ep26 事件は静かに始まっていた
『ーーっ、おい、その情報は本当なのか?』
電話越しから焦るような声が聞こえ、吹雪はため息を吐く。
隠れ家の一つで寛ぐように1人がけのソファに座っている吹雪は足を組んだ状態で、机の上にあるタブレットをいじる。
「うるさいから電話口で騒ぐのやめてくれない?」
耳から電話を離して嫌そうな口調で電話の相手――特対部の中原に対して面倒臭そうに伝える。
「依頼された行方不明者の名簿と今、ハッキングして確認した島が管理してる能力者名簿、こっちが知ってる未登録の能力者全部照合したけど、攫われてるのは一般人に紛れて暮らす事を選んだ奴らばかりだ」
4月2日のシージャック事件以降"サーカス"の動きはなく、特対部は閑古鳥が鳴いてるように暇で、他部署の雑用等を実施していた。特対部は事件を通して能力者の存在を知った者が所属になる事が多い。その為、能力者関連の事件が起きていないときは元いた部署の手伝いをするのが通例だった。奏のように警察に入庁前から能力者の存在を知っており、新卒の時から所属しているものもいるが、稀だ。
中原が関わったのは最近の行方不明者のリスト作りだ。それまで管轄外で知らなかったがここ1ヶ月ほどで普段と比べて行方不明者が続出していた。性別どころか年齢もまちまちだ。そのうちの数名の名前を特対部で見た記憶があったと気になった為、午前中に吹雪に依頼のメールを入れてきたのだ。
中原は都市伝説と言われる吹雪と接点があった。ある事件を通して偶然知り合った名前も知らない人間が、のちに吹雪と名乗り金を積めば何でもやる便利屋をやり始めたのを偶然知った。そして行動は犯罪者予備軍のようなものだったが、吹雪の持っている情報や人脈は特対部の捜査には非常に役に立ってしまった。
それを知ってから更なる被害を出さない為に、悪に力を借りるのも仕方がないと吹雪と繋がりを持っているのだ。そしてその考えは間違っていなかった。吹雪から情報を買うことにより、捜査が順調に進む、解決の糸口が見つかる、そんな事が多かった。正義感があり潔癖な奏には決して言えないが、なんだかんだで中原と吹雪は数年来の知り合いだった。
以前のシージャック時に言いたいことだけ言い、事件が終わるまで着信拒否をされていた事を根に持っていた中原は、今回は電話ではなくメールにて、自分が作成した行方不明者リストを送り、彼らが能力者かどうか調べる事を依頼した。
それを確認した吹雪は手の空いた夕方頃にさらっと調べて報告の電話を入れた。その際に行方不明者リストに載ってない、1ヶ月前から行方不明になっているある天才科学者の名前も一緒に報告した。
そしてその事実を知らなかった中原が驚きに声をあげたのだった。
「依頼分はちゃんとやった。その情報の真偽や続きを聞きたいなら追加料金が必要になる。払えないならここまでだ。それでも十分働いた方だろ?」
吹雪は興味なさそうにそう言い、電話をスピーカーモードにして机の上に置き、代わりにタブレットを手に持って何かを調べ始める。
『わかった。追加料金はいくらでも積む。それより来宮博士が行方不明になってるなんて聞いてねぇぞ!?』
「そりゃそうだろ。能力者対策研究所が必死に隠してるんだからな。重要な発明中のデータを持って消えたらしい。それがこの行方不明リストの最初の日付の1日前だ」
吹雪は追加料金の支払いにニヤリと笑いながら情報を語る。
「行方不明事件に関してだけど、これは連続誘拐事件だね。攫われたってのまではわかる。だが結界が張られたのかそっから先がわからない。そこを探るのは少し時間がかかる」
開け放たれた窓からそよそよと風が入ってきて吹雪の体を吹き抜ける。すると何か考え込む。そしてタブレットを置き、電話を持ち直すと窓に近づく。そして風に耳を澄ませるように目を閉じる。
「中原さん、追加の情報だ。今、誘拐事件で使われている車が商店街の近くを走っている。そして進行方向に一般人に紛れて能力者がいる。ちょうど中原さんのいる場所の近く。黒色のシャツに黒のズボンを履いた茶髪短髪の男。多分次の被害者は彼だ」
『ーーっ!? 今すぐ探す』
中原の焦った声と走る息遣いが電話越しに聞こえてくる。吹雪はこれからどうするかと考えながら現在進行形で風から伝えられる情報を整理した。
吹雪は能力者だった。そしてその能力を使いリアルタイムで情報を仕入れていた。風や空気というどこにでもある自然の声が聞こえる。それが吹雪の能力とされている。
なので吹雪の情報の鮮度は高い。それを知っているから中原は必死に走っているのだ。
『おい、発見したぞ!? 車は!?』
電話口から聞こえる中原の怒鳴り声に吹雪は呆れたようにため息をつき、どうでもいいことのように情報を伝える。
「あと数分で到着する。白いワゴン車だ。とりあえず、今必要な情報は伝えたから切るよ」
『はっ? おい待――』
そして吹雪は中原の返事も聞かずに電話を切る。そして、窓から離れ、またタブレットで何かを探し始めた。