#6 戦闘 フランケ
「で? 誰から死ぬ?」
ニーサオビンカ第八席、フランケが両腰の手斧を持ち上げて問う。
「夜明けのタルカに、なんでニーサオビンカが派遣されるのさ」
正眼に刀を構えたヨウマは、問いに答えることなく訊いた。
「ん? ああ、あいつらか。ここは俺の寝床だよ。タルカの連中はここを使っちゃいない」
「じゃあ、アジトはどこ」
「教えると思うか? ......ま、ここのことをゲロったやつの狙いはわかるけどな」
フランケは、突如両の斧を投げる。弾丸もかくや、というスピードで飛翔したそれらは、二人のニェーズの額に突き刺さった。
「ここでユーグラスの戦力を削りたいのさ。退屈させてくれるなよ」
どす黒く赤い刃を持つ斧がふわりと浮き上がって、指輪が輝く持ち主の手に戻っていく。と、同時に、彼はキジマに向かって床を蹴った。二つの得物が振り上げられ、一気に落ちる。
それを、キジマは腕の甲殻で受け止めた。少し食い込んだ所で、斧は止まる。ギリギリと押し合って、睨み合う。
「ニェーズにしちゃ小さいが......ハーフだな?」
ニヤリほくそ笑んで、フランケは相手を蹴り飛ばした。そこにヨウマが来る。逆袈裟を受け流し、真向切りと斬り結ぶ。瞬間、彼は得物から手を離した。浮いたまま刀を拘束する斧。その下に潜って、ヨウマの頬を殴った。次いで、頭を掴んで奥の部屋に放り投げる。
槍を持った隊員が、果敢にもチャージを行う。しかし、フランケは斧を呼び戻しつつ刺突をすり抜けるように避け、その首を刎ねてしまった。吹き出た血が、壁と床を真っ赤に汚す。
一人、逃げようとする者さえいた。されど、後頭部に突き刺さった斧で殺された。
「逃げるなよ......」
コツコツと歩いて、わざわざ斧を引き抜きに行った彼は誰にも聞こえない声で呟く。
「楽しもうぜ! 殺し合いをよォ!」
振り返って、叫ぶ。
「遊びのつもりなら、さっさと降参した方がいいんじゃない?」
いつの間にか、奥の部屋から出てきていたヨウマが言う。額に切り傷が出来て、血が目の辺りまで垂れていた。
「地球人のガキが、ニーサオビンカに勝てるわけないだろう?」
「オビンカならだいぶ殺したよ。あんたもそんなに変わらないんじゃない?」
「生意気なガキだな。名前は?」
「ヨウマ」
途端、フランケは笑い出した。
「そうかそうか! お前がヨウマか! ガキの癖に殺しがうまいヤツ!」
フッと落ち着いて、彼はヨウマに迫る。
「だが、ここで死ぬ」
そこから、ヨウマは回避と防御以外の選択肢を奪われた。怒涛の連撃が一歩一歩彼を後退させていく。習慣のような徴発をしたはいいものの、特に方策があるわけではなかった。
刀を熱して、一撃を叩き込む──それが、それさえできれば、と斧を弾きながら思う。
キジマが相手の背後に一発蹴りを浴びせた。そうして蹌踉とした相手に、ヨウマは踏み込む。跳躍。首元から斬り込んで、心臓へ。イメージは完璧だった。しかし、届かない。手から離れた斧が斬撃を阻むのだ。重ねて、斧の刃が防刃ベストに直撃。奥の部屋に彼を押し込んだ。
その間、フランケは後ろ回し蹴りでキジマの側頭部を叩く。更に、右ストレートで吹き飛ばして、壁に叩きつけた。
斧が飛んで、そのキジマに襲い掛かる。旋風のように暴れるそれから逃げ、距離を作った彼は、一度汗を拭った。
「ん~、悪くない」
顎を触りながらフランケは言う。斧は浮き上がり、また二人の命を奪った。
「だが、足りないな」
完全に脱力した彼に、剣を持ったニェーズが走り寄る。
「ダメじゃないかァ!」
斧は瞬時に持ち主の手に戻り、振り抜かれた。二、三合と打ち合ってから、頭蓋骨を叩き割る。
「見え見えの誘いに乗るから、こうなるんだぜ」
誰も、彼に向かわない。迂闊な動きを見せれば、今のニェーズと同じことになる。その緊張が、皆の体を強張らせる。
「どうした? もう終わりか?」
斧を弄びながらフランケが言う。手首のスナップで投げ上げ、回転しながら落ちてくるそれを掴む。
「忘れてない? 僕のこと」
ヨウマが奥の部屋から出てきた。ベストの胸から腹にかけてが大きく切り裂かされていたものの、血は流れていない。
「ヨウマ、お前は何のために戦っている」
「親父のため。親父がいなかったら僕は死んでたからね。恩返しをしなくちゃならない」
