ホーム›Replica ― Amphitheatrum Ideale ―›次世代型という偽装、再現性のない守護霊
← 次の話目次前の話 →
挿絵AIで作った挿絵

次世代型という偽装、再現性のない守護霊

 2036年6月7日 午前8時40分

「――ということでだ。天乃あまのがこの通り復学したわけだが、天乃あまのには一切の記憶がないそうだ」

 窓の外から柔らかな午前中の光が差し込む、広々とした教室の中、教壇の前に立つ教師の背後で、ざわめく生徒たちの視線が一人の少年へと集まっていた。
 天乃あまのが少し遅れて教室に入ってきたところ、担任である城東じょうとうがクラスメイトの前に天乃あまのを立たせ、さながら転校生を紹介するように天乃あまのを紹介したのだ。

「こんなことを云うと不謹慎と言われるかもしれないが、これはチャンスだ。天乃あまのとの関係を再構築したいと願う者らにとってはな。存分に活用するがいい。それと――」

 城東じょうとうの鋭い視線がざわつきの原因に向く。その赤い着物の少女――英莉えりは城東じょうとうの目線に気づき、何事かと首を傾げる。

「――これは、今回の事件を受けて、理事会から天乃あまのに下賜された特殊な守護霊ガーディアンだ。守護霊ガーディアンとしての機能は云うまでもなく最高峰であり、人語を解し、受け答えもできる。そういったインターフェイスAIを搭載した次世代型の守護霊ガーディアンだそうだ。今回は試験運用も兼ねて天乃あまのの守護霊として稼働させるそうだ。何かあるか、天乃あまの?」
「いえ、大丈夫です。皆さんも改めてお願いします」

 天乃あまのがそう云って頭を下げた瞬間、ざわつきが増す。主に『あれは誰だ?』というものであったが。天乃あまのからすれば、またこの反応かという感じである。

「あのー、天乃あまの君に質問いいですかー?」

 そう云って立ち上がったのは、茶髪のサイドテールの女子生徒だった。ちなみに、天乃あまのの眼で見る限り、この教室の人間はだいたいが魔力保有量が平均かそれ以下といったところだが、この少女だけは並ではない量の魔力保有量がある。

「なんでしょう? 答えられることは限られますが」
「記憶ってどのくらい残ってます?」
「全くないですね。特に魔術関係に関しては常識ごと失われています」
「......そっか。ありがとう。改めて、よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「さて、積もる話もあるだろうが、そろそろ授業の時間だ。本日は、実習の見学もある。準備をしていろ。天乃あまの、お前の席はそこだ」

 そういって、城東じょうとうは入り口側の最前列の空席を指さしたあと、教室から立ち去る。

「うーむ。わっちはどうするか」
「そうだよ、英莉えりの扱い聞いてないじゃん」
「(ハァーイ、英莉えりちー、元気?)」

【挿絵】

 ざわめく教室の中、生徒たちがそれぞれの机に腰を下ろし、授業の始まりを待つ落ち着いた雰囲気が漂っている。そんな中、声を抑えて話しかけてきたのは、先ほど天乃あまのに質問してきた女子生徒だった。

「(一応、わっちらは初対面ということになっているのじゃがな)」
「(いいじゃん。私が知ってても不思議じゃないでしょ)」
「(そうかもしれんが、わっちらの会話に耳をそばだてておる連中がおるぞ?)」
「(気にしない気にしない。どうとでもなるわよ)」

 女子生徒は後ろを振り返ることもなく、手をひらひらと振る。

「(知り合いか?)」
「(まぁの。名前は――覚えてないが)」
「(こらこら、いい加減覚えてよ)」
「(そういわれてもの。人間の名前なんてほとんど覚えておらんしな)」
「(まあ、いいけど)」

 その女子生徒は天乃あまのの方を向く。

「私は、遊上ゆがみ真理まりよ。よろしくね、慎ちゃん」
「し、慎ちゃん?」
「馴れ馴れしい? でも、ずっとこう呼んでいたからなぁ」
「いや、大丈夫。ちょっと面食らっただけだ」
「初対面じゃからな」
「そうなんだよねー。今日は啓吾けいごも来てないし」
「え? 啓吾けいごが?」

 天乃あまのが周囲を見渡すも、確かに間森まもりの姿が見えない。

「あいつ、オレと一緒に来たはずなんだけど」
「そっか。じゃあ、もう面識はあるし、あいつは校舎内にはいるのね。じゃあそのうち来るでしょ」
「そんなもんでいいのか?」
「いいのよ。私と啓吾けいごと慎ちゃんはこのクラスでも浮いてる存在だからね」
「浮いてる?」
「それぞれ別の理由でね。このクラスってば、大体の人間が魔術関連の仕事に就きたいから、勉強熱心なのよ。っていうか、そうでもなければ浅木になんて来ないわ。でも、啓吾けいごってばああ見えてもうこの浅木での就職の内定が出てるのよ。この中では唯一ね。だから、高校は卒業さえできればいいみたい。内定先も啓吾けいごの成績は関知してこないらしいし。慎ちゃんは、なんていうか、そうね。勉強自体が必要ないんじゃないかってくらい魔術に関しては詳しかったわ。だから、ってわけじゃないかもしれないけど、勉強しなくてもいい啓吾けいごとよくつるんでいたわけ。私は、そうね。このクラスの中では一番価値が高いサンプルだから、ね。勉強はした方がいいんでしょうけど、本人のモチベーションがいまいちだから。一番後ろ向きな理由で浮いちゃってるのかもね」
「価値の高いサンプル?」
「私、一卵性双生児なのよ。でも、姉は魔術を使えるのに、私は使えない。このクラスの設立目的を考えたら、私が一番価値の高いサンプルってわけ」
「確かに、それは遺伝と魔術の関係という名目からすれば、ぴったりすぎる。だが、それでも遊上ゆがみさんは自ら浅木に来た人間のはずだ。そうでもなければ、浅木に来ない、だろう? そこには何か理由があったんじゃないか?」
「――そうね。理由ならあるわ。けど、それは勉強するモチベーションにはなり得なかった。だから、勉強熱心じゃない慎ちゃんたちとつるんでたのよ。その方が楽だったから。焦らなくて済むから」
「あー、なるほどね」

 天乃あまのが周囲を見ると、ほとんどの者が授業の準備を終えて自習に勤しんでいた。もっとも、一部には次世代型守護霊ガーディアンとの触れ込みの英莉えりの様子を眺めたり、天乃あまのと遊上ゆがみの会話に耳を澄ませたりする者らもいた。

「確かに、この中で何もしない奴らってのは、浮いちゃうかもなあ」
「 でも、慎ちゃんはどうするの? 魔術に関する記憶、ないんでしょ?」
「そうだな。さて、どうしたものか。一応ちょっとだけ予習してきたけど」

 そのとき、ガチャリと教室の扉が開き、廊下の冷たい空気を連れて間森まもりと賀上かがみが教室に入ってくる。

「ちょっと遅れてごめんなさいね。この不良君を捕まえるのに時間かかっちゃって」
「いやいや、賀上かがみ先生、そりゃねえぜ。俺が荷物運んだ件でそれはチャラでしょうよ」
「あ、天乃あまの君、その子が噂の守護霊ガーディアンだったのね。その子、どうしようか。ハイスペックなのに、基本的な召喚術式にすら対応していないらしいじゃない」
「えーっと。英莉えり?」
「そうじゃな、わっちは他の守護霊ガーディアンとは違うのでな。ちょっと面倒じゃが、よろしくじゃ。できれば、わっちはこの辺に座っておきたいぞ」

 おお、とどよめく声が聞こえる。英莉えりが話しているのを聞いてその完成度に皆驚いているようだ。若干名から、『わっち?』という妙な一人称への疑問はあったが。

「そう。うーん。余分な椅子ってあったかしら? ああ、ちょうど机が一つ余っているのね。椅子もそこから拝借しなさい」
「賀上かがみ先生? それは、俺の椅子ですよ?」

 賀上かがみは容赦なく間森まもりの机から椅子を取り上げようとする。

「あなた、空気椅子でも大丈夫でしょう?」
「できるできないでいえばできますが、それはおかしいでしょう? 俺だって学校の備品を使ってもいいはずだ!」
「はいはい」
「流そうとすんなや!」
「いや、それには及ばん」

 そういって、英莉えりは天乃あまのの膝の上にちょこんと腰掛ける。

「これで問題なかろう?」
「いや、問題あるだろう?」
「なんでじゃ? 視界は良好のはずじゃが」

 確かに、英莉えりの頭は天乃あまのの首あたりまでしかないので、正面を見る分には問題がないように思える。

「非常にノートがとりづらいんだ」
「ほお、なら、わっちがノートをとればよいのじゃな?」
「違う。 降りろと言ってる」
「ふむ、良いアイデアじゃと思ったが」

 英莉えりがぴょいと天乃あまのの膝から降りる。

「さて、小僧。その椅子を寄越せ」
「うわっ、こっち来た。ナチュラルに俺から椅子を奪おうとするんじゃねえよ。慎、お前から止めるように云え」
「英莉えり、とりあえず、啓吾けいごの椅子をとろうとするのは止めてやれ」
「うーむ。仕方ない、これ以上、授業の妨害をするのもどうかと思うしの」

