ホーム›想刻師のいる辺境で›名ばかりの英雄2
← 次の話目次前の話 →

名ばかりの英雄2

 無意識のうちにルーナスから視線を逸らしてしまった。その先にはオーレの寝顔がある。可愛い顔をして『へっぽこ』だなんて少し残酷なことを言うな、と口に手を当てた。

「その呼び名には満足してるんですか?」

「『英雄』ですか?」

「『へっぽこ』の方です」

 私も遠慮もなく言ってしまった。ルーナスは苦笑いをし、頭に手を当てる。

「それが事実なので。受け入れるしかないんですよ」

“本当は『英雄』も『へっぽこ』も嫌だけど。......あっ”

 心の声が聞こえることを忘れていたのだろうか。ルーナスはしまったと言わんばかりに、小さな笑い声を上げた。

「そういえば......ルーナスはどうやって生計を立ててるんですか? 木こり?」

 私が首を傾げると、ルーナスはこくりと頷いた。

「木こりもその一環で。俺は木の彫刻師なんです」

 この家に招かれて、ふと目に入った彫刻を思い出す。温かくて素朴で、それでいて繊細で――なんとも形容しがたい重みがあの彫刻からは感じられた。

「私も頼めば彫ってくれるんですか?」

「......ソレイユは、去ってしまった大切な人が心の中にいますか?」

 問われ、思い返してみる。家族には心の声が読めるだけで『気持ち悪い』と敬遠された。心を通わせた友人も、恋人も私にはいない。聖女時代だって、私を都合よく扱おうとする者しか現れなかった。

「私には......いません」

「そうですか」

 ルーナスは小さく息を吐き、そっと目を細めた。

「リビングに置いてあった彫刻を見ましたよね? ああやって想いを形に残す想刻師をしているんです」

 想刻師――聞き慣れない言葉に首を傾げる。大切な人がいない私にとっては、理解できない仕事だ。首を振り、小さく唸り声を上げる。

「そんなに難しく考える必要なんてないですよ」

「私には、忘れたい人しかいなくて......」

「あっ......。すみません」

 ルーナスは謝罪すると、何かを考え始めたようだ。

“依頼人が涙を流す瞬間を見たら......ソレイユの中の何かが変わるかもしれない”

 ルーナスは一度だけ口を引くと、力強い目で私を見る。

「ソレイユ。俺の仕事を手伝ってくれませんか?」

「えっ?」

「言葉にはできない、依頼人の想い......きっと、ソレイユなら掬えると思うんです」

 突然の申し出に、視線が左右を彷徨ってしまった。人の愛情というものを知らないのに。否定の言葉が浮かんでくる。

「私に......できるんでしょうか」

「心の声が聞ける『貴女だからこそ』できるんです」

 ルーナスはあどけない表情を見せた後、ウインクしてみせる。
 自信を持てたわけではない。でも、ここに置いてもらっているのに、頼まれた仕事を断るわけにもいかないだろう。依頼人の心の声を聞き続けるのは怖い。それでも、私にしかできないのなら――。

「じゃあ......やってみます。やらせてください」

 気付いた時には頭を下げていた。

「意気込みすぎないで。合わなかったら、すぐにやめていいんです。気楽にいきましょう」

 私が頷いてみせると、ルーナスは口角を上げる。

「次に、貴女のことについて質問させてください」

「はい......」

 ついに来たか。覚悟を決めて、拳を握る。

「聖女じゃなくなった理由を聞いても?」

 ルーナスは私の目を見ながら、慎重に言葉を選んでいるように思えた。

「私は心の声が聞けても......加護がないんです」

「えっ?」

「私には他人を癒す力なんて全くなくて......ただ怒号を受けていただけでした」

 思い出すだけで涙が溢れそうになる。私に対する希望、羨望、嫉妬、何も叶えてくれない恨み――全てが私の胸に刃を突き立てた。

“申し訳ないことを聞いてしまったな......”

 ルーナスは伏し目がちに口をへの字に結ぶ。

「とんでもありません。貴方みたいに、優しい心の声を聞いたのは久しぶりなんです」

 お世辞でもなんでもない。純粋に、ルーナスやオーレには毒気がないと思うのだ。

「ちょっと安心しました。答えたくないことは、遠慮なく言ってください」

「はい」

 頷いてみせると、ルーナスは小さく笑い声を上げる。

「国に帰ることはできるんですか?」

「......いいえ」

 帰れば殺されるであろうことは伝えなくてもいい。ただ事実を淡々と答えていく。

「家族は?」

「絶縁しました」

“目だけじゃない。境遇もちょっとだけオーレに似てる”

 ルーナスは顎に手を当て、何度か瞬きをした。

「......答えてくださってありがとうございます。ソレイユも今日は疲れたでしょう。今日は休んでください」

「はい......」

 思ったよりも呆気なく、質問は終わった。私の心を配慮してくれたのだろうか。ルーナスの瞳を見詰めても、穏やかな微笑みが返ってくるだけだった。
シェア
前の話 →
名ばかりの英雄1
← 次の話
名ばかりの英雄3
想刻師のいる辺境で作者:七宮叶歌
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません

名ばかりの英雄2

 無意識のうちにルーナスから視線を逸らしてしまった。その先にはオーレの寝顔がある。可愛い顔をして『へっぽこ』だなんて少し残酷なことを言うな、と口に手を当てた。

「その呼び名には満足してるんですか?」

「『英雄』ですか?」

「『へっぽこ』の方です」

 私も遠慮もなく言ってしまった。ルーナスは苦笑いをし、頭に手を当てる。

「それが事実なので。受け入れるしかないんですよ」

“本当は『英雄』も『へっぽこ』も嫌だけど。......あっ”

 心の声が聞こえることを忘れていたのだろうか。ルーナスはしまったと言わんばかりに、小さな笑い声を上げた。

「そういえば......ルーナスはどうやって生計を立ててるんですか? 木こり?」

 私が首を傾げると、ルーナスはこくりと頷いた。

「木こりもその一環で。俺は木の彫刻師なんです」

 この家に招かれて、ふと目に入った彫刻を思い出す。温かくて素朴で、それでいて繊細で――なんとも形容しがたい重みがあの彫刻からは感じられた。

「私も頼めば彫ってくれるんですか?」

「......ソレイユは、去ってしまった大切な人が心の中にいますか?」

 問われ、思い返してみる。家族には心の声が読めるだけで『気持ち悪い』と敬遠された。心を通わせた友人も、恋人も私にはいない。聖女時代だって、私を都合よく扱おうとする者しか現れなかった。

「私には......いません」

「そうですか」

 ルーナスは小さく息を吐き、そっと目を細めた。

「リビングに置いてあった彫刻を見ましたよね? ああやって想いを形に残す想刻師をしているんです」

 想刻師――聞き慣れない言葉に首を傾げる。大切な人がいない私にとっては、理解できない仕事だ。首を振り、小さく唸り声を上げる。

「そんなに難しく考える必要なんてないですよ」

「私には、忘れたい人しかいなくて......」

「あっ......。すみません」

 ルーナスは謝罪すると、何かを考え始めたようだ。

“依頼人が涙を流す瞬間を見たら......ソレイユの中の何かが変わるかもしれない”

 ルーナスは一度だけ口を引くと、力強い目で私を見る。

「ソレイユ。俺の仕事を手伝ってくれませんか?」

「えっ?」

「言葉にはできない、依頼人の想い......きっと、ソレイユなら掬えると思うんです」

 突然の申し出に、視線が左右を彷徨ってしまった。人の愛情というものを知らないのに。否定の言葉が浮かんでくる。

「私に......できるんでしょうか」

「心の声が聞ける『貴女だからこそ』できるんです」

 ルーナスはあどけない表情を見せた後、ウインクしてみせる。
 自信を持てたわけではない。でも、ここに置いてもらっているのに、頼まれた仕事を断るわけにもいかないだろう。依頼人の心の声を聞き続けるのは怖い。それでも、私にしかできないのなら――。

「じゃあ......やってみます。やらせてください」

 気付いた時には頭を下げていた。

「意気込みすぎないで。合わなかったら、すぐにやめていいんです。気楽にいきましょう」

 私が頷いてみせると、ルーナスは口角を上げる。

「次に、貴女のことについて質問させてください」

「はい......」

 ついに来たか。覚悟を決めて、拳を握る。

「聖女じゃなくなった理由を聞いても?」

 ルーナスは私の目を見ながら、慎重に言葉を選んでいるように思えた。

「私は心の声が聞けても......加護がないんです」

「えっ?」

「私には他人を癒す力なんて全くなくて......ただ怒号を受けていただけでした」

 思い出すだけで涙が溢れそうになる。私に対する希望、羨望、嫉妬、何も叶えてくれない恨み――全てが私の胸に刃を突き立てた。

“申し訳ないことを聞いてしまったな......”

 ルーナスは伏し目がちに口をへの字に結ぶ。

「とんでもありません。貴方みたいに、優しい心の声を聞いたのは久しぶりなんです」

 お世辞でもなんでもない。純粋に、ルーナスやオーレには毒気がないと思うのだ。

「ちょっと安心しました。答えたくないことは、遠慮なく言ってください」

「はい」

 頷いてみせると、ルーナスは小さく笑い声を上げる。

「国に帰ることはできるんですか?」

「......いいえ」

 帰れば殺されるであろうことは伝えなくてもいい。ただ事実を淡々と答えていく。

「家族は?」

「絶縁しました」

“目だけじゃない。境遇もちょっとだけオーレに似てる”

 ルーナスは顎に手を当て、何度か瞬きをした。

「......答えてくださってありがとうございます。ソレイユも今日は疲れたでしょう。今日は休んでください」

「はい......」

 思ったよりも呆気なく、質問は終わった。私の心を配慮してくれたのだろうか。ルーナスの瞳を見詰めても、穏やかな微笑みが返ってくるだけだった。
シェア
次の話名ばかりの英雄3
想刻師のいる辺境で作者:七宮叶歌
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません