ホーム天体を題材にした百合小説(仮)第一話
目次

第一話

 夜の帳が下りた、町外れの丘の上。
 静寂を切り裂くように、激しい衝撃音が響き渡った。
「っ、速い......!」
 ブロンドベージュのやわらかなボブを揺らし、星咲陽向ほしざきひなたは息を呑んだ。
 目の前で暴れ狂っているのは、しし座を構成する星の一つ「デネボラ」星のかけらアストラルフラグメントから生まれた影法師だ。
 次元の歪みで迷子になり、パニックを起こして暴走しているその姿は、かつての星座の美しい輝きとは似ても似つかない。
「陽向、落ち着いて。相手の軌道は読めているわ」
 おっとりとした声で陽向を落ち着かせたのは、パートナーの夜夜木朔夜よよぎさくや
 夜風になびく黒色のロングヘアと、切れ長の紫色の瞳が、冷静に敵の動きを捉えている。
「ありがとね、朔夜! いつも頼りにしてるよ!」
 この二人がデネボラと戦っている目的は、ただ単に倒すことではない。
 それは暴走したデネボラのアストラルフラグメントを傷つけず、少しずつ弱らせて鎮めること。
 陽向は、高出力のエネルギーを射出する輝くブレードで、デネボラの攻撃を弾き返す。
 一方の朔夜は、重力を操るワイヤーと光の軌道を曲げるチャクラムで敵の動きを絡め取り、少しずつ捕縛していく。
「今よ、陽向!」
「うんっ! 任せて!」
 二人の見事な連携でデネボラの動きが鈍った隙に、陽向は朔夜の開かれた腕の中、その胸へと、迷いなく真っ直ぐに飛び込んだ。
「朔夜、重力場トラックを固定して!」
「任せて、陽向の光は逃がさないわ」
 紺色のジャンパースカート越しに、二人の身体が隙間なく密着した。
 重なり合う身体から、お互いの高鳴る鼓動と、熱を帯びた吐息が伝わってくる。
 陽向が集めた「光」を、朔夜の静かな「重力」が優しく、けれど絶対に離さないという強さで包み込み、二人の間に固有の「調和波長ハーモニックレゾナンスが発生した。
 単体では不安定な力が、限界まで抱きしめ合うことで初めて、完璧な調和に至るのだ。
 二人は祈るように静かに手を重ね合い、デネボラに向けて声を合わせた。

『遠い空で 迷子になった 傷だらけの 小さな光』
『大きく乱れた その軌道みちを 静かな重力あいで 引き寄せる』

 陽向の温かく包み込むようなソプラノの主旋律に、朔夜の静かで揺るぎないアルトの和音が重なる。
 それは、狂った周波数を調律して眠りにつかせるための子守唄、『ステラ・ララバイ』だ。

『元の穏やかな 公転めぐりの中へ 深く 深く 眠りにおちなさい』

 二人の子守唄が夜空に溶けていくと同時に、暴れ狂っていた影法師のノイズは嘘のように穏やかになり、やがて静かに眠りにつき、光の粒となって消滅した。
 そして後には、元の美しい輝きを取り戻した、ほんのりと青白い光を放つアストラルフラグメントだけが、実体としてころんと残された。
「......よかった、デネボラ。寂しかったよね。もう泣かなくていいんだよ」
 陽向は両手で大切そうにアストラルフラグメントを拾い上げた。
「安心しなさい。もう誰も、あなたを独りにはしないわ」
 朔夜も優しく微笑みかけ、二人はアストラルフラグメントに語りかけながら、ゆっくりと丘の頂上へと歩み進む。
 頂上に着くと、二人は向かい合った。
 陽向がアストラルフラグメントを両手で包み込み、朔夜がその陽向の両手をさらに外側から優しく包み込む。
 手の中の温かな光を見つめながら、陽向と朔夜がそっと口を開いた。
「もう大丈夫だよ、デネボラ。あなたがまた、春の大三角の一部として、夜空で綺麗に輝けるように」
「しし座の尻尾として、誇り高く輝きなさい。あなたの本当の居場所は、あそこよ」
 二人はアストラルフラグメントに優しく語りかけた後、星空に向けて、祈るように手を掲げた。

「迷子の光に、温かな安らぎを」
「さまよう軌道に、導きの道標しるべを」
「さあおかえり、私たちの想いと共に、満天の星空になれ!」

 陽向と朔夜の言葉と共に、包み込んだ手の中から、デネボラのアストラルフラグメントが、青白い光柱となって天へと解き放たれ、しし座を構成する星空の一部へと帰っていった。
「もしまた迷子になっても、私たちが見守っているから。心配しなくていいからね、デネボラ」
 空には、先程よりも少しだけ明るさを増した星空が広がっている。
「ふぅ......今日もなんとか眠らせてあげられたね、朔夜」
 陽向は制服の白いセーラー襟の乱れを整えながら、安堵の息を吐いた。
「ええ、そうね。でも陽向? 今日は飛び込む勢いがちょっと強引だったわよ。胸、痛かったんだけど」
 朔夜の微かな声に、陽向ははっとして顔を上げた。
「えっ!? ご、ごめん朔夜! だってあのタイミングでしか軌道が合わなくて......」
 真っ赤になって慌てる陽向を見て、朔夜はおっとりと優しく微笑んだ。
「ふふ、いいのよ陽向。あなたは相変わらずね」
「んもう、朔夜ってば。ねえ、まだ時間があるし、もうちょっとゆっくりしよう?」
「ええ、そうね。今日は一段と空が澄んでいるから、絶好の観測日和ね」
 そうすると二人は夜の草地に腰を下ろし、陽向は朔夜の柔らかい膝へと自分の頭を預けた。
 朔夜の白く細い指先が、膝でくつろぐ陽向の髪を愛おしむように、そっと梳く。
「あ、見て朔夜。しし座のしっぽのところで、さっきのデネボラが綺麗に光ってる......無事に戻れたのかな」
「ええ、きっと戻れたわ」
 朔夜はそのまま続ける。
「しし座はギリシャ神話で、英雄ヘラクレスが最初に戦った『ネメアの獅子』だと言われているわ。どんな武器も通じない強靭な毛皮を持っていた猛獣よ」
「ええっ、そんな怖いライオンだったの? じゃあ、ヘラクレスはどうやって倒したの?」
「武器を使わず、三日三晩、その腕で力強く抱きしめて......いや、顎を絞め落としたそうよ。というか陽向、一年の時、神話構造論ミソスロジックで習ったでしょう?」
「そ、そうだったかなぁ......でも抱きしめてって、なんだか私たちみたいだね!」
「そうね。私たちも武器で敵を倒すのではなく、こうして強く抱きしめ合って重力と光の波長を重ねて眠らせているものね」
「そっか。デネボラも、私たちの調和波長ハーモニックレゾナンスで安心して眠ってくれたんだね」
 陽向は夜空を見上げながら、思い返すように目を細めた。
「あの青白い光、すごく温度が高くて綺麗だったなぁ」
「星は青白いほど表面温度が高いのよ。太陽よりもずっと熱い、約八五〇〇ケルビンの炎。でも、陽向の光の方がずっと温かいわ」
「朔夜......」
 陽向は朔夜を見つめると、朔夜は目をそらすように空を見上げた。
「ねえ、空を見て。北斗七星の柄のカーブをそのまま伸ばしていくと、うしかい座のアークトゥルス、おとめ座のスピカ、そしてからす座のベータ星へと綺麗に繋がるでしょう?」
「うん、春の大曲線だよね!」
「そう。そして、そのアークトゥルスとスピカ、そしてさっきのデネボラを結ぶと......」
「春の大三角の完成だね! それで、りょうけん座のアルファ星も合わせたら、春のダイヤモンドにもなるよね!」
「ええ。私たちがこうして一つ星を救うごとに、空には確かな結びつきが生まれていくのよ」
 戦いの後、二人はいつものように、星空を眺めていた。
 今日も、一つの星を救うことができた。
 しかし、星空を見上げた朔夜の紫色の瞳は、遥か彼方で不自然に瞬く、新たなノイズの予兆を確かに捉えていた。
あとがき中原はじめ
お読みいただきありがとうございます。 本作は今年末頃に連載開始予定の百合小説のプレビュー版です。(延期濃厚) 星座と百合という、全く見かけない組み合わせでの執筆となりました。 SF系で宇宙を題材にしたライトノベルはいくつかありますが、星座を主題とした作品は商業ライトノベルで全く見つけられず、私にとってかなり難しい挑戦となっています。 星空を題材にするとなると、マンガやアニメでは絵で表せるものを、小説では文字で表すというとても難易度の高いものとなります。 そこで今回は、この第一話を原石航路の限定公開機能を利用し、読んでいただいた皆様がどのように感じていただけるかを検証しようと思います。 星空という地学や、星座の神話などの取り込みについて、エピソードのコメントやXのリプなどどこでもかまいませんので、どうぞご意見ください。 10月末のコンテスト「海国祭」にあわせて、別の作品扱いで3話まで未完結状態で公開する予定です。 その際、今公開しているこの先読み削除いたします。
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天体を題材にした百合小説(仮)作者:中原はじめ
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 夜の帳が下りた、町外れの丘の上。
 静寂を切り裂くように、激しい衝撃音が響き渡った。
「っ、速い......!」
 ブロンドベージュのやわらかなボブを揺らし、星咲陽向ほしざきひなたは息を呑んだ。
 目の前で暴れ狂っているのは、しし座を構成する星の一つ「デネボラ」星のかけらアストラルフラグメントから生まれた影法師だ。
 次元の歪みで迷子になり、パニックを起こして暴走しているその姿は、かつての星座の美しい輝きとは似ても似つかない。
「陽向、落ち着いて。相手の軌道は読めているわ」
 おっとりとした声で陽向を落ち着かせたのは、パートナーの夜夜木朔夜よよぎさくや
 夜風になびく黒色のロングヘアと、切れ長の紫色の瞳が、冷静に敵の動きを捉えている。
「ありがとね、朔夜! いつも頼りにしてるよ!」
 この二人がデネボラと戦っている目的は、ただ単に倒すことではない。
 それは暴走したデネボラのアストラルフラグメントを傷つけず、少しずつ弱らせて鎮めること。
 陽向は、高出力のエネルギーを射出する輝くブレードで、デネボラの攻撃を弾き返す。
 一方の朔夜は、重力を操るワイヤーと光の軌道を曲げるチャクラムで敵の動きを絡め取り、少しずつ捕縛していく。
「今よ、陽向!」
「うんっ! 任せて!」
 二人の見事な連携でデネボラの動きが鈍った隙に、陽向は朔夜の開かれた腕の中、その胸へと、迷いなく真っ直ぐに飛び込んだ。
「朔夜、重力場トラックを固定して!」
「任せて、陽向の光は逃がさないわ」
 紺色のジャンパースカート越しに、二人の身体が隙間なく密着した。
 重なり合う身体から、お互いの高鳴る鼓動と、熱を帯びた吐息が伝わってくる。
 陽向が集めた「光」を、朔夜の静かな「重力」が優しく、けれど絶対に離さないという強さで包み込み、二人の間に固有の「調和波長ハーモニックレゾナンスが発生した。
 単体では不安定な力が、限界まで抱きしめ合うことで初めて、完璧な調和に至るのだ。
 二人は祈るように静かに手を重ね合い、デネボラに向けて声を合わせた。

