第6章 縁から宴編 - 最終話 前編「“えん”」
「ではまず、緊急会議を開催します」
美月が、ぱん、と両手を叩いた。
「............」
「............」
「............」
ジャジーが、ゆっくり眉間へ皺を寄せる。
「......いや譚生日会じゃねぇのかよ!」
鳳も静かに頷いた。
「いささか、騙し討ちをされたかのような気分でござる」
つい数刻前。
消えかけていた疫病神へ名が与えられ。
癒凪という、新しい存在の楔が打たれ。
今日はその“譚生日”を祝おうと、意気揚々と家へ帰ってきたはずだった。
「色々準備があるから誕生日会は夜! まずは今回の話し合い!」
美月は卓の前へ正座し、どこから取り出したのか一枚の紙を広げた。
その向かいで、癒凪が目を細める。
「......議題はなんだ」
「はい!」
美月はびしっと人差し指を立てた。
「①自己開示②今回の消失受入に至るまでの経緯報告③今後の方向性の、以上三点です!」
「つまりどういうことだよ」
ジャジーが即座に尋ねる。
美月は紙を下ろす。
「①自己紹介②今まで何があったの?③これからどうしよっか?です」
「一気に心理相談感が出たでござる」
「種族支援課案件じゃねぇか」
「家庭内でできるところまでやるの!」
癒凪は、まだ聞き慣れない与えられた名を、一度噛みしめるように黙ったあと、ぽつりと告げる。
「......名を得て数刻で、今後の方向性まで決めるのか」
「もちろん、全部決めなくていいよ」
美月はすぐに首を振る。
「分かんないところは分かんないままでいい。今後また考えればいいし。ゆる会議だから」
「ゆる会議のわりには議題が固ぇし重ぇんだよ」
美月は聞こえないふりをして、癒凪を見る。
「じゃあ、まず①の自己開示から」
しばしの沈黙。
やがて。
「......私は、疫病神だ」
「出た。決めゼリフ」
「決めゼリフではない」
「決めゼリフだろ」
「話が進まぬ。静かに聞くでござる」
「はぁい......」
二人が揃って口を閉じる。
癒凪は、小さく息を吐いた。
「......だが、疫病神だけではない」
「は?」
ジャジーが眉を上げる。
「散々、自分は疫病神だっつってたじゃねぇか」
「嘘は言っていない」
鳳の表情が少し変わった。
「お主も、何か他の種族との間に生を受けたのでござるか」
「違う」
癒凪は首を振る。
そして。
「自ら、取り込んだ」
その言葉に。
鳳の瞳が、わずかに見開かれた。
ジャジーも一瞬だけ、鳳へと視線を向ける。
「お前も鳳と同じ側かよ」
「事情は知らない」
癒凪の声は静かだった。
「だが、自分の意思で別の存在を取り込んだという部分だけを切り取るなら......同じだろうな」
鳳は何も言わなかった。
ただ、今までよりも少しだけ真剣な眼差しで、癒凪を見た。
癒凪は続ける。
「......私は長く、病を司る神々の間で、大規模な疫病を扱っていた」
「......いんや、いきなり重い!」
「続きがある」
「あるんだ......」
美月が姿勢を正した。
癒凪は淡々と語り始める。
人間界には、まるで周期を刻むように大きな疫病が現れるという都市伝説のような話がある。
おおよそ百年ほどの間隔で、世界規模のパンデミックが、人々を襲う。
癒凪の知る神々の世界では、それは偶然ではないとされていた。
「増えすぎた人口を清算し、均衡を戻す。それが我々の役目だと教えられていた」
美月の表情から、先ほどまでの軽さが消える。
「......それ、本当に......?」
「少なくとも、私はそう教えられた。......そう、生まれながらに刷り込まれていたのかもしれないが」
癒凪も最初は疑わなかった。
神として与えられた役目、世界の均衡。
必要な仕事なのだと、そう信じて責務を果たし続けた。
けれど。
実際の人間界へ目を向けた時。
病に苦しむ者や、親を失う子。
子を失い、声も出せず泣く者。
家族を守るため、自ら病に触れる者もいた。
「......次第に、分からなくなった」
癒凪の目が伏せられる。
「これは、本当に正しいのかと」
そして再び、大きなパンデミックが起きた。
異常な速度で広がったそれは、やがて神々の制御の範囲すら越えようとしていた。
「多くの者は、“放っておけ”と言った」
「......」
「人の数が減れば、いずれ収まる。それが均衡だ、と」
だが。
そんな状況である中、一柱だけ。
その命に従わなかった神がいた。
癒凪の友である、疱瘡神だった。
「......あいつは、その病を自らへ取り込んだ」
本来ならば、病はさらに形を変え、猛威を振るい。
神々ですら扱えないほどのものへ変質していたかもしれない。
それを。
疱瘡神は己の内へ吸い込み、爆発的に広がるそれを抑えた。
「私は......動けなかった」
癒凪の声が僅かに低くなる。
「正しいのか、間違っているのか。そればかりが思考を埋め尽くしていた」
やがて。
疱瘡神は倒れ、存在そのものが薄れ始めた。
「......自分が、動いていれば」
癒凪の指が、わずかに握られる。
「協力していれば......あいつだけが傷つくことはなかったかもしれない」
そして。
癒凪は、消えかけた疱瘡神を己の中へ取り込んだ。
「......生かすため」
一度、言葉が止まる。
「同時に、自分の罪を残すためだ」
美月の眉が下がる。
この世界では、名を忘れられ、存在を忘れられた者は、いずれその形を維持できなくなる。
疱瘡神が人々の記憶から消えれば、取り込んだ疱瘡神の存在も、いずれ消える。
そして。
自分までも、その時を共に迎える。
「そうすれば」
癒凪は静かに告げた。
「私が彼を助けられなかった罪が、少しは清算される気がした」
「......つまり」
美月が癒凪を見る。
「癒凪は、疱瘡神さんを助けたかったんだよね?」
純粋な解釈。
「そんな生ぬるい考えではない」
即座だった。
「罪を背負いたかった。あの時の自分に、罰を与えたかった。そうでもしなければ、私が耐えられなかった」
「でもさ」
美月も引かない。
「取り込んだのは、生きてほしかったからでしょ」
「......」
「罰だけなら、一緒に消える必要なんてないじゃん」
癒凪は黙る。
やがて。
「......お前の思考は、日輪のようだな」
呆れたように告げる。
「じゃあ、いくらだって照らすよ」
「......私には、眩しすぎる」
「そこは慣れて」
しばらくして。
癒凪が、ふと思い出したように尋ねた。
「......お前達は、なぜあの祠に花を持ってきた」
美月は瞬きをする。
「だって、前に祠を見た時、なんだか寂しそうだったんだもん」
癒凪の目がわずかに見開かれた。
「祠に顔はない」
「概念顔があるんだよ」
「概念顔」
「気にすんな。普通の話として飲み込め」
ジャジーが投げやりに言う。
「飲み込むには相当な咀嚼が必要でござるな」
「......意味は理解した」
「できんのかよ!」
美月は頬を掻く。
「なんでかなぁ......。上手く言えないんだけど、あんまり幸せそうじゃない雰囲気って、なんとなく分かるんだよね」
「座敷わらしの性質でござろうか」
「分かんない。でも」
美月は少し考えると、柔らかく笑う。
「“そっち行かなきゃ!”ってなるの」
そして。
「もちろん、そこにいる人を無条件で幸せにしたいとか、そういう立派なことじゃないよ?」
癒凪を真っ直ぐ見る。
「でも、そこにいる人が私と縁のある人で、言いたいことも隠して困ってるんだったら......」
美月は片手を差し出すように広げた。
「差し伸べない手なんて、ないよね」
眩しいほどの笑顔。
その笑顔を見ていると、癒凪の中で長く凝り固まっていた何かが。
少しずつ。
ほんの少しずつ。
緩んでいく気がした。
「......あいつは」
癒凪が口を開く。
「疱瘡神は、寂しそうだったのか」
「うん」
美月は即答した。
「なんか、“納得できません”っていう概念顔をしてたよ」
「......そうか」
癒凪の視線が落ちる。
「......私の判断は、間違えていたのか」
「そうとも言えないよ?」
「......?」
美月は窓の外へ少し目を向けた。
「帰る時にはね」
振り返る。
「寂しそうな雰囲気、全然なかった」
癒凪の瞳が、わずかに揺れる。
そして。
「今はね―――」
朝から差し込んでいた光が、ゆっくりと部屋の奥へ伸びていく。
「すっごく、幸せそうだよ」
にこりと。
太陽のように、美月は笑った。
長い沈黙が流れ、そして。
「......そうか」
癒凪の顔が上がった。
今まで、いつも影が落ちているように見えた、その顔へ。
窓から差し込んだ陽光が、柔らかく、静かに。
その輪郭を照らしていた。
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