第6章 縁から宴編 - 第5話「妖怪大戦争?」
「こんにちは〜!」
管理所の扉を潜った美月の声が元気よく響いた。
受付台の向こうで書類を整理していた写仝が、いつもの無表情な輪郭をこちらへ向ける。
「こんにちは、美月さん」
その横には、写仝と話していたであろう縁の狐耳が、ぴくりと立ち上がった。
「あらぁ〜美月ちゃん!ほんとに今日来たのねぇ〜!」
「『多分明日とかに来ます』って昨日言いましたからね。まさかほんとにそうなるとは思ってなかったですけど」
美月は苦笑しながら頬を掻いた。
すると、縁はにんまりと笑いながら、美月の顔を覗き込む。
「それで、今日は誰にするのぉ?」
「キャラ選択画面みたいに言わないでください!」
美月が即座に声を張った、その時。
「美月さん、お久しぶりです」
落ち着いた低い声が横から届き、美月は振り返る。
赤い肌に鋭い目。
大きな角を持ち、スラリと伸びた長身。
守命流が書類を持ち、歩いてきたところだった。
「あ!守男さんじゃないですか!」
「わしゃあ守命流じゃ!」
髪が逆立ち、一瞬で広島弁が出た。
美月はくすくす笑いながら、その長い髪を見上げる。
「ふふっ。いいじゃないですか。守男さんって名前、かっこいいですよ」
「...っ...な......」
逆立った髪がシュルリと落ち、守命流が、わずかに言葉を詰まらせた。
しかし美月はそれに気づかず、すぐさま縁の手を掴む。
「今日はまたあのレントゲンやってほしいので!縁さんと百之鬼さんでお願いします!」
「オッケーよぉ〜! 骨の髄までしゃぶり尽くす勢いで見るわねぇ♪」
縁は楽しそうに尻尾を揺らす。
「頼んだもの以外を見るのはプライバシーの侵害です!」
「あらぁ。なら見た結果を美月ちゃんに言わなければ、バレないわねぇ?」
「多分、縁さんなら顔で分かります!」
「やぁん♡」
何故か嬉しそうだ。
美月は縁の手を引いたまま、受付へ顔を向けた。
「あ、写仝さん!」
「はい」
「帰りに決済札を何枚か貰いに来るので!そっちの話終わったら私に付き合ってくださいね!」
「......」
美月はそのまま縁を引き連れ、廊下の奥へ消えていった。
数秒後。
...ブゥン。
写仝の輪郭が揺れた。
守命流が、横目で見る。
「......写仝さん。多分そっちの“付き合って”ではないかと」
「知っています」
即答だった。
「.........」
「守命流さん」
「なんです」
「『かっこいいですよ』は、あなたではなく名前の話ですよ」
「いらんこと言わんでええ!」
ザッ、と守命流の長い髪が再び逆立った。
廊下の向こうでは、縁が美月に引かれながら振り返り、二人の様子を見て笑っている。
「美月ちゃんったらぁ、行くとこ行くとこで小型爆弾落としてくのねぇ〜...」
「?何の話ですか?」
「それとも本人が小型爆弾......?あるいは散弾銃かもしれないわねぇ......」
「何で戦闘用武器!?妖怪大戦争でもあります!?」
「ないわよぉ〜」
そんなやりとりをしているうちに、美月は捜索監視課の前へたどり着いた。
そして、ドバンッとドアを開ける。
「百之鬼さん、レントゲンお願いします!」
百之鬼を見るなり、美月は勢いよく頭を下げる。
百之鬼は書類から顔を上げ、柔らかく微笑む。
「いらっしゃい、美月さん。また“れんとげん”をするのはなぜですか?」
「今日、東が足生やしてうちに来たんです!」
「......」
「......」
百之鬼と縁の顔が、ほぼ同時にゆっくりと崩れた。
( ◜ᴗ◝ )( ◜ᴗ◝ )にんまり。
二人揃って両頬を包み、何とも幸せそうな表情を浮かべている。
百之鬼に至っては、腕に並ぶ百々目鬼由来の目まで、キラキラと輝いている。
「顔!腕!」
美月の声が飛ぶ。