 そういって、英莉えりは背中から『漆黒の翼』を広げ、その黒い質量を椅子の形へと変形させる。その無表情には一切の変化は見られないが、椅子にドカッと座った英莉えりは、表情があれば多分どや顔をしていただろうなと思わせる声色で天乃あまのに自慢げに話しかける。

「どうじゃ? これなら問題なかろう?」
「(......あまり目立つことはするなよ。偽装だとバレると面倒だ)」
「(多少は構うまい。困るのは百目鬼どうめきじゃしの)」

 今、英莉えりが行ったのは、異なる魔導書の機能を組み合わせるという、魔術の常識を逸脱した所業だった。漆黒の翼を展開し、その形状を『闇の眷属』が持つ外見変形機能で固定したのだ。

「(ん? おい、『漆黒の翼』は『魔人の枷』と併用した場合、一時間しか持たないんじゃないのか?)」
「(そんなことよく覚えとったの。じゃが、それは正確ではない。飛翔能力としての維持は一時間が限界じゃが、単に形状を固定して展開し続けるだけなら、魔力消費を抑えることで何時間でも可能じゃ)」
「(そっすか)」

 天乃あまの主従がそんな密談を交わしている間に、教室では先ほど以上のどよめきが沸き起こっていた。

 『今のはなんだ?』『翼が椅子に?』『魔術を使えるのか?』『明らかに体積より大きな翼が出たような......』『本当にAIなのか? ずいぶんと受け答えがしっかりしてるが』『英莉えりちゃん、かわいい』

 その喧騒を断ち切るように、賀上かがみがパンと手を鳴らす。

「さて、問題も解決したようですし、授業を始めましょう」
シェア
前の話 →
「おやすみ」から「おはよう」まで、暮らしを支える大怪異
← 次の話
環境に順応する怪物を見る複数の視線
Replica ― Amphitheatrum Ideale ―作者:根岸重玄
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません
ホーム›Replica ― Amphitheatrum Ideale ―›次世代型という偽装、再現性のない守護霊
← 前の話目次次の話 →
挿絵AIで作った挿絵

次世代型という偽装、再現性のない守護霊

 2036年6月7日 午前8時40分

「――ということでだ。天乃あまのがこの通り復学したわけだが、天乃あまのには一切の記憶がないそうだ」

 窓の外から柔らかな午前中の光が差し込む、広々とした教室の中、教壇の前に立つ教師の背後で、ざわめく生徒たちの視線が一人の少年へと集まっていた。
 天乃あまのが少し遅れて教室に入ってきたところ、担任である城東じょうとうがクラスメイトの前に天乃あまのを立たせ、さながら転校生を紹介するように天乃あまのを紹介したのだ。

「こんなことを云うと不謹慎と言われるかもしれないが、これはチャンスだ。天乃あまのとの関係を再構築したいと願う者らにとってはな。存分に活用するがいい。それと――」

 城東じょうとうの鋭い視線がざわつきの原因に向く。その赤い着物の少女――英莉えりは城東じょうとうの目線に気づき、何事かと首を傾げる。

「――これは、今回の事件を受けて、理事会から天乃あまのに下賜された特殊な守護霊ガーディアンだ。守護霊ガーディアンとしての機能は云うまでもなく最高峰であり、人語を解し、受け答えもできる。そういったインターフェイスAIを搭載した次世代型の守護霊ガーディアンだそうだ。今回は試験運用も兼ねて天乃あまのの守護霊として稼働させるそうだ。何かあるか、天乃あまの?」
「いえ、大丈夫です。皆さんも改めてお願いします」

 天乃あまのがそう云って頭を下げた瞬間、ざわつきが増す。主に『あれは誰だ?』というものであったが。天乃あまのからすれば、またこの反応かという感じである。

「あのー、天乃あまの君に質問いいですかー?」

 そう云って立ち上がったのは、茶髪のサイドテールの女子生徒だった。ちなみに、天乃あまのの眼で見る限り、この教室の人間はだいたいが魔力保有量が平均かそれ以下といったところだが、この少女だけは並ではない量の魔力保有量がある。

