ホーム猫は砂漠を渡る? 〜私だけの幸せの魔法と居場所を求め、叶うはずもない夢を追い、今日も笑顔で嘘をつく〜第五話 私だけの魔法
← 前の話目次次の話 →

第五話 私だけの魔法

 働き者たちのむせ返る体臭と、焼き料理各種や酒の香り。
 スイングドアのこちら側には、今日も賑やかな声が飛びかう。

「ロゼちゃん隙あり!」
「ひゃん!」

 お尻を触ってきた常連客を軽く睨む。
 ランチタイムは戦場だ。いちいち文句を言っている余裕はない。

「女将さん! オーダー、ザワークラウト3つ!」
「あいよ。後であいつらは私の方で絞めとくよ。給金も上乗せするからね」
「あ、お金よりも煮込み料理を教えてください!」

 タダと思うと嫌で悔しいけれど、女将さんのレシピと交換ならお釣りがくる。
 苦笑いの女将さんは「今度教えるよ」と返してくれた。
 その後の激闘も新しい料理を覚えられるという高揚感でどうにか乗り切る。

「あぁ~、疲れた~」
「お疲れさんロゼ。帰りは孤児院に寄るんだろ? この差し入れも持ってきな」

 女将さんから預かった麻袋の中を覗きこむと、キャベツにじゃがいも、卵や小麦まで詰められていた。

「女将さん、こんなにいいの?」
「何言ってんだい。ロゼのお陰で売りあげはあがっているからそのお礼だよ。それに材料の方がロゼは嬉しいだろう? 子供たちにたくさん食べさせてやんな」
「うん!」

 思わぬプレゼントに疲れも吹っ飛んだ。
 これだけあれば色々と作れる。皆の笑顔が思い浮かび、自然と笑顔が零れた。

 お礼を告げ、弾む足どりで店をでる。
 下町用の冬服とマフラーを強く体に巻きつけて温もりを確保し、雪道を進んでいると背後から碧く澄んだ声で呼ばれた。

「ロゼ? ロゼだろう?」
「......グレッチャー? 久しぶりだね!」

 数か月ぶりに再会したけれど、彼の服装は当時のままで見ているこっちが寒くなる。
 私は自分のマフラーを半分解いて彼に巻きつけてあげた。

「ロ、ロゼ!?」
「そんなに長くないから、もうちょっとこっちに体を寄せてよね。歩きにくいけど我慢して」

 顔を耳まで真っ赤にしたグレッチャーは、さしずめ人間カイロだ。温かい。

「孤児院にいくんでしょ? その前にちょっと寄り道してもいい?」
「私は構わないが、これで歩くのは君のフィアンセにバレたら困らないのか?」
「バレなきゃいいんだし、バレても笑って誤魔化すわ」

 話していたらあっという間に中古アンティーク屋についた。

「ここだよ」

 マフラーを解き、先行してグレッチャーを手招きする。
 古びた扉を開けるとドアチャイムがカランカランと鳴った。

「お待たせー。時計じいー、皆はきてる?」

 懐中時計を修理していた白髪の男性が、老眼鏡を外して眉間を揉んだ。

「あー、来とるぞ。それからロゼ。儂の店を待ちあわせ場所にするでない」
「はーい」

 生返事だけしておく。
 暖炉があって、買い物をしないのに店から追いだされないのはこの店だけ。
 だから下町の子供たちの待ちあわせ場所になっていた。

 年代物の椅子が置いてあるコーナーに二人を見つけて手をふる。

「ロイゼル、クーヘン。待った?」
「クーヘンは待ちくたびれて寝ちゃったよ」

 椅子の背もたれに抱きついてスヤスヤと眠るクーヘン。
 私は起こさないように彼女の頭をそっと撫でた。
 ロイゼルが立ちのぼり、グレッチャーに駆け寄って彼の手を引く。

「グレッチャーがクーヘンをおぶってくれよ」
「......君は私に女性と体を密着させろというのかい?」
「なんだよ。俺かロゼにおぶれっていうのか?」

 まだ幼いロイゼルでは普段はともかく雪道の今日は厳しいだろう。
 働いてヘロヘロになっている私もキツいけど、クーヘンのためなら頑張れる。
 意を決して私がクーヘンを背負おうとしたら、背後から叱る声が飛んだ。

「ハンッ! お前さんそれでも男か? 女に力仕事をさせんじゃないわい!」

 私もロイゼルもグレッチャーを見る。

「......老店主、私に言っているのか?」
「そうじゃ、お前さんじゃよ。それから店主なんぞ気取った呼び名は好かん。儂のことは時計じいで良いわ。皆もそう呼んでおるからの」

 ムスッとした時計じいが言い放って照れくさそうにそっぽを向く様子に、私も「店のご主人」と呼んで叱られたことを思いだした。
 グレッチャーが背負う流れになったけれど、彼は背負うのも初めてで、私とロイゼルで四苦八苦しながら背負わせて店をでた。

「クーヘンを落とさないようにしっかり抱えてね」
「あぁ、分かっている」

 雪道を郊外に向かって進み、大工仕事の手伝いをしていたシュトと合流。

「シュトー! 帰ろ!」
「兄ちゃん! 今日はロゼがご馳走してくれるみたいだし、孤児院へ寄ろうぜ!」

 大工の親方たちからもシュトへ声がかけられていく。

「シュトは働き過ぎだ。もうあがっていいぞ」
「ロゼちゃん、コイツつれ帰っちゃって。あ、それからお弁当美味しかったよ! ありがとさん!」

 シュトは、病気がちな母とまだ幼いロイゼルのために働き過ぎるきらいがある。
 私より一つ年下なのに立派に家族を支えているのだ。尊敬の念しかない。

 それでもシュトは「見習いだから成人してもっと働けるようになりたい」と、いつも語っていた。
 シュトが作業を切りあげている間、意外そうな表情をしているグレッチャー。

「シュトは未成年だろう? なぜ働いている?」
「下町じゃ12の頃から下積みとして見習い仕事をするのが普通だよ」
「それにロゼは料理ができるのか?」

 おかしいな。
 私に向けている驚きの表情の方が強い。

 以前、料理ができる話をしたのに、ホラ話だとでも思われていたのだろうか。
 笑顔のロイゼルが大袈裟に手を広げる。

「すっげーうまいぜ! ロゼの料理は世界一だから!」

 親方たちも便乗して快活に笑いだした。

「あぁ、そうだぜ! ロゼちゃんの料理は最高だし、普通は捨てるような部位も美味しくしあげてくれるんだから凄いぜ! まるで魔法だよ!」
「ちげーねー! 俺もお貴族様の魔法なんざ見たことねーから信じないけどよぉ、ロゼちゃんの料理が魔法って言うんなら信じるぜ!」

 皆の言葉が誇らしく思え、寒い雪の日なのに私は体中がポカポカとしていた。

「お待たせ、ロゼ。帰ろう」

 シュトもまじえて孤児院のある丘の方へ。
 緩やかな坂道の脇には水車レーンと呼ばれる川があり、無数の水車が立ち並ぶ。

「以前にも思ったが川の上流には何があるのだ?」

 隣を歩くグレッチャーが疑問を口にすると、ロイゼルが即座に手をふった。

「なんもねーよ。なんも」
「いや、どの山から流れているのかという意味だが......」
「辿ると滝があるよ。グレッチャーがまだ見たことないのなら、今度ロゼと一緒に見てきたらどうだい?」

 シュトが補足してくれて、グレッチャーは目を輝かせた。

「滝か! 文献でしか知らないので一度見てみたいものだ」

 実は私も興味がある。
 でも、平民の感覚ならロイゼルの言うように何もないのかも知れない。

 日々が忙しいと気づかない光景。
 自由のない私にとって、平民の見る景色はすべてが新鮮だったと思う。
 まだ見ぬ滝に思いを馳せていたら孤児院へ到着した。

「ロゼ、いらっしゃい」
「ロゼだーー!」
「あー、グレもいるーー!」

 シスターや子供たちが明るく迎え入れてくれる。
 グレッチャーはあだ名をつけられるほどに子供たちと親しくなっていたようだ。
 賑やかさにつられクーヘンも目を覚ましたし、私も気合いをいれていく。

