第9話
路地を抜けた先に、その坂はあった。緩やかな傾斜の土の道が、しばらく先まで続いている。両側にひしめく家屋は、どれも屋根の半分以上が抜け落ちている。焼け跡というには古すぎるほど古いのに、雨に濡れた炭の匂いだけが、いつまでも消えずにこびりついているようだった。エナとジグは、坂の下で足を止めた。
何年前の火事なのか、正確に知る者はいない。逃げ場のない行き止まりで、幾人が焼け死んだのかも分からないままだった。ドレグ街と地続きの通りだったせいで、焼け落ちた後に手を入れる者は誰もいなかった。灰坂という呼び名がいつ誰の口から出たものかも、今では誰も覚えていない。
坂道の入り口に、崩れかけた木の柵の名残があった。二人はその根元に並んで腰を下ろし、他の三人を待った。ジグは懐から欠けた石を取り出し、意味もなく指先で弄び続けている。エナは、泥に沈んだ地面の縁を、爪先でなぞるように何度も蹴っていた。
しばらくして、エナが先に気づいた。遠くから響く、水を跳ねる足音。ガロたちが近づいてきている。ジグはまだ何も気づいていない様子で、懐の石を弄り続けていた。
三人の姿が見えた頃には、既にエナは腰を上げていた。
「そっちは?」
エナが聞くと、ガロは首を横に振った。
「何もねえ。空き家ばっかりだ」
クレスも小さく頷くだけで、付け加えることは何もなかった。
「本当にここにいんのかよ」
ガロが坂の先を睨みながら言った。
「あの方角から歩いてくんの、二度は見てる」
ジグが言った。軽口はなかった。
「他を全部当たって、残ったのがここだ」
トビアスが言葉を継いだ。
誰も、それ以上は何も言わなかった。手がかりはもう、この坂しか残っていない。
五人は、坂を見上げた。緩やかな傾斜が、家屋の合間を縫うようにして奥へ続いている。誰からともなく、足が動き出した。
最初の数歩は、これまで歩いてきたどの道とも変わらなかった。ぬかるんだ土が、踏み込むたびに足首の高さまで沈む。それでも、五人の歩調が乱れることはなかった。
両脇に並ぶ家屋は、上るごとに朽ち方を増していった。焼け落ちた梁がそのまま崩れ落ちているものもあれば、燃え残った柱一本だけが、屋根も壁もないまま突っ立っているものもある。柱と柱の隙間を縫うようにして、五人の姿がちらちらと見え隠れした。トビアスだけが、他の四人よりわずかに歩幅を狭め、足元を見定めるように進んでいた。
焦げた臭いが、次第に濃くなっていく。今度は鼻先だけでなく、喉の奥にまで絡みついてくるような重さがあった。
やがて、足元の感触が変わった。泥が薄くなり、その下から剥き出しの石畳が覗き始める。踏みしめるたびに硬い感触が返ってくる。坂の傾斜も、ここから急に増した。踏み外せば足首を挫きかねない段差が、あちこちに刻まれている。エナの足が小さく滑り、舌打ちが漏れた。
地面が土から石畳に変わってからというもの、エナはこれまでのように足跡を拾うことができずにいた。踏み固められた跡も、動かされた瓦礫も、ここには残らない。頼りにしてきた勘が、ここでは何の役にも立たなかった。
坂の途中、崩れた壁の窪みに、欠けた木桶が押し込まれているのが目に留まった。中には雨水が並々と溜まっている。放置された瓦礫の中で、それだけが妙に据わりよく、風雨に晒されて朽ちるに任された周囲とは明らかに扱いが違っていた。
エナは足を止め、指先でそれを示した。他の四人も、次々とそれに気づいて足を止める。
上るにつれて、似たようなものがいくつも見つかった。ひび割れた壺、欠けた瓶の破片、雨樋代わりに渡された板切れ――それぞれ形は違えど、どれも雨水を溜めるための工夫だった。誰かがここに居着いている。それがモナなのか、それとも別の何かなのか、見極める手立てはまだなかった。
ガロが両刃の短いナイフを構え、身を低く沈めた。クレスも、既に錆びた小刀を鞘から抜いていた。
誰からともなく、足の運び方が変わった。踵から踏み込む音を殺し、爪先から地面を探るようにして、一歩ずつ体重を移していく。石畳の隙間には、まだ乾ききらない水が薄く溜まっている。踏み方を誤れば、それだけで小さな水音が立つ。五人の足音は、坂を上るにつれて、ほとんど雨だれの音に紛れて聞こえなくなっていった。
坂を上る途中、微かな音がエナの耳を掠めた。風が瓦礫を鳴らす音とも、遠くの雨だれとも違う、擦れるような響きだった。
音は、通りから奥まった一軒の戸口の方から漏れていた。他の家屋よりも引っ込んだ位置にあり、通りを歩くだけでは見過ごしてしまう場所だった。エナは坂を逸れ、その戸口へ近づいた。
戸口に立つと、屋根の大半が焼け落ちた内側の壁一面に、幾重にも重なった雨染みが黒々とした模様を描いているのが見えた。長年の風雨が積み重ねた跡だった。
その模様の上に、一筋だけ違う筋があった。煤を薄く拭うようにして、何かが床を這った跡だった。
エナは他の四人を目だけで呼び止めた。誰も声を立てなかった。足音を殺し、身を低くしたまま、じりじりと戸口へにじり寄る。
崩れた壁際に、うずくまるようにして倒れている小さな影があった。伸ばされた片腕の先に、欠けた木の椀が転がっている。
モナだった。