第一話:消えていく村
村がなくなるところを見たことがあるだろうか。
生方初穂は、ない。
少なくとも、人間のようには。
人間なら、心臓が止まる瞬間がある。医師が死亡時刻を告げれば、その人が生者から死者へ変わった時刻を、ひとまず数字にすることができる。
村には、それがない。
一軒ずつ空き家が増える。
商店が閉まる。
小学校がなくなる。
路線バスが減る。
村行事の担い手が足りなくなる。
最後の子供が町へ出て、最後の夫婦の片方が死に、もう片方が老人ホームへ移る。
それでも道路は残る。
郵便番号も、地名も、ときには神社も墓も残っている。
では、いつ村は死ぬのか。
その問いが、初穂の研究テーマだった。
六月の終わり、大学院の研究室で、彼女は一枚の航空写真を拡大していた。
画面の中央を、細い川が南北に走っている。
左右を山に挟まれた谷。
谷底に細長く延びた集落。
家屋は四十軒ほど。
田畑が多い。
小さな神社。
山際に墓地らしき白い点。
どこにでもある山村だった。
少なくとも、最初は。
初穂はマウスホイールを回した。
画像が縮小する。
右上に表示されていた撮影年を切り替えた。
二〇〇六年。家が増える。
一九九〇年。道が一本消える。
一九七五年。
現在は林になっている斜面に、数軒の家が現れた。
一九六三年。川沿いの道がまだ細い。
一九四七年。粒子の粗い白黒写真。
「......何で?」
声に出してから、初穂は自分で眉をひそめた。
研究室には誰もいない。
窓の外では雨が降っていた。
梅雨の午後四時。
学生たちは講義か、あるいは帰ったのだろう。エアコンの送風音と、パソコンのファンが回る音だけが聞こえる。
初穂は再び二〇二五年の写真へ戻した。
花守地区。
榧野村北端。
人口四十二人。
六十五歳以上が七割を超える限界集落。
典型的だった。
そう珍しくもない。
むしろ全国にいくらでもある。
だから初穂も、この村を研究対象にするつもりなどなかった。
きっかけは人口統計だった。
過疎地域の消滅過程を比較するため、戦後の人口推移を表にしていた。
花守地区は、一九五〇年代には二百七十六人いた。
一九七〇年代に百人を割った。
そこまでは普通だ。
しかし八〇年代、一度百三十人まで戻っている。
その後再び減少。
九〇年代末、八十人。
二〇〇〇年代にわずかに増加。
そして現在、四十二人。
数字だけなら、若い世帯の転入などで説明できる。
だが古い村史を見ると、もっと妙だった。
明治期にも、同じような人口の落ち込みと回復がある。
江戸末期にも。
もっと古い記録には、集落が「途絶えた」とする記述さえある。
それなのに、数十年後の文書には、また花守という地名が出てくる。
同じ場所なのか。
別の場所なのか。
それさえ曖昧だった。
初穂は画面の端へメモを入力する。
〈集落消滅→再形成?誰かが村自体を復活させた?もしくは地名そのものを継承している?〉
打ち込んで、指が止まった。
その考え方は嫌いだった。
死んだものが、何かの形で生きているという感じ。
昔は、もっと嫌いだった。
九年前に遡る────。
妹が死んだあと。
何人もの人間が言った。
実季ちゃんは、きっとお姉ちゃんの中で生きてるよ。
思い出は残るから。
忘れなければ死んでないのと同じだから。
全部、嫌いだった。
死んだ人間は死んでいる。
忘れようが忘れまいが戻ってはこない。
お互いの推しについて話すこともできない。
くだらない動画も送ってこない。
勝手に冷蔵庫のプリンを食べない。
姉の服を黙って着て出かけたりもしない。
死は、継続ではない。断絶だ。
少なくとも初穂は、そう思っている。
だからこそ、彼女は土地を研究するようになった。
人間よりずっと長く残るもの。
道路、川、山、家の基礎。
井戸や墓も、そこに意味を読み込むのではなく、記録として扱う。
誰かが死んだ理由を知りたいのではない。
人間がどこに住み、なぜ移り、なぜ土地を捨てるのか。
説明できるものを、説明できる範囲で研究する。
それだけだ。
「......花守」
初穂はもう一度、地名を呟いた。
変な名前だと思った。
美しすぎる。
そして、少しだけ気味が悪い。
*
三週間後。
初穂は花守地区へ向かう県道を、軽自動車で走っていた。
ナビは十五分前から役に立っていない。
道そのものはある。
ただ画面の中では、車が山の斜面を横切って進んでいる。
「うーん...更新してるんだけどな......」
独り言を言って、スマートフォンの地図へ切り替える。
そちらも似たようなものだった。
県道の途中で一度道を間違えた。
というより、正しいと思った道が途中から林道になった。
引き返しているうちに携帯電話の電波が一本になり、やがて消えた。
山は深かった。
大げさな秘境ではない。
電柱もあるしガードレールもある。
道端には「熊出没注意」の看板があり、その少し先には色褪せた交通安全の幟も立っている。
人間の生活圏であることは分かる。
ただ、人がいない。
十分走って、一台も車とすれ違わなかった。
やがて谷が開けた。
初穂は思わずアクセルを緩めた。
花守地区だった。
想像していたよりも明るい。
山の斜面が大きく開かれ、棚田が何段にも連なっている。
水の張られた田が午後の空を映していた。
古い木造家屋の間に、比較的新しい住宅も混じっている。
川沿いには紫陽花。
橋のたもとには、赤い郵便ポスト。
その向こうに小さな祠が見えた。
「なんだよ......普通じゃん」
少し拍子抜けして、初穂は笑った。
研究対象に選んだ土地へ初めて来るとき、妙な緊張を覚えることがある。
論文や統計の中だけで知っていた名前が、突然、現実の空気を持つからだ。
ここにも人が暮らしている。
洗濯物が干してある。
軽トラックが停まっている。
庭先で猫が寝ている。
画面上の点ではない。
その事実を初穂は何度も経験しているはずなのに、毎回少しだけ驚く。
集会所の前へ車を停めると、一人の老人が待っていた。
背は高くない。
白髪が多い残雪頭とも言える。
薄い灰色の作業着。
七十代半ばと聞いていたが、腰は伸びている。
「生方さん?」
「あ...はい。初めまして。大学から来ました、生方初穂です」
「池生です。遠かったでしょう。遠路はるばるお疲れ様です。」
池生宗介。
元区長。
事前に電話で何度か話していた男だった。
「あはは、少し道に迷いました」
「みんな迷います」
「看板、少ないですよね」
「増やしても来る人がいませんから」
宗介は笑った。
冗談のようで、本気でもあるのだろう。
集会所の中は涼しかった。
古い扇風機が首を振っている。
宗介が冷たい麦茶を出してくれた。
初穂は研究目的を改めて説明した。
「この地区の人口推移と、家屋の移動を調べたいと思っています。特に、過去に集落が一度かなり縮小したあと、再び人が増えている時期がありますよね」
「ありますねえ」
宗介は驚かなかった。
「やっぱり、昔からそうなんですか?」
「昔から、とは?」
「人が減って、また増える。古い資料では、集落そのものが一度なくなったように書かれている時期もあります」
宗介は麦茶を一口飲んだ。
「村なんて、そんなもんじゃないですか」
「そうでしょうか」
「人が減る時もある。増える時もある」
「でも花守は少し特殊です」
「ほう...特殊とは?」
「普通、集落が完全に消滅すると、そのまま山林へ戻ることが多いんです。あるいは別の用途に変わる。でもここは――」
初穂はタブレットを開いた。
人口推移のグラフを見せる。
「戻ってるんですよね」
