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♗32

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「こんな時にって思うかもしれませんが、こんな時だからこそ話します。どうか最後まで聞いてください。」
 一斉にキアラへと全員の視線は集まった。
 こんな時に。ヒカミが死んだこんな時にどういうつもりなのかと、この一ヶ月で晴れていたはずのあたしの中でキアラへの初めて話した時の不信感が戻ってきたのは否めない。
 キアラが鞄から一冊の本を取り出す。何処にでもある汚い古本のようだ。文庫本ぐらいの大きさの。
「スタート時に、皆さんこの世界で何か役に立つアイテムを一つずつ渡されています。ヒカミさんは短剣。京香さんは刀。歩さんは今樫山さんの首にある首輪。そして、樫山さんはそのネックレス。わたしはこの本です。
 変だと思いませんか?
 歩さんが、樫山さんと会える確証は無かったのに、樫山さん達に対してでないと使えないものを渡されている。
 わたしはこの本を佐竹に渡された時〈誰か死んだらこの本を開くんだよ〉と言われています。幸いにも聞かれなかったのもありますが縁起が悪いので、皆様の前で今の今まで、わたしが最初に託されたこの本の話はしませんでした。
 最初はわたしも、もし目の前で誰かが亡くなった時に、何か魂の精神論を語った二場さんのメッセージが書いてあるとか思っていました。
 それでも、歩さんが使ったという、人狼を封じる首輪の話を聞いてからなんとなく、この本、以前二場さんが書いていた【死神が封じられた本】だという確信があったんです。
 だとしたら、この本を開くのはきっと今なんです。
 今のところ二場さんの予定通りで話が進んでるんですよ。この本を開かないといけない状況。それはヒカミさんの死も必然であったと。」
 ヒカミの死が必然であった。
 なんだそれ。頭が理解を否定する。
 あたしだってこんな姿になってヒカミを殺そうとしたのに、奇跡的に助かって、それでも別のタイミングでヒカミの死は訪れた。それが必然って。
 わからない。キアラの思想は確かに二場派だ。でもそれだからと言って損得で命を扱う発言は納得がいかない。
「キアラ......」
 最初に口を開いたのはハクスイだった。
「その死神の対価は?」
 あたしは普段のハクスイの性格からして、てっきり毒付くのかと思ったけど、ハクスイはキアラに悪態つくわけでなく、どうやらキアラに寄り添うような発言なのだ。
「勿論。願いに応じたそれ相応の対価です。そして相手は死神です。二場さんが書いた死神の話では二つの魂を引き換えに、一つの魂を返してもらうという契約でした。」
 キアラの返答に対し、ハクスイはキアラを抱きしめて動きを封じた。本を開かせないようになんだろうけど、どちらかと言えばそのハクスイの行動は、ヒカミの命を軽く表現するキアラに寄り添ったような。あたしがヒカミ派ならハクスイはキアラ派といった感じだ。
 一ヶ月前の最初の不信感が今になって意味が分かってきた。
 多分あたしは、二場信者だから嫌だと思ったんじゃなくて、なんかハクスイが篭絡されそうって思っていたんだ。よく考えたらこの二人が一緒にいる場面があまりにも多すぎたような気がする。
「ならば。開かないでおきましょう。」
 キアラは二場派で、ハクスイはキアラ派だ。でもそれはキアラの意志を尊重するじゃなくて、キアラの身を案じるの意味でのキアラ派だ。
 あたしはヒカミ派だ。大体、最初からそんな大事なもの縁起悪いから黙っていたというのもどうも腑に落ちない。
「正論だ。」
 答えたのは歩。歩はどっちだ?
「アタイら四人でクリアすれば。その時にクリア特典で願えばいい。四人ならクリアできる。」
 ここで、自力であの霧を抜けようという歩派が生まれる。
「そうよ。一度体制を整えて。考えましょう。きっとなんとか抜ける方法があるよ。」
 ハクスイの答え。キアラ派寄りの歩派か。
 縁起悪い死神の本も開かず、四人でクリアをするためにあの霧に再び挑む。

『無理だよ。』
 悪いけどあたしはどっちも無理派だ。
『あたしでも、勝てないよ。多分。悪いけど。この中で一番強いのはあたしだよ。人間じゃないし。動物ってか化物だし。その化物の動物的な勘を持ったあたしが言うんだ。勝てないって。』
 匂いすら追えない。音も追えない。つまりノーモーションで霧の外から何かに攻撃されているのだ。その何かというのがあたしの化物の力を持ってしても分からないもの相手に勝てる筈がない。
「馬鹿かお前。知性まで狼になっちまったのか。考え無しに突っ込んだのはどこのどいつだ?」
 ああ。そうだ。勝てない。勝てる筈がない。こんなにも簡単な事だ。なのにあたしは飛び込んだ。考えも無く。何故そうなったかって、
『死んでも良かったんだよ。』
 そうだ。それ。
 死んで良かった。
 ヒカミの代わりの命なんて要らない。
 だってあの瞬間。あの刹那にヒカミがあたしを押さなければ死んでいたのはあたしだった。でもヒカミはあの一瞬であたしを押して、代わりにヒカミが死んだ。
 死ぬべきはあたしだった。
 ヒカミの仇?違う。死にたかった。最期の言葉すら聞き取れなかったあの瞬間が苦しくて。立っていられなくて。
 突如視界が光った。いや、目に刺さる光の反射だ。西日を何かが跳ね返す。
 ああ。見慣れたこの反射。ここ一ヶ月で何度も見たわ。
 ハクスイの刀身があたしの目の前にあった。
「言って良い事と。悪い事があると思うの。」
 冷たい剣幕だ。以前の脅しは斬る気は無くて強さを見せつけるだけだったのがすぐ分かったけど、今のは違う。本気だ。
 さあなんて返すのが正解?だって今この人殺しは本気だ。流石に一人斬っただけある。返答によってはすぐに喉元に刺すつもりだろう。
 といってもあたしの言い分は言い分で変わらない。それでハクスイが怒る気持ちも分かるけど、アンタが怒った所であたしの言い分が変わる訳じゃない。
「シラミズこそ、やって良いことと悪いことがあると思うぜ。」
 そこで歩まで拳銃をハクスイに向ける。おいおい力には力で圧するってやつか。
「私。今本気だけど?だって私は人殺しだよ。今更、もう一人斬ることぐらい簡単。」
 造作も無いと、刀身は若干あたしの喉に近付く。流石は人斬りだ。躊躇いが無い。
『あたしだって、こんな化物だよ。簡単に斬られると思う?』
 それでもあたしだって黙ってはいない。死んでも良いとは思ったけど、アンタの八つ当たりで斬られるのは話が違う。
「馬鹿かお前ら。お前らがどう動こうと銃弾の方がどう考えても早いぜ。」
 カチャリと、歩が拳銃のハンマーを引く。何度も見てきたからもう学んだ。安全装置ってやつだ。
「余村。止める気なの?私は託された命を、別に要らなかったというサクの根性が気に入らないから、こんなやつの為にヒカミが死んだのなら、さっさと殺して私も死ねば良いでしょ。今までの二場条理論を察するに、二人死ねば、ヒカミは戻って来るんでしょ。じゃあ良いじゃないこれで決まり。」
「アホ。極端すぎるぜ。契約の話が本当だとしても、契約していないなら今殺しても意味ねえぞ。」
 結局そのキアラの胡散臭い死神を鵜呑みにしているのか?結局キアラの事ばっかじゃん。ヒカミを思っての行動じゃなくて、キアラを思っての行動じゃんハクスイ。何それ?あたし達何年一緒にいたと思ってるの?それをたかだか一ヶ月しか話してない人間側につくの?気持ち悪い。
 そりゃ、キアラの為に人斬っただけあるよ。この人殺しが。
「四人でなんとかするって話はどこ行った?てめえ耳ついてんのか?」
「この犬がこの四人じゃ無理だっていうのよ。じゃあそこは犬の意見を尊重しましょう。人間よりよっぽどあてになる勘でしょ。
 だったら、命をもつ価値のない二人をさっさと脱落させて、確実に活路を開く価値のある人を戻した方が有益な話でしょ。本開いて犬と私が死ねばいい。」
 あたしの死んでも良いは否定するのに、自分の死んでも良いは美談にする気かよ。本当に性格悪いな。
「馬鹿だろてめえ。狼を助ける為に、この世界に来たんだろ。本末転路だろうが。」

「私のような人殺しに生きる価値はない。」

 決して大きな声でなかった。しかし凄く大きな声で言われたかのように響いた。
「善人ぶってんな!アタイはてめえみたく一人ぐらいじゃ済まねえんだよ。アタイはこのザマで生かそうと?てめえの頭どうなってんだよクソが。」
 なんだよ。嫉妬かよ。どいつもこいつも死にたがりで何を争ってんだ。
 なんで......争ってんだよ、
「もうやめてください。」
 キアラの叫び声は、多分今まで一番大きな声を聞いた気がした。
 ぱたりと音がして、キアラの足元に何かが落ちる。
「ごめんなさい。」
 それが開かれた本だと気づいた時には、本は閉じられる事無く、開いたページからは黒い煙が上がる。それがどんな仕掛けなのかも分からない。燃えている訳でもないのに、物理法則を無視して火事のように煙が上がるのを見て、もう後戻りは出来ないのを悟った。
「ヒカミさんは必ず戻ってきます。わたしが交渉します。きっと二場さんの本当の目的に気付けるのはわたしだけなんです。
 ただ、もしかしたら皆さまに少し被害が及ぶかもしれません。それだけは理解して下さい。お願いします。何が起きてもそれが条理なんです。」

 黒い煙は。崖も西日も、この空気も。
 全て、真っ黒い絵の具のように、べっとりと塗りつくした。
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不条識な狼の理(上)作者:駿河鵬命
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「こんな時にって思うかもしれませんが、こんな時だからこそ話します。どうか最後まで聞いてください。」
 一斉にキアラへと全員の視線は集まった。
 こんな時に。ヒカミが死んだこんな時にどういうつもりなのかと、この一ヶ月で晴れていたはずのあたしの中でキアラへの初めて話した時の不信感が戻ってきたのは否めない。
 キアラが鞄から一冊の本を取り出す。何処にでもある汚い古本のようだ。文庫本ぐらいの大きさの。
「スタート時に、皆さんこの世界で何か役に立つアイテムを一つずつ渡されています。ヒカミさんは短剣。京香さんは刀。歩さんは今樫山さんの首にある首輪。そして、樫山さんはそのネックレス。わたしはこの本です。
 変だと思いませんか?
 歩さんが、樫山さんと会える確証は無かったのに、樫山さん達に対してでないと使えないものを渡されている。
 わたしはこの本を佐竹に渡された時〈誰か死んだらこの本を開くんだよ〉と言われています。幸いにも聞かれなかったのもありますが縁起が悪いので、皆様の前で今の今まで、わたしが最初に託されたこの本の話はしませんでした。
 最初はわたしも、もし目の前で誰かが亡くなった時に、何か魂の精神論を語った二場さんのメッセージが書いてあるとか思っていました。
 それでも、歩さんが使ったという、人狼を封じる首輪の話を聞いてからなんとなく、この本、以前二場さんが書いていた【死神が封じられた本】だという確信があったんです。
 だとしたら、この本を開くのはきっと今なんです。
 今のところ二場さんの予定通りで話が進んでるんですよ。この本を開かないといけない状況。それはヒカミさんの死も必然であったと。」
 ヒカミの死が必然であった。
 なんだそれ。頭が理解を否定する。
 あたしだってこんな姿になってヒカミを殺そうとしたのに、奇跡的に助かって、それでも別のタイミングでヒカミの死は訪れた。それが必然って。
 わからない。キアラの思想は確かに二場派だ。でもそれだからと言って損得で命を扱う発言は納得がいかない。
「キアラ......」
 最初に口を開いたのはハクスイだった。
「その死神の対価は?」
 あたしは普段のハクスイの性格からして、てっきり毒付くのかと思ったけど、ハクスイはキアラに悪態つくわけでなく、どうやらキアラに寄り添うような発言なのだ。
「勿論。願いに応じたそれ相応の対価です。そして相手は死神です。二場さんが書いた死神の話では二つの魂を引き換えに、一つの魂を返してもらうという契約でした。」
 キアラの返答に対し、ハクスイはキアラを抱きしめて動きを封じた。本を開かせないようになんだろうけど、どちらかと言えばそのハクスイの行動は、ヒカミの命を軽く表現するキアラに寄り添ったような。あたしがヒカミ派ならハクスイはキアラ派といった感じだ。
 一ヶ月前の最初の不信感が今になって意味が分かってきた。
 多分あたしは、二場信者だから嫌だと思ったんじゃなくて、なんかハクスイが篭絡されそうって思っていたんだ。よく考えたらこの二人が一緒にいる場面があまりにも多すぎたような気がする。
「ならば。開かないでおきましょう。」
 キアラは二場派で、ハクスイはキアラ派だ。でもそれはキアラの意志を尊重するじゃなくて、キアラの身を案じるの意味でのキアラ派だ。
 あたしはヒカミ派だ。大体、最初からそんな大事なもの縁起悪いから黙っていたというのもどうも腑に落ちない。
「正論だ。」
 答えたのは歩。歩はどっちだ?
「アタイら四人でクリアすれば。その時にクリア特典で願えばいい。四人ならクリアできる。」
 ここで、自力であの霧を抜けようという歩派が生まれる。
「そうよ。一度体制を整えて。考えましょう。きっとなんとか抜ける方法があるよ。」
 ハクスイの答え。キアラ派寄りの歩派か。
 縁起悪い死神の本も開かず、四人でクリアをするためにあの霧に再び挑む。

『無理だよ。』
 悪いけどあたしはどっちも無理派だ。
『あたしでも、勝てないよ。多分。悪いけど。この中で一番強いのはあたしだよ。人間じゃないし。動物ってか化物だし。その化物の動物的な勘を持ったあたしが言うんだ。勝てないって。』
 匂いすら追えない。音も追えない。つまりノーモーションで霧の外から何かに攻撃されているのだ。その何かというのがあたしの化物の力を持ってしても分からないもの相手に勝てる筈がない。
「馬鹿かお前。知性まで狼になっちまったのか。考え無しに突っ込んだのはどこのどいつだ?」
 ああ。そうだ。勝てない。勝てる筈がない。こんなにも簡単な事だ。なのにあたしは飛び込んだ。考えも無く。何故そうなったかって、
『死んでも良かったんだよ。』
 そうだ。それ。
 死んで良かった。
 ヒカミの代わりの命なんて要らない。
 だってあの瞬間。あの刹那にヒカミがあたしを押さなければ死んでいたのはあたしだった。でもヒカミはあの一瞬であたしを押して、代わりにヒカミが死んだ。
 死ぬべきはあたしだった。
 ヒカミの仇?違う。死にたかった。最期の言葉すら聞き取れなかったあの瞬間が苦しくて。立っていられなくて。
 突如視界が光った。いや、目に刺さる光の反射だ。西日を何かが跳ね返す。
 ああ。見慣れたこの反射。ここ一ヶ月で何度も見たわ。
 ハクスイの刀身があたしの目の前にあった。
「言って良い事と。悪い事があると思うの。」
 冷たい剣幕だ。以前の脅しは斬る気は無くて強さを見せつけるだけだったのがすぐ分かったけど、今のは違う。本気だ。
 さあなんて返すのが正解?だって今この人殺しは本気だ。流石に一人斬っただけある。返答によってはすぐに喉元に刺すつもりだろう。
 といってもあたしの言い分は言い分で変わらない。それでハクスイが怒る気持ちも分かるけど、アンタが怒った所であたしの言い分が変わる訳じゃない。
「シラミズこそ、やって良いことと悪いことがあると思うぜ。」
 そこで歩まで拳銃をハクスイに向ける。おいおい力には力で圧するってやつか。
「私。今本気だけど?だって私は人殺しだよ。今更、もう一人斬ることぐらい簡単。」
 造作も無いと、刀身は若干あたしの喉に近付く。流石は人斬りだ。躊躇いが無い。
『あたしだって、こんな化物だよ。簡単に斬られると思う?』
 それでもあたしだって黙ってはいない。死んでも良いとは思ったけど、アンタの八つ当たりで斬られるのは話が違う。
「馬鹿かお前ら。お前らがどう動こうと銃弾の方がどう考えても早いぜ。」
 カチャリと、歩が拳銃のハンマーを引く。何度も見てきたからもう学んだ。安全装置ってやつだ。
「余村。止める気なの?私は託された命を、別に要らなかったというサクの根性が気に入らないから、こんなやつの為にヒカミが死んだのなら、さっさと殺して私も死ねば良いでしょ。今までの二場条理論を察するに、二人死ねば、ヒカミは戻って来るんでしょ。じゃあ良いじゃないこれで決まり。」
「アホ。極端すぎるぜ。契約の話が本当だとしても、契約していないなら今殺しても意味ねえぞ。」
 結局そのキアラの胡散臭い死神を鵜呑みにしているのか?結局キアラの事ばっかじゃん。ヒカミを思っての行動じゃなくて、キアラを思っての行動じゃんハクスイ。何それ?あたし達何年一緒にいたと思ってるの?それをたかだか一ヶ月しか話してない人間側につくの?気持ち悪い。
 そりゃ、キアラの為に人斬っただけあるよ。この人殺しが。
「四人でなんとかするって話はどこ行った?てめえ耳ついてんのか?」
「この犬がこの四人じゃ無理だっていうのよ。じゃあそこは犬の意見を尊重しましょう。人間よりよっぽどあてになる勘でしょ。
 だったら、命をもつ価値のない二人をさっさと脱落させて、確実に活路を開く価値のある人を戻した方が有益な話でしょ。本開いて犬と私が死ねばいい。」
 あたしの死んでも良いは否定するのに、自分の死んでも良いは美談にする気かよ。本当に性格悪いな。
「馬鹿だろてめえ。狼を助ける為に、この世界に来たんだろ。本末転路だろうが。」

「私のような人殺しに生きる価値はない。」

 決して大きな声でなかった。しかし凄く大きな声で言われたかのように響いた。
「善人ぶってんな!アタイはてめえみたく一人ぐらいじゃ済まねえんだよ。アタイはこのザマで生かそうと?てめえの頭どうなってんだよクソが。」
 なんだよ。嫉妬かよ。どいつもこいつも死にたがりで何を争ってんだ。
 なんで......争ってんだよ、
「もうやめてください。」
 キアラの叫び声は、多分今まで一番大きな声を聞いた気がした。
 ぱたりと音がして、キアラの足元に何かが落ちる。
「ごめんなさい。」
 それが開かれた本だと気づいた時には、本は閉じられる事無く、開いたページからは黒い煙が上がる。それがどんな仕掛けなのかも分からない。燃えている訳でもないのに、物理法則を無視して火事のように煙が上がるのを見て、もう後戻りは出来ないのを悟った。
「ヒカミさんは必ず戻ってきます。わたしが交渉します。きっと二場さんの本当の目的に気付けるのはわたしだけなんです。
 ただ、もしかしたら皆さまに少し被害が及ぶかもしれません。それだけは理解して下さい。お願いします。何が起きてもそれが条理なんです。」

 黒い煙は。崖も西日も、この空気も。
 全て、真っ黒い絵の具のように、べっとりと塗りつくした。
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