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♗14

♗14
 第二の休憩場。
 シャワーもベッドも食料も医療品も。その他生活に必要なものと、トレーニングスペースと。まあそんな風にあたしたちを生存させる為の施設。
 そんな場所に人や獣を拘束するような設備まであるのは、なんだろう仲間割れとかそういう為のものなのか。あたしみたく正気かどうかを判断する為に一時的に拘束する為とか。ハクスイ曰く、プレイで使ったらめちゃくちゃ燃えるらしいけど、マジで聞く相手間違ったわ。

 覚悟してから鏡見なよとハクスイに言われてはいたけど、まあ最初に自分の姿を鏡で見た時には立ち尽くしてしまってシャワーどころじゃなかった。
 狼化以外の特記事項。あたしの首には変な金色の首輪がついている。ハクスイと歩に絶対それだけは外すなと言われたけど、逆にどうやって外すんだ?繋ぎ目が見当たらないし、なんだか呪いのアイテムみたいに、アルファベットと楔形文字の中間のような文字が彫られている。その上、二場に最初着けられた変な黒いネックレスもしてる訳だからゲームのキャラっぽさが半端ない。いや、このゲームのキャラ感は装飾品だけじゃなくて、それ以外の見た目の要素もかなり大きいんだけど。
 顔は全部ではないけど、まあ四分の一はどう考えても人間の顔ではない。右の眼球は色素が薄くなって、三白眼はおろか、狼の様な黄色い眼球だし、右目の周りは灰色と茶色の獣毛がびっしり生えている。
 そして本来あった毛髪は色素が抜けて茶色と灰色に変わっているのだ。頭を覆っているのが茶灰色の獣毛だけでなく、右に至っては新しいパーツが生えている。ああ知ってる!萌えキャラ獣耳。笑えない。しかも右しか生えてないから凄くバランスが悪くて萌えキャラには程遠い。ちなみに元々付いていた、人間の右耳は獣毛の中に陥没しているし、突っついてみても音を認識出来なかった。右側はこの新しい耳で音を感知しているみたいだ。しかも恐ろしく良く聞こえる。ハクスイがこのまま閉鎖生活だと性的に飢えて死ぬとか凄くどうでも良い事を喋っているのがここにいても聞こえる。
 顎の噛み合わせが悪いなあと思って、口を開けると、やっぱり右側だけ、犬歯が伸びていた。気を付けないといつか舌を切りそう。
 顎の右側、首の右側から肩右腕、そして右胸までがっつり獣毛に覆われているけど、お腹は左右どっちも無事に人間の皮膚のままだった。
 手の平に肉球は無いし、手のフォルム自体は人間の手の形だけど、全部毛で覆われていて、爪がすっごい。ちょっと背中掻くだけでも大怪我するレベルに尖っている。
 全般的に、一番最初に牛犬に噛まれた右肩を中心にそこから、ぶわーっと獣毛というか狼化が起きたって感じだ。ちなみに最初に噛まれた傷は傷があった事を忘れる程に完治していた。
 イレギュラーな事にどうやら足も進行しているみたいだ。どういったメカニズムでこの狼化が起きているのか全く分からないけど、足は両方とも人間のそれじゃない。獣毛と爪。足首辺りまで毛が生えている。親指位置も本来あった場所には無かった。そして右足の裏に至ってはうっすら肉球らしき物も出来ている。ちょっと気持ち悪い。
 右だけ関節の位置がずれているのではないかと思う程度に歩き辛い。歩くときに長い左足だけ引き摺る。多分走るのは難しいと思う。
 ふう。以上。現状のあたしの身体。長かった。こんなにも変化してしまったのか。
 シャワーを浴びると、どんどん頭が冷静になっていく。何で自分が中途半端に狼。つまり人狼になってしまったのか。これが呪いの可視化?
