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第十一話 若君たちの品定め

 その日、若宮司の書斎は立ち入り禁止だった。

 事務処理を進めたい神官たちが書斎前を時折うろついたが、来客中と知り諦めて立ち去る。
 書斎の中では、ふたりの男が張り詰めた空気の中で向かい合っていた。

「......例のものを手に入れたぞ、エンジュ」
 秋の葉のような黄色い髪の男が記録端末を掲げた。

「シキミ......よく探し出したね。さすがしつこい性格をしているだけある」
「おいおい、その態度はないだろう。頼れる兄貴に向かって」

「神殿に囚われの身になっている弟のためなら、そのくらい容易いことでしょ」
「......まあな。お前が若宮司になったおかげで、俺もいい思いをさせてもらっている」

 男たちは顔を見合わせて怪しく笑った。

 並んで座ると、シキミは板状の記録端末を操作した。
 やがて、場違いに艶めいた女の声が、若宮司の書斎に流れ始めた。

 エンジュは無言で画面を見つめた。
 シキミも真剣な顔をしている。

「ちょ......これ角度変わらないの?」
 エンジュはシキミの手から端末を奪うと、斜めにしたり下から覗いたりした。

「この手の映像は規制が入っているからな、立体投影もできんぞ」
「そっか......想像力を働かせろってことだね」
「ああ......」

 仲良く端末の両側を手で支えながら、静かに鑑賞を始めた。
 兄弟といえども、ため息をつく頃合いは揃わない。

「ちょっと地味じゃないか」
「何言ってるの。こういうのがいいんじゃない」
「俺はもっと華がある方がいいな」
「シキミはわかりやすい美人が好きだねぇ」
「完璧な方がいいだろう」
「美人すぎると鑑賞になっちゃうから」

