第1話 理想のマイ・ソファー(1)
半年前の夢を見て、あたしははっと、目を開けた。カタカタ揺れる馬車を見て、まだ目的地に着いていないことを確認する。
(......そっか。もう半年経つのか......)
クリス様とは10歳の時から婚約が決まっていた。どんなに横暴でも、俺様でも、我儘でも、彼に見合う女にならなければいけないと、そればかりを思っていた。見合う女になれたら、クリス様が喜び、お父様が喜ぶ。皆が幸せになれるはずだった。
エリが、来るまでは......。
(一ヶ月、胸が苦しかった。けれど、それ以降はなんともなくなった)
半年間、あたしの側には彼女がいた。
「......」
隣を見るが、そこには誰もいない。仕方ない。彼女は後から到着する予定なのだから。
仕方なく窓を覗き込むと、青空に反射された海が光り輝いていた。なんと綺麗な景色だろう。
(新天地。この町で、あたしは自由な生活をするんだ)
徐々に、馬車の速度が落ちていく。
(あ、着いたかな!?)
馬車が止まり、御者が席から下りて、扉の前まで移動する。そして、ゆっくりと扉を開き、あたしに小声で伝えた。
「パレット様、着きましたよ」
「ありがとうございます!」
馬車から下りて、目の前の光景を見る。草原に囲まれた赤い屋根の、2階建ての家。柵に囲まれ、遠くには森が見える。裏側には庭とバルコニーがあると聞いていたので、後ろに回ってみると、何もない庭と、バルコニーがあった。あたしが唖然とする姿に、御者の男が心配そうな顔をした。
「パレット様......」
「見て......。ここ......何もないの......」
あたしの目が輝いた。
「何もない!!」
あたしは庭で跳ね跳びまくる。
「一から自分で用意できるなんて! これぞ! まさに! マイホーム!!」
男が胸を撫でおろした。
「素敵......! なんて素敵な家なの! 場所も! 形も! 輝いて見える!!」
「パレット様、イヴリン様からお手紙をお預かりしてます」
「え? イヴから?」
手紙を開くと、以下のことが書かれていた。
親愛なるパレット
わたくし達の家は気に入って頂けたでしょうか?
しかし、困ったことが一つ。家具がありません。生活用品はわたくしが持っていきますが、家具までは運べない。
そこで、コーディネートをお任せします。
調合部屋を用意しているので、調合、錬金、合成、どんな方法でも構いません。家具を作り、わたくしが来るまでに部屋を整えていて頂きたい。
お好みで結構。一辺に全てやれとは言いません。リビングかダイニング、それと、質の良い睡眠を取るためのベッドがあれば、問題ないでしょう。
それでは、後ほどお会いしましょう。
イヴリン
「ランチと水筒を渡しておきます。私はこれにて」
「どうもありがとう!」
「お元気で。パレット様」
男は再び馬に乗り、誰も乗っていない馬車を走らせた。家に残されたあたしは、早速家の中に入ってみた。すると驚き。壁も床も真っ白で、家具は何も無い。キッチンすらないの!
このままでは何もできないので、あたしは手紙通り、調合部屋を探すことにした。扉を開けるとそこには、鍋と、台のみが設置されていて、その他には木の板、鉄、金、草、岩、石、土など、素材となるものが山のように置かれていた。
(錬金術も合成も出来る、ひとまとめになった本格的な調合部屋! イヴ、わざわざ用意してくれたんだ......)
窓を開ければ新鮮な風が自分に当たり、髪の毛が揺れた。換気は大事だ。頭が冴えてくる。
(最初はそうだな......。ランチを食べるための、テーブルと椅子が欲しいな)
あたしは鞄からノートとペンを取り出し、絵を描き始める。
(イヴが来るまでに最低限の形は作っておきたい)
あたしはさっき見たリビングの広さを思い出しながら、ペンを動かす。
(せっかくだから、レトロっぽい、アンティークな感じがいいな。カフェに来てしまったような、そんな気持ちになる部屋)
色は白と茶色で固定。ダイニングの主役の家具はテーブル。リビングは? うーん。やっぱりソファーかな。自分の部屋はまたあとで考えよう。壁紙を考える。最初だからシンプル・イズ・ベストで行こう。これも場所によって白と茶色に分けて設定。地面はフローリング。あとで絨毯を用意しよう。
(となれば、最初に錬金して作るのは......椅子かな!)
頭の中で暗記している材料を探し出す。アンティークな椅子だから、丸太が二枚。鍋の中に入れ、イヴリンの魔力が入った瓶をいれる。
(あとは......)
鍋に蓋をし、鍋の蓋の取っ手にある空洞に、チョークで椅子の魔法陣を書いていく。
(これでよし)
手のひらの体温を乗せると、鍋が揺れるのと同時に、紫色の輝きが鍋を包んだ。大量の輝きが無くなると、鍋の揺れも止まった。手のひらを退けると、魔法陣は消えている。
(よし)
蓋を開ければ、はい! アンティーク風、木の椅子完成!
(一番簡単なやつだけど、今後進化させていけばいいよね)
鍋から椅子を取りだし、同じ手順でもう一つ作り出す。これで地面に座ることはない。
(あとは椅子に合うテーブルだな。よしよし、任せて)
あたしは大きめの丸太を三つと、イヴリンの魔力を鍋に入れ、蓋の取っ手にテーブルの魔法陣を書き、手のひらの体温を与える。すると鍋は再び揺れ始め、紫色の輝きが放たれる。輝きが消え、鍋の動きが止まれば――飛び出てきた。
「うひゃあ!」
テーブルは自らリビングに移動し、いつの間にかリビングに移動していた椅子の側に着地した。尻もちついたあたしはゆっくりと起き上がり、魔法陣の消えた鍋を見た。
「イヴリンの魔力かなぁ。ま、いっか。......運ぶ手間省けたし......」
あたしは息を吐き、ゆっくりと立ちあがった。