「今日は材料が沢山あるから、お腹いっぱいになるご馳走を作るよ!」

 シスターと二人でキッチンにこもり、熟成の魔法も使いながら料理をする。
 食堂から「まだかな?」と催促するような声が聞こえ、思わず顔が綻んだ。

「おまたせ! キャベツで嵩増ししたポテトパンケーキだよ!」

 長テーブルにドンと大皿を置くと、子供たちはすぐさま殺到した。

「いい匂い!」
「僕、そっちのジャム多めがいいー」
「うめー!」
「こら! お祈りが先でしょう!」

 これにはシスターも大変お怒りの様子だった。
 けれど、クーヘンやシュト、ロイゼルも皆が笑顔で幸せがこみあげてくる。
 グレッチャーは子供たちの勢いに圧倒され、ジャムを手にして固まっていた。

「このドス黒いジャムはなんだ?」
「いいから食べてみてよ」

 私が強く勧めると、グレッチャーはジャムを塗って恐る恐る口へと運ぶ。

「......甘くて美味しい。今まで食べたどんな料理よりも」
「でしょ? マルールの花の蜜を使ったジャムなんだけど絶品なんだよ!」
「マルールの花!? 毒ではないか!」

 グレッチャーが立ちあがって顔を真っ青にすると、子供たちは大爆笑。

「初めてロゼが食べたときと一緒だー!」
「毒なんてある訳ないじゃん!」

 困惑顔で周囲を見回すグレッチャー。彼が貴族であることを私は確信した。
 シュトも気づいたようで私に向けて小さく頷く。

 以前、疑念を持ったシュトから問い詰められたとき、私が貴族だと彼だけに打ち明けているので、シュトも知る事実がある。

 別名、不幸の花とも呼ばれるマルールの花だが、貴族は毒があると教育を受ける。
 かつては甘味としていたが、傷んだものを口にした当時の王族が毒と定めてすべての書物に記載した過去。

 師匠から教えてもらうまで私も知らなかった。
 だから貴族以外、即座に毒と断定するのはあり得ない。
 シュトがグレッチャーの元へ歩み寄り、小さな声をだす。

「グレッチャー、少し二人で話さないか?」
「......いいだろう」

 二人は食堂を出て礼拝堂の方へ向かった。
 私も慌てて追いかけようとしたら、クーヘンや子供たちに袖を掴まれる。

「ロゼ! これとこれとこれ、美味しい!」
「全部じゃん! あ、ロゼ! 作り方教えてよ!」

 こんなときに限ってモテモテで困った。

「う、うん。また今度ね。それで私はちょっと用事があるの」
「用事ってなーに?」
「おトイレ!」

 皆には爆笑されてしまった。
 恥ずかしさよりも二人の会話が今は気になる。

 笑い声の中を抜け、礼拝堂の扉の手前まで辿りつく。
 ひんやりとした取っ手に手を触れたとき、中から二人の会話が聞こえてきて、そのまま耳を澄ませる。

「だから違うと言っているだろう!」
「なら、それでもいいや。俺の夢を聞いてくれないか?」
「夢?」
「俺は......貴族と平民の間に溝がある今を何とかしたい。手を取りあう未来がくればもっと豊かで幸せな国になると思うんだ」

 私も聞いたシュトの夢。
 全力で応援しているけど、現実はとても厳しい。
 貴族の見栄や平民の偏見はかなり頑なだと思うから。

 会話が途切れたので扉をわずかに開ける。
 薄暗い礼拝堂の天井を仰ぐグレッチャーの姿が印象的に映った。

「詳しく聞かせろ」
「......グレッチャーは笑わずに賛同してくれるのか?」
「笑う理由はどこにもないからな」

 凍るような礼拝堂に二人の熱い談義が響き続けた。
シェア
← 前の話
第四話 豪華で冷たい暖炉
次の話 →
第六話 対岸へ続く道
猫は砂漠を渡る? 〜私だけの幸せの魔法と居場所を求め、叶うはずもない夢を追い、今日も笑顔で嘘をつく〜作者:元毛玉(もとけだま)
目次を見る
✍️
まだ感想がありません
あなたの一言が、作者の次の一話につながります。
最初の感想を書いてみませんか?
コメント0
ログインしてコメントする
まだコメントがありません
ホーム猫は砂漠を渡る? 〜私だけの幸せの魔法と居場所を求め、叶うはずもない夢を追い、今日も笑顔で嘘をつく〜第五話 私だけの魔法
← 前の話目次次の話 →

第五話 私だけの魔法

 働き者たちのむせ返る体臭と、焼き料理各種や酒の香り。
 スイングドアのこちら側には、今日も賑やかな声が飛びかう。

「ロゼちゃん隙あり!」
「ひゃん!」

 お尻を触ってきた常連客を軽く睨む。
 ランチタイムは戦場だ。いちいち文句を言っている余裕はない。

「女将さん! オーダー、ザワークラウト3つ!」
「あいよ。後であいつらは私の方で絞めとくよ。給金も上乗せするからね」
「あ、お金よりも煮込み料理を教えてください!」

 タダと思うと嫌で悔しいけれど、女将さんのレシピと交換ならお釣りがくる。
 苦笑いの女将さんは「今度教えるよ」と返してくれた。
 その後の激闘も新しい料理を覚えられるという高揚感でどうにか乗り切る。

「あぁ~、疲れた~」
「お疲れさんロゼ。帰りは孤児院に寄るんだろ? この差し入れも持ってきな」

 女将さんから預かった麻袋の中を覗きこむと、キャベツにじゃがいも、卵や小麦まで詰められていた。

「女将さん、こんなにいいの?」
「何言ってんだい。ロゼのお陰で売りあげはあがっているからそのお礼だよ。それに材料の方がロゼは嬉しいだろう? 子供たちにたくさん食べさせてやんな」
「うん!」

 思わぬプレゼントに疲れも吹っ飛んだ。
 これだけあれば色々と作れる。皆の笑顔が思い浮かび、自然と笑顔が零れた。

 お礼を告げ、弾む足どりで店をでる。
 下町用の冬服とマフラーを強く体に巻きつけて温もりを確保し、雪道を進んでいると背後から碧く澄んだ声で呼ばれた。

「ロゼ? ロゼだろう?」
「......グレッチャー? 久しぶりだね!」

 数か月ぶりに再会したけれど、彼の服装は当時のままで見ているこっちが寒くなる。
 私は自分のマフラーを半分解いて彼に巻きつけてあげた。

「ロ、ロゼ!?」
「そんなに長くないから、もうちょっとこっちに体を寄せてよね。歩きにくいけど我慢して」

 顔を耳まで真っ赤にしたグレッチャーは、さしずめ人間カイロだ。温かい。

「孤児院にいくんでしょ? その前にちょっと寄り道してもいい?」
「私は構わないが、これで歩くのは君のフィアンセにバレたら困らないのか?」
「バレなきゃいいんだし、バレても笑って誤魔化すわ」

 話していたらあっという間に中古アンティーク屋についた。

「ここだよ」

 マフラーを解き、先行してグレッチャーを手招きする。
 古びた扉を開けるとドアチャイムがカランカランと鳴った。

「お待たせー。時計じいー、皆はきてる?」

 懐中時計を修理していた白髪の男性が、老眼鏡を外して眉間を揉んだ。

「あー、来とるぞ。それからロゼ。儂の店を待ちあわせ場所にするでない」
「はーい」

 生返事だけしておく。
 暖炉があって、買い物をしないのに店から追いだされないのはこの店だけ。
 だから下町の子供たちの待ちあわせ場所になっていた。

 年代物の椅子が置いてあるコーナーに二人を見つけて手をふる。

「ロイゼル、クーヘン。待った?」
「クーヘンは待ちくたびれて寝ちゃったよ」

 椅子の背もたれに抱きついてスヤスヤと眠るクーヘン。
 私は起こさないように彼女の頭をそっと撫でた。
 ロイゼルが立ちのぼり、グレッチャーに駆け寄って彼の手を引く。

「グレッチャーがクーヘンをおぶってくれよ」
「......君は私に女性と体を密着させろというのかい?」
「なんだよ。俺かロゼにおぶれっていうのか?」

 まだ幼いロイゼルでは普段はともかく雪道の今日は厳しいだろう。
 働いてヘロヘロになっている私もキツいけど、クーヘンのためなら頑張れる。
 意を決して私がクーヘンを背負おうとしたら、背後から叱る声が飛んだ。

