第十話 姫様たちの品定め
「姉上たちは夫を迎えないのですか?」
細長い菓子を口にくわえながら、目鼻立ちのくっきりした赤い髪の女が言った。
色とりどりの細かなタイルが壁を彩る、賑やかな茶屋の一室だ。
白いテーブルを囲んで女たちが三人、茶と菓子を楽しんでいた。
「どうだろうねえ。ロタラは何度も縁談が持ち上がっているじゃないか」
薄紅色の柔らかい髪を指で弄りながら、もうひとりの女はゆったりと視線を送った。
「私か。ないな。順当にいくなら姉である君だろう、カメリア」
ロタラに視線を返されて、カメリアは目を細めた。
「珊瑚宮の本家筋に入ろうという気概のある男はなかなかいないんだよ」
「カメリアは仕事一筋だからな」
ロタラも細長い菓子を食べながら、姉の顔をまじまじと見つめた。
カメリアは赤いお茶が注がれた透明な器を手に取り、唇をつけた。
「珊瑚宮を抜けてまで他の宮家に嫁ぐ気はないねぇ。うちに入ろうっていう男がいるなら迎えてやらないでもないが」
「姉上たちは悠長すぎでございます!」
甲高い声と共に、しなやかで腰のある赤い髪が揺れた。
「ニムファは威勢がいいな」
ニムファはテーブルに拳を叩きつけ、胸を張った。
「私は、然るべき殿方がいるならば他家に嫁ぐ覚悟がありまする!」
「嫁入りなんて珍しい。よほどの立場の男でなければ、女が迎える方だろう」
「よほどの立場の男がいいのです!」
ニムファは細長い菓子を杖のように振り回した。
「第一候補は若宮司殿にございます!」
細長い菓子を突き出しながらニムファが宣言すると、ロタラは目を丸くした。
「なるほど。エンジュならば嫁を娶る立場だな。他には我らが兄上のように家督を継ぐような立場の......今のところ適齢期の王族は思いつかんが」
腕組みをして考え込むロタラを、姉カメリアは茶を飲みながら眺めていた。
ロタラが、はたと顔を上げる。
「ニムファは琥珀宮のハルジオンに熱をあげていなかったか」
「いつの話ですか!婚約の決まった男を追い回すなど不毛なことはいたしませぬ!」
ニムファは菓子を突き刺すようにロタラへ向けた。菓子を突き出されてもロタラは気に留めず、歯を見せて笑った。
「ニムファの切り替えの速さは見ていて気持ちがいいな」
「エンジュ殿は分家の三男ゆえ目に留めておりませんでしたが、若宮司に抜擢されるほどの御方とは!命をかけて子を産む相手として不足なし!」
「おお。いいんじゃないか」
「家格も!本人の能力も!優れた者でなければ!」
興奮するニムファを眺めながら、ロタラは真面目な顔で頷いた。
「ニムファの基準はわからないが、たしかに、この男の子どもを産みたいと思わせる相手でなければ結婚は考えられないな」
議論する妹たちを、カメリアが退屈そうに横目で見た。
「私は言うこと素直に聞いてくれる男がいいねぇ。あ......言うこと聞かない男を手懐ける方が退屈しないかね」
「手懐け甲斐なら、エンジュもなかなかだと思うぞ。頭が切れるし、一筋縄ではいかないからな」
「へえ」
カメリアが興味を示すように目を開いた。
「カメリアにはちょうどいいんじゃないか?」
真剣に姉の縁談を考えるロタラを見て、カメリアは愉快そうに肩を震わせて笑った。
「珊瑚宮を出る気はないけど、一度からかってはみたいねぇ」
「遊びではございませぬ!そのように悠長だから末弟に先を越されるのですよ!」
「ああ、あいつか。たしか街外れの菓子屋のお嬢さんと婚姻すると言っていたな」
ロタラは木の実の素焼きを放り投げると口を開けて受け止めた。行儀の悪い妹の腕を、カメリアは軽く肘で小突いた。
「八番目は自由にございますね!家格の釣り合いも考えずに伴侶を選ぶなど!」
「本人たちが望むならいいではないか」
「弟たちは兄上を見習うべきです!家督存続を第一に考え、然るべきところから妻を迎えたのですから!」
ニムファは手に持った細長い菓子を天に突き上げた。
「たしかに。兄上は背負っているものが違う。珊瑚宮護国軍の副将軍に相応しい男だからな!部下からの信頼も厚い!」
ロタラも拳を突き上げる。縁談の話のときとは打って変わって、瞳に熱い輝きがあった。
「私も兄上のような立派な武人になりたいものだ!」
「私もでございます!そして母上のようにたくさん子を産みまする!」
意気投合する妹たちを眺めながら、カメリアは気だるげに欠伸をした。
「八人も産み育てるんじゃ、さすがに護国軍の遊撃隊に残るのは難しいんじゃないかい」
突き上げたニムファの腕がびくりと止まる。くっきりした眉が力なく垂れた。
「そうでございます。ですから......そこまでする価値のある相手を探しているのです」
腕を下ろして俯くニムファの艶やかな赤い髪をカメリアが撫でた。
ロタラもそっと妹の肩を撫でて言った。
「ニムファの見立て通り、エンジュならその期待に応えてくれるだろう。縁談が上手くまとまるといいな」
姉たちに撫でられながら、ニムファが俯いたまま菓子をかじった。
妹を想うロタラの横顔を、その姉カメリアは真意を測るように見つめていた。
「本当になんとも思ってないんだねえ」
ロタラが椅子に座り直したとき、茶屋の店員が包みを持ってきた。
「二の姫様、こちらお包みいたしました」
「うむ。ありがとう」
ロタラは包みを受け取ると目を細めた。
「なんでございますか」
「この細長き菓子はナナリエの好物なんだ。カリカリと口を尖らせて食べる顔が可愛くてな」
「ああ、姉上が愛している瑠璃宮の小娘ですか」
「小娘とはなんだ!」
「まだ成人もしておらぬ子どもではありませぬか」
ニムファはじっとりとした目でロタラを睨みつけた。
「ニムファは何もわかっていないな」
「姉上は女子が好きなのですか?」
「そうではない」
ロタラは菓子の包みに視線を落とした。
「私は彼女の、研ぎ澄まされた剣のような人となりに惚れているのだ」
「ほう、剣でございますか」
ニムファはテーブルに両肘で頬杖をついた。怪訝そうな目つきは変わらない。
「では剣のような男が現れたら、姉上は惚れるのですか」
「剣でなくたってかまわない。誰にも真似できない芯の強さがある者なら、私は好きになると思うぞ」
真っ直ぐに笑うロタラを、カメリアが測るような目で見つめた。
「若宮司はどうなんだい。たいそうな人物なんじゃないのかい」
「エンジュか」
ロタラは少し考えた。考えながら皿の上の豆菓子を口に放り込んだ。
「あいつの芯はひょろひょろしてるからな。支えてやらないとすぐに曲がる」
カメリアは開きかけた唇を静かに閉じた。
代わりにニムファが、次の菓子を手に取りながら訊ねた。
「では、姉上が望むような男が現れたらどうするのですか」
「そうしたら、はっきり告げるだろう」
「なんと?」
ロタラは凛々しく顎を引いた。
「私が君の子を産もう、と」
ニムファは一瞬言葉を失った。
手にしていた細長い菓子が、ぽきりと折れた。
「......姉上、まずは婚姻を申し出てくださいませ」
「そうか。少々結論を急ぎすぎたな」
ロタラが頭を掻きながら笑うと、再び店員がやってきた。
「二の姫様、こちらもお包みいたしました」
「届いたか。待っていたぞ」
ロタラの顔から思い切り笑みが溢れた。
「そちらも小娘への土産でございますか?」
片手に乗るくらいの重そうな包みを小脇に抱えて、ロタラは勢いよく立ち上がった。
「いや、これはエンジュへだ」
今にも店を出ようと身体が動き出している。
「稽古のあと、この粉を水に溶いて飲むと筋力をつけるのに役立つらしい。今度持っていく約束なんだ」
「おやおや、今日じゃないんだろう」
カメリアが頬に手を添えて小首を傾げた。
「まだ日が高いからな。休日のうちに届ける方がいいかもしれん」
ロタラはそう言うが早く、三人分の金を払って店を出て行ってしまった。
ニムファが腑に落ちない表情でカメリアを見た。
カメリアも微笑みながらニムファを見た。
「......けっきょくなんなのですか、あの人は」
「さあねえ」