 軽口を叩き合っていたふたりも、次第に口数が減った。
 四つの目が画面に釘付けになる。

「兄弟揃って、何見てるんだ?」

 ふたりの背後から快活な声がかかった。

「あ、ロタラ」

 エンジュは上を向いて背後に立つ友人の姿を確認した。
 手元では相変わらず、切迫した声が流れている。

「立ち入り禁止にしたんじゃないのか」
 興を削がれたように、シキミが眉を寄せた。
「ロタラには関係なかったみたい」

「なんだまた女体を見ているのか。好きだな、君は」
 ロタラは身体を屈めて、ふたりの間から画面をのぞいた。

「見ているのは女体だけじゃないんだよ。全体だよ、全体」
「なるほど。俯瞰して見るのだな」

 ロタラは長椅子の背もたれに肘をついて鑑賞を始めた。
 兄弟たちも再び画面に視線を戻す。

「......」
「......」

「......でもなぜだ」
 ロタラが納得いかない声で問いかけた。
「こんなに布が多くちゃ、よく見えないだろう。女体が隠れすぎだ」

「隠れているのがいいんだよ」
 エンジュは振り返りもせずに答えた。
 軽く握った拳で口元を隠して目を細める。
「......あと服が濡れて透けてるのも最高」

「わからん趣味だなあ」
 ロタラは呆れた声を出した。

 無言のエンジュに代わり、シキミが振り返る。

「ロタラ、想像してみろ。雨に濡れたナナリエちゃんを」

「......!!」
 鈍い音が書斎に響いた。

「う......」
 長椅子にシキミが倒れ込んだ。

 ロタラは振り下ろした手刀を、そのままの形で止めていた。

「ああ、すまん。エンジュならいつも避けるから、加減を間違えた」

「いや......ふざけた俺が悪かった」
 シキミは肩を押さえながら起き上がり、ロタラの顔を見た。

「お前たちは互いに服を脱いでもこうはならんのか」

 ロタラは不思議そうにシキミを見返した。

「この映像のような展開か。ないな」
「ぶつけたところに薬を塗ってるだけだもんね」

 エンジュは映像から目を離さずに言った。

 シキミは眉を寄せてエンジュを覗き込んだ。

「だったら、ロタラじゃなくて俺と薬の塗り合いをするのはどう思うんだ?」

「ちょっと頭、邪魔だよ!」
 エンジュは怒りながら視線をシキミに向けた。

「シキミと薬を塗るの?別にいいけど、嬉しくはないかな」

「ほう」
 シキミが目を丸くした。

「シキミは美しくないじゃない?」
「失礼な弟だな。だが、ロタラだと嬉しいのか」
「ロタラはきれいでしょ」

 怒ったままの勢いでエンジュは軽く言った。

「ああ、いつも言われている」
 ロタラも当然だと言わんばかりに頷く。

「だったら、こんな映像を見ずにロタラを鑑賞したらいいんじゃないか」

「鑑賞に耐えうるぞ!」
 シキミの言葉に、ロタラは得意げな顔で拳を掲げた。もちろん仁王立ちだ。

「うーん?」
 怒りをしまって、エンジュは首を傾げた。

「ロタラは立派すぎて?何かの作品みたい」
「立派だろう!」

 シキミの目が鋭くなった。

「それはつまり女として――」
「あ!ハルジオンも美しくて好き」

 エンジュは端末をシキミに手渡しながら、頬を緩ませた。

「ハルジオンとだったら楽しく薬を塗り合えるよ」

「お、おお......?」
 シキミが顔を痙攣らせる。
「だったら、その先はどうなんだ。こういうやつ」

 相変わらず再生され続ける映像を、エンジュの目の前に突き出した。

「ええ。ハルジオンと?無理だよ」

 エンジュは目の前の端末を手で押し返した。そして腕組みをして、納得したように頷く。

「ハルジオンとできないことは、ロタラとも無理だと思う。......たぶんね」

 ロタラが長椅子の背もたれを叩いた。

「なんと!あんな華奢で気障な男と同列なのか!」

 自身の二の腕の筋肉を撫でながら、ロタラは名案を閃いたようにエンジュを見た。

「しかしそんなに女体が好きなら特定の相手を見つければいいんじゃないか」
「そうだそうだ。縁談を受けろ」
 シキミが追撃した。

 エンジュは全ての表情をしまって、口を閉ざした。

 シキミは手元の端末を伏せた。

「ナナリエちゃんだったら受けるのか?」

 エンジュが顔を上げた。刺すような目でシキミを睨む。

「さすがに怒るよ?考えたこともないよ」

「絶対に振り向かない相手だから安心か?」

 睨みつけた目がそこに縫い付けられたように止まった。

 少しだけ開かれた口は、呼吸を止めて固まっている。

 シキミもロタラも動かずに待った。

 やがてエンジュは頭を傾けた。

「そんなわけないでしょ」
 深緑の三つ編みに頬が埋もれる。
「一緒に同じものを見てくれる人を待っているだけだよ」

 照れ笑いするように目を細めるエンジュを、シキミもロタラもしばらく見つめていた。

「僕の隣で空を見上げて、目には見えない法則を共有できる、そんな人」

 シキミがため息を漏らした。

「なんだそれは。待ってて見つかるのか」
「わからない。どこか別の星にいるのかもしれないし」

「話にならんな」
 シキミは切り捨てるように言った。

 エンジュもいつも通り飄々と笑っている。

「そうか。そういう相手を待っているのだな」
 ロタラは納得したように頷いた。

「ところでロタラは何をしにきたの?」
 今度はいつもの笑顔をロタラに向けた。

「......ああ。これを持ってきたぞ」
 ロタラは足元に置いてあった包みを持ち上げた。

「稽古のあとに飲むと筋肉がつく粉だ!」
「前に言っていたやつだね」
「さっそくやるか!」
「ええ。もう夕方だよ?」

 ロタラに二の腕を掴まれて、エンジュはよろめきながら立ち上がった。

「軽くだ。軽く」
「しょうがないなあ」

 扉の前で待機していた神官たちが用件を告げる間もなく、ふたりは神殿を飛び出して行った。

「これは重症かもしれんな」

 ひとり書斎に取り残されたシキミは、ふたりが出て行った扉を見つめて眉をひそめた。
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光合成する若宮司と長槍背筋の姫⭐︎近すぎて甘くない関係作者:はなちゃん
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第十一話 若君たちの品定め

 その日、若宮司の書斎は立ち入り禁止だった。

 事務処理を進めたい神官たちが書斎前を時折うろついたが、来客中と知り諦めて立ち去る。
 書斎の中では、ふたりの男が張り詰めた空気の中で向かい合っていた。

「......例のものを手に入れたぞ、エンジュ」
 秋の葉のような黄色い髪の男が記録端末を掲げた。

「シキミ......よく探し出したね。さすがしつこい性格をしているだけある」
「おいおい、その態度はないだろう。頼れる兄貴に向かって」

「神殿に囚われの身になっている弟のためなら、そのくらい容易いことでしょ」
「......まあな。お前が若宮司になったおかげで、俺もいい思いをさせてもらっている」

 男たちは顔を見合わせて怪しく笑った。

 並んで座ると、シキミは板状の記録端末を操作した。
 やがて、場違いに艶めいた女の声が、若宮司の書斎に流れ始めた。

 エンジュは無言で画面を見つめた。
 シキミも真剣な顔をしている。

「ちょ......これ角度変わらないの?」
 エンジュはシキミの手から端末を奪うと、斜めにしたり下から覗いたりした。

「この手の映像は規制が入っているからな、立体投影もできんぞ」
「そっか......想像力を働かせろってことだね」
「ああ......」

 仲良く端末の両側を手で支えながら、静かに鑑賞を始めた。
 兄弟といえども、ため息をつく頃合いは揃わない。

「ちょっと地味じゃないか」
「何言ってるの。こういうのがいいんじゃない」
「俺はもっと華がある方がいいな」
「シキミはわかりやすい美人が好きだねぇ」
「完璧な方がいいだろう」
「美人すぎると鑑賞になっちゃうから」

