ホーム›第八計画 -Eighth Order-›Episode 1 — Duty
目次次の話 →

Episode 1 — Duty


「俺は暇じゃないんだ。手間を掛けさせてくれるなよ」

 くたびれた白衣を纏った男、ノアは白い片手銃ハンドガンのグリップを握り、銃口を標的の頭部へと押し付けながら重く息を吐いた。
 
 その足元には淡い金の髪をした青年が跪かされている。
 情報によると脱走した囚人という話だった。
 体格の良い軍服姿の男二人に両肩を押さえ付けられ、額に銃口を向けられてもなお、ノアを見上げる瞳に恐怖の色は映っていなかった。

 髪色と同じ金の瞳にノアの姿が映り込む。
 僅かに切れ長の目元は一見睨み付けているかのような印象を与えるものの、その眼差しに敵意は見当たらない。
 
 標的に抵抗の意志は無いと見て、ノアは銃を引きつつ眼鏡の縁を指の付け根で押し、位置を直した。
 黒い前髪の下に覗く、その髪色より昏い瞳が手元の携帯端末へと向けられる。
 半透明のレンズ部分から照射された青白い光が、ディスプレイの画面を宙に投影していた。

「氏名、不明。罪状、空白。......ったく、書類の手抜きもいいとこだ。
 本来なら本人確認が要るところだが――」

 独り言のようにぼやいて、ノアは視線を青年の手元へと落とす。
 そこには両手首を拘束する金属の輪が嵌まっていた。金属の表面を青い光が細く走っている。

「手錠それが付いている以上、人違いってことはない。お前をこのまま連行する」

 ノアは傍らに停まっている軍用車両を顎で指し示す。
 車体は黒い金属に似た材質で出来た硬質な装甲を纏い、窓の外側には脱走防止の柵も付けられている。
 明らかに罪人の移送を想定した作りだった。

 拘束された青年は髪を掴み上げられると抵抗なく立ち上がり、背を押されるままに車両の後部扉を潜って中へと乗り込んだ。
 そこは運転席や助手席のある空間とは完全に区切られている。
 軍服姿の男は助手席の扉を開き手振りでノアを促すものの、ノアは首を横に振って応じた。

「いい、俺は後ろに乗る。この空白だらけの書類を埋めなきゃならねえ」
「......ですが」
「平気だ。奴には手錠も装着されているし、俺にはこれがある」

 そう言ってノアは白い片手銃を視線だけで指し示した。
 そこから撃てるのは銃弾に限らない。
 指先一つで操作すれば敵を制圧する光線を放つことも出来る。
 根っからの研究者であり戦闘の類は決して得意分野ではないが、動きを制限されている男一人に遅れを取ることもないはずだ。
 
 ノアは軍人の返事を待たずに青年を追って後部座席へと乗り込んだ。
 車両の内部は固いベンチのような長椅子が向き合うように置かれているだけの狭い空間だった。
 青年が座っている座面に向き合うようにしてノアは腰を下ろす。
 抵抗の素振りを見せない青年の隣には軍人の男が一人乗り込み、程なくして車は滑るように走り出した。

 ノアは手元の携帯端末に人差し指で触れる。
 様々な情報が再び立体映像となって宙に浮かび上がり、指を滑らせると記された情報がスクロールされていく。
 もっとも、囚人の情報が細かく書き込まれているべきその中身のほとんどは空白のままだった。

「こんなのは書類とは呼ばねえんだけどな......」

 もう一度ぼやいた後、ノアは青年へと向き直る。
 一見すれば非常に整った顔立ちをしている人物だった。
 
 少しばかり肌寒い秋の日に、黒いハイネックのノースリーブに冬用のコートを纏っているというちぐはぐで不自然な装いではあるが、よく見ればその顔にはどこかあどけなささえ残っている。
 いっそ作り物のように整いす・ぎ・て・い・る・という点と、先程からずっとノアを凝視し続けているという気味の悪い点さえ除けば、暴れもしない都合の良い囚人であった。

