ホーム猫は砂漠を渡る? 〜私だけの幸せの魔法と居場所を求め、叶うはずもない夢を追い、今日も笑顔で嘘をつく〜第二十二話 取り戻せた幸せ
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第二十二話 取り戻せた幸せ

 孤児院の朝は早い。
 今日も干された布団からの微妙な匂いを風が運んでくる。

「ぼ、僕じゃないし」
「私も違うから!」
「なら、ロゼなんじゃねーの? このおねしょ」

 幼い子は複数で雑魚寝をするから、おねしょの責任を押しつけあっているが、パンツから犯人は明白だ。でも、本人の名誉のためにも黙っておくべきだろう。

「はいはい。私がしたことにしてもいいから川にいって水汲みをお願いね。あ、そうそう、上流では洗濯物をしないように!」

 一人不安そうに黙っていた女の子の顔が少し明るくなったから、私もウインクだけしておく。
 すると、その子と特に仲の良いクーヘンが孤児院を訪ねてきたようで、正面口の方から大声で私を呼んでいる。

「ロゼー! ロゼのこと探しているお客さんがいたからクーヘンが案内したよー!」
「こっちに通しちゃってー!」

 誰だろうか。
 私が洗濯物を干す手を止めずにいると、二人分の足音が近づいてきた。

「レザンヌ、良かった元気そうで」

 訪問者は師匠のクレールクラフティ魔法師団団長。
 私は驚き過ぎて固まった。
 クーヘンが隣の師匠を見上げ、袖を引く。

「レザンヌ違うよ? ロゼはロゼだよ」

 私はクーヘンの言葉に胸が温かくなるのを感じた。

「......師匠、お久しぶりです。今の私はロゼですよ」
「なら私のことも師匠や家名ではなく名前で読んで欲しいな」

 最後の洗濯物を干し終えて、脇に籠を抱えた私は師匠へ向き直る。

「ジーヴル......師匠!」

 火照った顔を思わず隠すと、籠は勢いよく地面に転がった。
 指の隙間からチラリと師匠を盗み見ると、師匠も照れくさそうにする。

「そこまで照れられるとこっちが恥ずかしくなるから師匠でいいよ」

 譲歩を引きだせて安堵しつつ、籠を拾ってカーテシーを披露した。
 そして朝食をおもてなしする話の流れになり、孤児院の食堂へ案内する。

「この寄せ書きの旗は凄いな。ここの孤児たちは全員文字が書けるのかい?」
「はい。あと、それは旗ではなく、本ですよ?」
「本? 変なことを言うね。でも中央の文字は希望に溢れていて良いな」

 グレッチャーの書いた文字を褒められ、私は自分のことのように嬉しくなった。

「ここでお待ちください。料理は期待しててくださいね!」

 私が料理を作る間に続々と子供たちが食堂へ集まってくる。水汲み部隊、薪割り部隊、農作業部隊が揃い、賑やかな声たちはキッチンまで届く。

「ジーヴル、お前すっげーーー!」
「凄い凄い! 綺麗~! まるで魔法みたい!」
「ハハ、魔法だからね」

 恐らく、水、氷、風、火、光の初級魔法で組みあわせた手品を披露しているのだろう。私も初対面の頃に見せてもらい目を輝かせていたことを思いだす。
 出来上がった料理を大きな木製トレイにのせ、シスターと二人して食堂へ運ぶ。

「料理ができたよ!」
「レバーケーゼだぁ!」
「こらっ! お祈りが先です!」

 レバーケーゼをロールパンに挟んだ料理は、シスターの叱責でも止まらず一瞬で皆の手に収まっていく。
 師匠は手掴みの様子に面食らいつつ皆に倣って手にとると、しげしげと料理を見つめていた。

「これは? 中の得体の知れないものはレバーかい?」
「いいえ。格安で譲ってもらったくず肉をミンチ状にしたのを焼いたんです。それをロールパンで挟んだ物ですよ。こう、手で持ってかぶりつくんです」

