また来年もハロウィンで
街のあちこちで、カボチャの提灯が温かい橙色の光を灯し始め、子ども達を待っている。
古い洋館。裏ドアの前にいるのは、魔女、狼男、お化けの恰好に扮した、三人の子ども達。そして三人のそばに立つのは、漆黒のマントと重厚な仕立て服を纏った、この館の主。
伯爵は子ども達にかぼちゃのバケツを渡しながら、穏やかに微笑んだ。
「今日という日は一年に一度っきりだ。楽しんでおいで」
「はぁい! コロネ、ロロ! 出発よ!」
「シシリーは元気だなぁ......。伯爵は、かぼちゃのパイを用意しておいてね! あ。ちゃんと食べられるやつだよ!」
「むぐむぐ......っ」
「ロロったら! シーツを口にくわえたまま喋らないの!」
「シシリー、コロネ、ロロ。いいかい? つまみ食いは、いけないよ」
「伯爵ったら! 何度も言わなくてもわかってるわ! それじゃあ、いってきます!」
チリンと鈴が鳴り、黒い影が子ども達の後を追っていく。
「あぁ、ウィズも憑いていくのか。まぁいいや。逝ってらっしゃい」
秋風のなかを元気いっぱいに飛び出していく三人の子ども達。そして後ろを意気揚々とついていく一匹の黒猫を見送り、伯爵は洋館の重いドアをバタンと閉めた。
◇
Knock Knock Knock!
「Trick or Treat! お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞー!」
「がおー!」
家の前には蝋燭が灯ったジャック・オー・ランタンに魔女の箒が飾られている。古いけれど手入れの行き届いた家のドアが、ギィと音を立てて開いた。
お菓子がたっぷりと詰まったかごを抱えたおばさんは、去年も、一昨年も着ていたのと同じレースのエプロンをつけて微笑んだ。
「まぁ! 可愛らしい! シシリーは小さな魔女さんね。コロネは、まぁ怖い! 狼男ね! ......シーツをかぶっているのは......?」
おばさんはかごにたっぷり入った色とりどりのお菓子を差し出した。
「むぐ......ぷはっ! ロロだよ!」
口からシーツを引っ張り出したロロが笑う。
「まぁ! ロロだったのね!」
チリリンと鈴の音が聞こえ、影のような黒いものがおばさんの足元に擦り寄った。
「あら、黒い猫ちゃん。どこから来たのかしら?」
「ウィズよ! 最近、お友達になったの!」
「そうなの。シシリーは誰とでもすぐに仲良くなるわねぇ」
「わぁ! ミルクキャンディもある! ありがとうおばさん! ウィズはミルクが好きだからとっても喜ぶわ!」
「ここで食べていく?」
「いいえ。他のお家も回るから!」
「......そう。寂しいけれど仕方ないわね。一年に一度のハロウィン、楽しんでね! 伯爵によろしく」
「ありがとう、おばさん!」
空になったかごを大切そうに抱えるおばさんに手を振り、子ども達はくすくす笑いながら引き返していく。
月光が照らす街路。おばさんが立つ足元には、影ひとつ落ちていなかった。けれど、子ども達は誰もそれに触れない。
「シーッ!」
「僕の狼男のポーズ、今年もちゃんと怖がってくれたね!」
「去年よりも上手だったわよ」
隣の家、そのまた隣の家と、街中の家を三人と一匹は訪ねて回った。
◇
古い洋館に帰ってきた子ども達の声が響いた。
「ただいま!」
「伯爵! こんなにたくさんお菓子もらった!」
「やぁ、おかえり。子ども達」
出迎えた伯爵は優しく目元を緩め、膝をついて屈み込んだ。
「お菓子をつまみ食いしている子はいないかな?」
「大丈夫だよ! 死者の食べ物は食べてはいけないって伯爵が言ってたもん!」
「そうさ。死者の食べ物を食べると死者になってしまうからね」
「あっ! ウィズがキャンディ食べちゃった!」
足元でウィズが満足そうに「ニャー」と喉を鳴らし、おばさんからもらったキャンディの包みを器用に開けてぺろぺろと舐めた。
「黒猫は大丈夫さ。もう死んでいるんだからね。仲間になりたかったら食べなさい。一年に一回こっきりのチャンスだ」
冗談交じりに伯爵は笑った。
「そんなことをしたら来年はどうするのさ。おばさん寂しくって死んじゃうよ」
「これ以上死ぬことなんてないさ。おばさんはもう死んでいるのだから」
伯爵の軽やかな一言に、子ども達は顔を見合わせて「それもそうだね」とまたくすくす笑った。
あの日、燃え盛る炎の中で街は全滅した。だが、時の止まった街で幽霊たちは自分が死んでいることすら忘れ、永遠に一年に一度のハロウィンを毎年繰り返しているのだ。
「でもね、伯爵。おばさん、今年もとっても嬉しそうだったよ。『可愛らしい魔女さん』って言われちゃった!」
「僕の狼男のポーズにも、ちゃんと怖がってくれたんだ!」
「あのおばさんはね、時の流れが止まっていることにも気づいていないのさ」
伯爵はマントの影から銀色の懐中時計を取り出し、カチリと蓋を閉めた。
この館を挟んで、表のドアの向こうには時の流れる生者の国があり、裏のドアの向こうには静まり返った死者の国が広がっている。番人をしているのがこの伯爵である。
「君達がもらいに行かなければ、あのおばさん達は本当に消えてしまうかもしれない。誰にも思い出してもらえなくなったら、死者の時間も終わってしまうからね」
「だから、僕達が行くんだね」
「そうさ。人間である君達が、幽霊である彼女達の『もてなし』を喜んで受けること。それこそが、あの街の人達へ贈る一番の『トリート』だ」
シシリーは街の皆にもらったお菓子をいれたかぼちゃのバケツを、宝物のように大切そうに胸に抱きしめた。食べることはできない。けれど気持ちがこもったこのお菓子には、子ども達を楽しませようとする温かな優しさが詰まっている。
◇
「さぁ。今度は君達のお楽しみの時間だ」
食卓には、湯気を立てる焼きたての料理が並べられていた。
「わぁ! かぼちゃのパイ!」
「ビーツのスープは血の池みたいだ!」
「今日のパンにはクルミが入っているわ!」
「......君達が食べ終わったら私の番だからね」
「今日の順番はシシリーだよ」
「えー......私、今日は疲れちゃったのにぃ」
「私には食事をくれないのかい?」
「ちぇー。それを言われちゃったらなー」
食事を終えたシシリーは少し照れくさそうに微笑み、ソファに腰掛け、白く細い首をさらした。
「はい。伯爵」
「ありがとう。街が燃えていた日に君達を拾った甲斐があるよ」
伯爵はシシリーの細い喉へ、溢れ出る愛おしさを込めて、出来るだけ優しく鋭い牙を突き立てた。
「う......」
喉を鳴らす小さな吐息と、生きている人間の温かな血液が吸血鬼を満たしていく。その横ではコロネとロロが、満腹の腹をさすりながら楽しそうに計画を練っていた。
「次もシシリーの魔女とコロネの狼男、僕はお化け!」
「それじゃないとおばさん達、僕達のこと、分からなくなるかもしれないもんね」
「僕達がもう少し大きくなったら、伯爵の仲間に入れてね」
無邪気なロロの言葉に、伯爵はマントの中の懐中時計をこっそりと撫でながら静かに微笑んだ。
「ウィズも一緒だよ!」
チリンと嬉しそうな鈴が鳴り、黒猫が目を細めた。
「楽しかったね、ハロウィン!」
「また来年!」