第6章 縁から宴編 - 第6話「怪力怪異回避」
「......終わりました」
百之鬼が静かに目を閉じる。
その後で、狐の窓を作っていた縁も、ゆっくりと両手を下ろした。
「ど、どうでしたか......?」
美月は緊張した面持ちで、二人の顔を交互に見る。
百之鬼は、いつもの柔らかな微笑みを浮かべた。
「確かに、美月さんの身体には座敷わらしとしての力が乗るようですね」
「乗るってどこまでですか!?」
美月が机へ両手をつく。
「私今ジャジーに怪力怪異扱いされてるんで!とにかくそこまで物騒な力じゃないと信じたいんですけど!?」
食い気味に問う美月に、百之鬼はにこりと笑う。
「結果から言えば、大丈夫ですよ」
「ほんと?」
「はい。本来、座敷わらしの力は福徳です。人を傷つけたり、致命的な損傷を与えるための力ではありません」
「ならなんで私は海の主に一発入れることができたんですか?」
百之鬼は少し考えるように首を傾けた。
「まずその力が発動する前に、何かありましたか?」
「直前......?」
「えぇ。何か身の危険を感じたとか」
美月は記憶を辿る。
そして。
『これで見えねぇし、美月抱けるし、良いことしかねぇな!』
自信満々な東の顔。
同時に蘇る、腰へ当たった明らかな何か。
美月の顔が一気に赤くなった。
「......後ろから抱き込まれた拍子に、東の東を押しつけられました」
その言葉に、縁は怪訝そうに首を傾げる。
百之鬼も瞬きをした。
「東ちゃんの東ちゃん?」
「何かの隠語でしょうか」
二人は顔を見合わせて考えるような様子だ。
「うわぁぁぁ隠世でこれ通じないの!?」
美月はほんの少し考えると、肩をすくめ、口の端へ手を添えた。
「あ、東の......っ......!」
「うんうん」
「はい」
二人が素直に続きを待っている。
その純粋な視線が逆につらい。
「か、下半身の......っ......!」
「下半身?鰭かしらぁ?」
「確かに大型妖怪の腹鰭となれば、押しつけられれば痛いですね」
いたって真面目な考察を続ける。
「ですが先ほど、足を生やして来たと......」
百之鬼が言いかけ。
「あっ」
何かを察した。
美月は無言で目を逸らす。
すると縁が、ぱっと顔を明るくした。
「あっ!クラスパーねぇ!」
「あっ!」
美月も思わず顔を上げる。
「そう言うと全然アレな感じしないですね!」
「ですが、それは東さんが魚体である際の名称ですよね」
百之鬼の冷静な指摘が入る。
救済されかけた美月の顔が引きつった。
「そうねぇ。下半身が人間体なら普通に陰――」
「クラスパーで!」
美月が両手を突き出した。
「クラスパーでお願いします!」
「必死ねぇ」
縁は楽しそうに笑う。
百之鬼は特に追及することなく頷いた。
「それを、抱き込まれた拍子に押しつけられてしまったと」
「はい......。で、もう反射的に『変態!』ってビンタしたら、東が本気で『痛ぇ!』って......」
百之鬼は一度だけ頷く。
「それでしたら、今回の力は、美月さん自身を守るための福徳として作用したのでしょう」
「私を守る?」
「えぇ」
縁も頬へ手を添える。
「確かにぃ、美月ちゃんが恋人とか伴侶って認識してない相手から、いきなりそんなことされたらぁ......心も身体も警報鳴るわよねぇ〜」
「じゃあ今回のって......」
美月は自分の掌を見る。
「私の精神が“無理!”って警報鳴らしたから、座敷わらしの福徳が、私の身体を守るために東を止められるだけの力を出したってこと?」
「はい。その認識で問題ありません」
「なるほど......」
「ただし」
美月の肩がびくっと跳ねる。
「また『ただし』来た!」
「今回は良い意味ですよ」
百之鬼は小さく笑った。
「何も起きていない状態で、美月さんが意図的に誰かを傷つけようとしても、その力は作用しません」
「......よかったぁ......!」
美月の身体から一気に力が抜ける。
「また、美月さんが受け入れたお相手が、美月さんへ心身ともに負荷をかけるようなことをしなければ、当然作用しません」
「じゃあ、ジャジーや鳳を間違って怪力で吹っ飛ばす心配もない?」
「出した力相応には痛いと思いますけど」
「それはごめんなさいする!」
百之鬼は笑みを崩さず続ける。
「なので今回の力は、東さんを傷つけるためのものではありません。美月さんに掛かっていた負荷を、退けるための力だったのでしょう」
「じゃあ東があんなに痛がったのって......」
縁が狐耳を揺らした。
「海の主である東ちゃんを止めるには、それだけの力が必要だったんでしょ〜」
「基準が東だったせいで、私の平手が蝶野ビンタみたいになっちゃったの!?」
「ちょうのびんた?」
「人間界のビンタで有名な人なんでそこは気にしないでください」
美月は遠い目をした。
ようやく、多分。
これで少なくとも、今回発動した力の正体は分かった。
ふと窓の外を見る。
いつの間にか、空は橙色に染まり始めていた。
「結構長居しちゃったなぁ......」
その時。
コンコン、と控えめな音が響く。
「失礼します」
扉が開き、写仝が入ってきた。
「あれ?写仝さん」
「こちらでの確認が終わったと伺いましたので」
写仝は、美月へ数枚の札を差し出した。
「ご希望されていた決済札です」
「わざわざ持ってきてくれたんですか!?」
「受付側での処理はすべて完了しています。美月さんへの提供枚数も記録済みですので、このまま帰宅していただいて問題ありません」
「助かります!」
美月は決済札を両手で受け取る。
「じゃあ私、このまま帰れるんですね」
「はい」
「ありがとうございます!」
美月は鞄へ札をしまうと、いつものように明るく笑った。
「じゃあ、またそのうち来ますねー!」
「えぇ。また」
ぱたぱたと足音を響かせながら、美月は捜索監視課を出ていった。
扉が閉まり、数秒。
縁が、にんまりと口元を持ち上げた。
「写仝さぁん♪」
「なんでしょうか」
「そんなに美月ちゃんに早く会いたかったのぉ〜?」
ブゥン。
輪郭が一度、大きく揺れた。
「もうすぐ退勤の時間ですので、お持ちしただけです」
百之鬼が口元へ手を添える。
「可愛い娘を受付で待つのは、なかなか忍耐が必要でしょうから」
「話を聞いていますか」
「娘で済んでるのか分からないけどぉ〜♪」
ザザッ。
「......では、時間まで入力業務がありますので。失礼いたします」
「はいはい♪」
写仝はそれ以上何も言わず、扉の向こうへ消えていった。
再び静かになった捜索監視課。
「......ねぇ、百之鬼ちゃん」
「はい」
「今の、どう思う?」
「ふふ」
そして。
退勤時間を過ぎてもなお。
捜索監視課からは、廊下にまで響く黄色い声が、いつまでも楽しげに上がり続けていた。
第6章 縁から宴編 - 第6話
「怪力怪異回避」
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