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閑話9 逃げ道を作らない生き方

 リナはネルに湯たんぽを託したあと、駅に向かった。
 歩に出禁を言い渡されているため、店内に入ることはできなかった。


 十一月の風はずいぶんと冷たくて、体がすくみ上がる。ギプスがとれたけれど、傷があったところがまだ痛む。
 形成外科で傷痕を目立たなくする手術をする予定になっていた。腕、足、顔......全ての痕を消すには年単位かかるかもしれない。

「リナさん、待ってください」

 男性の声に呼ばれて振り返る。
 初田が歩み寄ってきて、頭を下げた。
 モデル顔負けの端正な顔立ちに微笑みを浮かべている。

 初めて会ったときは妙ちくりんなウサギマスクをかぶっていた。双子の兄が逃亡中の犯罪者だと聞かされたときには、驚きすぎて声が裏返った。
 テレビ局のコネを使って番組担当者に繋ぎ、あの特別枠が実現した。

「あのときはありがとうございました。おかげでこうして普通の生活を送ることができています」
「お礼なんていらないわ。あんたに借りを作ったままにしておきたくなかっただけ。それを言うためだけに追ってきたの?」

 リナは帽子のツバを下げて顔を隠す。

「アリスさん、喜んでいましたよ。このアニメ好きだったんだって」
「そう」

 幼い頃。リナとアリスの姉妹仲は今ほど険悪じゃなかった。
 二人でならんでニチアサのアニメをみるくらいには、よかった。
 リナがモデルになってからは、そんな時間なくなってしまった。
 感傷に浸るタイプではないので、リナはそっけない返事をする。

「ご実家を出たと聞きました。順調にいっていますか」
「まあまあね」

「それはなによりです。実家を出るよう勧めた身として、悪い方に作用していたら申し訳ないと思いまして」
「......変な人。私はあなたの患者ではないし、自分の意思で実家を出ると決めたの。申し訳ないなんて思う理由がないでしょう」

 母がだいぶ食い下がってきたけれど、それでもリナは家を離れる道を選んだ。
 ついていく、一緒に住みたいと言われたのには辟易した。
 リナが鍵を渡すよう迫ったとき、アリスが嫌がった理由がよくわかる。
 いくら家族でも、自分のテリトリーをおかされたくはない。

 

 事故のあとから書き始めたブログには、たくさんの応援、励ましのコメントが届いている。
 リナと同じように事故で大怪我をして、リハビリで苦しんでいる女性もいた。
 SNSの初期から応援してくれていたファンも、ブログを読んでよくコメントをくれる。
 こうして離れていてもだれかがリナを必要として、見守っていてくれるとわかるから、安心して前に進める。

 叶うなら、新しいものを探すなんていう逃げ道を作らず、モデルの道を突き進みたい。

 誰に強要されたわけでもない。
 モデルの仕事が好きだから。

 若者向けのファッションだけでなく、ミセス向けの雑誌も多く存在する。実力が伴うなら何年でも続けられるのがモデルだ。それに、いつかは後身を育てる仕事もしてみたい。

「わたしの知り合いに、あなたの大ファンだという女性がいましてね。その方から、あなたがモデルに復帰するつもりなのだと聞いています。「事故に遭っても諦めない、強いところ尊敬します」と言っていました。その方は、SNSだとクローバーという名前だそうですが」
「覚えているわ。毎日コメントをくれる子だから」

 クローバーはリナがSNSを始めたばかりの時からずっと、明るく優しいコメントをくれる人だ。
 会ったことはないけれど、本人もとても快活な人なんだろうと想像できる。
 リナが事故に遭ったときも、だれより先に心配といたわりのメッセージをくれた。

 彼女の兄も初田の患者だということで、嘉神平也捜索のお願い投稿をしたときもすぐにメッセージをくれた。

「ああそうだ。あなた、ワンダーウォーカーの店長と旧知なんでしょう」
「ええ」
「なら伝えてちょうだい。私は必ずモデルに戻って、本物になってみせる。周りを輝かせる本物に。出禁にしたこと後悔させてあげる」




 初田と別れてから、リナは駅前のカフェに入った。
 あまり長く歩いていると、立っていられないくらい痛む。慣れるまでは少し休憩を挟みながらがんばるしかない。

 席に着いてからスマホを確認すると、ブログに何件かコメントがついていた。
 その中にはクローバーからのものもある。

『Rinaさん、怪我が治ってよかったです。寒さで傷痕が痛むのつらいですね。ローズマリーのお茶が痛みを和らげるって聞きました。余計なお世話かもしれませんが、気が向いたらでいいので試してみてください』

 ウエイターが持ってきてくれたメニューにちょうどローズマリーティーが載っていた。
 普段ならブラックコーヒーを選ぶところだけど、ちょっと気が向いた・・・・・。

「ローズマリーティーをホットでいただけるかしら」

 しばらくして運ばれてきたお茶はとてもいい香りで、味もとても優しい。
 ゆっくりと味わって、飲み終える頃アリスから短いメッセージが届いた。

『ありがと』

 たった四文字。
 それだけでもリナは満足した。
 心を尽くしたお礼の言葉が欲しかったわけじゃない。
 ただ、引っ越しのために荷物を整理していて湯たんぽを見つけただけ。
 リナが入居するのはオール電化で床暖房の部屋だから、湯たんぽを使う機会はない。だからアリスに渡しただけ。べつに、アリスの部屋に暖房器具がないことを慮ったわけではない。

 アリスが返信を求めているわけじゃないのはわかるから、リナはそのままアプリを終了して、スマホをしまった。

 会計でお礼を言って店を出る。
 お茶を飲んだからか、それともほかの理由か、店に入る前より足が軽い。

 リナは帽子をかぶり直して、一歩踏み出した。


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 リナはネルに湯たんぽを託したあと、駅に向かった。
 歩に出禁を言い渡されているため、店内に入ることはできなかった。