 軽口を叩き合っていたふたりも、次第に口数が減った。
 四つの目が画面に釘付けになる。

「兄弟揃って、何見てるんだ?」

 ふたりの背後から快活な声がかかった。

「あ、ロタラ」

 エンジュは上を向いて背後に立つ友人の姿を確認した。
 手元では相変わらず、切迫した声が流れている。

「立ち入り禁止にしたんじゃないのか」
 興を削がれたように、シキミが眉を寄せた。
「ロタラには関係なかったみたい」

「なんだまた女体を見ているのか。好きだな、君は」
 ロタラは身体を屈めて、ふたりの間から画面をのぞいた。

「見ているのは女体だけじゃないんだよ。全体だよ、全体」
「なるほど。俯瞰して見るのだな」

 ロタラは長椅子の背もたれに肘をついて鑑賞を始めた。
 兄弟たちも再び画面に視線を戻す。

「......」
「......」

「......でもなぜだ」
 ロタラが納得いかない声で問いかけた。
「こんなに布が多くちゃ、よく見えないだろう。女体が隠れすぎだ」

「隠れているのがいいんだよ」
 エンジュは振り返りもせずに答えた。
 軽く握った拳で口元を隠して目を細める。
「......あと服が濡れて透けてるのも最高」

「わからん趣味だなあ」
 ロタラは呆れた声を出した。

 無言のエンジュに代わり、シキミが振り返る。

「ロタラ、想像してみろ。雨に濡れたナナリエちゃんを」

「......!!」
 鈍い音が書斎に響いた。

「う......」
 長椅子にシキミが倒れ込んだ。

 ロタラは振り下ろした手刀を、そのままの形で止めていた。

「ああ、すまん。エンジュならいつも避けるから、加減を間違えた」

「いや......ふざけた俺が悪かった」
 シキミは肩を押さえながら起き上がり、ロタラの顔を見た。

「お前たちは互いに服を脱いでもこうはならんのか」

 ロタラは不思議そうにシキミを見返した。

「この映像のような展開か。ないな」
「ぶつけたところに薬を塗ってるだけだもんね」

 エンジュは映像から目を離さずに言った。

 シキミは眉を寄せてエンジュを覗き込んだ。

「だったら、ロタラじゃなくて俺と薬の塗り合いをするのはどう思うんだ?」

「ちょっと頭、邪魔だよ!」
 エンジュは怒りながら視線をシキミに向けた。

「シキミと薬を塗るの?別にいいけど、嬉しくはないかな」

「ほう」
 シキミが目を丸くした。

「シキミは美しくないじゃない?」
「失礼な弟だな。だが、ロタラだと嬉しいのか」
「ロタラはきれいでしょ」

 怒ったままの勢いでエンジュは軽く言った。

「ああ、いつも言われている」
 ロタラも当然だと言わんばかりに頷く。

「だったら、こんな映像を見ずにロタラを鑑賞したらいいんじゃないか」

「鑑賞に耐えうるぞ!」
 シキミの言葉に、ロタラは得意げな顔で拳を掲げた。もちろん仁王立ちだ。

「うーん?」
 怒りをしまって、エンジュは首を傾げた。

「ロタラは立派すぎて?何かの作品みたい」
「立派だろう!」

 シキミの目が鋭くなった。

「それはつまり女として――」
「あ!ハルジオンも美しくて好き」

 エンジュは端末をシキミに手渡しながら、頬を緩ませた。

「ハルジオンとだったら楽しく薬を塗り合えるよ」

「お、おお......?」
 シキミが顔を痙攣らせる。
「だったら、その先はどうなんだ。こういうやつ」

 相変わらず再生され続ける映像を、エンジュの目の前に突き出した。

「ええ。ハルジオンと?無理だよ」

 エンジュは目の前の端末を手で押し返した。そして腕組みをして、納得したように頷く。

「ハルジオンとできないことは、ロタラとも無理だと思う。......たぶんね」

 ロタラが長椅子の背もたれを叩いた。

「なんと!あんな華奢で気障な男と同列なのか!」

 自身の二の腕の筋肉を撫でながら、ロタラは名案を閃いたようにエンジュを見た。

「しかしそんなに女体が好きなら特定の相手を見つければいいんじゃないか」
「そうだそうだ。縁談を受けろ」
 シキミが追撃した。

 エンジュは全ての表情をしまって、口を閉ざした。

 シキミは手元の端末を伏せた。

「ナナリエちゃんだったら受けるのか?」

 エンジュが顔を上げた。刺すような目でシキミを睨む。

「さすがに怒るよ?考えたこともないよ」

「絶対に振り向かない相手だから安心か?」

 睨みつけた目がそこに縫い付けられたように止まった。

 少しだけ開かれた口は、呼吸を止めて固まっている。

 シキミもロタラも動かずに待った。

 やがてエンジュは頭を傾けた。

「そんなわけないでしょ」
 深緑の三つ編みに頬が埋もれる。
「一緒に同じものを見てくれる人を待っているだけだよ」

 照れ笑いするように目を細めるエンジュを、シキミもロタラもしばらく見つめていた。

「僕の隣で空を見上げて、目には見えない法則を共有できる、そんな人」

 シキミがため息を漏らした。

「なんだそれは。待ってて見つかるのか」
「わからない。どこか別の星にいるのかもしれないし」

「話にならんな」
 シキミは切り捨てるように言った。

 エンジュもいつも通り飄々と笑っている。

「そうか。そういう相手を待っているのだな」
 ロタラは納得したように頷いた。

「ところでロタラは何をしにきたの?」
 今度はいつもの笑顔をロタラに向けた。

「......ああ。これを持ってきたぞ」
 ロタラは足元に置いてあった包みを持ち上げた。

「稽古のあとに飲むと筋肉がつく粉だ!」
「前に言っていたやつだね」
「さっそくやるか!」
「ええ。もう夕方だよ?」

 ロタラに二の腕を掴まれて、エンジュはよろめきながら立ち上がった。

「軽くだ。軽く」
「しょうがないなあ」

 扉の前で待機していた神官たちが用件を告げる間もなく、ふたりは神殿を飛び出して行った。

「これは重症かもしれんな」

 ひとり書斎に取り残されたシキミは、ふたりが出て行った扉を見つめて眉をひそめた。
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