『遠い空で 迷子になった 傷だらけの 小さな光』
『大きく乱れた その軌道みちを 静かな重力あいで 引き寄せる』

 陽向の温かく包み込むようなソプラノの主旋律に、朔夜の静かで揺るぎないアルトの和音が重なる。
 それは、狂った周波数を調律して眠りにつかせるための子守唄、『ステラ・ララバイ』だ。

『元の穏やかな 公転めぐりの中へ 深く 深く 眠りにおちなさい』

 二人の子守唄が夜空に溶けていくと同時に、暴れ狂っていた影法師のノイズは嘘のように穏やかになり、やがて静かに眠りにつき、光の粒となって消滅した。
 そして後には、元の美しい輝きを取り戻した、ほんのりと青白い光を放つアストラルフラグメントだけが、実体としてころんと残された。
「......よかった、デネボラ。寂しかったよね。もう泣かなくていいんだよ」
 陽向は両手で大切そうにアストラルフラグメントを拾い上げた。
「安心しなさい。もう誰も、あなたを独りにはしないわ」
 朔夜も優しく微笑みかけ、二人はアストラルフラグメントに語りかけながら、ゆっくりと丘の頂上へと歩み進む。
 頂上に着くと、二人は向かい合った。
 陽向がアストラルフラグメントを両手で包み込み、朔夜がその陽向の両手をさらに外側から優しく包み込む。
 手の中の温かな光を見つめながら、陽向と朔夜がそっと口を開いた。
「もう大丈夫だよ、デネボラ。あなたがまた、春の大三角の一部として、夜空で綺麗に輝けるように」
「しし座の尻尾として、誇り高く輝きなさい。あなたの本当の居場所は、あそこよ」
 二人はアストラルフラグメントに優しく語りかけた後、星空に向けて、祈るように手を掲げた。