 十一月の風はずいぶんと冷たくて、体がすくみ上がる。ギプスがとれたけれど、傷があったところがまだ痛む。
 形成外科で傷痕を目立たなくする手術をする予定になっていた。腕、足、顔......全ての痕を消すには年単位かかるかもしれない。

「リナさん、待ってください」

 男性の声に呼ばれて振り返る。
 初田が歩み寄ってきて、頭を下げた。
 モデル顔負けの端正な顔立ちに微笑みを浮かべている。

 初めて会ったときは妙ちくりんなウサギマスクをかぶっていた。双子の兄が逃亡中の犯罪者だと聞かされたときには、驚きすぎて声が裏返った。
 テレビ局のコネを使って番組担当者に繋ぎ、あの特別枠が実現した。

「あのときはありがとうございました。おかげでこうして普通の生活を送ることができています」
「お礼なんていらないわ。あんたに借りを作ったままにしておきたくなかっただけ。それを言うためだけに追ってきたの?」

 リナは帽子のツバを下げて顔を隠す。

「アリスさん、喜んでいましたよ。このアニメ好きだったんだって」
「そう」

 幼い頃。リナとアリスの姉妹仲は今ほど険悪じゃなかった。
 二人でならんでニチアサのアニメをみるくらいには、よかった。
 リナがモデルになってからは、そんな時間なくなってしまった。
 感傷に浸るタイプではないので、リナはそっけない返事をする。

「ご実家を出たと聞きました。順調にいっていますか」
「まあまあね」

「それはなによりです。実家を出るよう勧めた身として、悪い方に作用していたら申し訳ないと思いまして」
「......変な人。私はあなたの患者ではないし、自分の意思で実家を出ると決めたの。申し訳ないなんて思う理由がないでしょう」

 母がだいぶ食い下がってきたけれど、それでもリナは家を離れる道を選んだ。
 ついていく、一緒に住みたいと言われたのには辟易した。
 リナが鍵を渡すよう迫ったとき、アリスが嫌がった理由がよくわかる。
 いくら家族でも、自分のテリトリーをおかされたくはない。

 

 事故のあとから書き始めたブログには、たくさんの応援、励ましのコメントが届いている。
 リナと同じように事故で大怪我をして、リハビリで苦しんでいる女性もいた。
 SNSの初期から応援してくれていたファンも、ブログを読んでよくコメントをくれる。
 こうして離れていてもだれかがリナを必要として、見守っていてくれるとわかるから、安心して前に進める。

 叶うなら、新しいものを探すなんていう逃げ道を作らず、モデルの道を突き進みたい。

 誰に強要されたわけでもない。
 モデルの仕事が好きだから。

 若者向けのファッションだけでなく、ミセス向けの雑誌も多く存在する。実力が伴うなら何年でも続けられるのがモデルだ。それに、いつかは後身を育てる仕事もしてみたい。

「わたしの知り合いに、あなたの大ファンだという女性がいましてね。その方から、あなたがモデルに復帰するつもりなのだと聞いています。「事故に遭っても諦めない、強いところ尊敬します」と言っていました。その方は、SNSだとクローバーという名前だそうですが」
「覚えているわ。毎日コメントをくれる子だから」

 クローバーはリナがSNSを始めたばかりの時からずっと、明るく優しいコメントをくれる人だ。
 会ったことはないけれど、本人もとても快活な人なんだろうと想像できる。
 リナが事故に遭ったときも、だれより先に心配といたわりのメッセージをくれた。

 彼女の兄も初田の患者だということで、嘉神平也捜索のお願い投稿をしたときもすぐにメッセージをくれた。

「ああそうだ。あなた、ワンダーウォーカーの店長と旧知なんでしょう」
「ええ」
「なら伝えてちょうだい。私は必ずモデルに戻って、本物になってみせる。周りを輝かせる本物に。出禁にしたこと後悔させてあげる」




 初田と別れてから、リナは駅前のカフェに入った。
 あまり長く歩いていると、立っていられないくらい痛む。慣れるまでは少し休憩を挟みながらがんばるしかない。

 席に着いてからスマホを確認すると、ブログに何件かコメントがついていた。
 その中にはクローバーからのものもある。

『Rinaさん、怪我が治ってよかったです。寒さで傷痕が痛むのつらいですね。ローズマリーのお茶が痛みを和らげるって聞きました。余計なお世話かもしれませんが、気が向いたらでいいので試してみてください』

 ウエイターが持ってきてくれたメニューにちょうどローズマリーティーが載っていた。
 普段ならブラックコーヒーを選ぶところだけど、ちょっと気が向いた・・・・・。

「ローズマリーティーをホットでいただけるかしら」

 しばらくして運ばれてきたお茶はとてもいい香りで、味もとても優しい。
 ゆっくりと味わって、飲み終える頃アリスから短いメッセージが届いた。

『ありがと』

 たった四文字。
 それだけでもリナは満足した。
 心を尽くしたお礼の言葉が欲しかったわけじゃない。
 ただ、引っ越しのために荷物を整理していて湯たんぽを見つけただけ。
 リナが入居するのはオール電化で床暖房の部屋だから、湯たんぽを使う機会はない。だからアリスに渡しただけ。べつに、アリスの部屋に暖房器具がないことを慮ったわけではない。

 アリスが返信を求めているわけじゃないのはわかるから、リナはそのままアプリを終了して、スマホをしまった。

 会計でお礼を言って店を出る。
 お茶を飲んだからか、それともほかの理由か、店に入る前より足が軽い。

 リナは帽子をかぶり直して、一歩踏み出した。


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