ホーム猫は砂漠を渡る? 〜私だけの幸せの魔法と居場所を求め、叶うはずもない夢を追い、今日も笑顔で嘘をつく〜第九話 残る幸せと笑顔の花
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第九話 残る幸せと笑顔の花

 下町の昼さがり。
 ランチタイムの激闘を終え、着替えを済ませた私は大通りへと足を運んだ。

 遠征によって見習いの子供たちがいなくなり、町の活気はどこか沈んで見える。
 色々とピースが欠けてしまっていても、町の人々の生活は続いていく。

「いけないいけない! 元気だしていかないと!」

 女将さんや常連のお客たちからも普段通りでいるように言われた。
 幼い子供たちの笑顔を守るため、大人が変わらないことで安心させるのだ。
 そう意気ごんで大通りの花屋の前を通ると、同僚のヒェンが店番をしていた。

「ロゼ、今日も孤児院にいくの?」
「あれだけ働いたのにもう別の店番だなんて、ヒェンは元気だよね」
「あはは! だってロゼは大人気だから私の倍は疲れるだろうしね。で、孤児院にいくのなら、いくつか花を見繕うから持ってってよ」

 売れ残りそうな傷みかけた花をもらって孤児院に何度か届けたことがある。
 孤児院のみんなも落ちこんでいるだろうし、少しでも彩りをお裾分けできるのはありがたい。

 ヒェンにお礼を言って立ち去ろうとすると、八百屋や肉屋の店主からも呼び止められてお土産をもらう。
 持ちきれないほどの元気のお裾分けに困っていたら、ロイゼルとすれ違った。

「ロゼ、半分持つから貸せよ」
「ありがとうロイゼル」

 孤児院までの道のりをロイゼルと二人で歩く。
 すると、ロイゼルがポツリと呟いた。

「なんで誰も兄ちゃんの話題しないんだよ......」

 肩をおとすロイゼル。
 私たちは両手がふさがっているから肩同士をぶつけてみた。

「な、なにすんだよ!」
「みんなの優しさが分からないの? ほら、こんなに重いのに!」

 ヒェンもそうだけど、みんなも私やロイゼルにシュトの話をしない。
 みんなが気をつかって明るい話題にしているし、世話を焼いてくれてもいる。
 けれど、まだ幼いロイゼルには分かりにくかったかも知れない。

「さ、シュトが帰ってくるまでにもっと勉強して驚かせてあげなきゃね! そう言われたんでしょ?」
「あぁ、俺、兄ちゃんが帰ってくるまでに色々と覚えて逆に教えてあげるんだ!」
「その意気だよ! 元気だしてこー!」

 ロイゼルに向けたようで自分自身に向けた言葉。
 シュトが帰ってきたら驚かせたい。嘘をついたことも謝らせてあげる。

(だからシュト、覚悟しててよね!)

 ほどなく孤児院へ到着し、孤児たちがいっせいに群がって荷物を奪っていく。
 みんなも思うところがあるのか、普段より元気にふるまっているように感じた。

 孤児たちの元気の良さに苦笑いを浮かべ、そして私なりの元気のお裾分けをしようと孤児院内のキッチンへ向かう。


 ◇◆◇◆◇


「ロゼー、お料理まだー?」
「凄く甘くていい匂い!」
「はいはい、おまたせー。みんなも手を洗ってきてね」

 みんなが大好きなマルールの花の蜜を魔法で熟成させ、ふんだんに使った。
 さっきもらった豚、鳥、鹿の肉も熟成させてそれぞれをカラメル化した蜜で、甘く香ばしく仕上げた。
 長テーブルの真ん中にドンと置いたら、用意ドンが始まる。

「おいしー!」
「豚がすっげーうまいぜ、豚!」
「こら! あなたたち! お祈りは?」

 シスターの叱責が飛ぶのもいつものことだ。
 いつもと違うのはここにシュトがいないということだけ。
 クーヘンが口周りを油だらけにしながら食べ終えた。

「おいしかったー。この鳥のパリパリ、シュトの好きな料理だよね!」
「皮がパリパリでうめーよな!」

 他の孤児たちもシュトの話題に飛びつく。大人たちと違って子供は遠慮がない。
 シュトは鶏肉をキャラメリゼしたローストチキンが好物だった。

 みんなにご馳走を作ろうと思ったら、自然と好物を選んでしまうことに積み重ねた日々を思う。
 話題もシュトのことばかりになっていった。

「あーあ、私もシュトやロゼと一緒に滝を見にいくの楽しみにしてたのにな」
「僕も楽しみだった! シュトが帰ってきたらいこーよ!」

 春にはグレッチャーもまじえてのピクニックを予定していたし、遠征がなければ今頃は滝をみた話題で持ちきりだったはずだ。
 賑やかになってきたところで来客を知らせるノッカーが鳴り、シスターが応対しにいった。

「あー、グレだー! 久しぶりー!」
「今、グレの話もしてたんだよ!」

 シスターがつれてきた来客はグレッチャーだった。
 以前の凛とした佇まいではなく、怯えた猫のようにも見える。
 私も席から立ちあがってグレッチャーへ駆け寄った。

「グレッチャー、心配したんだよ」
「ロゼ......」

 シュトの件を引きずっているのが丸わかりな反応をするグレッチャー。
 言葉数少なく見つめあっていると、隣で控えていたシスターが咳ばらいをした。

「ロゼ、グレッチャー。二人が揃ったら渡すように言われている物があります」

 誰からなんて聞かなくても分かる。
 黙ってシスターの後に続き、シスターの私室の前までやってきた。
 物をとりに中へ入ったシスターが、部屋から出てきて手紙を差しだしてくれる。

「シュトの字だ」

 私が教えたのだから見間違うはずがない。
 ペンを持つことも知らなかったシュトに、書き方を教えた日々が鮮明に蘇る。

 シスターが食堂へ戻ってしまったので、廊下には私とグレッチャーの二人きり。
 一つ頷きあい、廊下の壁を背もたれにして手紙をひらいた。


 ───────────────────
『──ロゼとグレッチャーへ。嘘をついてごめんな。ああでも言わないと二人が俺のために無茶をしそうだったから、本当のことを言えなかった。でも、俺は必ず帰るから、待っていて欲しい。そして帰ったならもう誰にも遠慮しない。全力でロゼを奪いにいく。あんなこと二度と言わせないから。けれど、もし帰れなかったら俺の家族を二人に頼みたい。P.S.夏の滝も涼しくて悪くないぜ。一緒にみような』
 ───────────────────


 私の名前が書いてあるけれど、これはグレッチャーに向けた宣戦布告に思えた。
 石橋の下で話したあの日。
 私と隠しごとをしない約束をしたからわざわざ二人宛てにしたのだろうか。

 それにグレッチャーが「貴族の婚約者にもロゼをシュトへ譲るように私から言う」とシュトへ言って、平手打ちをされた件も言及されている。貴族の婚約者でも退かない覚悟が文字からも伝わってきた。
 グレッチャーは拳の腹を何度も額に打ちつけだす。

「あの分からず屋。ロゼに愛の言葉の一つでも贈ればいいのに......」

 グレッチャーはグレッチャーで私とシュトの仲を応援しようとしてくれていたみたいだ。
 そのことに胸の奥が温かくなっていく。

「大丈夫! シュトが帰ってきたら直接言ってもらうから! それに言葉よりも欲しいものがあるし!」
「言葉より欲しいもの? それってなんだい?」
「そ、それは秘密!」

 石橋の下でのシュトとの濃密な時間を思いだしてしまい、顔から火を吹くような錯覚すら覚えた。顔だけじゃなく全身が熱くなってくる。

「ロゼが欲しい物なら私が用意しようか?」

 一緒に手紙を覗きこんでいたせいでグレッチャーの顔が近い。
 私は恥ずかしさのあまり、大きく一歩距離をとった。

「いらない! シュトじゃないと意味がないの!」
「......何にせよ、帰ってきたら好きな人の名前くらい正しいつづりで書けるよう教育しないとな」

 綴りを指摘され、改めて手紙を確認してみる。

「ロゼのつづりはあってるわ」

 言い終えてグレッチャーを見ると、額に手を押し当ててグレッチャーが笑いをこぼし始めた。

「ふふっ! それは間違っているよ。だってロゼは平民のロゼ・・・・・だろう。éをいれたら貴族になってしまうよ」
「あ......」

 大失態。平民になりきっていたつもりが、こんなところで間違っていたなんて。

「いいじゃないか。帰ってきたら間違いを直してあげたらいい」
「そうね。私の平民魂にかけても矯正しなきゃだし! それはそうとグレッチャーは貴族であることを私に隠さなくていいの?」
「その質問の時点で隠すことが無意味じゃないか」