宗介はしばらく画面を見た。
そして、大きく息を吸った。
「戻ったんでしょうね」
妙な答えだった。
初穂は顔を上げる。
「昔のことは、あまり残っていませんか?」
「枝折さんなら詳しいですよ」
「枝折さん?」
「昔、町の資料館に勤めてた人です。この辺の古地図も持ってます」
初穂はノートに名前を書く。
その間に宗介が窓の外を眺めた。
「でもまあ、ね、生方さん」
「はい?」
「あと十年もすれば、ここもなくなりますよ」
あまりにも普通の声だった。
初穂はペンを止めた。
「は......花守が、ですか?」
「若いのがいませんからね」
「寂しくありませんか?」
訊いてから、少し踏み込みすぎたと思った。
だが宗介は気にした様子もない。
「寂しい?」
「ずっと暮らしてきた場所がなくなるのは」
宗介は少し考えた。
窓の外、田んぼの水面に、風が走った。
「なくなるっていうのとは」
宗介は言った。
「ちょっと違いますから」
「違う?」
「ええ...違うんですよ」
「どういう意味ですか?」
宗介は初穂を見た。
その顔には、何の含みもなかった。
「年寄りの言い方ですよ」
笑って終わった。
*
その日の夕方、宗介が村を案内してくれた。
集会所。神社。閉鎖された学校。
共同井戸。
かつて商店だった建物。
どこも典型的な山村だった。
初穂は写真を撮り、GPS位置を記録し、ときおり立ち止まって土地の高低差を確認した。
「昔は、この辺にも家があったんですよ」
宗介が斜面を指した。
今は栗の木が生えている。
「何軒くらいです?」
「五軒だったかな」
「いつ頃まで?」
「昭和五十年代ですね」
「全部、町へ?」
「三軒は」
「残りは?」
「亡くなりました」
初穂は端末に記録する。
宗介は少し歩いてから、思い出したように付け足した。
「まあ、あの頃はよく実ったから」
初穂は顔を上げた。
「ん?今なんて?......実った?」
宗介が止まった。
「ああ」
何でもないことのように笑う。
「死んだってことです」
「実った、って言うんですか?」
「昔の言い方ですよ」
「この辺では?」
「昔はね」
また昔だ。
宗介は都合の悪いことをすべて昔へ押し込んでいるようにも見えた。
「変ですか」
「いや、まあ...珍しいなと思って」
「花が咲いたら、そのあと実がなるでしょう」
「それは、そうですけど」
「人も同じですよ」
宗介は歩き出した。
初穂だけが数秒遅れてついていく。
その言葉に宗教的な意味があるのか尋ねようと思ったが、やめた。
民俗調査では、最初から答えを求めすぎない方がいい。
村人が当然だと思っているものほど、質問した途端に形を変える。
語り手が「研究者向けの答え」を作ってしまうからだ。
それより、まず記録する。
意味はあとで考えればいい。
坂を登った。
木立の向こうに墓地が現れた。
小規模だった。
数十基ほどの墓石が、山の斜面に沿って並んでいる。
古い無縁墓らしき石もある。
入口には低い石柱。
初穂はその文字を見て足を止めた。
二文字。
かなり風化している。
だが読めた。
「......種場?」
宗介が振り返る。
「ええ」
「これ、墓地ですよね」
「そうですよ」
「どうして種場なんです?」
「昔の呼び方です」
初穂は眉をひそめた。
「それも?」
「それも、昔です」
宗介が笑った。
墓地には花が多かった。
供花だけではない。
墓石と墓石の間に、小さな白い花が群生している。
名前は分からない。
初穂が一輪に目を向けると、宗介が言った。
「踏まないでくださいね」
「あ、すみません」
「いえいえ。珍しいもんでもないですけど」
初穂は足元を見る。
同じ花が、墓地の奥まで続いていた。
「植えたんですか?」
「勝手に生えるんです」
「毎年ですか?」
「ええ」
「何て花です?」
「さあ、なんでしょうね」
宗介は首を傾げた。
「花守にしかないって、昔の人は言ってましたけど」
「固有種?」
「そこまで立派な花じゃないでしょう」
初穂はスマートフォンで写真を撮った。
あとで植物に詳しい同僚へ送れば分かるだろう。
白い花。
五枚の花弁。
いや、初穂は少し近づいた。
六枚に見えるものもある。
重なっているだけかもしれない。
「生方さん」
宗介の声。
「はい?」
「日が落ちる前に戻りましょう」
いつの間にか、山の端まで太陽が下がっていた。
*
宿泊場所は村内の民宿だった。
民宿といっても、客を泊めるのは年に数回らしい。
二階建ての古い農家。
宿の女主人に夕食を出してもらい、風呂を借り、初穂は二階の六畳間へ上がった。
午後九時。
窓の外には何もない。
街灯が二つ。
虫の声。
遠くで川の音がする。
初穂はノートパソコンを開いた。
今日記録した地点を地図上へ落とす。
集会所から墓地まで。廃屋も多かった。
そして、数十年前まで家があった場所。
赤い点が少しずつ増える。
まだ、ただの点だった。
特別な意味などない。
初穂は今日の聞き取りを書き起こす。
〈「なくなるというのとは少し違う」〉
〈死亡=「実る」〉
〈墓地=「種場」〉
その下に、
〈生命循環に関連する土着信仰?〉と入力する。
少し考えて、疑問符を二つに増やした。
宗介本人は、信仰らしいことを何も言っていない。
研究者の側が勝手に意味を与えるのは危険だ。
初穂は椅子にもたれた。
窓の外で何かが動いた。
顔を上げる。
人だった。
街灯の下を、一人の少女が歩いていた。
制服姿。
肩までの黒髪。
「え?この時間に?」
思わず時計を見た。
少女は民宿の前で立ち止まった。
そして二階を見た。
初穂と目が合った。
一瞬、互いに動かなかった。
やがて少女が右手を上げる。
初穂も反射的に会釈した。
少女は少し笑った。
そのまま立ち去るのかと思った。
だが違った。
玄関の方へ回った。
数十秒後。
階下で戸が開く音がした。
宿の女主人が何か話している。
それから階段を上る足音。
控えめなノック。
「はい」
戸を開ける。
先ほどの少女だった。
「こんばんは」
「あ、こんばんは」
「大学の人ですよね」
「はい、誰かから訊いたんですか?」
少女は初穂の顔を見てから、部屋の奥にあるパソコンへ視線を動かした。
「村のこと、調べてるんですよね」
「うん。あなたは?」
「円井杏果です」
「高校生?」
「二年です」
杏果は廊下を一度振り返った。
誰もいないことを確認したように見えた。
「ちょっと聞きたいんですけど...」
「何?」
「池生さんに、どこまで案内されました?」
初穂は質問の意図が分からず、少し考える。
「神社とか、廃校とか。あと墓地」
杏果の表情が変わった。
「種場も?」
「うん」
「......そうですか」
「どうかした?」
「別にぃ...」
杏果は笑った。
しかし、先ほど外で見たときとは違う。
ぎこちない。
「変なこと言われませんでした?」
「変なこと?」
「死んだ人のこと」
初穂はすぐに思い当たった。
「『実った』って?」
杏果は唇を結んだ。
「やっぱり」
「村の昔の言い方なんでしょう?」
「そう言います、みんな」
「今でも?」
「年寄りは、ね」
「あなたは言わないの?」
「言いません」
即答だった。
初穂は椅子を勧めた。
杏果は座らなかった。
「円井さん」
「杏果でいいです」
「じゃあ杏果ちゃん。何か、私に話したいことがある?」
「......まだ分かんないです」
奇妙な返事だった。
「まだ?」
「初穂さんがどこまで調べる人なのか」
初穂は少し笑った。
「研究の為とはいえ結構遠かったからね。調べられるところまでは調べると思う」
「途中でやめたりしない?」
「んー...内容によるかな」
「怖かったら?」
「怖いの?」
杏果は答えない。
代わりに窓の外へ目を向けた。
真っ暗な村。
しばらく沈黙。
それから彼女は言った。
「私、十八になったらここを出るんです」
「進学?」
「何でもいいです。就職でも」
「村が嫌い?」
「嫌いです、大嫌い」
その言い方には迷いがなかった。
「どうして?」
「......だって」
杏果はそこで口を閉じた。
初穂を見た。
何かを言おうとした。
しかし結局、
「ううん、何でもないです」と言った。
「夜にすみませんでした」
「待って」
初穂が呼び止める。
「明日、少し話せる?」
「私、学校ありますよ?」
「じゃあ夕方でも」
杏果は迷った末に頷いた。
「四時半くらいに帰ります」
「分かった」
部屋を出ていく。
初穂は戸を閉めた。
階段を降りていく足音。
やがて玄関の扉が開く。
初穂は窓へ行った。
杏果が街灯の下を歩いていく。
その背中が暗闇へ消えるまで見送った。
それから机へ戻る。
ノートに一行だけ加えた。
〈若年住民は村の死生観に否定的?〉
疑問符。
初穂はしばらく画面を見つめた。
何となく落ち着かず、今日撮影した写真を開く。
集会所、神社、井戸、廃校、墓地。
種場と刻まれた石柱。
白い花。
最後に、村の高台から撮った写真。
棚田と家々、川。
何の変哲もない村。
初穂は次の写真へ送ろうとして、
手を止めた。
何かが気になった。
戻って写真を拡大する。
家、田、道、墓地。
「......?」
分からない。
ただ、妙な既視感があった。
何かを見たことがある。
風景ではない。
配置か。
初穂は画面を縮小した。
首を傾げる。
もう一度拡大する。
やはり分からない。
「疲れてるな」
独り言を言って、写真を閉じた。
その夜、初穂は夢を見た。
妹の実季が、どこか知らない場所を歩いている。
背中だけが見える。
二十一歳のときの姿ではない。
もっと幼い。
十歳くらい。
白いワンピースを着ている。
「実季」
呼んでも振り返らない。
妹は歩き続ける。
草原。
花が咲いている。
どこまでも白い花。
実季が一輪踏む。
また一輪。
そのたびに地面に跡が残る。
初穂は追いかけようとする。
だが距離が縮まらない。
「実季!」
ようやく妹が振り返った。
顔は見えなかった。
逆光だった。
そして、
「お姉ちゃん」
九年ぶりに聞く声で、
「そこ、踏んじゃだめだよ」と言った。
目が覚めた。
午前四時頃だった。まだ外は暗い。
初穂は暗い天井を見ていた。
心臓が速い。
夢だ。ただの夢。
久しぶりに実季を見た。
それだけだ。
喉が渇いていた。
初穂は水を飲もうと起き上がった。
窓の外が薄く青い。
夜明け前。
何気なくカーテンを開ける。
そして、動きを止めた。
民宿の庭に、白い花が咲いていた。
昨日まではなかった。
少なくとも初穂は見た覚えがなかった。
六つ。
小さな白い花が、朝露に濡れていた。
妙に整った間隔で。
初穂はしばらくそれを見ていた。
やがて自分で笑った。
「え、変だな......何やってんだろ」
花くらい咲く。
山なのだから。
カーテンを閉める。
ベッドへ戻る。
だが、もう眠れなかった。
そしてこのとき初穂はまだ知らなかった。
花守で最初に見るべきだったものは、花ではなかった。
墓でも、古文書でも、消えていく家々でもなかった。
ただ一度、もっと高い場所からこの村を見るべきだったのだ。
人間の目ではなく。
鳥よりも高く。
山よりも高く。
すべての道と、すべての家と、生まれた場所と、死んだ場所が、一度に見えるほど遠くから。
そうすれば初穂は、この村へ来る前に気づいていたかもしれない。
花守は消えかけているのではない。
まだ、途中なのだと。