プロローグ
高座に上がると一礼して、栄助は周りを見渡した。
そこそこ客は入っている。
キャッと黄色い声を上げるのは、洋装に身を包んだ若い女。
肩より高い位置で揃えられた髪、腰のあたりをベルトで締め上げてラインを強調している。
モガのお手本のような彼女たちに視線を寄越すと、再びキャーッと歓声があがった。
彼女たちは栄助の顔にしか興味がないことがありありとわかる。
栄助を見に来る客は、そういう女ばかりだ。
そこそこ器用に何事もこなす上に若くてそこそこ顔が整っていて、声も独特の色気がある栄助だ。
落語の良し悪しなど、どうでもいい。
(どうせちゃんと聞きやしない)
諦めに似た感情が心を支配する。
心の中で嘆息する。
(また説教か)
そつなくこなすことはできる。
だから彼女たちには伝わらないが、師匠はきっと栄助の噺に魂がこもっていないことはすぐに見破る。
下手な一席を打てば、また師匠にどやされる。
わかってはいたが、栄助のやる気はしぼんでいくばかりだ。
「えー、十人寄れば気は十色、と申しますが......」
栄助はゆっくりと口を開き、話し始めた。
なるべく早く説教が終わればいいな、と思いながら。
※
「栄助」
「へぇ」
頭を下げて師匠の次の言葉を待つ。
ふぅーっと煙を吐き出して、煙管を灰皿にコンコンと打ち付ける音がする。
栄助は顔を伏せて、次の師匠の言葉を待っていた。
顔を上げろといった師匠の顔に浮かんでいたのは、呆れだった。
「儂から言うことはもう無ぇよ。自分が一番わかっているだろうからな」
諦めじゃなくてよかった、と内心ホッとしつつも、これで師匠の説教が終わるはずない。
師匠から告げられたのは、予想外に厳しいものだった。
「おめぇさん、しばらく寄席に出入り禁止な。そんなんで客の前に出続けてらぁ、古くからのタニマチが離れちまう」
「なっ......」
「なんでぇ? 自分以外人気がある若手がいねぇからって、自分は罰を受けることは無ぇとでも思っていたか? そんな甘ぇもんじゃない、この落語会は」
厳しい師匠の言葉と視線に、栄助は心の内を読まれたようで、恥ずかしさで顔を伏せるしかなかった。
「まぁ、しばらく初心に戻って修行しろや」
「へぇ。ありがとうございます」
「なぁ、栄助よ。顔で判断する客しかついてねぇのは、おめぇの実力不足だ。その日限りの女じゃなくて、恋人の一人や二人作ってみな。おめえの落語も変わるだろうよ」
師匠の言葉に、ただ栄助は頭を下げ続けるのだった。