「なんでしょう? 答えられることは限られますが」
「記憶ってどのくらい残ってます?」
「全くないですね。特に魔術関係に関しては常識ごと失われています」
「......そっか。ありがとう。改めて、よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「さて、積もる話もあるだろうが、そろそろ授業の時間だ。本日は、実習の見学もある。準備をしていろ。天乃あまの、お前の席はそこだ」

 そういって、城東じょうとうは入り口側の最前列の空席を指さしたあと、教室から立ち去る。

「うーむ。わっちはどうするか」
「そうだよ、英莉えりの扱い聞いてないじゃん」
「(ハァーイ、英莉えりちー、元気?)」

【挿絵】

 ざわめく教室の中、生徒たちがそれぞれの机に腰を下ろし、授業の始まりを待つ落ち着いた雰囲気が漂っている。そんな中、声を抑えて話しかけてきたのは、先ほど天乃あまのに質問してきた女子生徒だった。

「(一応、わっちらは初対面ということになっているのじゃがな)」
「(いいじゃん。私が知ってても不思議じゃないでしょ)」
「(そうかもしれんが、わっちらの会話に耳をそばだてておる連中がおるぞ?)」
「(気にしない気にしない。どうとでもなるわよ)」

 女子生徒は後ろを振り返ることもなく、手をひらひらと振る。

「(知り合いか?)」
「(まぁの。名前は――覚えてないが)」
「(こらこら、いい加減覚えてよ)」
「(そういわれてもの。人間の名前なんてほとんど覚えておらんしな)」
「(まあ、いいけど)」

 その女子生徒は天乃あまのの方を向く。

「私は、遊上ゆがみ真理まりよ。よろしくね、慎ちゃん」
「し、慎ちゃん?」
「馴れ馴れしい? でも、ずっとこう呼んでいたからなぁ」
「いや、大丈夫。ちょっと面食らっただけだ」
「初対面じゃからな」
「そうなんだよねー。今日は啓吾けいごも来てないし」
「え? 啓吾けいごが?」

 天乃あまのが周囲を見渡すも、確かに間森まもりの姿が見えない。

「あいつ、オレと一緒に来たはずなんだけど」
「そっか。じゃあ、もう面識はあるし、あいつは校舎内にはいるのね。じゃあそのうち来るでしょ」
「そんなもんでいいのか?」
「いいのよ。私と啓吾けいごと慎ちゃんはこのクラスでも浮いてる存在だからね」
「浮いてる?」
「それぞれ別の理由でね。このクラスってば、大体の人間が魔術関連の仕事に就きたいから、勉強熱心なのよ。っていうか、そうでもなければ浅木になんて来ないわ。でも、啓吾けいごってばああ見えてもうこの浅木での就職の内定が出てるのよ。この中では唯一ね。だから、高校は卒業さえできればいいみたい。内定先も啓吾けいごの成績は関知してこないらしいし。慎ちゃんは、なんていうか、そうね。勉強自体が必要ないんじゃないかってくらい魔術に関しては詳しかったわ。だから、ってわけじゃないかもしれないけど、勉強しなくてもいい啓吾けいごとよくつるんでいたわけ。私は、そうね。このクラスの中では一番価値が高いサンプルだから、ね。勉強はした方がいいんでしょうけど、本人のモチベーションがいまいちだから。一番後ろ向きな理由で浮いちゃってるのかもね」
「価値の高いサンプル?」
「私、一卵性双生児なのよ。でも、姉は魔術を使えるのに、私は使えない。このクラスの設立目的を考えたら、私が一番価値の高いサンプルってわけ」
「確かに、それは遺伝と魔術の関係という名目からすれば、ぴったりすぎる。だが、それでも遊上ゆがみさんは自ら浅木に来た人間のはずだ。そうでもなければ、浅木に来ない、だろう? そこには何か理由があったんじゃないか?」
「――そうね。理由ならあるわ。けど、それは勉強するモチベーションにはなり得なかった。だから、勉強熱心じゃない慎ちゃんたちとつるんでたのよ。その方が楽だったから。焦らなくて済むから」
「あー、なるほどね」

 天乃あまのが周囲を見ると、ほとんどの者が授業の準備を終えて自習に勤しんでいた。もっとも、一部には次世代型守護霊ガーディアンとの触れ込みの英莉えりの様子を眺めたり、天乃あまのと遊上ゆがみの会話に耳を澄ませたりする者らもいた。

「確かに、この中で何もしない奴らってのは、浮いちゃうかもなあ」
「 でも、慎ちゃんはどうするの? 魔術に関する記憶、ないんでしょ?」
「そうだな。さて、どうしたものか。一応ちょっとだけ予習してきたけど」

