第二話 【整容】交わる軌道と朝の光
「......んぅ......」
陽向はベッドの中でモゾモゾと身を捩り、枕に顔を埋めた。
ブロンドベージュのやわらかなボブが、シーツに擦れてくしゃくしゃになっている。
「陽向、朝よ。起きなさい」
黒色のロングヘアを無造作に束ねた朔夜が、軽やかな音を立ててカーテンを開ける。
窓から差し込む朝の光が、白いシーツを優しく照らしている。
眩しい朝の光が部屋に差し込み、同室で暮らす二人の空間を鮮やかに浮かび上がらせた。
ここは『ステラ』として選ばれた少女たちが暮らす、国営の特殊育成高等学校の学生寮。
その一室が、陽向と朔夜の部屋だった。
右側にある陽向の机は、彼女の性格を表すように賑やかだ。
星空や太陽をモチーフにした可愛らしいグッズ、蓄光素材の星型オブジェなどが所狭しと飾られている。
対して左側にある朔夜の机は、まるで図書館の一角のように整然としている。
そこには『近接連星における物質移動』や『星脈解析学基礎』といった、分厚い専門書が几帳面に並べられていた。
壊れた星座のパーツである星のかけらが地球に降り注ぐようになってから、この世界は大きく変わった。
アストラルフラグメントを星空に還す使命を担う少女達は、お互いの長所と短所を補い合う『連星』としての日々が始まっているのだ。
「うぅ......朔夜ぁ、あと五分......いや、あと五分だけ......」
いっそのこと、今日はパス......
「駄目よ。今日は一限目から『神話構造論』の小テストがあるって言っていたじゃない。ほら、起きて」
ベッドの端に腰掛けた朔夜が、布団から出ている陽向の肩を優しく揺する。
「うぅ......」と唸りながら、陽向はむくっと体を起こした。
寝ぼけ目のピンク色の瞳がとろんとしている。
「ほら、着替えるわよ」
朔夜は手慣れた様子で、ハンガーに掛かっていた二人の制服である、紺色のジャンパースカートと白いブラウスを用意した。
陽向は部屋着の上下を脱ぎ、ベッドにぐちゃっと放った。
ブラウスを羽織り、ジャンパースカートを身につけるが、まだ眠気が勝っているのか、どこか動きがたどたどしい。
「......ほら、陽向。襟が曲がっているわよ」
見かねた朔夜が、陽向の正面にふわりと立った。
朔夜の白く細い指先が、陽向の白いセーラー襟を丁寧に整えていく。
紺色の一本線が入った襟を整えるその距離は、昨夜の戦闘で抱きしめ合った時と同じくらいに近い。
「......ん......ありがと、朔夜」
「どういたしまして」
至近距離で見つめ合う二人の間に、ほんのりと甘い香りが漂う。
朔夜の紫色の瞳が、陽向の胸元にスッと視線を落とした。
「ネクタイも結んであげるから。貸してごらんなさい」
朔夜は陽向の胸元にある白色のスカーフネクタイを手に取ると、スッと陽向の顔に近づけた。
(あっ......)