 グレッチャーはこらえきれないようで大笑いをした。
 私にも笑いが移ってしまう。

「むふ、むふふふふ! あ、そうだ。シュトの学校の件を教えてよ」
「いいよ。教えよう。それにしても変な笑い方だな」
「良く言われる!」

 私は久しぶりに本気で笑うことができた。
 それから平民の学校計画について語りあっていく。

「シュトの要望も聞いて大枠は決めてある。平民の教師を教育するためにも貴族の講師を派遣したい。これにはクレールクラフティ卿がノリ気だった」

 師匠が関わっているとは思わなかったし、意外な共通点があったと感心した。

「それで下町以外でもロゼと連絡を取りあえると良いのだが、どこか良い所はないだろうか?」
「あ、ならロイヤルガーデンの南西側に橙のボックスウッド区画があって......」
「裏の外壁崩れから抜けて入る地下水路か? 私もそこを使って下町にきている」

 まさか同じルートを通っていたとは思わなかった。
 でも考えてみれば、門兵にバレないよう下町にくるにはあのルートしかない。

「しかし、あの地下水路はお化けがでるからロゼ一人では不安だな」
「え? お化けがでるの?」

 冗談かと思ってグレッチャーを見たら、意外に真剣な眼差しをしていた。

「あぁ、一度だけ見た。石壁がくずれた辺りで、薄いピンクのひらひらした感じのものがうごめいていたんだ」

 わずかに遅れて理解した。そのとたん、汗が吹きだしてくる。

「......ハッキリ見たの?」
「いや、薄暗くて良くは見えなかったが、背丈はちょうどロゼくらいで......」
「忘れて。お願いだから」

 私は恥ずかしさのあまり目をつむる。
 するとグレッチャーも勘づいたようで笑いをこぼした。

「いいよ。墓まで持ってく。シュトにも秘密にしてあげるから」

 薄く目をあけてみるとグレッチャーの顔も赤かった。
 あれが私の下着の色だともう完全にバレている。

「と、とにかく、色々と秘密厳守で進めていこうね」
「そうだな。手紙での連絡が見つかっても大丈夫なように暗号も決めておこうか」

 薄暗い廊下で時間を忘れて色々なことを話す。
 その全部が貴族にも平民にも言えないことばかり。でも、やりがいはあった。

 シュトが先生になる学校を作る計画。
 そのための秘密をたくさん共有していき、私とグレッチャーはその日、互いに唯一の共犯者になった。
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 下町の昼さがり。
 ランチタイムの激闘を終え、着替えを済ませた私は大通りへと足を運んだ。

 遠征によって見習いの子供たちがいなくなり、町の活気はどこか沈んで見える。
 色々とピースが欠けてしまっていても、町の人々の生活は続いていく。

「いけないいけない! 元気だしていかないと!」

 女将さんや常連のお客たちからも普段通りでいるように言われた。
 幼い子供たちの笑顔を守るため、大人が変わらないことで安心させるのだ。
 そう意気ごんで大通りの花屋の前を通ると、同僚のヒェンが店番をしていた。

「ロゼ、今日も孤児院にいくの?」
「あれだけ働いたのにもう別の店番だなんて、ヒェンは元気だよね」
「あはは! だってロゼは大人気だから私の倍は疲れるだろうしね。で、孤児院にいくのなら、いくつか花を見繕うから持ってってよ」

 売れ残りそうな傷みかけた花をもらって孤児院に何度か届けたことがある。
 孤児院のみんなも落ちこんでいるだろうし、少しでも彩りをお裾分けできるのはありがたい。

 ヒェンにお礼を言って立ち去ろうとすると、八百屋や肉屋の店主からも呼び止められてお土産をもらう。
 持ちきれないほどの元気のお裾分けに困っていたら、ロイゼルとすれ違った。

「ロゼ、半分持つから貸せよ」
「ありがとうロイゼル」

 孤児院までの道のりをロイゼルと二人で歩く。
 すると、ロイゼルがポツリと呟いた。

「なんで誰も兄ちゃんの話題しないんだよ......」

 肩をおとすロイゼル。
 私たちは両手がふさがっているから肩同士をぶつけてみた。

「な、なにすんだよ!」
「みんなの優しさが分からないの? ほら、こんなに重いのに!」

 ヒェンもそうだけど、みんなも私やロイゼルにシュトの話をしない。
 みんなが気をつかって明るい話題にしているし、世話を焼いてくれてもいる。
 けれど、まだ幼いロイゼルには分かりにくかったかも知れない。

「さ、シュトが帰ってくるまでにもっと勉強して驚かせてあげなきゃね! そう言われたんでしょ?」
「あぁ、俺、兄ちゃんが帰ってくるまでに色々と覚えて逆に教えてあげるんだ!」
「その意気だよ! 元気だしてこー!」

 ロイゼルに向けたようで自分自身に向けた言葉。
 シュトが帰ってきたら驚かせたい。嘘をついたことも謝らせてあげる。

(だからシュト、覚悟しててよね!)

 ほどなく孤児院へ到着し、孤児たちがいっせいに群がって荷物を奪っていく。
 みんなも思うところがあるのか、普段より元気にふるまっているように感じた。

 孤児たちの元気の良さに苦笑いを浮かべ、そして私なりの元気のお裾分けをしようと孤児院内のキッチンへ向かう。


 ◇◆◇◆◇


「ロゼー、お料理まだー?」
「凄く甘くていい匂い!」
「はいはい、おまたせー。みんなも手を洗ってきてね」

 みんなが大好きなマルールの花の蜜を魔法で熟成させ、ふんだんに使った。
 さっきもらった豚、鳥、鹿の肉も熟成させてそれぞれをカラメル化した蜜で、甘く香ばしく仕上げた。
 長テーブルの真ん中にドンと置いたら、用意ドンが始まる。

「おいしー!」
「豚がすっげーうまいぜ、豚!」
「こら! あなたたち! お祈りは?」

 シスターの叱責が飛ぶのもいつものことだ。
 いつもと違うのはここにシュトがいないということだけ。
 クーヘンが口周りを油だらけにしながら食べ終えた。

「おいしかったー。この鳥のパリパリ、シュトの好きな料理だよね!」
「皮がパリパリでうめーよな!」

 他の孤児たちもシュトの話題に飛びつく。大人たちと違って子供は遠慮がない。
 シュトは鶏肉をキャラメリゼしたローストチキンが好物だった。

 みんなにご馳走を作ろうと思ったら、自然と好物を選んでしまうことに積み重ねた日々を思う。
 話題もシュトのことばかりになっていった。

「あーあ、私もシュトやロゼと一緒に滝を見にいくの楽しみにしてたのにな」
「僕も楽しみだった! シュトが帰ってきたらいこーよ!」

 春にはグレッチャーもまじえてのピクニックを予定していたし、遠征がなければ今頃は滝をみた話題で持ちきりだったはずだ。
 賑やかになってきたところで来客を知らせるノッカーが鳴り、シスターが応対しにいった。

「あー、グレだー! 久しぶりー!」
「今、グレの話もしてたんだよ!」

 シスターがつれてきた来客はグレッチャーだった。
 以前の凛とした佇まいではなく、怯えた猫のようにも見える。
 私も席から立ちあがってグレッチャーへ駆け寄った。

「グレッチャー、心配したんだよ」
「ロゼ......」

 シュトの件を引きずっているのが丸わかりな反応をするグレッチャー。
 言葉数少なく見つめあっていると、隣で控えていたシスターが咳ばらいをした。

「ロゼ、グレッチャー。二人が揃ったら渡すように言われている物があります」

 誰からなんて聞かなくても分かる。
 黙ってシスターの後に続き、シスターの私室の前までやってきた。
 物をとりに中へ入ったシスターが、部屋から出てきて手紙を差しだしてくれる。

「シュトの字だ」

 私が教えたのだから見間違うはずがない。
 ペンを持つことも知らなかったシュトに、書き方を教えた日々が鮮明に蘇る。

 シスターが食堂へ戻ってしまったので、廊下には私とグレッチャーの二人きり。
 一つ頷きあい、廊下の壁を背もたれにして手紙をひらいた。


 ───────────────────
『──ロゼとグレッチャーへ。嘘をついてごめんな。ああでも言わないと二人が俺のために無茶をしそうだったから、本当のことを言えなかった。でも、俺は必ず帰るから、待っていて欲しい。そして帰ったならもう誰にも遠慮しない。全力でロゼを奪いにいく。あんなこと二度と言わせないから。けれど、もし帰れなかったら俺の家族を二人に頼みたい。P.S.夏の滝も涼しくて悪くないぜ。一緒にみような』
 ───────────────────


 私の名前が書いてあるけれど、これはグレッチャーに向けた宣戦布告に思えた。
 石橋の下で話したあの日。
 私と隠しごとをしない約束をしたからわざわざ二人宛てにしたのだろうか。

