第5章 深まる関係編 - 最終話 後編「縁の気配」へ
「たっだいまぁ〜!」
玄関を開けた美月の声が、家の中へ明るく響いた。
返事はない。
代わりに、居間から二つの視線だけが突き刺さってきた。
「............」
「............」
光のない瞳を向けるジャジーと鳳。
卓の上には、すでに綺麗に捌かれた大量の魚。
美月の笑顔が引きつった。
「あ゛!」
「デジャヴ!」
ジャジーが即座に声を張った。
二人とも準備万端で、いつ届くとも知れない妖力文を待っていたのである。
「お前のその『あ゛!』をここ最近何回か聞いてんだよ!」
「いやぁぁ縁さんに同じ言葉言ったのに私に返ってきてるぅぅぅ!」
「お前の脳内ストレージどうなってんだ!」
「隠世来てから色んなことありすぎて、優先順位低いやつが圧縮された挙句解凍できなくなってる!」
「ポンコツすぎる!」
「ぐぅの音も出ない!」
「......美月殿」
低い声。
美月の首が、ぎぎ、と鳴りそうなほどゆっくり鳳へと向いた。
怒っている。
これは、明らかに怒っている。
その瞬間。
美月の脳内に、人間界でよく遊んでいたコマンドが展開された。
―――美月のターン。
ドロー。
しかし、デッキにはもうカードがない。
手札に残されているのは、『疫病神』『客人』『鼻緒縫い合わせ』の三枚のみ。
「サレンダーしたところで、ここ私の家だから意味ない......」
「一人で何を言っておる」
鳳が、じり、と距離を詰める。
美月は決断した。
―――疫病神を、攻撃表示!
「ごめんなさいあとでなんでもするから、とりあえずお客さん入れて!」
「は?客?」
鳳の足が止まる。
「......客人、でござるか?」
―――魔法カード『客人』発動!
相手フィールド上の妖魔二体へ『節度』を付与!
これにより、美月への直接攻撃は封じられた!
二人の視線が玄関の外へ向く。
そこには、先ほどまで美月と並んで歩いていた男が立っている。
灰色の着物。
白銀のぼさぼさした髪。
疲れたような三白眼。
ジャジーの眉間へ、一気に皺が寄った。
「おまっ......!何この間の男連れてきてんだ!」
「ちょっと訳あってゲットしまして」
「私は虫ではない」
「美月殿はなぜ行く場所から何かしらの縁を結んでくるのでござるか!」
「んぇぇそんなつもりないよぉ......」
美月は疫病神の後ろへ回ると、その背をそっと押した。
―――美月のターン!
疫病神を攻撃表示!
「疫病神さん、ちょっと私を守っ......じゃなくて、お茶でも飲んでいって!」
「“守っ”まで出てんぞ」
「私は戦わない」
疫病神を攻撃表示する条件が揃わない!
「うわぁぁぁ勝手に守備表示になったぁ!」
「お前が勝手に盾にするからだろ」
疫病神は家の中を一度だけ眺め、静かに首を振った。
「外で良い。敷地内に招いてくれただけで十分だ」
「だそうでござる」
「じゃあ鼻緒直すから縁側に座って!」
魔法カード『鼻緒縫い合わせ』発動!
客人へのもてなしが継続するため、ジャジーと鳳に付与された『節度』も継続する!
「お前、脳内で何と戦ってんだよ......」
美月は聞こえないふりをして、疫病神を縁側へ座らせた。
「草履貸してください。また縫いますんで」
「......あぁ。すまない」
受け取った草履を膝へ載せ、美月は裁縫箱から針と糸を取り出す。
ちく、ちく。
ジャジーと鳳は納得していない顔のまま、少し離れたところからその様子を見守っていた。
「......不思議だ」
疫病神がぽつりと呟く。
「何がですか?」
「何も起きない」
「普通だよそれ!」
言った直後、美月は慌てて口元を押さえた。
「ご、ごめんなさい!神様にタメ口とか失礼すぎました!」
「いい。お前の好きに話せ」
「じゃあ遠慮なく」
美月は咳払いをする。
「疫病神さんって、押し入れみたいな匂いがしますね」
「『じゃあ遠慮なく』が極端すぎんだろ!」
思わずジャジーが突っ込む。
鳳まで眉を寄せた。
「押し入れの匂いというのは、褒め言葉と見せかけた高度な貶し言葉でござろうか」
「そんなところに高度なテクニック使わないわ! めちゃくちゃ褒めてるよ!当社比だけど!」
「お前の当社比は比較対象がおかしいんだよ!」
「......この家は、騒がしいな」
疫病神の声は淡々としていたが、ほんの少しだけ呆れているようにも聞こえた。
「あはは......。あ、できましたよ」
縫い終えた草履を差し出す。
疫病神はそれを受け取ると、静かに立ち上がった。
「すまなかった。......では、私はもう行く」
「え゛! お、お茶一杯していきません?」
「いい。十分もてなされた」
「じゃあせめて雑談だけでも」
「必死かよ」
ジャジーが呆れた顔を向けている。
「だって鳳の顔が捕食者なんだもん!」
「......いささか、僵尸が主張をしているらしい」
「ほらござる消えてる!」
「また僵尸のせいにしてんな」
疫病神はジャジーと鳳を見る。
「お前達にも、迷惑をかけた」
「家ん中入ってねぇんだ。別に迷惑はかかってねぇ」
「左様。我々にも何も問題は起きていないでござる」
「良かった......」
美月が胸を撫で下ろす。
だがジャジーは腕を組んだ。
「ただ、あとで緊急会議が必要になっただけだ」
「もう私の手札がない!」
「さっき、なんでもするっつってたしな」
「拙者の約束もある」
「あと俺らが捌いた魚、どっちが美味ぇかの評価と」
「毎夜の補給もでござる」
「うぁぁぁそっちはカードが貯まってるんだった!」
疫病神はそんな三人をしばらく眺めたあと、縁側を降りた。
「......では、行く。世話になった」
「あ、あの!」
振り返る。
「なんだ」
美月は少しだけ笑った。
「疫病神さんのマップに、うちの家追加されましたよね」
「お前、脳内ずっとゲームだな」
「今はちょっと黙ってて!」
ジャジーを制し、美月は改めて疫病神を見る。
「だから、いつでも来てください」
しばらく沈黙が落ちた。
「......お前は」
疫病神の目が細くなる。
「馬鹿だな」
「今日、馬鹿って言われるの三回目!」
「的確すぎる」
「的確じゃないよ!」
「馬鹿ではござらぬ」
「鳳......!」
「日常的に落ち着きがないだけでござる」
「救いじゃなかった!」
騒いでいるうちに。
ふと気づけば、縁側の向こうにあった夕日は沈みかけていた。
そして。
疫病神の姿も、もうそこにはなかった。
「あれ!?もういない!」
「つーか飯食うんだろ」
ジャジーが卓を親指で示す。
「新鮮だったから刺身にしたぞ。俺が捌いたやつから食え」
「何を申すか。拙者の捌いたものからでござる」
「じゃあ二つ重ねて食べれば二倍美味しいね」
美月はにへっと笑う。
当たり前のように落とされた言葉に、ジャジーと鳳は固まった。
そして。
「......お前......そういうところだぞ......」
「どういうところ?」
「流石、美月殿でござるな」
「なんか変なこと言ったかなぁ......?」
そうして。
疫病神の去った美月の家からは、先ほどまでと変わらない騒がしい声が響き続けていた。
その頃。
美月の家の近くにある森の中を、疫病神は歩みを止め、再び縫い直された鼻緒へ視線を落とした。
「......美、月......」
初めて知った名を、小さく口にする。
「......私は......」
続きを言いかけたが、口を閉じる。
そして、ほんの少しだけ考えてから。
「......会いに、行く」
静かな声だけを残し。
疫病神は、夜の森へと消えていった。
第5章 深まる関係編 - 最終話
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