 そのとき、ガチャリと教室の扉が開き、廊下の冷たい空気を連れて間森まもりと賀上かがみが教室に入ってくる。

「ちょっと遅れてごめんなさいね。この不良君を捕まえるのに時間かかっちゃって」
「いやいや、賀上かがみ先生、そりゃねえぜ。俺が荷物運んだ件でそれはチャラでしょうよ」
「あ、天乃あまの君、その子が噂の守護霊ガーディアンだったのね。その子、どうしようか。ハイスペックなのに、基本的な召喚術式にすら対応していないらしいじゃない」
「えーっと。英莉えり?」
「そうじゃな、わっちは他の守護霊ガーディアンとは違うのでな。ちょっと面倒じゃが、よろしくじゃ。できれば、わっちはこの辺に座っておきたいぞ」

 おお、とどよめく声が聞こえる。英莉えりが話しているのを聞いてその完成度に皆驚いているようだ。若干名から、『わっち?』という妙な一人称への疑問はあったが。

「そう。うーん。余分な椅子ってあったかしら? ああ、ちょうど机が一つ余っているのね。椅子もそこから拝借しなさい」
「賀上かがみ先生? それは、俺の椅子ですよ?」

 賀上かがみは容赦なく間森まもりの机から椅子を取り上げようとする。

「あなた、空気椅子でも大丈夫でしょう?」
「できるできないでいえばできますが、それはおかしいでしょう? 俺だって学校の備品を使ってもいいはずだ!」
「はいはい」
「流そうとすんなや!」
「いや、それには及ばん」

 そういって、英莉えりは天乃あまのの膝の上にちょこんと腰掛ける。

「これで問題なかろう?」
「いや、問題あるだろう?」
「なんでじゃ? 視界は良好のはずじゃが」

 確かに、英莉えりの頭は天乃あまのの首あたりまでしかないので、正面を見る分には問題がないように思える。

「非常にノートがとりづらいんだ」
「ほお、なら、わっちがノートをとればよいのじゃな?」
「違う。 降りろと言ってる」
「ふむ、良いアイデアじゃと思ったが」

 英莉えりがぴょいと天乃あまのの膝から降りる。

「さて、小僧。その椅子を寄越せ」
「うわっ、こっち来た。ナチュラルに俺から椅子を奪おうとするんじゃねえよ。慎、お前から止めるように云え」
「英莉えり、とりあえず、啓吾けいごの椅子をとろうとするのは止めてやれ」
「うーむ。仕方ない、これ以上、授業の妨害をするのもどうかと思うしの」

 そういって、英莉えりは背中から『漆黒の翼』を広げ、その黒い質量を椅子の形へと変形させる。その無表情には一切の変化は見られないが、椅子にドカッと座った英莉えりは、表情があれば多分どや顔をしていただろうなと思わせる声色で天乃あまのに自慢げに話しかける。

「どうじゃ? これなら問題なかろう?」
「(......あまり目立つことはするなよ。偽装だとバレると面倒だ)」
「(多少は構うまい。困るのは百目鬼どうめきじゃしの)」

 今、英莉えりが行ったのは、異なる魔導書の機能を組み合わせるという、魔術の常識を逸脱した所業だった。漆黒の翼を展開し、その形状を『闇の眷属』が持つ外見変形機能で固定したのだ。

「(ん? おい、『漆黒の翼』は『魔人の枷』と併用した場合、一時間しか持たないんじゃないのか?)」
「(そんなことよく覚えとったの。じゃが、それは正確ではない。飛翔能力としての維持は一時間が限界じゃが、単に形状を固定して展開し続けるだけなら、魔力消費を抑えることで何時間でも可能じゃ)」
「(そっすか)」

 天乃あまの主従がそんな密談を交わしている間に、教室では先ほど以上のどよめきが沸き起こっていた。

 『今のはなんだ?』『翼が椅子に?』『魔術を使えるのか?』『明らかに体積より大きな翼が出たような......』『本当にAIなのか? ずいぶんと受け答えがしっかりしてるが』『英莉えりちゃん、かわいい』

 その喧騒を断ち切るように、賀上かがみがパンと手を鳴らす。

「さて、問題も解決したようですし、授業を始めましょう」
シェア
← 前の話
「おやすみ」から「おはよう」まで、暮らしを支える大怪異
次の話 →
環境に順応する怪物を見る複数の視線
Replica ― Amphitheatrum Ideale ―作者:根岸重玄
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません