5話
「――魔女?」
「そう。魔女」
魔女。そう聞けば多くの者は、尖った鼻の醜い老婆を思い浮かべるだろう。スタンもそうだった。
しかし、目の前の彼女はどうだろう。
絹のようにしなやかな黒髪、すらりと長い手足、強さと穏やかさを内包した瞳――
「なんか、イメージと全然違うな」
「本当に魔女がいることには驚かないんだ?」
「そりゃあ、まあ。世の中色んなモノがいるんだなーってことは、知ってますし。それに俺......いつか宇宙人に会いたいですもん」
それを聞いたルヴィアナは、「宇宙人!?いいねー!」と、豪快に笑った。スタンも思わずつられて笑う。
彼女はけして馬鹿にしているのではなく、若者の素直な願望を、ありのまま受け止めている。再会したばかりだというのに、スタンは彼女にすっかり気を許していた。
「そうだ。私が昔、君にあげた魔除けはまだ持ってる?」
「勿論!あと、母さんから貰ったのもありまして」
「へえ?」
「あれ以来、俺のためにいろんな国のお守りやら魔除けを送ってくるんですよ。有り難いけど、最近部屋が取っ散らかっちゃって。それだけが悩みです」
「そうなんだ!君のお母さんは、本当に面白い人だね~」
「はは......」
他人に母のことを話すのはなんだか恥ずかしかったが、同時に少し、彼女の評が嬉しくもあった。
「さてと......立ち話もなんだし、あそこで落ち着いて話そうか」
そう言うとルヴィアナは、二人の背後にあるベンチへと向かう。
――こんなもの、先程まであっただろうか。
そんなスタンの疑念を他所に、ルヴィアナは無言でそこへ腰掛け、空いている隣の席をトントン、と叩く。ここに座れ、ということらしい。スタンは彼女の指示に従い、そこへゆっくりと腰を下ろした。
「今日君と再会したのはまったくの偶然だけど......君にこうして正体を明かしたのは、理由があるよ」
ルヴィアナが改まった表情で話を切り出す。まるで面談でもしているような気分だ。
「君には私たち魔女......ノクセルペンティアのことを、少しでも知ってほしくてね」
「ノクセル......?」
「昔から各地にいる少数民族よ。魔術を得意とするんだけど、一番の特徴はこの眼ね」
言いながら彼女は、自らの目を指し示す。赤いそれは、暗がりの中で鈍い輝きを放っていた。
「ノクセルペンティアは魔女族とも呼ばれていてね。『魔女狩り』なんてものが各地で起こってたときはそりゃあ大変だったけど......問題は教会の方。あいつら一方的にこっちのこと目の敵にしてきてさあ~」
「教会って......あの教会?」
「そう。君もよく知る、聖統教会ね」
スタンは武装する聖職者を思い浮かべる。そんな人物は映画の中でしか見たことがないが、実際はどうだったのだろう。
「ここで君に一つ質問です。そんなこわーい人たちと仲良くするために、私たちはどうしたでしょうか?」
「え?えーと......力づくで勝って言うこと聞かせた、とか?」
「あはは、残念だけど全然違うよ~」
思えば先ほどから、二人の前には誰一人として通行人が現れない。夜更けとはいえ、些か不自然に思えた。
「私はね、人間にとって大切なものは、人同士の相互理解だと思うの。だって、意見や思想が拗れた先が殺し合いでしょう?」
殺し合い、という不穏な単語に面食らっていると、ルヴィアナは「ごめんごめん、今のは冗談」と笑った。
「答えはね、協定を結んで、組織を作って管理と秩序を維持することにしたの。表向きは『学校』を装ってね」
「それって――」
目の前の、聳え立つ堅牢な城を見上げる。夜の闇の中鎮座するそれは、絶海の孤島に浮かぶ禁足地のようだった。
「君は、今の話も信じる?」
赤い眼がスタンを射抜く。スタンはそれから目を逸らすことなく、
「正直、全部は信じきれてないです。けど、あなたが嘘吐いてるように見えないし、第一俺にそんなことする意味、ないじゃないですか」
思うままの本心を、そのまま彼女へ伝えた。
それを聞いてルヴィアナは「そっか。君らしいね」と短く呟く。そして満足そうに微笑んだ後、ベンチからすっと立ち上がった。
「なんか引き留めちゃって悪いね!こんな時間だし、送っていくよ」
「いや、俺が勝手に来ただけですし、一人で帰りますよ。自転車もありますし」
彼女の好意は有り難いが、男としては女性を夜に連れまわす方が気が引ける。丁重に断るも、大人としての責任感故か、彼女は食い下がってきた。
「だめだめ!男の子だからって気を抜いちゃ。夜道は危ないよ?この街は危険な連中が多いからね~」
「そうなんだ......」
夜道を先導しようと、ルヴィアナがスタンの前に立つ。
「さてと、君の家は......うん?」
「どうかしました?」
彼女はぴたりと足を止め、カレッジへと視線を向けた。その背中越しに暗闇の中へ目を凝らすと、校内に数人の人影が集まっていることが、辛うじて見て取れた。
「なんか、人集まってますね?」
「......」
話しかけるも、ルヴィアナからの返答はない。突如張り詰めた空気に、ぞくりと肌が粟立つ。
――これは、良くない気配だ。
「ルヴィアナ」
ふと、二人の背後から声がかかる。スタンの肩が驚きでびくりと跳ねた。
振り向くと二人の人物が、物々しい雰囲気で立ちはだかっていた。シャツにベストを重ねた、まさに学生といった少年と、ゴシックドレスを纏った女性。何とも奇妙な組み合わせだ。
彼らを前に、ルヴィアナは一変して剣呑な眼差しを向ける。
「ルーク、なんでベリアルなんかと一緒にいるの?」
「あ?なんかってなんだよクソ蛇女」
ベリアルは口を開くなり、その高貴な顔立ちからは想像も出来ない罵詈雑言をルヴィアナに浴びせた。ルークが合間に入り、「お前は引っ込んでろ。話が余計ややこしくなる」と彼女を牽制すると、ルヴィアナへ咎めるような視線を投げる。
「で、そっちこそなんで部外者がいるわけ?しかもこんな時間に」
「いや~それは俺が勝手に――」
「お前には聞いてない」
スタンが返答するも、ルークにぴしゃりと跳ね除けられる。
「私のお得意様、って言ったら納得してくれる?」
「ふうん......ま、そういうことでいいや」
ルークはいくらか警戒を緩めると、人影があった方へ親指をくいっと向け、「それより懲罰局が外にいるけど、何かあったの?」と、尋ねた。
それを聞いたルヴィアナの表情が、みるみる険しくなる。そして神妙な面持ちで、
「いや......私が見ていた限り、彼は何もしてない......考えられることとして......」
と、何事かをぶつぶつと呟いている。
そしてふと、何か閃いた様子でスタンへ詰め寄った。
「ねえ君。ここまで来る途中で、何か変な違和感とかなかった?」
「違和感?」
言われてスタンは、ここまでの道のりを反芻する。そうしてすぐに、一つ、思い当たる節があることに気が付いた。
「そういえば、何かがぱきって割れる音がしたような」
瞬間、この場の全員が沈黙した。
ルヴィアナが再度、スタンへ迫る。
「君の持ち物を一旦確認させて」
「え?ああ、はい」
言われるがまま、持っていた荷物一式を彼女へ渡す。
彼女は遠慮なくかばんの中身を探り、その中の一つを手にすると、スタンへ問いかけた。
「これ、お母さんから貰ったっていう魔除け?」
「はい。そうですけど」
ルヴィアナはそれを食い入るように見つめた後、「げぇ!」と、美女にあるまじき声を上げた。
「よく見たらこれ......猛禽類の爪に猫科の牙......!?他にもいろいろありそうだけど、よりにもよって最悪な組み合わせ......!」
スタンはルヴィアナの気迫に押されるも、「そんなに?」と恐る恐る尋ねた。
「爪と牙は『貫通』の性質を持つの。それに全部把握はできないけど......使われてる動物、全部蛇と相性最悪」
彼女は一体、何に驚いているのだろう。魔除けや呪いの類に動物の一部分が使われることなど、珍しくはないだろうに。
「それにしたって、こんな簡単に......あなたのお母さん、どこの誰からこんなものもらったの!?」
「さ、さあ......?」
それを聞きたいのはこちらもだ。緊迫した空気の中で、スタンの脳内に疑問符ばかりが並ぶ。
「......すみません、ちょっと、結論だけわかりやすく言ってもらっていいすか?」
「......要するに、君が持っていた魔除けがね、意図せずこの学校に張られてる結界の一部分を破壊したの」
「け、結界?」
「......」
再び場に沈黙が訪れる。その上先程から、三人分の視線が痛い。
「えーと、つまり......俺はこの学校の物を壊しちゃった、ってこと?」
「......これはちょっと、面倒なことになりそう」
「本当にちょっとで済みます......?」
「なんてことない。その『ちょっとで済む』程度にするの」
気押されているスタンに向けて、ルヴィアナはそう毅然と言ってみせた。
「よし、スタン、私についてきて。ルークたちも」
「どこに行くんだよ?まさか逃げるなんて言わないよね?」
「残念、そのまさかよ」
ルークは信じられないといった表情で固まっている。一方でベリアルは、揶揄するような、にやにやとした笑みを浮かべていた。
「あの、ルヴィアナさん、本当に大丈夫なんですか?」
スタンが尚も不安そうに尋ねると、ルヴィアナはそれを打ち消すように、不敵に笑った。
「言ったでしょ。困った時は、私を頼りなって」