『......ははっ、』
 馬鹿がよお。なんだよ。くっそ。条理だから?意味分からん。
 両手の平を見ると、変わらない事実。左手が人間、右手が狼。
 その現実を前にして、立っていられなくなった。ふらっと、座り込んだ。
 出しっぱなしのシャワーを止めたいけど、立ち上がれない。多分左右の足のバランスが悪いせい。直ぐに立てない。立てない毛塗れの身体にずっと、ぬるめのお湯がかかる。
 そうだ、あの妙な儀式の夢もこんな感じでぬるい液体が頭に掛かる感じだった。あの夢の記憶は誰のものなんだろう?ご先祖さま?生贄?狼?何でも良いや。もう身体は変わってしまった。
 あたしは、なんの疑問も持たず親友を食おうとしていたんだ。

 ふと、
 シャワーが止まった。
「ここのシャワー温度がそこまで高くないから、ずっとそのままだと風邪ひくよ。」
 ハクスイが、シャワーを止めて、あたしにタオルをかけてくれた。
『......ごめん。』
 そのままタオルで頭を拭いてくれた。
「謝らなくて良いよ。多分、立場が逆だったら私も同じ過ちを犯して、同じ位困ると思う。」
 大丈夫とか、なんとかなるとか、無責任な事を言わないのがハクスイらしいなと思った。

 あたしの汚い制服はハクスイが洗ってくれていた。今は乾燥機に入っているらしい。何でもあるなここの設備。
「布とかタオルは大量にあるから、その気になれば服を作ることぐらい出来るんだろうけどね。取り敢えず、乾くまで、布でも着ておいて。」
 服が乾くまで布を着るという事をしてみたけど、一つ学んだ。布は着れる。勿論小さいのは無理でも一枚バスタオルを胸に巻く時みたいにして縛って、そして、マントを羽織るように肩からもう一枚被って縛れば布も服になるのだ。
「なんか凄げえなその恰好。時代物の洋画の奴隷が着てそうな服だな。」
 歩の評価はそんな感じ。あたしもそう思うわ。
「まだ話せる状況じゃないだろうし、アタイは一度仮眠とるよ。なんならヒカミもまだ起きる気配無かったらお前らも軽く寝とけ。」
 歩はそう言って、奥のドアを開けてそちらの部屋へ行ってしまった。ちなみにその部屋からはヒカミの匂いがした。多分今歩が向かった部屋にヒカミはいるんだろう。

「サクの知りたい事は状況だと思うけど、色々あってややこし過ぎて長いんだよ。ここに至るまでの話が全員そろってからちゃんと説明するから、今は食事取れるうちにとっておいて欲しいの。何も食べてないでしょ。」
 ハクスイはそう言いながら、テーブルの上に缶詰めを置いてくれた。それも一個二個じゃなくて軽く十個ぐらい。多分好きなもの食べてって意味なんだろうけど。
 ハクスイは今全員という言い方をした。ヒカミだけならヒカミって言うだろうし、ここでの全員って表現は、
『ヒカミ以外にもう一人知らない女性の匂いがするけど、誰?』
 匂いから察するにこの近くにもう一人いるのだ。多分、今歩が入って行った部屋とは反対の部屋からだ。
「凄い嗅覚ね。性別まで分かるのね。まあ誰って言われても説明出来る状況ではないから。それも含めて全員が起きている時に話したいのよね。」
 なるほど、ハクスイと歩が全てを把握しているわけではないのか。
 あたしは、テーブルの上の缶詰を見た。シンプルな銀の缶にラベルが貼ってある。ベーコンとか鯖とかそんな感じに。味付けが書いてないのは水煮みたく自分で調理するものなんだろうか。
 どちらにせよ。あたしはその上にある肉系の食べ物を外していった。なんだか肉は気分じゃない。嫌な事を思い出す。
 何故、あの時のあたしはヒカミを食べようとしたのか。悪い事をしているという自覚は全く無くて、寧ろ当たり前の行動として自分の中の常識が変わってしまったかのような行動だった。今考えればどう考えておかしい行動なのに、あの時のあたしはおかしい事をしている自覚は全く持ってない。
 あれ、ヒカミは生きているとは言っていたけど、あたしはヒカミを食べようと、一度この爪で、ヒカミを......
