第一話 【共鳴】迷子の光と春の大三角
第一章は全七話構成です。
夜の帳が下りた、町外れの丘の上。
静寂を切り裂くように、激しい衝撃音が響き渡る。
「っ、速い......!」
ブロンドベージュのやわらかなボブを揺らし、星咲陽向は息を呑んだ。
目の前で暴れ狂っているのは、しし座を構成する星の一つ「デネボラ」の星のかけらから生まれた影法師。
次元の歪みで迷子になり、パニックを起こして暴走しているその姿は、かつての美しい輝きは無い。
「陽向、落ち着いて。相手の軌道は読めているわ」
焦る陽向の耳に届いたのは、パートナーの夜夜木朔夜のおっとりとした声。
夜風になびく黒色のロングヘア。その切れ長の紫色の瞳が、極めて冷静に敵の動きを捉えていた。
「ありがとね、朔夜! いつも頼りにしてるよ!」
二人の目的は、敵の撃破ではない。デネボラを傷つけず、弱らせて鎮めることだ。
陽向が地を蹴る。
手には高出力のエネルギーを射出する、輝くブレード。
迫り来るデネボラの猛撃を、眩い光の刃で真正面から弾き返す。
その死角を縫うように、朔夜が動いた。
放たれたのは、重力を操る光の糸と、光の軌道を曲げる重力リング。
予測不能な軌道を描く、見えない縛鎖が敵の動きを絡め取り、少しずつ、確実に捕縛していく。
「今よ、陽向!」
「うんっ! 任せて!」
二人の見事な連携でデネボラの動きが鈍った隙に、陽向は朔夜の開かれた腕の中、その胸へと、迷いなく真っ直ぐに飛び込んだ。
「朔夜、重力場を固定して!」
「任せて、陽向の光は逃がさないわ」
紺色のジャンパースカート越しに、二人の身体が隙間なく密着した。
朔夜から香る、新月の冷気のような微かな匂い。
陽向からじんわりと浸透してくる、太陽のような体温。
重なり合う身体から、お互いの高鳴る鼓動と、熱を帯びた吐息が伝わってくる。
陽向が集めた「光」を、朔夜の静かな「重力」が優しく、けれど絶対に離さないという強さで包み込み、二人の間に固有の「調和波長」が発生した。
単体では不安定な力が、限界まで抱きしめ合うことで初めて、完璧な調和に至るのだ。
二人は祈るように静かに手を重ね合い、デネボラに向けて声を合わせた。
『遠い空で 迷子になった 傷だらけの 小さな光』
『大きく乱れた その軌道を 静かな重力で 引き寄せる』
陽向の温かく包み込むようなソプラノの主旋律に、朔夜の静かで揺るぎないアルトの和音が重なる。
それは、狂った周波数を調律して眠りにつかせるための子守唄、『ステラ・ララバイ』だ。
『元の穏やかな 公転の中へ 深く 深く 眠りにおちなさい』
二人の子守唄が夜空に溶けていくと同時に、暴れ狂っていた影法師のノイズは嘘のように穏やかになり、やがて静かに眠りにつき、光の粒となって消滅した。
そして後には、元の美しい輝きを取り戻した、ほんのりと青白い光を放つアストラルフラグメントだけが、実体としてころんと残された。
「......よかった、デネボラ。寂しかったよね。もう泣かなくていいんだよ」
陽向は両手で大切そうにアストラルフラグメントを拾い上げた。
「安心しなさい。もう誰も、あなたを独りにはしないわ」
朔夜も優しく微笑みかけ、二人はアストラルフラグメントに語りかけながら、ゆっくりと丘の頂上へと歩み進む。
頂上に着くと、二人は向かい合った。
陽向がアストラルフラグメントを両手で包み込み、朔夜がその陽向の両手をさらに外側から優しく包み込む。
手の中の温かな光を見つめながら、陽向と朔夜がそっと口を開いた。
「もう大丈夫だよ、デネボラ。あなたがまた、春の大三角の一部として、夜空で綺麗に輝けるように」
「しし座の尻尾として、誇り高く輝きなさい。あなたの本当の居場所は、あそこよ」
二人はアストラルフラグメントに優しく語りかけた後、星空に向けて、祈るように手を掲げた。
「迷子の光に、温かな安らぎを」
「さまよう軌道に、導きの道標を」
「さあおかえり、私たちの想いと共に、満天の星空となれ!」
陽向と朔夜の言葉と共に、包み込んだ手の中から、デネボラのアストラルフラグメントが、青白い光柱となって天へと解き放たれ、しし座を構成する星空の一部へと帰っていった。
「もしまた迷子になっても、私たちが見守っているから。心配しなくていいからね、デネボラ」
空には、先程よりも少しだけ明るさを増した星空が広がっている。
「ふぅ......今日もなんとか眠らせてあげられたね、朔夜」
陽向は制服の白いセーラー襟の乱れを整えながら、安堵の息を吐いた。
「ええ、そうね。でも陽向? 今日は飛び込む勢いがちょっと強引だったわよ。胸、痛かったんだけど」
朔夜の微かな声に、陽向ははっとして顔を上げた。
「えっ!? ご、ごめん朔夜! だってあのタイミングでしか軌道が合わなくて......」
真っ赤になって慌てる陽向を見て、朔夜はおっとりと優しく微笑んだ。
「ふふ、いいのよ陽向。あなたは相変わらずね」
「んもう、朔夜ってば。ねえ、まだ時間があるし、もうちょっとゆっくりしよう?」
「ええ、そうね。今日は一段と空が澄んでいるから、絶好の観測日和ね」
そうすると二人は夜の草地に腰を下ろし、陽向は朔夜の柔らかい膝へと自分の頭を預けた。
朔夜の白く細い指先が、膝でくつろぐ陽向の髪を愛おしむように、そっと梳く。
「あ、見て朔夜。しし座のしっぽのところで、さっきのデネボラが綺麗に光ってる......無事に戻れたのかな」
「ええ、きっと戻れたわ」
朔夜はそのまま続ける。
「しし座はギリシャ神話で、英雄ヘラクレスが最初に戦った『ネメアの大獅子』だと言われているわ。どんな武器も通じない強靭な毛皮を持っていた猛獣よ」
「ええっ、そんな怖いライオンだったの? じゃあ、ヘラクレスはどうやって倒したの?」
「武器を使わず、三日三晩、その腕で力強く抱きしめて......いや、顎を絞め落としたそうよ。というか陽向、一年の時、神話構造論で習ったでしょう?」
「そ、そうだったかなぁ......でも抱きしめてって、なんだか私たちみたいだね!」
「そうね。私たちも武器で敵を倒すのではなく、こうして強く抱きしめ合って重力と光の波長を重ねて眠らせているものね」
「そっか。デネボラも、私たちの調和波長で安心して眠ってくれたんだね」
陽向は夜空を見上げながら、思い返すように目を細めた。
「あの青白い光、すごく温度が高くて綺麗だったなぁ」
「星は青白いほど表面温度が高いのよ。太陽よりもずっと熱い、約八五〇〇ケルビンの炎。でも、陽向の光の方がずっと温かいわ」
「朔夜......」
陽向は朔夜を見つめると、朔夜は目をそらすように空を見上げた。
「ねえ、空を見て。北斗七星の柄のカーブをそのまま伸ばしていくと、うしかい座のアルクトゥールス、おとめ座のスピカ、そしてからす座のベータ星へと綺麗に繋がるでしょう?」
「うん、春の大曲線だよね!」
「そう。そのアルクトゥールスとスピカ、そしてさっきのデネボラを結ぶと......」
「春の大三角の完成だね! それで、そのスピカと北極星のちょうど真ん中、りょうけん座のアルファ星も合わせたら、春のダイヤモンドにもなるよね!」
「ええ。私たちがこうして一つ星を救うごとに、空には確かな結びつきが生まれていくのよ」
戦いの後、二人はいつものように、星空を眺めていた。
今日も、一つの星を救うことができた。
しかし、星空を見上げた朔夜の紫色の瞳は、遥か彼方で不自然に瞬く、新たなノイズの予兆を確かに捉えていた。
あとがき中原はじめ
初めましての方も、前作から応援してくださっている方も、本作に巡り付いていただき心より感謝申し上げます。
前作は執筆しているうちに「気がついたら百合になっていた」というマイルドなテイストでしたが、今回は構想段階から百合演出をかなり意識して執筆しています。
今回は「星空」や「神話」をモチーフに据えました。
前作同様に「絆」や「救済」をテーマとして取り入れつつ、今回は二人で行動することを重視し、主人公たちの関係性を「連星(バイナリースター)」になぞらえています。
天体に疎い方のためにご説明しますと、「連星」とは、二つの星がお互いの重力で引き合い、共に回り続ける星のシステムのことです。
たとえば、冬の星座「シリウス」も、実は圧倒的な光を放つ主星と、強い重力を持つ伴星が引かれ合う連星です。
陽向と朔夜のモチーフはそれぞれ太陽と月なのですが、これらの二つは連星というわけではありません。
しかし陽向の「光」と朔夜の「重力」が引き合い、一つの軌道を描くという設定は、この連星を表現しています。
さて、第一章は全七話構成となっています。
第一話はいきなり夜の丘での激しい戦闘場面からのスタートとなりました。
今回の敵は、次元の歪みなどで迷子になり、地球に落ちてきてしまった「星のかけら(アストラルフラグメント)」から生まれた影法師です。
しかし、ステラとしての使命を担う陽向と朔夜の目的は、敵を倒すことではありません。
星たちを無傷で眠らせ、元の美しい星空へ還すこと、つまり「救済」が彼女たちの戦いです。
作中で二人が敵を眠らせるために唄う『ステラ・ララバイ』が登場しましたが、実はフルコーラス版の歌詞が存在します。
物語のどこかで全編が登場するかもしれませんので、密かにご期待ください。
また、星を還す場面での「迷子の光に、温かな安らぎを」という二人の台詞ですが、実は執筆時に候補を30個も作ってしまい、どれを採用するか本当に頭を抱えて迷いました。
先読み版で公開されていたセリフも、候補の内の一つでした。
結果的としてどれも採用せず、複数候補からアレンジして採用というかたちになりました。
二人の優しさが一番伝わる言葉を選べたかなと思っています。
次回は激しい夜の戦いから一転、朝の寮生活からスタートします。
朝から百合全開でお届けしますので、どうぞお楽しみに。