ホーム›不条識な狼の理(上)›♗38
← 次の話目次前の話 →

♗38

♗38
『どうですか、旅の方。今晩は見世物小屋でも。』
 夕暮れ時、街の入口の大通りで、客引きを始める。この時間帯のこの通り沿いの一見さんは荷物が大きいからすぐに分かる。
 話し掛けると大体の人が立ち止まってくれる。周りの人と違って半分狼だから、それは目立つ。
「狼の女?」
『そう。あたしは狼だけど、小屋にはもっと可愛い猫の異形の女の子とかもいますよ。もちろん見た目だけじゃなくて芸も凄いもんでして。』
 異形に食いつく男の人相手には大体ミャアの話をする。ちなみに相手が女性だった時はイケメンの手品師がいると話すようにしている。
「いや、君さ。このビラに描かれている子だよね。」
 そういって、旅の男は、背負っていた鞄からわざわざ紙を一枚取り出して、あたしに渡してくれた。
 あたしはそれを受け取って、見てみると。
『どう見てもあたしですね。』
 寸分の狂いもなく、あたしの顔が描かれていたのだ。あたしだけじゃない。ビラに五分割されて描かれた絵はヒカミもハクスイも歩もそして、もう一人あの人もそっくりに描かれていたのだ。
 いや、もう一人のあの蟲の人の正確な顔は知らない。ただ、このビラを見る限り、嘗てはきっとこんな顔であったのだろうと、想像つく。変わり果ててしまった後の顔しか知らないけど、骨格や目の位置は同じだ。
 各人の絵の下に名前が書かれていた。あたしの絵はサクだけじゃなくて、樫山さくらと本名でも書かれている。あの人の部分にはシキと書かれていた。
 それ以外にも細かく特徴も記してある。あたしの部分に至っては、狼化が進行している可能性もある。とヒカミの部分は背丈が子供くらいとか、ハクスイの部分には長身で、頬に傷がある可能性もある。という感じに。
 そして、ビラの一番下に連絡先と書かれた電話番号と、〈塔下街:ロッカンバーテンズ キアラ迄〉と書かれている。
「俺さ。塔下街からこっちの方へ向かって旅してきて、キアラちゃんに何処か旅先で貼ってきてって頼まれたんだ。」
 じわっと、見ていたビラが急にぼやけて、気が付いたら、ぼたぼたと涙が落ちている。
 キアラ......生きてた。
「ちょっと、どうしたの?急に泣き出して。」
 良かった。キアラが生きている。この旅人さんもキアラと会っている。
『すみません。突然泣いてしまって。驚いちゃって。探していたんです。あたしもこの人達の事。キアラは元気そうでしたか?』
「元気だったよ。彼女、めちゃくちゃ酒強いね。名物バーテンって感じでどれだけ飲ませても潰れないし、信じられないスピードで、客の似顔絵描くパフォーマンスとかもするし。俺もキアラちゃんに描いてもらったんだ。そしたら、お礼の一杯の代わりに旅先でこれを目立つとこに貼る事って頼まれてね。まさかこんな所で会うとはね。」
 あはは。バーで働きながら絵描きか。流石キアラだ。そして、神業のような描写力で、全員の顔を描いて、ビラを作るとは流石だ。
『これ、あたしが貰っても良いですか?電話したくて。』

 そんな感じで、旅人は去っていった。
 あれ?あたし今の人に小屋の宣伝のビラを渡すの忘れてた。
 その後も、ちゃんと勤務したけど、ソワソワして落ち着かなかった。早く電話をしたい。キアラの声を聞きたい。そしてシキの事を伝えないと。
 仕事を終えると、あたしは街の大きい食堂兼バーに行った。この街は全ての施設に電話があるわけではないので、確実に電話があるとあたしが知っているのはこの店だけなのだ。

 ちょっと緊張するけど、キアラが生きていたという喜びで、半ば興奮気味で、電話をかけると男の人が電話に出た。なるべく冷静を装ってキアラに代わってもらうように頼んだけど、もしかしたら息遣いの荒いヤバイ奴だと思われたかもしれない。

「もしもし。キアラです。」
『キアラ久しぶり。』
 ちょっとキアラが言い終わる前に被るように喋ってしまったかもしれない。子供かよ。
「樫山さん。ですよね。」
 そんなあたしを諫める事も無く、声のトーンからしてキアラからも嬉しさが伝わる。
『あたり。そうそうキアラだけはあたしのことサクじゃなくて樫山さんって呼ぶもんね。なんかもう一年も前のことで忘れていたよ。ビラ見たよ。他に連絡ついている人いるの?』
「残念ながら、樫山さんがトップですよ。」
『そっか。まだ見つからないのか。や、でも今あたしとキアラが連絡ついたんだ。きっと他の人も見つかるよ。』
 少なくとも、あたしはシキとは会ったのだ。だから他のみんなも......
「そうですね。きっと見つかりますよね。樫山さん。あれからお体の方はどうなりました?それと今どこから電話かけていますか?」
『ん。大きな変化としては、左手も左足も毛深くなったかな。あと、割れちゃった首輪の呪詛を身体に彫り込むしかなかったから、まともな皮膚が残っていた部分は殆ど刺青入れちゃったのね。だから銭湯には行けないね。』
 シキの事を伝えたいのに、あたしは伝える事を拒んでいる。
『あたしは今〔南懐〕からかけているよ。』
 だって、今のシキはキアラが描いたあの姿じゃなくて、黒き呪われた蟲の姿をしていて、
『〔塔下街〕ってさすがに歩きだと遠くてしんどいからさ。もうちょい馬車代稼いでからそっち向かうよ。今の仕事さ。見世物小屋のキャッチの仕事なんだけど、この仕事以外だとあたし多分まともに雇ってもらえないからここである程度貯金作ってから動かないと。』
 死なないと救われない。愛する人じゃないと殺してもらえないと、
「わかりました。ただ、どのルートで来るかにもよりますけど、ノア教の自治区を超える時は気をつけて下さい。最近宗教絡みの火花がマジで危ないので。きっと樫山さんのことだから大丈夫だと思いますが、くれぐれも気をつけてください。」
 ねえ、キアラはシキ会った時に殺せるの?
『流石、キアラは博識だねえ。〔南懐〕ってだけでこっちの情勢わかるんだね。忠告ありがとう。ちゃんと気をつけて向かうよ。早く会いたいから頑張って稼ぐわ。またこっちを出るときに、電話するよ。』
「ありがとうございます。楽しみにしてます。ちょっといま営業中なので長電話出来なくて申し訳ないのですがまた進展あったら連絡下さい。それでは。」


 電話を切ったあたしは泣きそうに。胸がはち切れそうに苦しかった。一年ぶりにキアラの声が聞けたから?それもある。確かにそれもあるけど。
 五人の似顔絵が描かれたこのビラのシキを見つめた。
 あたしの知っている人とは似ても似つかない違う人だ。いや、違う化物だ。
 あたしも異形の癖にと思うけど、このビラのような優しい目じゃなかった。もっと悍ましく黒い。黒くて矛盾しているような......確かに矛盾という表現は良い表現だ。死にたいって言う本人が最も生命力が強いあの蟲の姿という矛盾。矛盾というか皮肉なのかこれは。
 とにかくあたしは、伝えられなかった。伝える気で電話をしたのに、キアラの嬉しそうな安堵した声を聞いた途端、胸がつっかえて言えなくなってしまったのだ。
 キアラがシキを殺さないと、シキは死ねないことも。そうしないとシキが救われないことも。いつかは伝えないといけないのに。
 それを話してしまうと、確実にキアラの触れられたくない過去に土足で入る気がして、キアラをもっと傷付けるような気がして......
 シキの悲しい光の無い黒い眼を思い出すと、苦しくてたまらない。でもそこで手を下さないといけないというキアラのことを考えても苦しくてたまらない。
 いつかは伝えないといけない事実を少しも伝える事ができず。若干自暴自棄になりそうだった。

 あたしは、電話の前で一通り鬱を味わった後にカウンターに座り、酒を飲んでみることにした。飲んだこと無いけど、飲んでみたい気分だった。あれって嫌なことを忘れるっていうし。
 メニューが書かれた黒板を眺め、何を飲もうか考える。と言っても飲んだことが無いんだ。何を飲んで良いのかわからない。無数にあるカクテルの名前も一体何が入っているお酒なのかも想像もつかない。

 すると、あたしの手元に、飲み物が入ったグラスが一つ流れてきた。
『何ですかこれ?』
 あたしはバーテンに尋ねた。
「あちらの方から、あなたにですよ。」
 え?お酒デビュー戦でこんなドラマみたいなストーリーが展開されるの?もしかしてこれは不埒な恋もデビュー戦で、その日会った男と一晩を過ごしてしまう。ハクスイが日常的にやってそうな事をあたしもついにやってしまうの?
 でも待って、あたし狼だよ。ついでに言うと仕事終わった後だから客引き用に露出のある服で、人狼なのもバレてる格好だよ。それでも......期待して良いのか?この知らない誰かからお酒が来る演出は期待しても良いのか!?
 バーテンが促す方を見ると。

 忘れもしない。あの男であった。
シェア
前の話 →
♗37
← 次の話
♗39
不条識な狼の理(上)作者:駿河鵬命
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません
ホーム›不条識な狼の理(上)›♗38
← 前の話目次次の話 →

♗38

♗38
『どうですか、旅の方。今晩は見世物小屋でも。』
 夕暮れ時、街の入口の大通りで、客引きを始める。この時間帯のこの通り沿いの一見さんは荷物が大きいからすぐに分かる。
 話し掛けると大体の人が立ち止まってくれる。周りの人と違って半分狼だから、それは目立つ。
「狼の女?」
『そう。あたしは狼だけど、小屋にはもっと可愛い猫の異形の女の子とかもいますよ。もちろん見た目だけじゃなくて芸も凄いもんでして。』
 異形に食いつく男の人相手には大体ミャアの話をする。ちなみに相手が女性だった時はイケメンの手品師がいると話すようにしている。
「いや、君さ。このビラに描かれている子だよね。」
 そういって、旅の男は、背負っていた鞄からわざわざ紙を一枚取り出して、あたしに渡してくれた。
 あたしはそれを受け取って、見てみると。
『どう見てもあたしですね。』
 寸分の狂いもなく、あたしの顔が描かれていたのだ。あたしだけじゃない。ビラに五分割されて描かれた絵はヒカミもハクスイも歩もそして、もう一人あの人もそっくりに描かれていたのだ。
 いや、もう一人のあの蟲の人の正確な顔は知らない。ただ、このビラを見る限り、嘗てはきっとこんな顔であったのだろうと、想像つく。変わり果ててしまった後の顔しか知らないけど、骨格や目の位置は同じだ。
 各人の絵の下に名前が書かれていた。あたしの絵はサクだけじゃなくて、樫山さくらと本名でも書かれている。あの人の部分にはシキと書かれていた。
 それ以外にも細かく特徴も記してある。あたしの部分に至っては、狼化が進行している可能性もある。とヒカミの部分は背丈が子供くらいとか、ハクスイの部分には長身で、頬に傷がある可能性もある。という感じに。
 そして、ビラの一番下に連絡先と書かれた電話番号と、〈塔下街:ロッカンバーテンズ キアラ迄〉と書かれている。
「俺さ。塔下街からこっちの方へ向かって旅してきて、キアラちゃんに何処か旅先で貼ってきてって頼まれたんだ。」
 じわっと、見ていたビラが急にぼやけて、気が付いたら、ぼたぼたと涙が落ちている。
 キアラ......生きてた。
「ちょっと、どうしたの?急に泣き出して。」
 良かった。キアラが生きている。この旅人さんもキアラと会っている。
『すみません。突然泣いてしまって。驚いちゃって。探していたんです。あたしもこの人達の事。キアラは元気そうでしたか?』
「元気だったよ。彼女、めちゃくちゃ酒強いね。名物バーテンって感じでどれだけ飲ませても潰れないし、信じられないスピードで、客の似顔絵描くパフォーマンスとかもするし。俺もキアラちゃんに描いてもらったんだ。そしたら、お礼の一杯の代わりに旅先でこれを目立つとこに貼る事って頼まれてね。まさかこんな所で会うとはね。」
 あはは。バーで働きながら絵描きか。流石キアラだ。そして、神業のような描写力で、全員の顔を描いて、ビラを作るとは流石だ。
『これ、あたしが貰っても良いですか?電話したくて。』

 そんな感じで、旅人は去っていった。
 あれ?あたし今の人に小屋の宣伝のビラを渡すの忘れてた。
 その後も、ちゃんと勤務したけど、ソワソワして落ち着かなかった。早く電話をしたい。キアラの声を聞きたい。そしてシキの事を伝えないと。
 仕事を終えると、あたしは街の大きい食堂兼バーに行った。この街は全ての施設に電話があるわけではないので、確実に電話があるとあたしが知っているのはこの店だけなのだ。

 ちょっと緊張するけど、キアラが生きていたという喜びで、半ば興奮気味で、電話をかけると男の人が電話に出た。なるべく冷静を装ってキアラに代わってもらうように頼んだけど、もしかしたら息遣いの荒いヤバイ奴だと思われたかもしれない。

「もしもし。キアラです。」
『キアラ久しぶり。』
 ちょっとキアラが言い終わる前に被るように喋ってしまったかもしれない。子供かよ。
「樫山さん。ですよね。」
 そんなあたしを諫める事も無く、声のトーンからしてキアラからも嬉しさが伝わる。
『あたり。そうそうキアラだけはあたしのことサクじゃなくて樫山さんって呼ぶもんね。なんかもう一年も前のことで忘れていたよ。ビラ見たよ。他に連絡ついている人いるの?』
「残念ながら、樫山さんがトップですよ。」
『そっか。まだ見つからないのか。や、でも今あたしとキアラが連絡ついたんだ。きっと他の人も見つかるよ。』
 少なくとも、あたしはシキとは会ったのだ。だから他のみんなも......
「そうですね。きっと見つかりますよね。樫山さん。あれからお体の方はどうなりました?それと今どこから電話かけていますか?」
『ん。大きな変化としては、左手も左足も毛深くなったかな。あと、割れちゃった首輪の呪詛を身体に彫り込むしかなかったから、まともな皮膚が残っていた部分は殆ど刺青入れちゃったのね。だから銭湯には行けないね。』
 シキの事を伝えたいのに、あたしは伝える事を拒んでいる。
『あたしは今〔南懐〕からかけているよ。』
 だって、今のシキはキアラが描いたあの姿じゃなくて、黒き呪われた蟲の姿をしていて、
『〔塔下街〕ってさすがに歩きだと遠くてしんどいからさ。もうちょい馬車代稼いでからそっち向かうよ。今の仕事さ。見世物小屋のキャッチの仕事なんだけど、この仕事以外だとあたし多分まともに雇ってもらえないからここである程度貯金作ってから動かないと。』
 死なないと救われない。愛する人じゃないと殺してもらえないと、
「わかりました。ただ、どのルートで来るかにもよりますけど、ノア教の自治区を超える時は気をつけて下さい。最近宗教絡みの火花がマジで危ないので。きっと樫山さんのことだから大丈夫だと思いますが、くれぐれも気をつけてください。」
 ねえ、キアラはシキ会った時に殺せるの?
『流石、キアラは博識だねえ。〔南懐〕ってだけでこっちの情勢わかるんだね。忠告ありがとう。ちゃんと気をつけて向かうよ。早く会いたいから頑張って稼ぐわ。またこっちを出るときに、電話するよ。』
「ありがとうございます。楽しみにしてます。ちょっといま営業中なので長電話出来なくて申し訳ないのですがまた進展あったら連絡下さい。それでは。」


 電話を切ったあたしは泣きそうに。胸がはち切れそうに苦しかった。一年ぶりにキアラの声が聞けたから?それもある。確かにそれもあるけど。
 五人の似顔絵が描かれたこのビラのシキを見つめた。
 あたしの知っている人とは似ても似つかない違う人だ。いや、違う化物だ。
 あたしも異形の癖にと思うけど、このビラのような優しい目じゃなかった。もっと悍ましく黒い。黒くて矛盾しているような......確かに矛盾という表現は良い表現だ。死にたいって言う本人が最も生命力が強いあの蟲の姿という矛盾。矛盾というか皮肉なのかこれは。
 とにかくあたしは、伝えられなかった。伝える気で電話をしたのに、キアラの嬉しそうな安堵した声を聞いた途端、胸がつっかえて言えなくなってしまったのだ。
 キアラがシキを殺さないと、シキは死ねないことも。そうしないとシキが救われないことも。いつかは伝えないといけないのに。
 それを話してしまうと、確実にキアラの触れられたくない過去に土足で入る気がして、キアラをもっと傷付けるような気がして......
 シキの悲しい光の無い黒い眼を思い出すと、苦しくてたまらない。でもそこで手を下さないといけないというキアラのことを考えても苦しくてたまらない。
 いつかは伝えないといけない事実を少しも伝える事ができず。若干自暴自棄になりそうだった。

 あたしは、電話の前で一通り鬱を味わった後にカウンターに座り、酒を飲んでみることにした。飲んだこと無いけど、飲んでみたい気分だった。あれって嫌なことを忘れるっていうし。
 メニューが書かれた黒板を眺め、何を飲もうか考える。と言っても飲んだことが無いんだ。何を飲んで良いのかわからない。無数にあるカクテルの名前も一体何が入っているお酒なのかも想像もつかない。

 すると、あたしの手元に、飲み物が入ったグラスが一つ流れてきた。
『何ですかこれ?』
 あたしはバーテンに尋ねた。
「あちらの方から、あなたにですよ。」
 え?お酒デビュー戦でこんなドラマみたいなストーリーが展開されるの?もしかしてこれは不埒な恋もデビュー戦で、その日会った男と一晩を過ごしてしまう。ハクスイが日常的にやってそうな事をあたしもついにやってしまうの?
 でも待って、あたし狼だよ。ついでに言うと仕事終わった後だから客引き用に露出のある服で、人狼なのもバレてる格好だよ。それでも......期待して良いのか?この知らない誰かからお酒が来る演出は期待しても良いのか!?
 バーテンが促す方を見ると。

 忘れもしない。あの男であった。
シェア
← 前の話
♗37
次の話 →
♗39
不条識な狼の理(上)作者:駿河鵬命
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません