第1話
ブラックアウト。演習統制部の一室へ設けられた巨大な液晶ディスプレイ。その液晶画面が突然、漆黒に変わった。
「──システムエラーか?」
「──復旧急げ」
環太平洋合同演習──アメリカ海軍主催によりハワイの周辺海域で実施される各国海軍の艦艇が集まった一大軍事演習だ。主催であり、開催国であるアメリカ側の海軍士官達が原因究明と解決を急ぐ。
「......とんだハプニングですな」
「......まぁ、これも御愛嬌という奴でしょう。コーヒーは?」
その様子を腰掛けながら眺める各国の海軍将官達は、この発生した状況をトラブルとして処理するつもりらしい。
誰も大して気にも留めていなかった。
数分後、巨大な液晶画面に投影された海域図が復旧する。
──ハワイ近海の海域図に点在する青や赤の輝点や軌跡の数々。その光景がブラックアウトから数分で変貌している、と気付いた時、彼等は愕然とした。
「──状況更新。旗艦に対艦ミサイル3発着弾。判定確定。撃沈判定」
冷徹に、しかし震えが隠せないオペレーターの声。大画面上で旗艦──原子力空母を象っていた青い輝点がゆっくりと点滅を始め、やがて液晶画面から完全に消失したのだ。
「──じ、状況更新。アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦に対艦ミサイル着弾。判定確定しました。同艦は大破、戦闘行動不能」
駆逐艦を示す青い輝点の上へ戦闘行動や航行不能を示す✕印が重ねられる。
将官、或いは高級士官達はその光景を沈黙で見詰める他ない。物理的な爆発音、構造物が焼け焦げる黒煙、兵員の流す血の臭いはこの場に存在しない。
あるのは液晶画面上で無慈悲に更新されたデータ、システム上の光景のみ──だと言うのに誰かが生唾を飲み込む音がやけに大きく響いた。
ある意味で言えば、血の通った戦場よりも遥かに冷淡で、残酷な、無機質なまでに徹底した現実ですらあろう。
その頃、戦闘指揮所はピンと張り詰めた緊張から解き放たれ、微かだが確かに高揚した空気に包まれつつあった。
「......全弾命中を確認。判定確定。旗艦、撃沈。駆逐艦、大破」
副長──船務長も兼任する男性の興奮を限りなく抑えた報告がCICへ響いた瞬間だ。
多数のディスプレイやモニター、計器類が明滅する仄暗い空間で控えめな歓声が上がる。
無論、派手な喝采やスタンディングオベーションなどでは断じてない。長期間の練度向上と綿密なシミュレーションの積み重ねが結実したことを知るプロフェッショナル達の限界まで抑えられた吐息にも似ていた。
次いで安堵と達成感を込めた溜め息を漏らした副長がモニターから視線を逸らし、誇らしげに周囲を見渡す。
火器管制やデータリンクシステムを担当する電測員、水測員である海曹士達、幹部達が互いに小さく頷き合い、静かな達成感を噛み締めているのが朧げではあるが、良く見えた。
静かな歓喜と達成感で満ちるCICの中央──その席へ腰掛けた艦長だけは背筋を伸ばしたまま、微動だにしていない。
彼は沈黙を保った。眼前のメインディスプレイには撃沈判定へ追い込んだ原子力空母の輝点が消失、大破判定となった駆逐艦の輝点へ✕印が重なった海域図が投影されたままだ。その画面を彼は睨んでいた。
艦長の脳裏を占めていたのは、歓喜や達成感、ましてや勝利の余韻ではない。
「艦長、演習統制部からの通信です。先程の攻撃について──」
副長の手が受話器を拾い上げ、受け取った内容を告げようとしたが、艦長は片手を軽く上げて制した。
彼は数秒の沈黙の後、副長へ低く尋ねる。
「......なんと言ってきた?」
「はっ。統制部で弾着の寸前にシステムエラーが発生した模様で......現在、有効判定か否かを協議中と」
「......システムエラーの原因特定は?」
「まだ不明。原因を調査中と」
「......そうか」
突発的な不具合が発生したとはいえ、一度はシステム上で撃沈、大破の判定が確定したというのに──とも思うが、統制部の判断には従うつもりなのか、艦長は特別の感情も込めずに頷きを返した。
「......まぁ、良い。まだ演習は終わってはいないからな。引き続き警戒を厳に」
艦長が言い放つと、CIC内の歓喜が霧散する。要員達は直ぐに表情を引き締め、再びシステムやデータ上の海戦を凝視する機械の一部へ戻った。
艦長やCIC要員、そして艦内の各部署へ配置に就く乗組員達が被る識別帽には艦番号と艦名が綴られている。
DDG-185 AZUMA。
横須賀を母港とするその艦の名は、DDG-185、まや型護衛艦3番艦あずま。
全長172.5mに及ぶ巨艦が、大海原を割りながら征く。