「お前、名前は?」

 ノアが問うが、答えは返らない。
 軍人の男が促すように青年の脇腹に肘を打ち込んだことで、ようやく薄い唇が開かれた。

「......エイト」
「八エイトだと? 妙な名前だな。姓は」
「ない」
「――無い?」

 ノアは怪訝そうに眉根を寄せる。
 何かを窺うような、いや、何かを試そうとするかのような。
 そんな青年の眼差しは気になったものの、半透明に浮かび上がるディスプレイに向き直ると、空白だった氏名欄に短い名前だけを入力した。

 この国は、他の国の追随を許さないほど優れた科学技術によって成り立ってきた軍事国家だ。
 隣国は魔法という非科学的な能力を持つ不気味な人種で溢れており、今はその国との戦争を控えている。
 もう数年前から冷戦状態で、いつ戦が始まってもおかしくない程の緊張が長らく続いていた。

 そんな時世だからか、近年は孤児も多い。
 姓を持たない人間というのも少なくはなかった。

「あんたは?」

 ノアが青年の名をファイルに入力し終えた時、初めてその青年――エイトが自主的に口を開いた。
 一瞬自分の名を問われているのだとは思い至らず、ノアは目を丸くする。
 即座に軍人の男がもう一度エイトの髪を掴んで咎めたが、ノアは片手でそれを制すると軽く肩を竦めた。

「俺はノアだ」
「局長代理......!」
「別に知られて困るような内容じゃない。一々刺激するな、暴れられると面倒だ」

 軍人の男が釘を刺すように口を開くが、ノアは首を横に振るだけで応える。
 視界の端でエイトが唇の動きだけで自分の名を呟くのが見えた。
 けれど事実、名前だけであれば知られて困るものでもない。
 
 ノアはもう一度ディスプレイに視線を向ける。
 無駄な空白が目立つ中、備考欄に記された短い文章。
 
『収容後、即時処刑』
 
 そう、何も困りはしない。
 この車が目的地に辿り着いた時、青年の命も終わるのだから。
 
.
挿絵

.
挿絵

.
挿絵

.挿絵
シェア
次の話 →
Episode 2 — Shift
第八計画 -Eighth Order-作者:酒麩
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません
ホーム›第八計画 -Eighth Order-›Episode 1 — Duty
目次次の話 →

Episode 1 — Duty


「俺は暇じゃないんだ。手間を掛けさせてくれるなよ」

 くたびれた白衣を纏った男、ノアは白い片手銃ハンドガンのグリップを握り、銃口を標的の頭部へと押し付けながら重く息を吐いた。
 
 その足元には淡い金の髪をした青年が跪かされている。
 情報によると脱走した囚人という話だった。
 体格の良い軍服姿の男二人に両肩を押さえ付けられ、額に銃口を向けられてもなお、ノアを見上げる瞳に恐怖の色は映っていなかった。

 髪色と同じ金の瞳にノアの姿が映り込む。
 僅かに切れ長の目元は一見睨み付けているかのような印象を与えるものの、その眼差しに敵意は見当たらない。
 
 標的に抵抗の意志は無いと見て、ノアは銃を引きつつ眼鏡の縁を指の付け根で押し、位置を直した。
 黒い前髪の下に覗く、その髪色より昏い瞳が手元の携帯端末へと向けられる。
 半透明のレンズ部分から照射された青白い光が、ディスプレイの画面を宙に投影していた。

「氏名、不明。罪状、空白。......ったく、書類の手抜きもいいとこだ。
 本来なら本人確認が要るところだが――」

 独り言のようにぼやいて、ノアは視線を青年の手元へと落とす。
 そこには両手首を拘束する金属の輪が嵌まっていた。金属の表面を青い光が細く走っている。

「手錠それが付いている以上、人違いってことはない。お前をこのまま連行する」

 ノアは傍らに停まっている軍用車両を顎で指し示す。
 車体は黒い金属に似た材質で出来た硬質な装甲を纏い、窓の外側には脱走防止の柵も付けられている。
 明らかに罪人の移送を想定した作りだった。

 拘束された青年は髪を掴み上げられると抵抗なく立ち上がり、背を押されるままに車両の後部扉を潜って中へと乗り込んだ。
 そこは運転席や助手席のある空間とは完全に区切られている。
 軍服姿の男は助手席の扉を開き手振りでノアを促すものの、ノアは首を横に振って応じた。

