンジュは事務作業する手を止めて、神官を見た。
「近接護衛?」
「......はい」
澄んだ瞳に捉えられて、神官は少しだけ背筋を震わせた。
「ふうん」
エンジュは一息吐くように椅子の上で両腕を伸ばした。
「まずは画像記録をどうぞ」
「護衛の画像ねぇ」
翡翠色のお茶を一口飲みながら、神官が端末を操作するのを待つ。
「まず、第一王女のカメリア様です」
エンジュの目が、はっと見開かれた。
宙には立体投影されたカメリアが、風に髪を靡かせてゆっくりと振り返った。
「わあ。癒されるなあ」
ほわっとしたため息が漏れた。
「帰ったときに、この人に“お疲れ様でした”って言われたいなあ」
「でしょう! カメリア様は保安局の取調室で要職につく実力者です。若君を公私共に支えてくれると思いますよ!」
「......公私共に? 護衛の仕事なんだよね」
「あ、はい。えーと、第三王女のニムファ様もご覧ください」
神官は震える指を端末に滑らせた。
「あっ」
途端にエンジュが声を上げた。
高い位置で結った赤い髪を揺らしながら、ニムファが薙刀を振っていた。
食い入るように見つめるエンジュ。
薙刀を納め、深々と礼をするニムファに、エンジュはため息を漏らした。
「凛々しさの中に奥ゆかしさがある。僕の好みだなあ」
「で、では!」
神官は顔を輝かせた。
「だから、却下だよ」
「......はい?」
神官の笑顔が固まった。
エンジュは深刻そうに頷いた。
「二人とも魅力的すぎる。こんな人が毎日そばにいたら、気が散るよ」
「若君......?」
「若宮司の職務に支障が出るよ。護衛として不適格だね」
「えーと」
「近接護衛なんでしょ?ここら辺に立ってる」
エンジュは右手をぐるぐる回して自分の周りの空間を示した。
「はあ......」
納得するように神官は項垂れかけた。
「いやいやいやいや!」
下がりかけた頭が勢いよく跳ね返った。
「ちなみに、人生の伴侶としてはいかがでしょう」
エンジュはにっこり笑った。
「魅力的だね」
神官の顔が何度目かの輝きを取り戻した。
「たぶん骨抜きになって仕事に来なくなるよ」
「え」
エンジュは立ち上がって虚空を見上げた。
「僕には見える」
ゆっくりと、書斎の中を歩き始めた。
視線だけは、何もない宙を追っている。
神官は、透き通る翡翠色の瞳から目を離せなかった。
「......若君?」
エンジュは無言で手を宙に差し伸べた。
その指が静かに閉じられると、ようやく口を開いた。
「朝になっても、夕になっても、次の日になっても......」
神官が息を呑んだ。
「寝所から出てこない若宮司」
エンジュがぴたりと足を止めた。
虚空から目の前の神官へ、静かに瞳が移ってきた。
「五十六年ぶりの若宮司、たぶん失うことになるよ?」
⭐︎
「若宮司より返答がありました」
家臣は眉間の皺を深めて一呼吸置いた。
「申してみよ」
将軍に促されて、家臣は深呼吸をしてから口を開いた。
「お二方とも女性として魅力的すぎるため、職務に支障が出るのでお断りしたい、と」
「は?」
ニムファが音を立てて立ち上がった。
「見た目で?私の中身も武術の腕前も見ずに?それで判断したの?なんだそれは!」
その場で足を踏み鳴らすと、床に地響きが鳴った。
「へえ。ロタラなら支障がないんだねえ」
カメリアが頬に手を添えて、ロタラに笑いかけた。
胡座をかいていたロタラは、ぱんと膝を打ち鳴らした。
「ああ! ないらしいぞ!」
「二の姫様......」
家臣は皺が刻まれた眉間を重苦しそうに抑えた。
立ち上がったニムファが勢いのあまり仰け反った。
「こんな俗物のような者が若宮司など!私は認めませぬ!」
そのまま、怒りのあまり気絶した。
「姫様ー!」
部屋中の家臣や侍女たちがワタワタと集まってきた。
「とんだ茶番だったな」
将軍は髭を撫でながら窓の外を眺めた。
太陽がふたつ仲良く南の空を渡っていた。