「美味しい話じゃないので、その顔やめてください!」
「あらぁ〜。海の妖が、自分から陸へ来るのよぉ?美味しいに決まってるじゃなぁい♡」
「そ、そうなの......?」
「そうよぉ!」
縁は美月の肩へ軽く手を置いた。
「海の妖は縄張り意識が強いしぃ、一度『自分のものにしたい』って思った相手への執着も相当なのよぉ〜?」
「それ最初のプレゼンの時に言ってください!」
「後の祭りよぉ〜。まして東ちゃんって子みたいに、海そのものを縄張りにしてる大型の子なら、もっと強いはずよぉ?」
美月の口が少し開いた。
「私......もしかして、すごい人を相手にしてる......?」
百之鬼が、にこりと笑う。
「ちなみに美月さん。東さんから噛まれる以外に、どのような求愛をされたのですか?」
「え......」
美月は指折り思い出す。
「噛まれて......」
二人の目が輝く。
「番にするって宣言されて......」
縁の尾がぶんぶん揺れる。
「本能レベルで好きだって......」
百之鬼と縁は再び両頬を包んだ。
( ///◜ᴗ◝ ///)( ///◜ᴗ◝ ///)にんまぁり。
百之鬼の腕の目まで、先ほどより明らかに輝いている。
「いやだから顔!」
「答えは出ましたね」
「え......な、何の......」
百之鬼が穏やかに微笑む横で、縁が美月へ身を寄せた。
「美月ちゃん」
「はい......」
「東ちゃんが、自分の縄張りである海を出て、慣れない陸まであなた一人のために会いに来た。......それってねぇ」
縁は、ふっと柔らかく笑う。
「ものすごぉく、心からあなたを愛してるってことなのよぉ」
「......ぅ......」
美月の頬がじわじわと赤くなった。
「で...でも私、そんなボンキュッボンの綺麗な妖じゃないのに......なんでみんな、こんなに......」
「見た目ではないのですよ」
百之鬼は手を口元に当て、柔らかく微笑みながら答える。
「そうそう♪なのに美月ちゃん、見た目まで可愛いからぁ、あの子たちの本能がバルクアップしてる感じねぇ♪」
「パンプアップじゃなくてバルクアップ!?」
「元には戻りませんね」
「戻ってよ!」
縁はさらに楽しそうに続けた。
「それに美月ちゃんって媚びるタイプじゃないでしょ〜?だから余計に、心身共に欲しくなっちゃうのよぉ♡」
「会話が夜に傾いてる!っていうかレントゲン!」
美月は強引に話を引き戻した。
「今日、東にビンタした時、妙に力が乗っちゃって!危うく東をぶっ飛ばしかけちゃったんです!」
「......」
「......」
今度は二人が完全に黙った。
「どうして黙るんですか」
縁が、しみじみとした顔で美月を見る。
「美月ちゃん、やっぱり美月ちゃんねぇ......」
「え゛!」
百之鬼も柔らかい笑顔を崩さない。
「決死の求愛をしてきた殿方へ平手をするのは、きっと美月さんくらいでしょうね」
「うふふ。だからやっぱり欲しくなるんでしょうねぇ♡」
「いいから早くこの謎を解いてください!」
美月が声を張る。
「はぁ〜い♪」
ようやく縁が両手を上げた。
指を組み、狐の形を作る。
その隙間に生まれた、小さな菱形の窓。
百之鬼は椅子へ腰掛け、その窓へ瞳を合わせた。
「では美月さん。少しだけ、そのままでお願いいたします」
「頼んだところだけ見てくださいね?」
「もちろんですよ」
「百之鬼ちゃんなら言わなきゃバレないわよぉ?」
「なら少しくらい観察部位を滑らせてもいいでしょうか」
「犯行予告やめてください!」
狐の窓越しに、百之鬼の瞳が静かに光る。
そして再び。
美月の奥を読み取るための、二人がかりの妖力視が始まった。
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