「ハンッ! お前さんそれでも男か? 女に力仕事をさせんじゃないわい!」

 私もロイゼルもグレッチャーを見る。

「......老店主、私に言っているのか?」
「そうじゃ、お前さんじゃよ。それから店主なんぞ気取った呼び名は好かん。儂のことは時計じいで良いわ。皆もそう呼んでおるからの」

 ムスッとした時計じいが言い放って照れくさそうにそっぽを向く様子に、私も「店のご主人」と呼んで叱られたことを思いだした。
 グレッチャーが背負う流れになったけれど、彼は背負うのも初めてで、私とロイゼルで四苦八苦しながら背負わせて店をでた。

「クーヘンを落とさないようにしっかり抱えてね」
「あぁ、分かっている」

 雪道を郊外に向かって進み、大工仕事の手伝いをしていたシュトと合流。

「シュトー! 帰ろ!」
「兄ちゃん! 今日はロゼがご馳走してくれるみたいだし、孤児院へ寄ろうぜ!」

 大工の親方たちからもシュトへ声がかけられていく。

「シュトは働き過ぎだ。もうあがっていいぞ」
「ロゼちゃん、コイツつれ帰っちゃって。あ、それからお弁当美味しかったよ! ありがとさん!」

 シュトは、病気がちな母とまだ幼いロイゼルのために働き過ぎるきらいがある。
 私より一つ年下なのに立派に家族を支えているのだ。尊敬の念しかない。

 それでもシュトは「見習いだから成人してもっと働けるようになりたい」と、いつも語っていた。
 シュトが作業を切りあげている間、意外そうな表情をしているグレッチャー。

「シュトは未成年だろう? なぜ働いている?」
「下町じゃ12の頃から下積みとして見習い仕事をするのが普通だよ」
「それにロゼは料理ができるのか?」

 おかしいな。
 私に向けている驚きの表情の方が強い。

 以前、料理ができる話をしたのに、ホラ話だとでも思われていたのだろうか。
 笑顔のロイゼルが大袈裟に手を広げる。

「すっげーうまいぜ! ロゼの料理は世界一だから!」

 親方たちも便乗して快活に笑いだした。

「あぁ、そうだぜ! ロゼちゃんの料理は最高だし、普通は捨てるような部位も美味しくしあげてくれるんだから凄いぜ! まるで魔法だよ!」
「ちげーねー! 俺もお貴族様の魔法なんざ見たことねーから信じないけどよぉ、ロゼちゃんの料理が魔法って言うんなら信じるぜ!」

 皆の言葉が誇らしく思え、寒い雪の日なのに私は体中がポカポカとしていた。

「お待たせ、ロゼ。帰ろう」

 シュトもまじえて孤児院のある丘の方へ。
 緩やかな坂道の脇には水車レーンと呼ばれる川があり、無数の水車が立ち並ぶ。

「以前にも思ったが川の上流には何があるのだ?」

 隣を歩くグレッチャーが疑問を口にすると、ロイゼルが即座に手をふった。

「なんもねーよ。なんも」
「いや、どの山から流れているのかという意味だが......」
「辿ると滝があるよ。グレッチャーがまだ見たことないのなら、今度ロゼと一緒に見てきたらどうだい?」

 シュトが補足してくれて、グレッチャーは目を輝かせた。

「滝か! 文献でしか知らないので一度見てみたいものだ」

 実は私も興味がある。
 でも、平民の感覚ならロイゼルの言うように何もないのかも知れない。

 日々が忙しいと気づかない光景。
 自由のない私にとって、平民の見る景色はすべてが新鮮だったと思う。
 まだ見ぬ滝に思いを馳せていたら孤児院へ到着した。

「ロゼ、いらっしゃい」
「ロゼだーー!」
「あー、グレもいるーー!」

 シスターや子供たちが明るく迎え入れてくれる。
 グレッチャーはあだ名をつけられるほどに子供たちと親しくなっていたようだ。
 賑やかさにつられクーヘンも目を覚ましたし、私も気合いをいれていく。

「今日は材料が沢山あるから、お腹いっぱいになるご馳走を作るよ!」

 シスターと二人でキッチンにこもり、熟成の魔法も使いながら料理をする。
 食堂から「まだかな?」と催促するような声が聞こえ、思わず顔が綻んだ。

「おまたせ! キャベツで嵩増ししたポテトパンケーキだよ!」

 長テーブルにドンと大皿を置くと、子供たちはすぐさま殺到した。

「いい匂い!」
「僕、そっちのジャム多めがいいー」
「うめー!」
「こら! お祈りが先でしょう!」

 これにはシスターも大変お怒りの様子だった。
 けれど、クーヘンやシュト、ロイゼルも皆が笑顔で幸せがこみあげてくる。
 グレッチャーは子供たちの勢いに圧倒され、ジャムを手にして固まっていた。

「このドス黒いジャムはなんだ?」
「いいから食べてみてよ」

 私が強く勧めると、グレッチャーはジャムを塗って恐る恐る口へと運ぶ。

「......甘くて美味しい。今まで食べたどんな料理よりも」
「でしょ? マルールの花の蜜を使ったジャムなんだけど絶品なんだよ!」
「マルールの花!? 毒ではないか!」

 グレッチャーが立ちあがって顔を真っ青にすると、子供たちは大爆笑。

「初めてロゼが食べたときと一緒だー!」
「毒なんてある訳ないじゃん!」

 困惑顔で周囲を見回すグレッチャー。彼が貴族であることを私は確信した。
 シュトも気づいたようで私に向けて小さく頷く。

 以前、疑念を持ったシュトから問い詰められたとき、私が貴族だと彼だけに打ち明けているので、シュトも知る事実がある。

 別名、不幸の花とも呼ばれるマルールの花だが、貴族は毒があると教育を受ける。
 かつては甘味としていたが、傷んだものを口にした当時の王族が毒と定めてすべての書物に記載した過去。

 師匠から教えてもらうまで私も知らなかった。
 だから貴族以外、即座に毒と断定するのはあり得ない。
 シュトがグレッチャーの元へ歩み寄り、小さな声をだす。

「グレッチャー、少し二人で話さないか?」
「......いいだろう」

 二人は食堂を出て礼拝堂の方へ向かった。
 私も慌てて追いかけようとしたら、クーヘンや子供たちに袖を掴まれる。

「ロゼ! これとこれとこれ、美味しい!」
「全部じゃん! あ、ロゼ! 作り方教えてよ!」

 こんなときに限ってモテモテで困った。

「う、うん。また今度ね。それで私はちょっと用事があるの」
「用事ってなーに?」
「おトイレ!」

 皆には爆笑されてしまった。
 恥ずかしさよりも二人の会話が今は気になる。

 笑い声の中を抜け、礼拝堂の扉の手前まで辿りつく。
 ひんやりとした取っ手に手を触れたとき、中から二人の会話が聞こえてきて、そのまま耳を澄ませる。

「だから違うと言っているだろう!」
「なら、それでもいいや。俺の夢を聞いてくれないか?」
「夢?」
「俺は......貴族と平民の間に溝がある今を何とかしたい。手を取りあう未来がくればもっと豊かで幸せな国になると思うんだ」

 私も聞いたシュトの夢。
 全力で応援しているけど、現実はとても厳しい。
 貴族の見栄や平民の偏見はかなり頑なだと思うから。

 会話が途切れたので扉をわずかに開ける。
 薄暗い礼拝堂の天井を仰ぐグレッチャーの姿が印象的に映った。

「詳しく聞かせろ」
「......グレッチャーは笑わずに賛同してくれるのか?」
「笑う理由はどこにもないからな」

 凍るような礼拝堂に二人の熱い談義が響き続けた。
シェア
← 前の話
第四話 豪華で冷たい暖炉
次の話 →
第六話 対岸へ続く道
猫は砂漠を渡る? 〜私だけの幸せの魔法と居場所を求め、叶うはずもない夢を追い、今日も笑顔で嘘をつく〜作者:元毛玉(もとけだま)
目次
✍️
まだ感想がありません
あなたの一言が、作者の次の一話につながります。
最初の感想を書いてみませんか?
コメント0
ログインしてコメントする
まだコメントがありません