昨夜の戦闘中、朔夜の胸に強引に飛び込んでしまった時の感触が、ふと脳裏に浮かび、陽向の顔がほんのりと赤く染まる。
「......よし、できたわよ。どうかしら?」
「う、うん。ありがと......」
顔を赤くして目を泳がせる陽向を、朔夜は少し不思議そうに見つめた後、ふふっと悪戯っぽく微笑んだ。
「昨夜はあんなに強く私を抱きしめてきたのに、こういう時は照れるのね、陽向は」
「っ......! そ、それは戦闘中だったからでっ! あの時はさ、あのタイミングしか軌道が合わなくて......っ!」
必死に言い訳をする陽向の頬を、朔夜の冷たくも柔らかい指先が、そっと撫でた。
「ええ、分かっているわ。陽向の光と私の重力を交わらせるためには、必要なことだもの。でも、こうして穏やかな朝を一緒に迎えられるのも、悪くないわね」
「もう出会ってから一年経って今更だけどね......朔夜、ところでなんだけどさ......」
陽向は、無邪気に瞳を揺らして、朔夜を見つめ返した。
「昨日の夜、デネボラを還した後......空を見上げて、何を考えていたの?」
昨夜の帰り際、星空を見上げていた朔夜の横顔が、どこか切なそうだったことを、陽向は覚えていた。
「......少しだけ、昔のことを思い出していたのよ。ここに入学した時のことをね」
「入学した時のこと?」
「ええ。初めて出会った時のあなたは、自分の光を持て余して、軌道を外れた迷子みたいだったわ」
朔夜の言葉に、陽向は少しだけ表情を曇らせ、視線を落とす。
そう。過去に陽向は、自分の光の熱エネルギーを制御できず、周りを焼き尽くしそうになり、居場所を失いかけた経験があった。
「でもあの時、新月のように暗闇へ沈んでいきそうだった私を見つけて、重力ごと優しく照らしてくれたのは、陽向、あなたの温かい光だったのよ」
「朔夜......」
「昨日の夜、星空を見上げながら誓っていたの。これからもずっと、私たちは二人で一つの軌道を描き続ける。もう二度と、お互いを迷子にはさせないってね」
整えられた制服越しに、お互いの鼓動が微かに伝わってくる。
「......ほら、行くわよ。もう朝食の時間が始まっちゃうわよ」
朔夜は満足そうに微笑むと、ふわりと陽向から離れた。
まだ少し顔が赤いままの陽向は、「うん!」と元気よく返事をすると、急いで白色のソックスを履き、三つ折りに整え始めた。
着替えを終えた二人は、学生寮の一階にある食堂へと足を運んだ。
全寮制であるこの国営の特殊育成高等学校では、生徒の食費を含めた寮費はすべて国から支給されている。
朝の食堂には、これから授業に向かう『ステラ』の少女たちが集まっているが、戦場での緊迫感とは無縁の、どこかゆったりとした穏やかな時間が流れていた。
「いただきます!」
今日のメニューは、ふわふわのロールパンに、半熟の目玉焼き、パリッと皮が弾けるソーセージ、そして彩り豊かな新鮮なサラダだ。
「ん~っ! やっぱり朝ごはんは美味しいね!」
陽向は目を輝かせながら、ロールパンを大きな口で頬張る。
「ふふ、そんなに急いで食べなくても逃げないわよ、陽向」
向かいの席に座る朔夜は、上品な所作で目玉焼きを箸入れながら、おっとりと微笑んだ。
「だって、神話構造論の復習しなきゃ! 今日の小テスト、範囲が広くて不安なんだもん」
「昨日、ちゃんと要点は教えてあげたでしょう? ミソスロジックはただの暗記科目じゃないわ」
朔夜はサラダにドレッシングをかけながら、諭すように言葉を続ける。
「暴走した星々が、どのような神話の伝承やイメージを纏って影法師化しているか。それを読み解くことで、相手の弱点や行動パターンを予測するための、とても大切な授業よ」
「うん、わかってるよ。私たちが星たちを傷つけずに鎮めて、本来の星空に還すためには、相手のことを深く知らなきゃいけないもんね」
「ええ。それが、私たち『ステラ』に与えられた使命だものね」
そうは言っても、暗記は苦手。考えを文章で書くのも、もっと苦手。
しかし二人の会話には、自分たちの役割への誇りと、星への優しい思いやりが滲んでいた。
「ごちそうさまでした!」
食後の紅茶を飲み終えると、二人は席を立ち、自分たちの部屋へと戻った。