『ごめんハクスイ。ヒカミの件だけど。大丈夫なの?その、あたしの所為で怪我とかさ。』
「ああ。その辺は余村が上手くやってくれたよ。ただ、決して浅い傷じゃなかったから、ヒカミ自身が寝ている時間が長いのよ。治癒には睡眠が一番だからね。それもあるからあの二人を迂闊に起こしたくなくて。」
 という事は、もう一人の知らない女性も怪我人なのか。
「あと、私からのお願いがある。」
 意味深にハクスイはトーンを落とす。
「向こうの部屋にヒカミが寝ているのは匂いでわかるんでしょ。そのなんて言うか、逆の部屋にももう一つベッドあるから、そっちで私と寝て欲しいの。」
『それって、』
「そう。夜の相手してもらいたくって。」
 ずこーっておい。
「というのは冗談でね。」
 いやマジで今のは要らなかった。
「ちょっとまだ、ヒカミと距離置いて欲しい。」
 まあ想像はついていた。
『そうだよね。』
「本人もサクが正気に戻っていたなら大丈夫って言い張っていたけど。まあ昨日の時点では私にはそうは見えなかったね。」
 まあ無理も無いよ。あれだけの事があったんだ。あたしだってまだ納得いってない。こんな姿に変わってもまだ全部夢だったではないかと期待してしまう自分がいる。しかも今回に至ってはどう見てもあたしが加害者でヒカミが被害者だ。被害者の傷は加害者の傷とは比にならないだろうし。
『それ以外は元気そうだった?』
「うん。まあ鎮痛剤が効いているうちは、わりかし元気そうに喋るし、色々考え事しているみたい。ただ、昨日に至っては、汗だくで魘されながらベッドから落下して起きていたね。夢見最悪だって言っていたぐらいだし。」
 これはあたしだけかもしれないけど。夢って大体いつもその日あまりにもインパクトの大きい出来事があったりすると、その出来事をなぞるような夢を見る。もちろん全部が同じではないけど、その出来事が元になったストーリーでそれが大げさな話で展開したりとか。例えば、子供の頃のヒカミが学校で硝子に突っ込んだあの事件の日は、あたしはヒカミが死ぬ夢を見て泣いていた。ああそうか、あんな夢見た所為で記憶がごっちゃになって警察来たのとか忘れていたんだ。
『きっと。怖かったよね。』
「だろうね。私だって怖くて逃げたぐらいだからね。」
『ハクスイはもうあたしの事大丈夫だって思う?』
 少し、ハクスイは黙ってから言った。
「私の事を見て違和感無い?」
 なんだろう今の言葉。あたしはハクスイを上から下まで見た。相変わらず、ここに来た時と同じ茶色の和服。袖のあたりが返り血で少し変色している。見た感じ一度洗ったようだ。着物から洗剤の匂いもするし。足元は相変わらずローファーのままだし、腰に日本刀も下げたままだ。
「ここに敵は入って来ないのに、まだこんな物騒な物を持ち歩いているって変じゃない?」
 ああ。それは確かに......
『なんか。ごめん。』
 うまく言えないけど。
「まあ、サクじゃなかったら言えないけどね。ここまで失礼な事は多分サクかヒカミじゃないと言えない。二人以外にもし同じ質問されたら。信頼しています怖くない大丈夫って嘘をつくね。」
『それ腰から外さないまま言うんでしょ。』
「当たり前でしょ。いざという時に重さに慣れておくとかテキトーに言うね。」
『じゃあ。もし、もしもだよ!もしもの話。あたしがまた何かおかしくなって誰かを食べようとか急に狂ったりしたら。』
 あたしがそれを言い終わるか否や、一瞬視界は光の反射のように光り、
「これが答え。」
 ハクスイの刀はあたしの喉元に向いていた。
「お前は弱いわけじゃない。十分強い。でも無いのは覚悟だって。余村に怒やされた。次その時が来たら躊躇わない。それが余村との約束。」
 今こうやってあたしに刃を向けているのは今あたしに殺意があるわけでは無いのが伝わってくる。感情の煙の色は視えないけど、今ここであたしを殺すのはあまりにも意味が無さ過ぎる。確かに目は鋭いけどそれは元々だし、今こうやって刀を向けるのは、多分ハクスイ自身による強さの再確認だ。
 この獣の力を持っているあたし相手でも、ハクスイが本気出せばきっと仕留める事は出来るだろう。現にこの速さで抜刀出来る。子供の頃からずっと習っているだけある。
『流石だね。これなら苦しむ前に死ねそう。』
「どうかね。流石に普通の人間相手じゃなくて、その運動神経を持ったサク相手なら接戦になって直ぐには楽になれないかもね。」
 ハクスイは刀を鞘に戻しながら、さっきあたしが拘束されていた部屋の方に向かっていく。
「向こうで素振りと筋トレしてくるわ。そっちのヒカミと歩の部屋には入らないで、寝る時はあっちの部屋ね。」
 ハクスイはそう言い残して出ていった。

 部屋にはあたし一人。目の前のテーブルの上には大量の缶詰という食料。お腹は空いているはずなんだけどな。まだ食べる気は起きない。少なくとも肉だけは無理だ。このままベジタリアンでも良いかもしれない。
 というか、こっちの世界に来てから、吐いた記憶しかない。この狼になる時もあり得ないぐらい吐いていたし、さっきもあんな感じだ。胃腸類がまともじゃない。
 部屋の中は、独立してポン付けで工事されたようなシャワー室とトイレ。洗面所の隣には洗濯機と乾燥機がある。あと台所と大きな棚やストッカーがある。そしてこの部屋を中心にドアが三つ見える。一つは今ハクスイがいるあたしが拘束されていたトレーニングルーム。もう一つは歩とヒカミが寝ている部屋。残り一つはあたしとハクスイが寝る兼、もう一人の知らない人が寝ている部屋。最低でも3LDKの間取りだ。休憩所というかはもう完全に宿泊施設だ。台所とシャワー室と洗濯機が全部同じ部屋に作られている構造もなんだか宿泊学習の時の施設感が半端ない。
 台所があるなら、ほかの食べ物もあるのだろうと、あたしは台所横のストッカーを開けた。食べ物というより何か暖かい飲み物から胃を慣らしたい。
 色々漁ると、多分顆粒のスープだろうと思われるものと、布と裁縫セットが出てきたので、あたしは取り敢えずこのスープで胃を温めながら、乾燥が終わったブラウスを改造する事にした。
 改造っても純粋に襟にフードを足したいのだ。流石に常にこの耳と顔を出している事に今は自分でも嫌悪感がある。パッと見でこの人間らしくない部分が隠せるようにしておいた方が気分的には楽だ。
 さっくりと布を切って。頭で被りながら大きさを調整する。そして、襟の所に縫い付けるんだけど、この獣毛で覆われた手。針を持つのが難しい。いや獣毛だけじゃなくてこのデカい爪が邪魔だ。
 結局、しつけ縫いのような出来栄えのフード付きブラウスとなった。着てみたけど、隠したい部分は隠れたのでまあこれで良いや。取れたら取れた時にまた縫い直せば良い。
 じゃあ次に隠したい所はと考えたら、やっぱりこの右手右腕かな。他の部分は服を着れば隠れるし。首は布を巻いとけば良い。
 またいろいろ棚とかを漁ると包帯があったので右腕が全部隠れるようにぐるぐる巻きにした。
 それでもう一度鏡の前に立つと......
『厨二病だなあ。』
 なんか、思いっきり右側に何かを封印しているキャラだ。いや実際封印しているようなもんだけどさ。
 色々考えたい事もあったけど、慣れない事したのと、久々に胃に何か入ったせいかどっと眠くなってきた。
 ハクスイの指示通り、もう一つの部屋に行くと、ベッドが二つ置いてあるだけの簡素な部屋だった。勿論一つのベッドは先約が寝ている。
 多分同年代の女の子の匂いではあるけど随分独特な匂いがする子だ。一体何をしたらこんな匂いになるのだろう。まだ若干血の匂いがするのは多分その怪我の所為なのか。
 ハクスイが来るまで起きていようかと思ったけど、ベッドに入ったらもう気が付いたらあたしは寝てしまっていた。
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不条識な狼の理(上)作者:駿河鵬命
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 第二の休憩場。
 シャワーもベッドも食料も医療品も。その他生活に必要なものと、トレーニングスペースと。まあそんな風にあたしたちを生存させる為の施設。
 そんな場所に人や獣を拘束するような設備まであるのは、なんだろう仲間割れとかそういう為のものなのか。あたしみたく正気かどうかを判断する為に一時的に拘束する為とか。ハクスイ曰く、プレイで使ったらめちゃくちゃ燃えるらしいけど、マジで聞く相手間違ったわ。

 覚悟してから鏡見なよとハクスイに言われてはいたけど、まあ最初に自分の姿を鏡で見た時には立ち尽くしてしまってシャワーどころじゃなかった。
 狼化以外の特記事項。あたしの首には変な金色の首輪がついている。ハクスイと歩に絶対それだけは外すなと言われたけど、逆にどうやって外すんだ?繋ぎ目が見当たらないし、なんだか呪いのアイテムみたいに、アルファベットと楔形文字の中間のような文字が彫られている。その上、二場に最初着けられた変な黒いネックレスもしてる訳だからゲームのキャラっぽさが半端ない。いや、このゲームのキャラ感は装飾品だけじゃなくて、それ以外の見た目の要素もかなり大きいんだけど。
 顔は全部ではないけど、まあ四分の一はどう考えても人間の顔ではない。右の眼球は色素が薄くなって、三白眼はおろか、狼の様な黄色い眼球だし、右目の周りは灰色と茶色の獣毛がびっしり生えている。
 そして本来あった毛髪は色素が抜けて茶色と灰色に変わっているのだ。頭を覆っているのが茶灰色の獣毛だけでなく、右に至っては新しいパーツが生えている。ああ知ってる!萌えキャラ獣耳。笑えない。しかも右しか生えてないから凄くバランスが悪くて萌えキャラには程遠い。ちなみに元々付いていた、人間の右耳は獣毛の中に陥没しているし、突っついてみても音を認識出来なかった。右側はこの新しい耳で音を感知しているみたいだ。しかも恐ろしく良く聞こえる。ハクスイがこのまま閉鎖生活だと性的に飢えて死ぬとか凄くどうでも良い事を喋っているのがここにいても聞こえる。
 顎の噛み合わせが悪いなあと思って、口を開けると、やっぱり右側だけ、犬歯が伸びていた。気を付けないといつか舌を切りそう。
 顎の右側、首の右側から肩右腕、そして右胸までがっつり獣毛に覆われているけど、お腹は左右どっちも無事に人間の皮膚のままだった。
 手の平に肉球は無いし、手のフォルム自体は人間の手の形だけど、全部毛で覆われていて、爪がすっごい。ちょっと背中掻くだけでも大怪我するレベルに尖っている。
 全般的に、一番最初に牛犬に噛まれた右肩を中心にそこから、ぶわーっと獣毛というか狼化が起きたって感じだ。ちなみに最初に噛まれた傷は傷があった事を忘れる程に完治していた。
 イレギュラーな事にどうやら足も進行しているみたいだ。どういったメカニズムでこの狼化が起きているのか全く分からないけど、足は両方とも人間のそれじゃない。獣毛と爪。足首辺りまで毛が生えている。親指位置も本来あった場所には無かった。そして右足の裏に至ってはうっすら肉球らしき物も出来ている。ちょっと気持ち悪い。
 右だけ関節の位置がずれているのではないかと思う程度に歩き辛い。歩くときに長い左足だけ引き摺る。多分走るのは難しいと思う。
 ふう。以上。現状のあたしの身体。長かった。こんなにも変化してしまったのか。
 シャワーを浴びると、どんどん頭が冷静になっていく。何で自分が中途半端に狼。つまり人狼になってしまったのか。これが呪いの可視化?
『......ははっ、』
 馬鹿がよお。なんだよ。くっそ。条理だから?意味分からん。
 両手の平を見ると、変わらない事実。左手が人間、右手が狼。
 その現実を前にして、立っていられなくなった。ふらっと、座り込んだ。
 出しっぱなしのシャワーを止めたいけど、立ち上がれない。多分左右の足のバランスが悪いせい。直ぐに立てない。立てない毛塗れの身体にずっと、ぬるめのお湯がかかる。
 そうだ、あの妙な儀式の夢もこんな感じでぬるい液体が頭に掛かる感じだった。あの夢の記憶は誰のものなんだろう?ご先祖さま?生贄?狼?何でも良いや。もう身体は変わってしまった。
 あたしは、なんの疑問も持たず親友を食おうとしていたんだ。

 ふと、
 シャワーが止まった。
「ここのシャワー温度がそこまで高くないから、ずっとそのままだと風邪ひくよ。」
 ハクスイが、シャワーを止めて、あたしにタオルをかけてくれた。
『......ごめん。』
 そのままタオルで頭を拭いてくれた。
「謝らなくて良いよ。多分、立場が逆だったら私も同じ過ちを犯して、同じ位困ると思う。」
 大丈夫とか、なんとかなるとか、無責任な事を言わないのがハクスイらしいなと思った。

 あたしの汚い制服はハクスイが洗ってくれていた。今は乾燥機に入っているらしい。何でもあるなここの設備。
「布とかタオルは大量にあるから、その気になれば服を作ることぐらい出来るんだろうけどね。取り敢えず、乾くまで、布でも着ておいて。」
 服が乾くまで布を着るという事をしてみたけど、一つ学んだ。布は着れる。勿論小さいのは無理でも一枚バスタオルを胸に巻く時みたいにして縛って、そして、マントを羽織るように肩からもう一枚被って縛れば布も服になるのだ。
「なんか凄げえなその恰好。時代物の洋画の奴隷が着てそうな服だな。」
 歩の評価はそんな感じ。あたしもそう思うわ。
「まだ話せる状況じゃないだろうし、アタイは一度仮眠とるよ。なんならヒカミもまだ起きる気配無かったらお前らも軽く寝とけ。」
 歩はそう言って、奥のドアを開けてそちらの部屋へ行ってしまった。ちなみにその部屋からはヒカミの匂いがした。多分今歩が向かった部屋にヒカミはいるんだろう。

「サクの知りたい事は状況だと思うけど、色々あってややこし過ぎて長いんだよ。ここに至るまでの話が全員そろってからちゃんと説明するから、今は食事取れるうちにとっておいて欲しいの。何も食べてないでしょ。」
 ハクスイはそう言いながら、テーブルの上に缶詰めを置いてくれた。それも一個二個じゃなくて軽く十個ぐらい。多分好きなもの食べてって意味なんだろうけど。
 ハクスイは今全員という言い方をした。ヒカミだけならヒカミって言うだろうし、ここでの全員って表現は、
『ヒカミ以外にもう一人知らない女性の匂いがするけど、誰?』
 匂いから察するにこの近くにもう一人いるのだ。多分、今歩が入って行った部屋とは反対の部屋からだ。
「凄い嗅覚ね。性別まで分かるのね。まあ誰って言われても説明出来る状況ではないから。それも含めて全員が起きている時に話したいのよね。」
 なるほど、ハクスイと歩が全てを把握しているわけではないのか。
 あたしは、テーブルの上の缶詰を見た。シンプルな銀の缶にラベルが貼ってある。ベーコンとか鯖とかそんな感じに。味付けが書いてないのは水煮みたく自分で調理するものなんだろうか。
 どちらにせよ。あたしはその上にある肉系の食べ物を外していった。なんだか肉は気分じゃない。嫌な事を思い出す。
 何故、あの時のあたしはヒカミを食べようとしたのか。悪い事をしているという自覚は全く無くて、寧ろ当たり前の行動として自分の中の常識が変わってしまったかのような行動だった。今考えればどう考えておかしい行動なのに、あの時のあたしはおかしい事をしている自覚は全く持ってない。
 あれ、ヒカミは生きているとは言っていたけど、あたしはヒカミを食べようと、一度この爪で、ヒカミを......
『ごめんハクスイ。ヒカミの件だけど。大丈夫なの?その、あたしの所為で怪我とかさ。』
「ああ。その辺は余村が上手くやってくれたよ。ただ、決して浅い傷じゃなかったから、ヒカミ自身が寝ている時間が長いのよ。治癒には睡眠が一番だからね。それもあるからあの二人を迂闊に起こしたくなくて。」
 という事は、もう一人の知らない女性も怪我人なのか。
「あと、私からのお願いがある。」
 意味深にハクスイはトーンを落とす。
「向こうの部屋にヒカミが寝ているのは匂いでわかるんでしょ。そのなんて言うか、逆の部屋にももう一つベッドあるから、そっちで私と寝て欲しいの。」
『それって、』
「そう。夜の相手してもらいたくって。」
 ずこーっておい。
「というのは冗談でね。」
 いやマジで今のは要らなかった。
「ちょっとまだ、ヒカミと距離置いて欲しい。」
 まあ想像はついていた。
『そうだよね。』
「本人もサクが正気に戻っていたなら大丈夫って言い張っていたけど。まあ昨日の時点では私にはそうは見えなかったね。」
 まあ無理も無いよ。あれだけの事があったんだ。あたしだってまだ納得いってない。こんな姿に変わってもまだ全部夢だったではないかと期待してしまう自分がいる。しかも今回に至ってはどう見てもあたしが加害者でヒカミが被害者だ。被害者の傷は加害者の傷とは比にならないだろうし。
『それ以外は元気そうだった?』
「うん。まあ鎮痛剤が効いているうちは、わりかし元気そうに喋るし、色々考え事しているみたい。ただ、昨日に至っては、汗だくで魘されながらベッドから落下して起きていたね。夢見最悪だって言っていたぐらいだし。」
 これはあたしだけかもしれないけど。夢って大体いつもその日あまりにもインパクトの大きい出来事があったりすると、その出来事をなぞるような夢を見る。もちろん全部が同じではないけど、その出来事が元になったストーリーでそれが大げさな話で展開したりとか。例えば、子供の頃のヒカミが学校で硝子に突っ込んだあの事件の日は、あたしはヒカミが死ぬ夢を見て泣いていた。ああそうか、あんな夢見た所為で記憶がごっちゃになって警察来たのとか忘れていたんだ。
『きっと。怖かったよね。』
「だろうね。私だって怖くて逃げたぐらいだからね。」
『ハクスイはもうあたしの事大丈夫だって思う?』
 少し、ハクスイは黙ってから言った。
「私の事を見て違和感無い?」
 なんだろう今の言葉。あたしはハクスイを上から下まで見た。相変わらず、ここに来た時と同じ茶色の和服。袖のあたりが返り血で少し変色している。見た感じ一度洗ったようだ。着物から洗剤の匂いもするし。足元は相変わらずローファーのままだし、腰に日本刀も下げたままだ。
「ここに敵は入って来ないのに、まだこんな物騒な物を持ち歩いているって変じゃない?」
 ああ。それは確かに......
『なんか。ごめん。』
 うまく言えないけど。
「まあ、サクじゃなかったら言えないけどね。ここまで失礼な事は多分サクかヒカミじゃないと言えない。二人以外にもし同じ質問されたら。信頼しています怖くない大丈夫って嘘をつくね。」
『それ腰から外さないまま言うんでしょ。』
「当たり前でしょ。いざという時に重さに慣れておくとかテキトーに言うね。」
『じゃあ。もし、もしもだよ!もしもの話。あたしがまた何かおかしくなって誰かを食べようとか急に狂ったりしたら。』
 あたしがそれを言い終わるか否や、一瞬視界は光の反射のように光り、
「これが答え。」
 ハクスイの刀はあたしの喉元に向いていた。
「お前は弱いわけじゃない。十分強い。でも無いのは覚悟だって。余村に怒やされた。次その時が来たら躊躇わない。それが余村との約束。」
 今こうやってあたしに刃を向けているのは今あたしに殺意があるわけでは無いのが伝わってくる。感情の煙の色は視えないけど、今ここであたしを殺すのはあまりにも意味が無さ過ぎる。確かに目は鋭いけどそれは元々だし、今こうやって刀を向けるのは、多分ハクスイ自身による強さの再確認だ。
 この獣の力を持っているあたし相手でも、ハクスイが本気出せばきっと仕留める事は出来るだろう。現にこの速さで抜刀出来る。子供の頃からずっと習っているだけある。
『流石だね。これなら苦しむ前に死ねそう。』
「どうかね。流石に普通の人間相手じゃなくて、その運動神経を持ったサク相手なら接戦になって直ぐには楽になれないかもね。」
 ハクスイは刀を鞘に戻しながら、さっきあたしが拘束されていた部屋の方に向かっていく。
「向こうで素振りと筋トレしてくるわ。そっちのヒカミと歩の部屋には入らないで、寝る時はあっちの部屋ね。」
 ハクスイはそう言い残して出ていった。

 部屋にはあたし一人。目の前のテーブルの上には大量の缶詰という食料。お腹は空いているはずなんだけどな。まだ食べる気は起きない。少なくとも肉だけは無理だ。このままベジタリアンでも良いかもしれない。
 というか、こっちの世界に来てから、吐いた記憶しかない。この狼になる時もあり得ないぐらい吐いていたし、さっきもあんな感じだ。胃腸類がまともじゃない。
 部屋の中は、独立してポン付けで工事されたようなシャワー室とトイレ。洗面所の隣には洗濯機と乾燥機がある。あと台所と大きな棚やストッカーがある。そしてこの部屋を中心にドアが三つ見える。一つは今ハクスイがいるあたしが拘束されていたトレーニングルーム。もう一つは歩とヒカミが寝ている部屋。残り一つはあたしとハクスイが寝る兼、もう一人の知らない人が寝ている部屋。最低でも3LDKの間取りだ。休憩所というかはもう完全に宿泊施設だ。台所とシャワー室と洗濯機が全部同じ部屋に作られている構造もなんだか宿泊学習の時の施設感が半端ない。
 台所があるなら、ほかの食べ物もあるのだろうと、あたしは台所横のストッカーを開けた。食べ物というより何か暖かい飲み物から胃を慣らしたい。
 色々漁ると、多分顆粒のスープだろうと思われるものと、布と裁縫セットが出てきたので、あたしは取り敢えずこのスープで胃を温めながら、乾燥が終わったブラウスを改造する事にした。
 改造っても純粋に襟にフードを足したいのだ。流石に常にこの耳と顔を出している事に今は自分でも嫌悪感がある。パッと見でこの人間らしくない部分が隠せるようにしておいた方が気分的には楽だ。
 さっくりと布を切って。頭で被りながら大きさを調整する。そして、襟の所に縫い付けるんだけど、この獣毛で覆われた手。針を持つのが難しい。いや獣毛だけじゃなくてこのデカい爪が邪魔だ。
 結局、しつけ縫いのような出来栄えのフード付きブラウスとなった。着てみたけど、隠したい部分は隠れたのでまあこれで良いや。取れたら取れた時にまた縫い直せば良い。
 じゃあ次に隠したい所はと考えたら、やっぱりこの右手右腕かな。他の部分は服を着れば隠れるし。首は布を巻いとけば良い。
 またいろいろ棚とかを漁ると包帯があったので右腕が全部隠れるようにぐるぐる巻きにした。
 それでもう一度鏡の前に立つと......
『厨二病だなあ。』
 なんか、思いっきり右側に何かを封印しているキャラだ。いや実際封印しているようなもんだけどさ。
 色々考えたい事もあったけど、慣れない事したのと、久々に胃に何か入ったせいかどっと眠くなってきた。
 ハクスイの指示通り、もう一つの部屋に行くと、ベッドが二つ置いてあるだけの簡素な部屋だった。勿論一つのベッドは先約が寝ている。
 多分同年代の女の子の匂いではあるけど随分独特な匂いがする子だ。一体何をしたらこんな匂いになるのだろう。まだ若干血の匂いがするのは多分その怪我の所為なのか。
 ハクスイが来るまで起きていようかと思ったけど、ベッドに入ったらもう気が付いたらあたしは寝てしまっていた。
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