「ハンッ。つまらん奴だ。もっとエゴを出せよ」
斧の先から血が滴り落ちる。
「自分のガキを、生きて帰れない戦場に送り込む親ってのは、馬鹿だよな。俺なら勝てる戦だけやらせる」
「僕は死なないよ」
真っすぐ、彼はフランケに向かった。
「馬鹿が!」
斧が飛ぶ。直撃コース。だが、間にキジマが割って入る。ベスト越しのどうっとした衝撃を受け止めつつ、斧を掴む。
「自己犠牲、つまらん!」
フランケは斧を呼び戻そうとする。だが、渾身の力で斧を握っていたキジマによって、叶わない。
「行け、ヨウマ!」
地面に倒れ込んだ親友を飛び越えて、ヨウマが赤熱化した刃をその手に握る。そうして繰り出された刺突は、左腕という盾に突き刺さる。それでも、フランケは退くことなく彼の頭を掴み、頭突きを食らわせた。
然るに、彼は止まらない。床に足が着いた瞬間刀を引き抜いて、上段に構えてジャンプ。狙いは首元だ。届くか、届かざるか──答えは、後者だった。
甲殻で覆われた両手が、赤い光を放つ刀身を挟み込んでいた。真剣白刃取り。そのまま腕を捻り上げ、ヨウマの腹に蹴りを入れる。ついに彼の手から柄が離れる。瞬間、フランケの肉体を電流の走るようなインパクトが襲った。体がぶるっと震えて、奪ったばかりの武器を落とす。
「なるほどねぇ......」
強がりの笑みを浮かべ、彼は呟く。
「こいつ、人を選んでやがるな?」
「よくわかったね」
苦しい息。されども、ヨウマも同じように強がっていた。
「強力な魔法で鍛えられた武器は、それに応えて持ち主を選ぶ......そして、そんな強さを持った刀鍛冶は限られる。ジクーレン。そうだろう?」
「賢いんだ」
「経験があるのさ」
ヨウマは腰を落とし、愛刀を見据える。
「返してよ」
「やってみろ」
その時であった。フランケの背筋が、猛烈な殺気にビクついたのだ。反射的に体を動かし、背後に向かって右手を突き出す。指輪が光って、青白い壁を作り出す。そこに、真っ赤な炎の嵐がぶつかった。
「この熱量......イルケ!」
「あら、ご名答。そうよ、今度こそアナタを殺しに来たの」
炎が消えれば、煙管を持ったイルケが死体の横に立っていた。その先には小さな火が渦巻いている。
「指輪を外して投降しなさい。じゃないと、このアパートごと焼き尽くすわよ」
「ハッ、誰が──」
熱線が彼の頬を焼きながら過ぎ去った。
「本気よ。みんなは退避なさい」
生き残った隊員たちは持てる限りの亡骸を抱えて退いていく。だが、ヨウマとキジマは残っていた。
「ヨウマちゃん、キジマちゃん、どうしたの」
「刀を取り戻さなくっちゃ」
「あら、そう。手伝ってあげるわ」
イルケが炎を浴びせる。壁を生み出しつつ、ヨウマを睨むフランケは、徐々に精神の限界が近づいていることを悟っていた。
「こっちに集中なさい。死ぬわよ」
炎の中から熱線が飛んで、壁ごとその左肩を穿った。その痛みで姿勢を崩した彼の足元から、ヨウマは刀を奪い取る。
「来いってんだよ!」
彼が叫んだ。その意志の力が、ついにキジマの妨害を突破して斧を呼び寄せる。それがヨウマとの間に入り、突きを防いだ。
だが、それはキジマがフリーになったことを意味してもいた。彼は真っすぐ走りフランケの頬に飛び蹴りを一発。集中が途切れたことで、フランケは炎の中に飲み込まれた。
がくり、首を差し出すようにフランケは跪いた。
「終わった、のか?」
キジマがなぜ自分たちが燃えていないのか、という疑問を持ちながら呟く。
「止め、刺さなきゃ」
ヨウマは刀を振り上げた。首筋どころか背中側の甲殻が全て溶け、灰色の素肌が露になっている。冷酷に終わりを告げようとしたが、外でクラクションが三回鳴った、と思えば、相手が突然走り窓から飛び出した。斧を魔法で引き連れて。
突然のことで対処しきれなかった三人は、窓から下を見下ろす。軽トラックの荷台に乗って、奴は逃げたのだ。
「追いますか」
キジマが問う。
「その必要はないみたいよ」
装甲車が逃げる車両の後をついていくのを、皆認めた。
「イルケなしで大丈夫なのかな」
「まあ撒かれるでしょうね。今回のお仕事はここで一旦終わり、というわけ。ヨウマちゃんも疲れたでしょう? 早く帰って休みなさい」
ヨウマはストン、と腰を下ろした。というより、落ちた。
「キジマ、運んで」