第3章 近づく距離編 - 第4話「内にあるもの」
常夜の森に、朝はない。
同じ空、同じ暗さが続く森の中で、ジャジーの思考もまた、昨夜から同じ場所をぐるぐると回り続けていた。
「ッ......クソ。マジでわかんねぇ......」
戻って、美月に腹の内を話したい。
だが、その腹の中にあるものが何なのか、自分自身が分かっていない。
「......詰んだ」
片腕で顔を覆い、背にしていた木の幹へ頭まで預ける。
腹は満たされている。
魔力も足りている。
それでも、帰る理由だけが見つからなかった。
遠くで、人の声のような鳴き方をする鳥の声が、ジャジーのもとに近づいていた。
一方、美月の家。
昨日は鳳の過去を聞き、少しだけ彼という存在を知れた。
それでも美月の頭の片隅には、ずっとジャジーがいる。
「......今日もまだ、帰って来ない......」
窓の外を見上げても、黒い翼はない。
「お腹空いてないかな......魔力もちゃんと残ってるのかな......。百之鬼さんに聞いた方が......」
そんな時だった。
「美月殿」
「あ......鳳さん。そこにいたんですね」
美月の顔が、部屋の壁沿いに立つ鳳へと向けられる。
「ずっとこちらにおったでござる」
「ご、ごめんなさい......」
すると、鳳は一歩近づき小さく息を吐くと、口を開いた。
「命を分けた仲ゆえ、鳳でよい。敬語も使わずとも構わぬ」
「わ......わかった...」
美月は少し照れながら頷いた。
そして、思い出したかのように顔を上げる。
「......あ、鳳のご飯用意するね」
「待たれよ」
言葉だけで美月を止める。
「拙者はよい。それより美月殿、何か悩みを抱えておるのではないか」
鳳はその場へ正座すると、自分の前を軽く叩いた。
「無論、無理に話さずともよい。されど、口にすることが心の毒抜きになることもある」
「鳳......」
「昨日、拙者は話を聞いてもらった。本日は美月殿の話を聞きとうござる」
「......愚痴になるよ?」
「構わぬ。申すがいい」
美月は鳳の前へ座った。
切ない感情や、寂しさ。
鳳はそうしたものを受け止める覚悟をした。
―――しかし。
「でね!? その後が酷いんだよ!?」
「......」
思っていたものとは大幅に違った話に、鳳の頭はショート寸前だった。
「散々キスして身体弄っといて、最後には『じゃあな、ちんちくりん』だよ!?」
「......」
「私人間界で三十年近く生きたのに!付き合った人もいなかったから、キスも初めてだったんだよ!?」
「......」
「そんなの関係なしに定期的に『キス』って言ってせがむ!そのくせ私の扱いは“飯”とか“団子”!日替わりどころか時替わりで天体と食物を生き来してるの!」
「......」
「......鳳、聞いてる?」
「......聞いているでござる......」
妙に小さい声だった。
顔は真っ赤。
黄色い瞳は泳ぎ、
背筋だけが異様なほど真っ直ぐ伸びている。
それもそのはずだった。
数百年の妖生で、鳳に女性経験はない。
だが、そんなことなど知らない美月は止まらない。
「付き合ったことないんだから、馬乗りにされるのも初めてだっつーの!!」
「う......馬乗り......」
「何が『よォ。続きしていいか?』だよ!こっちは全部初めてなんだから簡単に続きあげてたまるかぁ!」
「つ、続き、とは......」
「......ん?」
そこでようやく、美月が鳳の異変に気づいた。
「.........」
「.........」
「鳳......もしかして......」
「......言うでない」
「童―――」
「だから言うでないと申したでござろう!!」
「ごめん!!」
美月は両手で顔を覆った。
「ウソ!?私、女性経験ない人に延々不本意ピンク話聞かせてたの!?」
「うむ。大層破廉恥な話でござった」
「真面目にレビューしないで!!」
しばらくして、二人の前には湯気の立つ茶が置かれた。
美月は湯呑みを両手で持つ。
「......まったく、酷いよねぇ......」
湯呑みから立ちのぼる湯気を見つめる。
「散々振り回しといてさ。私はずっと、ご飯扱いから何も変わらない」
小さくため息を吐く。
「可愛いって言われても、結局団子擬人化としての可愛いだし......」
美月は鳳へと視線を向ける。
「......私って、何なんだろうね」
鳳は静かに美月を見た。
「美月殿は、その御仁にどう思われているかが気になるのでござるな」
「......え?」
「補給する者でも、ただの同居人でもなく。“美月殿として”、一人の女子として見てもらいたいのではござらぬか」
「いや......いやいやいや......」
数秒、美月は考えた。
「......わかんない......」
美月は眉間に皺を寄せた。
「......ただ......」
一拍。
「ものすんごーく、イライラする」
「.........」
またも想像と違う方向に向かった美月の言葉に、鳳の目が瞬いた。
「......イライラ、でござるか」
「あ゛ー!イライラしたらお腹空いてきた!」
美月は卓を両手で叩くと、勢いよく立ち上がった。
「やっぱり朝ごはん食べる!」
「う、うむ......」
「食べたらこの怒りを妖力と一緒に畑へぶちまけるから、鳳は収穫手伝ってね!」
「........................承知、した」
台所へ向かう美月の背中を見ながら、鳳は僅かに口元を緩めた。
「鳳? なんでちょっと笑ってるの?」
「......美月殿の表情が、よく変わるゆえ」
「そう?」
美月は首を傾げ、そのまま朝食の準備へ戻った。
「.........」
よく話し、よく笑う。
そして、よく怒る。
美月の感情が忙しく、普段の自分なら、きっと距離を置いていたであろう騒がしさ。
それなのに。
妙に、胸が高鳴った。
腹が減ったわけではない。
僵尸の本能が騒いだわけでもない。
むしろ、心地がよかった。
「......拙者は......」
鳳は窓の外へ視線を向け、昨日交わした美月との約束を思い出した。
そして。
「......我慢は、せぬ」
ぽつりと呟く。
「ん? お腹空いたなら言ってね?」
「......うむ」
話が噛み合っているのか否か。
それを知るのは、鳳だけだった。
第3章 近づく距離編 - 第4話
「内にあるもの」- 完 -
→第3章 近づく距離編 - 第5話
「いつまで?」