Episode 6 — Tether
朝だ。
と、そう気付いたのはカーテンの閉まっていない窓から眩しい光が注いでいたのを見た時だった。
いつの間に眠ったのか、記憶がない。
だが眠る前に何をしていたかの記憶なら、皮肉なことにしっかりと残っていた。
「............」
身体を起こそうとして、すぐに止まる。
足が上がらない。
正確には腰が痛んで、足まで力が入らない。
繰り返し蹴られたのかと疑いたくなるほど、身体中が痛む。
もちろん昨日の車両の事故のせいもあるだろう。だが、記憶は嘘をつかない。
「ノア?」
声がした方へと視線を向ければ、すぐ隣に金色の髪があった。
恐らく何の表情も浮かべてはいないのだろうが、どことなく睨んでいるように見える切れ長の瞳。
それが無防備であどけない表情を上手く中和していた。
互いの手首を手錠で繋いでいるのだ。
手の届く距離にいるのは当然の話ではあるのだが、その顔を見るなりノアは思わず眉根を寄せて露骨に顔を顰める。
「どうした?」
あろうことか他人事のような問いが聞こえた。
ノアは思わず白い天井を仰ぎ見る。
脳裏を過るのは当然、昨晩のこと。
「......いや、俺はやっぱり天才だったんだなって」
思わずそう答えた。
過去に自分が設計した通りだった。
想定以上の完成度だったと言ってもいい。
「同時に、馬鹿でもあった」
造った存在がどのような性質を持つのか、掘り下げて知ろうとしたことはなかった。
目覚めさせてすぐに戦場へ送り込む予定だったと言い訳はできる。
人間を元にして造った以上、人の内にある衝動は持っていて当然だ。
だが、そんなことを今頃になって自分の身で体験することで思い知らされるとは、想像もしていなかった。
痛む身体を引きずるように強引に起こす。
指先で辿った首筋には深い牙痕。それのみならず、何ヶ所か皮膚が浅く裂けた場所があった。
そして手首にははっきりと残る指の形をした痣に似た痕も残っている。
「貞操観念も叩き込んでおくべきだったか......」
ノアがそうぼやく傍らで、エイトは枕に頭を乗せたまま首を傾げていた。
中途半端に腕に引っかかっているシャツを引き上げ、ボタンを留めていく。
造る過程で、製造者に対しては絶対服従を誓えと深く命令を刻み込んでいる。
一言止まれと言えたならば、こうはならなかったのだろう。
そう思い至り、ノアの指ははたと止まる。
「......そうか、命令か」
一人呟いて、ベッドに身体を倒したままのエイトへと視線を向けた。
エイトはノアが身動きを取りやすいように手錠に繋がる腕だけを寄せたまま、昨日と同じように黙ってノアを見ていた。
「いいか、お前に命令する」
そう告げるとエイトの金の瞳が大きく見開かれた。
口も開かずに、続く言葉を待っている。
ノアは自らの手首に掛かる手錠に指を添えながら、ゆっくりと言葉を続けた。
「俺から逃げるな」
言葉にすると同時に脳内の脳機接続端子を通して手錠に指示を送ると、ノアの手首からひとりでに手錠が外れて抜ける。
これで二人を繋ぐものは無くなった。
もし命令が効いていなければエイトが逃げ出すことも容易なはずだったが、その素振りさえ見せずに当の本人はベッドの上に寝転がったままだった。
なぜそんなことを命じるのかとでも問うように目を瞬かせている。
「俺は逃げないって言っただろ。命令なんか要らない」
「あのな、お前がなんでそんな忠犬気取ってんのかは知らねえが......」
ノアは久々に自由になった手で髪を掻きながら息を吐いた。
「お前の言葉を信じて、はいそうですか、なんて言えるはずがないだろ。命令で縛る必要があるんだよ」
言いながら双眸を細めて周囲を見回す。
探し物はすぐに見付かった。
ベッドサイドに置かれていた黒縁の眼鏡を手に取り耳へ掛けると、ぼやけていた視界が一瞬で鮮明なものに切り替わる。
服を身に着け直してからもう一度軍への通信を試みたが、やはり昨晩と同じように繋がりはしなかった。
ノアは露骨に眉根を寄せる。
「ったく、何だってんだ。......これじゃ、まるで――」
こんなに長時間に渡って通信回線の不調が放置されているなど、あり得ない。
まるで意図的に何かを隠蔽するべく企んでいるかのようだ。
そう零し掛けた言葉を飲み込んだ瞬間、朝日が注ぐ街にけたたましいサイレンの音が響き渡った。
エイトが枕に置いていた頭を上げ、視線を窓の外へと向ける。
ノアもまた窓ガラス越しに空を見上げ、見開いた双眸をすぐに苦く細める。
唇からは乾いた舌打ちが漏れた。
「クソ、よりにもよってこのタイミングで......!」
普段の癖のように、重要な情報が大量に入っている携帯端末へと手を伸ばし掛け、止まる。
固まったノアの背にエイトが視線を向けた。
「何の音?」
その声には緊張も恐怖もない。
ノアは結局携帯端末を手に取らないまま腕を下ろし、エイトへと振り返った。
「非常警報だ」
そして、もう一度窓の外を睨む。
「......隣国との戦争が、始まったんだ」