「迷子の光に、温かな安らぎを」
「さまよう軌道に、導きの道標しるべを」
「さあおかえり、私たちの想いと共に、満天の星空になれ!」

 陽向と朔夜の言葉と共に、包み込んだ手の中から、デネボラのアストラルフラグメントが、青白い光柱となって天へと解き放たれ、しし座を構成する星空の一部へと帰っていった。
「もしまた迷子になっても、私たちが見守っているから。心配しなくていいからね、デネボラ」
 空には、先程よりも少しだけ明るさを増した星空が広がっている。
「ふぅ......今日もなんとか眠らせてあげられたね、朔夜」
 陽向は制服の白いセーラー襟の乱れを整えながら、安堵の息を吐いた。
「ええ、そうね。でも陽向? 今日は飛び込む勢いがちょっと強引だったわよ。胸、痛かったんだけど」
 朔夜の微かな声に、陽向ははっとして顔を上げた。
「えっ!? ご、ごめん朔夜! だってあのタイミングでしか軌道が合わなくて......」
 真っ赤になって慌てる陽向を見て、朔夜はおっとりと優しく微笑んだ。
「ふふ、いいのよ陽向。あなたは相変わらずね」
「んもう、朔夜ってば。ねえ、まだ時間があるし、もうちょっとゆっくりしよう?」
「ええ、そうね。今日は一段と空が澄んでいるから、絶好の観測日和ね」
 そうすると二人は夜の草地に腰を下ろし、陽向は朔夜の柔らかい膝へと自分の頭を預けた。
 朔夜の白く細い指先が、膝でくつろぐ陽向の髪を愛おしむように、そっと梳く。
「あ、見て朔夜。しし座のしっぽのところで、さっきのデネボラが綺麗に光ってる......無事に戻れたのかな」
「ええ、きっと戻れたわ」
 朔夜はそのまま続ける。
「しし座はギリシャ神話で、英雄ヘラクレスが最初に戦った『ネメアの獅子』だと言われているわ。どんな武器も通じない強靭な毛皮を持っていた猛獣よ」
「ええっ、そんな怖いライオンだったの? じゃあ、ヘラクレスはどうやって倒したの?」
「武器を使わず、三日三晩、その腕で力強く抱きしめて......いや、顎を絞め落としたそうよ。というか陽向、一年の時、神話構造論ミソスロジックで習ったでしょう?」
「そ、そうだったかなぁ......でも抱きしめてって、なんだか私たちみたいだね!」
「そうね。私たちも武器で敵を倒すのではなく、こうして強く抱きしめ合って重力と光の波長を重ねて眠らせているものね」
「そっか。デネボラも、私たちの調和波長ハーモニックレゾナンスで安心して眠ってくれたんだね」
 陽向は夜空を見上げながら、思い返すように目を細めた。
「あの青白い光、すごく温度が高くて綺麗だったなぁ」
「星は青白いほど表面温度が高いのよ。太陽よりもずっと熱い、約八五〇〇ケルビンの炎。でも、陽向の光の方がずっと温かいわ」
「朔夜......」
 陽向は朔夜を見つめると、朔夜は目をそらすように空を見上げた。
「ねえ、空を見て。北斗七星の柄のカーブをそのまま伸ばしていくと、うしかい座のアークトゥルス、おとめ座のスピカ、そしてからす座のベータ星へと綺麗に繋がるでしょう?」
「うん、春の大曲線だよね!」
「そう。そして、そのアークトゥルスとスピカ、そしてさっきのデネボラを結ぶと......」
「春の大三角の完成だね! それで、りょうけん座のアルファ星も合わせたら、春のダイヤモンドにもなるよね!」
「ええ。私たちがこうして一つ星を救うごとに、空には確かな結びつきが生まれていくのよ」
 戦いの後、二人はいつものように、星空を眺めていた。
 今日も、一つの星を救うことができた。
 しかし、星空を見上げた朔夜の紫色の瞳は、遥か彼方で不自然に瞬く、新たなノイズの予兆を確かに捉えていた。
あとがき中原はじめ
お読みいただきありがとうございます。 本作は今年末頃に連載開始予定の百合小説のプレビュー版です。(延期濃厚) 星座と百合という、全く見かけない組み合わせでの執筆となりました。 SF系で宇宙を題材にしたライトノベルはいくつかありますが、星座を主題とした作品は商業ライトノベルで全く見つけられず、私にとってかなり難しい挑戦となっています。 星空を題材にするとなると、マンガやアニメでは絵で表せるものを、小説では文字で表すというとても難易度の高いものとなります。 そこで今回は、この第一話を原石航路の限定公開機能を利用し、読んでいただいた皆様がどのように感じていただけるかを検証しようと思います。 星空という地学や、星座の神話などの取り込みについて、エピソードのコメントやXのリプなどどこでもかまいませんので、どうぞご意見ください。 10月末のコンテスト「海国祭」にあわせて、別の作品扱いで3話まで未完結状態で公開する予定です。 その際、今公開しているこの先読み削除いたします。
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天体を題材にした百合小説(仮)作者:中原はじめ
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