「いい、俺は後ろに乗る。この空白だらけの書類を埋めなきゃならねえ」
「......ですが」
「平気だ。奴には手錠も装着されているし、俺にはこれがある」

 そう言ってノアは白い片手銃を視線だけで指し示した。
 そこから撃てるのは銃弾に限らない。
 指先一つで操作すれば敵を制圧する光線を放つことも出来る。
 根っからの研究者であり戦闘の類は決して得意分野ではないが、動きを制限されている男一人に遅れを取ることもないはずだ。
 
 ノアは軍人の返事を待たずに青年を追って後部座席へと乗り込んだ。
 車両の内部は固いベンチのような長椅子が向き合うように置かれているだけの狭い空間だった。
 青年が座っている座面に向き合うようにしてノアは腰を下ろす。
 抵抗の素振りを見せない青年の隣には軍人の男が一人乗り込み、程なくして車は滑るように走り出した。

 ノアは手元の携帯端末に人差し指で触れる。
 様々な情報が再び立体映像となって宙に浮かび上がり、指を滑らせると記された情報がスクロールされていく。
 もっとも、囚人の情報が細かく書き込まれているべきその中身のほとんどは空白のままだった。

「こんなのは書類とは呼ばねえんだけどな......」

 もう一度ぼやいた後、ノアは青年へと向き直る。
 一見すれば非常に整った顔立ちをしている人物だった。
 
 少しばかり肌寒い秋の日に、黒いハイネックのノースリーブに冬用のコートを纏っているというちぐはぐで不自然な装いではあるが、よく見ればその顔にはどこかあどけなささえ残っている。
 いっそ作り物のように整いす・ぎ・て・い・る・という点と、先程からずっとノアを凝視し続けているという気味の悪い点さえ除けば、暴れもしない都合の良い囚人であった。

「お前、名前は?」

 ノアが問うが、答えは返らない。
 軍人の男が促すように青年の脇腹に肘を打ち込んだことで、ようやく薄い唇が開かれた。

「......エイト」
「八エイトだと? 妙な名前だな。姓は」
「ない」
「――無い?」

 ノアは怪訝そうに眉根を寄せる。
 何かを窺うような、いや、何かを試そうとするかのような。
 そんな青年の眼差しは気になったものの、半透明に浮かび上がるディスプレイに向き直ると、空白だった氏名欄に短い名前だけを入力した。

 この国は、他の国の追随を許さないほど優れた科学技術によって成り立ってきた軍事国家だ。
 隣国は魔法という非科学的な能力を持つ不気味な人種で溢れており、今はその国との戦争を控えている。
 もう数年前から冷戦状態で、いつ戦が始まってもおかしくない程の緊張が長らく続いていた。

 そんな時世だからか、近年は孤児も多い。
 姓を持たない人間というのも少なくはなかった。

「あんたは?」

 ノアが青年の名をファイルに入力し終えた時、初めてその青年――エイトが自主的に口を開いた。
 一瞬自分の名を問われているのだとは思い至らず、ノアは目を丸くする。
 即座に軍人の男がもう一度エイトの髪を掴んで咎めたが、ノアは片手でそれを制すると軽く肩を竦めた。

「俺はノアだ」
「局長代理......!」
「別に知られて困るような内容じゃない。一々刺激するな、暴れられると面倒だ」

 軍人の男が釘を刺すように口を開くが、ノアは首を横に振るだけで応える。
 視界の端でエイトが唇の動きだけで自分の名を呟くのが見えた。
 けれど事実、名前だけであれば知られて困るものでもない。
 
 ノアはもう一度ディスプレイに視線を向ける。
 無駄な空白が目立つ中、備考欄に記された短い文章。
 
『収容後、即時処刑』
 
 そう、何も困りはしない。
 この車が目的地に辿り着いた時、青年の命も終わるのだから。
 
.
挿絵

.
挿絵

.
挿絵

.挿絵
シェア
次の話 →
Episode 2 — Shift
第八計画 -Eighth Order-作者:酒麩
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません