第5章 深まる関係編 - 第9話「種族支援課担当+捜索監視課担当=内科」
「やだぁ!!すっかり忘れてたわぁ!」
「デジャヴ!」
美月の声が響いた。
縁は慌てた様子で、自分の席に置かれていた妖力板を引き寄せる。
「前回、種族心理相談があったでしょ〜?あの時にフェルちゃんから、美月ちゃんの在魂情報をフォルダに入れてもらってたのよぉ〜!」
縁は妖力板の上へ手をかざした。
淡い光が広がり、いくつもの文字が空中へ浮かぶ。
「一応、伝承だけで言えばねぇ。座敷わらしが赤を纏うっていうのは、不幸が訪れる前兆なのよぉ〜」
「不幸!?」
美月の肩が跳ねた。
「伝承上では、よぉ?」
縁は指先で文字を流しながら続ける。
「座敷わらしちゃんが赤い顔だったり、赤い服を着たり、赤い手桶を持ってたりするとぉ、火事とか食中毒が起こるとかねぇ〜」
美月の顔から血の気が引いた。
「じゃあ私、この格好のまま魚食べてたら、下手したらアニサキスに当たってたかもしれないってこと!?」
「“あにさきす”はよく分からないけどぉ......」
縁は少し考える。
「この世界の食中毒で一番軽いものなら、三日間くらい全身が強烈に浮腫むやつかしらねぇ」
「女子には地獄すぎる!」
顔までパンパンになった自分を想像し、美月は両頬を押さえた。
しかし縁は、妖力板へ視線を戻す。
「でも美月ちゃん、ニュータイプ座敷わらしちゃんでしょ?」
「ニュータイプ座敷わらし、もう管理所内で普通に通ってるんだ......」
「だから一概には言えないのよぉ〜」
縁は髪先を指へ巻きながら、妖力板の情報を眺める。
「こういうのはねぇ、特別な妖力視をしないと、ちゃんとは分からないのよぉ〜」
「じゃあどうしたら分かるんですか?」
「私がお手伝いさせていただきますよ」
背後から、柔らかな声がした。
美月が振り返ると、そこには捜索監視課の百之鬼が立っていた。
「出た。視るプロフェッショナル」
「ふふ。こんにちは、美月さん」
百之鬼は小さく頭を下げる。
「ただ今から行うことは、私だけではできません」
「そうなの?」
「はい。私は妖魔力や在魂の捜索は得意ですが、今存在している種族の特性を、事細かに読み取ることはできません」
「でぇ、私は基本的な種族情報とか、その人に繋がる“縁”は見られるけどぉ、個人ごとの種族特性まで細かく見る力はないのよぉ〜」
「じゃあどうするんですか?」
百之鬼が微笑む。
「そこで、縁さんの作る“狐の窓”と、私の目が必要になります」
「狐の、窓?」
縁は両手を上げると、それぞれの手で狐の形を作り、それを重ねる。
指と指の隙間に、小さな菱形の窓ができた。
「私がこうして窓を作ってぇ、百之鬼ちゃんに、そこから美月ちゃんを見てもらうのよん♪」
「それで何が見えるんですか?」
「美月ちゃん自身と、座敷わらしちゃんとしての性質。その二つが合わさった、“美月ちゃんだけ”の詳しい情報よぉ」
「レントゲンだこれ!!」
美月の声が響いた。
「では、早速見ていきましょうか」
百之鬼が椅子へ腰掛ける。
その背後に縁が立ち、作った狐の窓を、百之鬼の目元へ重ねた。
腕にある百々目鬼由来の目は開かない。
ただ、顔にある二つの瞳だけが、じっと美月の奥を見つめていた。
「斬新な二人羽織......」
「集中しますので、お静かにお願いいたします」
「すみません......」
数十秒。
ただ見られているだけなのに、体温を一度ずつ奪われるような、不思議な感覚。
やがて。
「......終わりました」
百之鬼が目を閉じた。
「緊張したぁ......」
美月は、はぁっと息を吐く。
百之鬼は縁の窓から離れ、静かに微笑んだ。
「まず、面白いことが分かりました」
「面白いこと?」
「えぇ。美月さんは、自分の運口座から運が自動引き落としされ続けた結果、ご自身に幸福が残らなかったのでしたね?」
モモノキは微笑んだまま問いかけた。
「そうだけど、改めて聞くと酷すぎる」
「ふふっ。そこで、在魂課での引き継ぎ内容をもとに、分かりやすく言いますと......」
百之鬼が、くすりと笑う。
「美月さん。不幸残高を、すべて人間界で使い切って来たようです」
「不幸残高!?」
「はい」
「え? つまり私、不幸貯金がゼロってこと!?」
「少なくとも、座敷わらしの伝承として引き寄せるための“不幸残高”はありません」
美月が固まる。
「......つまり?」
「美月さんが赤を纏っても、不幸そのものが訪れるわけではありません」
「よかったじゃなぁい!」
「勝ち組ぃ!!」
美月は拳を高く掲げた。
「ただし」
拳が止まった。
「⋯⋯『ただし』、は嫌な予感の前触れなんでやめてください」
「重要ですから」
「......聞きます」
美月がゆっくり腕を下ろすと、百之鬼は続けた。
「伝承が、どうしても“不幸”へ引っ張ろうとするのです」
「伝承って人格あるの?」
「ありません」
「なら引っ張らないで!」
「私に言われましても」
「じゃあ結局不幸になるんじゃん!」
「“不幸”にはなりません」
「じゃあどうなるの?」
百之鬼が淡々と答えた。
「すでに起こる出来事が、“騒動”として必要以上に膨らみます」
「............はい?」
美月は目を瞬く。
「騒、動......?」
「はい。赤を纏ったことによって、出来事そのものを新たに呼び寄せるわけではありません」
「じゃあ、どんなレベルであれ起きることは起きるし、転んだり普通の事故まで消えるわけじゃないんだ」
「その通りです。ただ、不幸残高がないにもかかわらず、伝承が不幸らしい状態へ寄せようとした結果......」
百之鬼は一拍置いた。
「本来起きるはずだった出来事の規模や勢いを、“不幸らしい騒がしさ”へ近づけるようですね」
「......待って」
美月の脳内に、数時間前の海が蘇る。
「私、いきなり爬虫類系人魚に囲われました」
「はい」
「噛まれました」
「はい」
「軽い戦闘になりました」
「はい」
「海底に持ち帰られそうになりました」
百之鬼の視線が、さくらんぼの帽子から苺柄のサンダルへ落ちる。
「演出効果が跳ね上がっていますね」
「騒動バフがかかってるってこと!?」
「端的に言えば、そうですね」
「さくらんぼと苺にそんな効果ないよ!」
「赤ですので」
「ガッデム!」
管理所内へ叫び声が響く。
「騒動が全部良い方向に盛られるとは限らないんですよね!?」
「もちろんです」
「でも今回は殿方が一人増えたじゃなぁい♡」
「不本意!」
美月は顎へ指を当てた。
「つまり、私が東と出会うこと自体は変わらなかった」
「そうねぇ♪」
「皆さんで予定を組み、その方へ会いに行ったのでしょう?出会うことそのものは確定していたと見てよいでしょうね」
「問題は、私のさくらんぼと苺かぁ」
「赤ですよ」
「今は細かいこと気にしない!」
美月は腕を組み、唸る。
そして。
「店で普通のプリン注文したはずなのに、店員総出でプリンに花火刺して、生演奏と歌唱まで付けて持ってきた感じ?」
縁が満面の笑みを浮かべた。
「御名答〜♡」
「当たりたくなかった!」
「ふふ。ただでさえ美味しいものが、一層美味しく、気分の上がるものとなって手元に届くのですからね」
「そうなのよぉ!ほんっとに美味しそうだとぉ、無意識にカトラリー持っててぇ、気がついたら“ぱっくん♡”よねぇ〜♪」
「............」
縁が、美月の首筋に残る歯型を見る。
にんまり。
「美月ちゃん、ほんとに“ぱっくん”されちゃったわねぇ〜♪」
すぅぅぅぅう―――
美月が息を吸い込む。
そして。
「マ゜――――――!!」
その日一番の悲鳴が、管理所いっぱいに響き渡ったのだった。
第5章 深まる関係編 - 第9話
「種族支援課担当+捜索監視課担当=内科」
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