 私が率先して手本を示すと、意を決したように師匠も齧りついた。

「美味しい。本当に魔法は使っていないのかい?」
「ええ。熟成は様々な工夫と日々の積み重ねで再現しましたよ。凄いでしょ!」

 私がドンと胸を叩くと、師匠は慈しむような笑みを零す。

「レザンヌは......いや、ロゼは凄いね」

 嬉しい。ロゼとして褒められたことで本当の私が肯定された気分になった。
 ちょうど最後のパンがなくなり、子供たちは話題に便乗して騒ぎ始める。

「えー、ジーヴルの方がすげーよ」
「うん。魔法、凄く綺麗だった!」
「ねぇねぇ、ロゼはもう魔法を使えないの?」

 子供は本当に遠慮と容赦がない。
 私も師匠も苦笑いだ。けれども私は胸を張る。

「料理は努力で美味しくなるのよ!」
「でも、キラキラは?」

 ゲスト枠でパン一個だからか、大切そうに頬張っているクーヘンからの問い。
 以前だったら返答に詰まっていただろう。
 私は後片付けをしながら返す。

「動く水は水車で見れるし、いつだって火は起こせる。風なんて毎日吹いているよ。それにお花の方が綺麗でしょ?」
「バカだなーロゼは、そんなのどこにだってあるだろ?」
「えー、普通ー」

 長テーブルを木目に沿ってしっかり拭き、私はフフンと鼻を鳴らした。

「そうよ。どこにでもあるすべての物が綺麗なの。魔法がなくたって世界は美しいの!」

 どこまでも広がる空。
 季節ごとに表情を変える雲たち。
 川を流れる水は太陽を反射してキラキラと輝いているし、風に身を預ければ気分はいつだって旅人だ。
 シュトに教えてもらい、グレッチャーと一緒に守ったこの世界こそが私の宝物。

「えー、変ー」

 子供たちは文句タラタラ。その中で師匠だけはとても柔らかい表情をしていた。

「レザンヌ、本当に大人になったね。強がりでもなさそうだ」
「落ちこむ暇があったら働くわ。さ、皆も今日の掃除に向かって」

 子供たちは一斉に食堂を飛びだしていく。
 見送った後に師匠の方を向くと、柔和な笑みから真剣な眼差しへ変わっていた。

レザンヌ・・・・に朗報がある。そのために私は来た」
「なんのこと?」

 わざわざ貴族の名を強調したことに訝しんでいると、師匠が一つのペンダントを取りだす。

神霊の代価ペンダントを使ったと聞いたけど、私なら治せる。再び魔力を取り戻すことは可能だ」
「え!?」

 師匠の話では、無理やり魔力を限界まで引きだすから魔力回路が傷ついてしまい、使えなくなるらしい。
 元々魔力がない平民と違い、適切な魔力回路になるように治していけば、徐々に魔力を取り戻せるとのこと。

「修復するには七大属性全ての祝福持ちの施術のみ。即ち、現在の王国では私にしかできない。治療を受けてくれるよね?」

 シスターにお願いして一室を借り、すぐに受けることにした。
 ベッドにうつ伏せになると、師匠が私の背中に魔法薬を塗りこんでいく。

 たしかに久しく感じていなかった魔力の感覚が少しあった。
 師匠は魔法を行使しながら安堵の声をもらす。

「良かった。施術を断られたらどうしようかとも思っていたんだ」
「どうして? 治してもらえるのに私に断る理由はないわ」

 うつ伏せだから師匠の顔を良く見えないけど、声には戸惑いが感じられる。

「魔力無しでも幸せそうにしていたし、何より背中とは言え素肌に触れて治療しなければならないのだから、もっと恥ずかしがって抵抗するかと思っていたよ」

 下町ではスキンシップは日常茶飯事なのだ。この程度で恥ずかしいとは言っていられないし、常連のお客にお尻を触られてきたからか、背中くらいなら平気かと思ってしまった私もいる。

「私、恥ずかしいです」
「棒読みの演技はやめてよね。それより、どうして私に相談しなかったのかい?」

 するべきとは思ったけれど、魔法の師弟関係だったから言いだせなかった。

「師匠に嫌われるかと思って......ひゃん!」

 背中に魔法で作った氷を当てられた。冷たすぎて思わず変な声を出してしまう。

「余計な気を回さない。それよりも注意して。良くない噂があるから」
「噂?」

 一部の貴族が隣国と結託し、レジスタンスを煽って暴動を起こさせようとしていると師匠は語る。南は政権交代の真っ只中のようで、他国からの介入を避けるために内政の悪化をしかけているそうだ。

「そこで、平民に落ちたばかりの君がレジスタンスの首謀者になるストーリーの出来上がりさ」

 実態がどうかは関係ないらしく、話の信憑性が高ければ何だって良いとのこと。
 施術は終わったようで、師匠は片づけを始めている。

「死人に口なしを狙われる可能性もある。だから決して一人にならないように」
「下町はどこでも人が多いから大丈夫ですよ。心配性ですね~師匠は」

 私は師匠の懸念をあっけらかんと笑い飛ばした。


 ◇◆◇◆◇


 季節は変わり、暖炉の火が恋しくなる頃。
 私の魔力は少しずつ戻ってきている。
 それどころか失う前よりも強くなっているかも知れない。

 今日は私の誕生日。
 仕事は休みをとって皆で滝を見に行くことになっていた。

 川を上流へ向かって大分歩いたので、自然が深まって野鳥もチラホラと見える。
 でも、直前になってなぜか子供たちは用事があると言いだしたのだ。

「ねぇ、皆は滝のところまでいかないの?」
「僕たちはここまでだよー」
「ジーヴルに頼まれたのを採取しないとだから」
「ロゼも楽しんで来てね!」

 昨日のヒェンもニヤけた顔をしていたし、皆で何か企んでいるのかも知れない。

「怪我をしないように気をつけてね!」

 何かしらのサプライズがあるのだろう。
 大袈裟に喜んであげないと子供たちはガッカリするかも知れない。
 私の演技力の魅せどころだし、久々に驚嘆の仮面をかぶることにする。
 そうして森を一人で進むと、仮面なんか必要なかった光景が目の前には広がっていった。

「......凄い。本当に綺麗」

 細くて長い滝は、見上げる程の高さから虹を描いている。滝壺には飛沫が綿雲のような霧を作り、アイスブルー色の水面を波打たせていた。
 幻想的な光景には全身の細胞たちが驚きの声をあげ続ける。

 大自然が奏でる音が、空気が、そのすべてが美しく澄んでいる。
 まるでグレッチャーと一緒にいるときのような心地よさ。

「ロゼ」

 五感全てで大自然を堪能していたら、碧く澄んだ声が割りこんだ。
 今までの驚きとは比較にならないほどの衝撃を受け、私の心臓は早鐘を鳴らす。
 ふり返ると、会いたくて焦がれ続けたグレッチャーの姿があった。

「ロゼ、会いたかった」
「グレッチャー!!」

 もう会えないと思っていた。その彼が目の前にいる。
 衝動的に駆け寄って私はグレッチャーに抱きついた。

「ロゼは今日成人じゃないのか? こんな子供みたいに......」
「いいじゃない! 他に誰も見てないんだから!」

 照れるグレッチャーを逃がさないように抱きしめ、頬擦りまでしてしまう。

「ロ、ロゼ!?」
「お願い。もうちょっとだけこのままでいて」
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 孤児院の朝は早い。
 今日も干された布団からの微妙な匂いを風が運んでくる。

「ぼ、僕じゃないし」
「私も違うから!」
「なら、ロゼなんじゃねーの? このおねしょ」

 幼い子は複数で雑魚寝をするから、おねしょの責任を押しつけあっているが、パンツから犯人は明白だ。でも、本人の名誉のためにも黙っておくべきだろう。

「はいはい。私がしたことにしてもいいから川にいって水汲みをお願いね。あ、そうそう、上流では洗濯物をしないように!」

 一人不安そうに黙っていた女の子の顔が少し明るくなったから、私もウインクだけしておく。
 すると、その子と特に仲の良いクーヘンが孤児院を訪ねてきたようで、正面口の方から大声で私を呼んでいる。

「ロゼー! ロゼのこと探しているお客さんがいたからクーヘンが案内したよー!」
「こっちに通しちゃってー!」

 誰だろうか。
 私が洗濯物を干す手を止めずにいると、二人分の足音が近づいてきた。

「レザンヌ、良かった元気そうで」

 訪問者は師匠のクレールクラフティ魔法師団団長。
 私は驚き過ぎて固まった。
 クーヘンが隣の師匠を見上げ、袖を引く。

「レザンヌ違うよ? ロゼはロゼだよ」

 私はクーヘンの言葉に胸が温かくなるのを感じた。

「......師匠、お久しぶりです。今の私はロゼですよ」
「なら私のことも師匠や家名ではなく名前で読んで欲しいな」

 最後の洗濯物を干し終えて、脇に籠を抱えた私は師匠へ向き直る。

「ジーヴル......師匠!」

 火照った顔を思わず隠すと、籠は勢いよく地面に転がった。
 指の隙間からチラリと師匠を盗み見ると、師匠も照れくさそうにする。

「そこまで照れられるとこっちが恥ずかしくなるから師匠でいいよ」

 譲歩を引きだせて安堵しつつ、籠を拾ってカーテシーを披露した。
 そして朝食をおもてなしする話の流れになり、孤児院の食堂へ案内する。

「この寄せ書きの旗は凄いな。ここの孤児たちは全員文字が書けるのかい?」
「はい。あと、それは旗ではなく、本ですよ?」
「本? 変なことを言うね。でも中央の文字は希望に溢れていて良いな」

 グレッチャーの書いた文字を褒められ、私は自分のことのように嬉しくなった。

「ここでお待ちください。料理は期待しててくださいね!」

 私が料理を作る間に続々と子供たちが食堂へ集まってくる。水汲み部隊、薪割り部隊、農作業部隊が揃い、賑やかな声たちはキッチンまで届く。

「ジーヴル、お前すっげーーー!」
「凄い凄い! 綺麗~! まるで魔法みたい!」
「ハハ、魔法だからね」

 恐らく、水、氷、風、火、光の初級魔法で組みあわせた手品を披露しているのだろう。私も初対面の頃に見せてもらい目を輝かせていたことを思いだす。
 出来上がった料理を大きな木製トレイにのせ、シスターと二人して食堂へ運ぶ。

「料理ができたよ!」
「レバーケーゼだぁ!」
「こらっ! お祈りが先です!」

 レバーケーゼをロールパンに挟んだ料理は、シスターの叱責でも止まらず一瞬で皆の手に収まっていく。
 師匠は手掴みの様子に面食らいつつ皆に倣って手にとると、しげしげと料理を見つめていた。

「これは? 中の得体の知れないものはレバーかい?」
「いいえ。格安で譲ってもらったくず肉をミンチ状にしたのを焼いたんです。それをロールパンで挟んだ物ですよ。こう、手で持ってかぶりつくんです」

 私が率先して手本を示すと、意を決したように師匠も齧りついた。

「美味しい。本当に魔法は使っていないのかい?」
「ええ。熟成は様々な工夫と日々の積み重ねで再現しましたよ。凄いでしょ!」

 私がドンと胸を叩くと、師匠は慈しむような笑みを零す。

「レザンヌは......いや、ロゼは凄いね」

 嬉しい。ロゼとして褒められたことで本当の私が肯定された気分になった。
 ちょうど最後のパンがなくなり、子供たちは話題に便乗して騒ぎ始める。

「えー、ジーヴルの方がすげーよ」
「うん。魔法、凄く綺麗だった!」
「ねぇねぇ、ロゼはもう魔法を使えないの?」

 子供は本当に遠慮と容赦がない。
 私も師匠も苦笑いだ。けれども私は胸を張る。

「料理は努力で美味しくなるのよ!」
「でも、キラキラは?」

 ゲスト枠でパン一個だからか、大切そうに頬張っているクーヘンからの問い。
 以前だったら返答に詰まっていただろう。
 私は後片付けをしながら返す。

「動く水は水車で見れるし、いつだって火は起こせる。風なんて毎日吹いているよ。それにお花の方が綺麗でしょ?」
「バカだなーロゼは、そんなのどこにだってあるだろ?」
「えー、普通ー」

 長テーブルを木目に沿ってしっかり拭き、私はフフンと鼻を鳴らした。

「そうよ。どこにでもあるすべての物が綺麗なの。魔法がなくたって世界は美しいの!」

 どこまでも広がる空。
 季節ごとに表情を変える雲たち。
 川を流れる水は太陽を反射してキラキラと輝いているし、風に身を預ければ気分はいつだって旅人だ。
 シュトに教えてもらい、グレッチャーと一緒に守ったこの世界こそが私の宝物。

「えー、変ー」

 子供たちは文句タラタラ。その中で師匠だけはとても柔らかい表情をしていた。

「レザンヌ、本当に大人になったね。強がりでもなさそうだ」
「落ちこむ暇があったら働くわ。さ、皆も今日の掃除に向かって」

 子供たちは一斉に食堂を飛びだしていく。
 見送った後に師匠の方を向くと、柔和な笑みから真剣な眼差しへ変わっていた。

レザンヌ・・・・に朗報がある。そのために私は来た」
「なんのこと?」

 わざわざ貴族の名を強調したことに訝しんでいると、師匠が一つのペンダントを取りだす。

神霊の代価ペンダントを使ったと聞いたけど、私なら治せる。再び魔力を取り戻すことは可能だ」
「え!?」

 師匠の話では、無理やり魔力を限界まで引きだすから魔力回路が傷ついてしまい、使えなくなるらしい。
 元々魔力がない平民と違い、適切な魔力回路になるように治していけば、徐々に魔力を取り戻せるとのこと。

「修復するには七大属性全ての祝福持ちの施術のみ。即ち、現在の王国では私にしかできない。治療を受けてくれるよね?」

 シスターにお願いして一室を借り、すぐに受けることにした。
 ベッドにうつ伏せになると、師匠が私の背中に魔法薬を塗りこんでいく。

 たしかに久しく感じていなかった魔力の感覚が少しあった。
 師匠は魔法を行使しながら安堵の声をもらす。

「良かった。施術を断られたらどうしようかとも思っていたんだ」
「どうして? 治してもらえるのに私に断る理由はないわ」

 うつ伏せだから師匠の顔を良く見えないけど、声には戸惑いが感じられる。

「魔力無しでも幸せそうにしていたし、何より背中とは言え素肌に触れて治療しなければならないのだから、もっと恥ずかしがって抵抗するかと思っていたよ」

 下町ではスキンシップは日常茶飯事なのだ。この程度で恥ずかしいとは言っていられないし、常連のお客にお尻を触られてきたからか、背中くらいなら平気かと思ってしまった私もいる。

「私、恥ずかしいです」
「棒読みの演技はやめてよね。それより、どうして私に相談しなかったのかい?」

 するべきとは思ったけれど、魔法の師弟関係だったから言いだせなかった。

「師匠に嫌われるかと思って......ひゃん!」

 背中に魔法で作った氷を当てられた。冷たすぎて思わず変な声を出してしまう。

「余計な気を回さない。それよりも注意して。良くない噂があるから」
「噂?」

 一部の貴族が隣国と結託し、レジスタンスを煽って暴動を起こさせようとしていると師匠は語る。南は政権交代の真っ只中のようで、他国からの介入を避けるために内政の悪化をしかけているそうだ。

「そこで、平民に落ちたばかりの君がレジスタンスの首謀者になるストーリーの出来上がりさ」

 実態がどうかは関係ないらしく、話の信憑性が高ければ何だって良いとのこと。
 施術は終わったようで、師匠は片づけを始めている。

「死人に口なしを狙われる可能性もある。だから決して一人にならないように」
「下町はどこでも人が多いから大丈夫ですよ。心配性ですね~師匠は」

 私は師匠の懸念をあっけらかんと笑い飛ばした。


 ◇◆◇◆◇


 季節は変わり、暖炉の火が恋しくなる頃。
 私の魔力は少しずつ戻ってきている。
 それどころか失う前よりも強くなっているかも知れない。

 今日は私の誕生日。
 仕事は休みをとって皆で滝を見に行くことになっていた。

 川を上流へ向かって大分歩いたので、自然が深まって野鳥もチラホラと見える。
 でも、直前になってなぜか子供たちは用事があると言いだしたのだ。

「ねぇ、皆は滝のところまでいかないの?」
「僕たちはここまでだよー」
「ジーヴルに頼まれたのを採取しないとだから」
「ロゼも楽しんで来てね!」

 昨日のヒェンもニヤけた顔をしていたし、皆で何か企んでいるのかも知れない。

「怪我をしないように気をつけてね!」

 何かしらのサプライズがあるのだろう。
 大袈裟に喜んであげないと子供たちはガッカリするかも知れない。
 私の演技力の魅せどころだし、久々に驚嘆の仮面をかぶることにする。
 そうして森を一人で進むと、仮面なんか必要なかった光景が目の前には広がっていった。

「......凄い。本当に綺麗」

 細くて長い滝は、見上げる程の高さから虹を描いている。滝壺には飛沫が綿雲のような霧を作り、アイスブルー色の水面を波打たせていた。
 幻想的な光景には全身の細胞たちが驚きの声をあげ続ける。

 大自然が奏でる音が、空気が、そのすべてが美しく澄んでいる。
 まるでグレッチャーと一緒にいるときのような心地よさ。

「ロゼ」

 五感全てで大自然を堪能していたら、碧く澄んだ声が割りこんだ。
 今までの驚きとは比較にならないほどの衝撃を受け、私の心臓は早鐘を鳴らす。
 ふり返ると、会いたくて焦がれ続けたグレッチャーの姿があった。

「ロゼ、会いたかった」
「グレッチャー!!」

 もう会えないと思っていた。その彼が目の前にいる。
 衝動的に駆け寄って私はグレッチャーに抱きついた。

「ロゼは今日成人じゃないのか? こんな子供みたいに......」
「いいじゃない! 他に誰も見てないんだから!」

 照れるグレッチャーを逃がさないように抱きしめ、頬擦りまでしてしまう。

「ロ、ロゼ!?」
「お願い。もうちょっとだけこのままでいて」
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第二十一話 小休止中の逢瀬
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猫は砂漠を渡る? 〜私だけの幸せの魔法と居場所を求め、叶うはずもない夢を追い、今日も笑顔で嘘をつく〜作者:元毛玉(もとけだま)
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