 それにグレッチャーが「貴族の婚約者にもロゼをシュトへ譲るように私から言う」とシュトへ言って、平手打ちをされた件も言及されている。貴族の婚約者でも退かない覚悟が文字からも伝わってきた。
 グレッチャーは拳の腹を何度も額に打ちつけだす。

「あの分からず屋。ロゼに愛の言葉の一つでも贈ればいいのに......」

 グレッチャーはグレッチャーで私とシュトの仲を応援しようとしてくれていたみたいだ。
 そのことに胸の奥が温かくなっていく。

「大丈夫! シュトが帰ってきたら直接言ってもらうから! それに言葉よりも欲しいものがあるし!」
「言葉より欲しいもの? それってなんだい?」
「そ、それは秘密!」

 石橋の下でのシュトとの濃密な時間を思いだしてしまい、顔から火を吹くような錯覚すら覚えた。顔だけじゃなく全身が熱くなってくる。

「ロゼが欲しい物なら私が用意しようか?」

 一緒に手紙を覗きこんでいたせいでグレッチャーの顔が近い。
 私は恥ずかしさのあまり、大きく一歩距離をとった。

「いらない! シュトじゃないと意味がないの!」
「......何にせよ、帰ってきたら好きな人の名前くらい正しいつづりで書けるよう教育しないとな」

 綴りを指摘され、改めて手紙を確認してみる。

「ロゼのつづりはあってるわ」

 言い終えてグレッチャーを見ると、額に手を押し当ててグレッチャーが笑いをこぼし始めた。

「ふふっ! それは間違っているよ。だってロゼは平民のロゼ・・・・・だろう。éをいれたら貴族になってしまうよ」
「あ......」

 大失態。平民になりきっていたつもりが、こんなところで間違っていたなんて。

「いいじゃないか。帰ってきたら間違いを直してあげたらいい」
「そうね。私の平民魂にかけても矯正しなきゃだし! それはそうとグレッチャーは貴族であることを私に隠さなくていいの?」
「その質問の時点で隠すことが無意味じゃないか」

 グレッチャーはこらえきれないようで大笑いをした。
 私にも笑いが移ってしまう。

「むふ、むふふふふ! あ、そうだ。シュトの学校の件を教えてよ」
「いいよ。教えよう。それにしても変な笑い方だな」
「良く言われる!」

 私は久しぶりに本気で笑うことができた。
 それから平民の学校計画について語りあっていく。

「シュトの要望も聞いて大枠は決めてある。平民の教師を教育するためにも貴族の講師を派遣したい。これにはクレールクラフティ卿がノリ気だった」

 師匠が関わっているとは思わなかったし、意外な共通点があったと感心した。

「それで下町以外でもロゼと連絡を取りあえると良いのだが、どこか良い所はないだろうか?」
「あ、ならロイヤルガーデンの南西側に橙のボックスウッド区画があって......」
「裏の外壁崩れから抜けて入る地下水路か? 私もそこを使って下町にきている」

 まさか同じルートを通っていたとは思わなかった。
 でも考えてみれば、門兵にバレないよう下町にくるにはあのルートしかない。

「しかし、あの地下水路はお化けがでるからロゼ一人では不安だな」
「え? お化けがでるの?」

 冗談かと思ってグレッチャーを見たら、意外に真剣な眼差しをしていた。

「あぁ、一度だけ見た。石壁がくずれた辺りで、薄いピンクのひらひらした感じのものがうごめいていたんだ」

 わずかに遅れて理解した。そのとたん、汗が吹きだしてくる。

「......ハッキリ見たの?」
「いや、薄暗くて良くは見えなかったが、背丈はちょうどロゼくらいで......」
「忘れて。お願いだから」

 私は恥ずかしさのあまり目をつむる。
 するとグレッチャーも勘づいたようで笑いをこぼした。

「いいよ。墓まで持ってく。シュトにも秘密にしてあげるから」

 薄く目をあけてみるとグレッチャーの顔も赤かった。
 あれが私の下着の色だともう完全にバレている。

「と、とにかく、色々と秘密厳守で進めていこうね」
「そうだな。手紙での連絡が見つかっても大丈夫なように暗号も決めておこうか」

 薄暗い廊下で時間を忘れて色々なことを話す。
 その全部が貴族にも平民にも言えないことばかり。でも、やりがいはあった。

 シュトが先生になる学校を作る計画。
 そのための秘密をたくさん共有していき、私とグレッチャーはその日、互いに唯一の共犯者になった。
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第八話 欺瞞に塗られた雅な生活
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第十話 笑顔の作り方
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