第一話 サードライ
サードライとは、十国連合に数えられる一国であり、中でも貿易が盛んな都市である。
都市が海と面しているため、他国からの来客を迎える海港が完備されているのがその最たる理由だろう。
そのためか、この国に入った者はみな、種族の多彩さに驚愕する。
獣の耳が生えたケット・シー。
耳が鋭く長いエルフ。
獣が二足歩行を成したような風貌のアニマまで。
奴隷小屋でも見られなかったような住民の多様さに、私はいつの間にか目を奪われてしまっていた。
「面白いか? この国は」
声を掛けられて、私は漸く我を取り戻した。
ヒロはくすくすと笑いながら、私の頭をさっと撫でる。
今のヒロは川場での半裸ではなく、街に馴染むような民族衣装を身に纏っている。
ホワイトシャツの上に青色に赤の入り混じったフード付きのチュニックを被り、脚には鈍色のフルレングスを纏い、腰には剣を一本提げている。
斯く言う私は現在、黒いシャツに白いサスペンダースカートを身に着けている。
サードライに入る前までは緑のチュニックだったというのに、国に入ってからというもの、ヒロはやけに高価そうな衣装を買うと、いそいそと私を着替えさせた。
「こういう場所ではちゃんとおめかししないと!」とヒロは言っていたが、どう見ても楽しんでいたのは彼の方だ。私はと言えば、あれよあれよと振り回されていただけである。
しかし、奴隷購入者の中にはこうして、奴隷を着せ替えして遊ぶのが好きな者もいると聞いたことがある。
そう思えばこれも、彼に自分の価値をアピールするための有効な手段であったと言えるだろう。
――そう思いたい。
「うん。面白い。好きだな。この国」
そう言うと、ヒロは大層驚いたような顔で私を見つめていた。
「......何?」
「いや、ペディがそんなことを言うなんて初めてだったから......そんなに気に入ったか?」
「......やっぱり、何でもない」
この国にはたくさんの人間と種族が溢れている。この場所なら、私は溶け込めるのかもしれない。
周りの人間に見下されることも、奇異の目で見られることもない。
ここなら私は普通になれる。そう思った。
しかし、そんな思いはヒロの顔を見て引っ込んでしまった。
ヒロは、寂しそうな顔をしていた。
どうしてそんな顔を見せたのかは分からない。
ただ、ヒロが私のせいで良くない感情を感じてしまったのは確かだった。
だから、自然と私の口は噤まれた。
これ以上、ヒロを落胆させてはならない。
少しの間沈黙が流れた後、ヒロは「そうか」と一言だけ発して、私の手を掴むと宿の方へと歩き出した。
その歩幅は、どこかいつもより遠いように感じた。
宿に到着した後、ヒロは行くところがあると言ってそそくさと部屋を出て行ってしまった。
ヒロが私を一人にする時、彼はいつも必ず二つ、私にアイテムを持たせる。
一つは『導きの鈴』。一見したところ何の変哲もない鉄製の鈴だが、この鈴には全く同じ風貌の鈴がもう一つある。二つの鈴が対応しており、片方の鈴を鳴らすともう片方への行き先を示してくれる、迷子対策のアイテムである。
一つは『使役のネックレス』。血のように赤い楕円状の宝石に、金の意匠が施されている。これだけでも高価そうな代物だが、それだけではない。赤い宝石の中にはゴーレムが住んでおり、緊急時には呼び出して持ち主の身を守ることができる護身用<魔道具>である。
「好きに行動していいが、絶対に知らない人について行ったりしちゃダメだぞ。困ったらすぐにネックレスを使いなさい。俺もすぐに駆け付けるから。じゃ、行ってくる!」
ヒロは部屋を出る際、そんなことを言っていた。
好きに行動していい、と許可されたからには、私がやることはただ一つだった。
――尾行である。
元々サードライには休息で来国した筈だったのだが、ヒロは突然「用事がある」と言って出て行った。
恐らく、昼間のやり取りが原因なのだろう。私の発言が、彼に何かしらの影響を与えてしまった。
では、外に出掛けたヒロは一体何をしようとしているのか。
私はそれを、知る必要がある。
――いや、どうしても知っておきたいのだ。
「よし、行くぞ」
黄色のレインコートを鏡の前で羽織る。変装しようと鞄を漁ってみたが、こんなものしか見つからなかった。これでも、無いよりはマシだろう。
鏡の前で息を整えると、部屋の扉を押し開く。そうして私は、街の大通りへと繰り出すのだった。