洗面所で並んで歯を磨き終え、再び自室へと戻る。
「陽向、こっちにいらっしゃい。後ろの髪が、まだ少し跳ねているわよ」
朔夜は自身の机の前に置かれた椅子を引いて姿見へ向け、陽向を座らせた。
「えへへ、お願い、朔夜」
朔夜の白く細い指先が、陽向の乱れたボブにそっと触れる。
手慣れた手つきで丁寧にブラシで梳いていくと、髪の奥から、昨晩の甘いシャンプーの香りがふわりと漂った。
「ん......朔夜の指、すっごく気持ちいい......」
陽向はうっとりと目を細め、心地よい朔夜の引力に身を委ねる。
朔夜は鏡越しに陽向と視線を交わすと、瞳を細めて優しく微笑んだ。
「ふふ、もう。外で風に吹かれて、また迷子にならないように、ちゃんと整えておかないとね」
「大丈夫だよ。朔夜がいつも、私を見つけてくれるもん」
綺麗にまとまった髪をそっと撫でられ、陽向の胸の奥がきゅっと甘く跳ねた。
「......ありがと」
互いの温もりを確かめ合うような穏やかな時間を終えると、二人はそれぞれの指定のカバンに分厚い教科書を詰め込む。
そして部屋を出る前に姿見の前に立ち、最終的な身だしなみのチェックだ。
陽向は、膝丈の紺色のジャンパースカートの裾を軽く払い、白いブラウスのセーラー襟を整える。
襟に入った紺色の一本線と、胸元の白色のスカーフネクタイに乱れはない。そして足元の三つ折りソックスを定位置に整えた。
隣に立つ朔夜も、黒色のパンツストッキングのシワを伸ばし、洗練された所作で制服を着こなしていた。
「よし、準備完了!」
「忘れ物はないかしら?」
二人は、部屋のドアノブに手をかけた。
「よし、行こっか、朔夜!」
「ええ、行きましょう」
今日もまた、星を救うため、ステラとしての新しい一日が始まる。
しかし、平和な朝の空気に包まれたこの時、陽向はまだ知る由もなかった。
この日、学校のある場所で、クラスメイトたちの「甘く激しい軌道の交わり」を目の当たりにしてしまうことを。
あとがき中原はじめ
まずは、この作品に巡り付いていただき、心より感謝申し上げます。
今回の第二話では、激しい戦闘から一転して、全寮制の女子校での穏やかな高校生活を描きました。
多感な少女たちが集まる女子だけの寮生活ということで、何かと不安になりそうですが、寮は学校の敷地内に建てられており、寮監が二十四時間常駐しているので安心安全な環境が整っています。
朝の居室のシーンでは、陽向と朔夜が部屋着から制服へと着替える際のお手伝いの様子をピックアップしてみました。お互いの距離感や信頼が伝わっていたら嬉しいです。
また、食堂での朝食シーンも登場しましたが、この学校は国営のため、授業料が無料であることはもちろん、寮費も食費を含めてすべて無料となっています。
食事のメニューは基本的に一種類で、一日三食提供されます(ただし休校日は提供がありません)。
校舎内には食堂がないため、昼食時も寮の食堂に戻って食事をとるシステムです。
ご飯はとてもおいしいと生徒たちからも評判です。
なお、規律はしっかりしており、平日の無断外出は禁止されています。
外出は基本的に届出制ですが、休日は門限さえ守れば自由で、日付をまたいだり、長距離の外出となる場合のみ届出が必要というルールになっています。
さて、私が本作に込めた思いが「二つ」あります。
一つは「他者の痛みに寄り添い、理解しようとする力の尊さ」です。
「相手を力でねじ伏せるのではなく、相手の背景や悲しみを理解し、寄り添うことこそが真の解決策になる」というメッセージです。
他者との摩擦や衝突が起きた際、相手を「敵」として排除するのではなく、その裏にある孤独や痛みに共感しようとする姿勢が、現実の人間関係を豊かにするヒントとして、読者の心に届けることができればと願っています。
もう一つについてはここでは触れませんが、私が大切にしている絶対的な本作の執筆方針ですので、それを感じながらお読みいただけたら嬉しいです。
次回も引き続き、百合全開でお届けします。
そして今後は、天文用語を用いた感情の言語化をふんだんに取り入れます。
学校生活の中で、陽向が今更ながらの百合っ気の濃さを実感することになりますので、次回もどうぞお楽しみに。