27.エリザベスとキスの雨
真っ白な強い光で視界が満たされ、エリザベスは自分の目が見えなくなってしまったのではないかと錯覚するほどだった。
つるりとしていた指先に感じる顔の感触はするりと蕩けて自分の肌になじんでいく。
「エリザベス!!」
頭上ではなくすぐ近くからアルフォンスが自分を呼ぶ声を聞き、エリザベスは顔を覆っている手を下ろし、声の方を見た。
そこには涙を流しながらも笑顔のアルフォンスが両手を広げて近づいてきているところで、彼はそのままエリザベスの頬を掌で包んで、熱いキスを浴びせた。
「んっ......う、はっ、アル、フォンス」
「んっ、ん......ふ......」
そのキスは食いつくすかのように熱烈で、交わすたびに思考が溶けてしまいそうで、エリザベスはアルフォンスをなかなか制止できなかった。
「はあっ、もう、アルフォンス、人前だから......っ」
「キスの雨を降らせろって言ったのは君だろ、もっとさせてよ」
「アルフォンスっ!!」
気がつけばエリザベスは山の上ではなく、元居たサバトの会場で座り込んでいた。
着ている服も来るときの旅装に戻っている。二人の周りでは魔女たちが情熱的なやりとりをにやにやと眺めている。
ようやく解放されたエリザベスの顔は首元まで真っ赤だった。
「エリザベス......、君、顔が、顔がある......。どこに唇があるのか、見てすぐわかる......!」
「えっ、本当......?」
涙声のアルフォンスにそう告げられ、エリザベスは自分の顔をぺたぺたと触って確認する。
元々顔がないときも触覚だけはあったので、それでわかることは何もなかった。
しかし目の前のアルフォンスの嬉しそうな顔と声が嘘だと言うなら、彼はどんな役者よりも巧みな演技の天才ということになってしまう。
エリザベスは自分の顔を取り戻すことができたのだ......。
「おめでとう、エリザベスちゃん。あなたの勝利でゲームは終了よ」
二人の様子を見ていた百貌の魔女ペイルトゥナがゆっくりと拍手をしながら声をかけてきた。
その顔は、ゲームの中で巨大なカエルに呑み込まれてしまったソフィアと同じ顔をしていた。それを見てエリザベスの顔が今度は蒼白になる。
「そ、ソフィア......。あのっ、ソフィアは、ソフィアはどう......なってしまったのですか......」
ペイルトゥナが指をパチンと鳴らすと、展開した時と同じようにゲーム盤はぱたぱたと勝手に折りたたまれて元のトランクの形に戻って行く。
それを見ながらエリザベスは震える声でペイルトゥナに質問をした。
「ソフィアちゃんはゲームに負けたペナルティであたくしに顔を取られました。もう一つ、嘘つきのぶんのペナルティはこれからもあたしのゲームの駒として、眠っている間の時間だけゲームの中に留まる罰を与えるわ」
「......これからも、ということはソフィアは生きているんですか?」
「あたくし優しいから。ゲームの中で死んでも現実で死んだりはしないようにしてあるの。だって、かわいそうな子は死んじゃうより生きて苦しんでる方が可愛いんですもの。ねえ、みんなもそう思うわよねえ」
ペイルトゥナがおどけて首をすくめ、周りの魔女たちはどこが優しいのよ~、と笑い声をあげた。
「ソフィアが生きてる......アルフォンス......、ああ......うわあぁ......」
エリザベスはソフィアが死んでしまったのではないとわかると緊張の糸が切れ、その場でアルフォンスに抱き着き声をあげて泣き出してしまう。
わんわんと泣く愛しい婚約者を抱きしめ、アルフォンスは大きな手のひらで頭を撫でてやった。
「エリザベスちゃん。あたくしたちはあなたを新たな魔女として迎え入れるわ。王宮魔術師であるアルフォンスくんの妻として生きるならあたくしたち魔女がこの国で生きやすくなるような働きを期待するわよぉ。アルフォンス君もいいわね?」
「はい。僕たちは魔術の有用性を国に示し、魔女の皆さんが不当に抑圧されないように尽力します」
「よろしい。みんな~、新しい仲間に乾杯しましょう~」
「かんぱ~い、きゃはは!」
ペイルトゥナの機嫌を損ねずに顔を取り戻すことができたエリザベスとアルフォンスはサバトの参加を終え、やがて帰りの馬車に乗り込んだ。
今まで相当我慢していたのだろう。二人きりになるとアルフォンスはエリザベスに覆いかぶさるようにまたキスをしてきた。
「あっ、んん、んう、アルフォンスぅ......」
「はあ、はあ、エリザベス。かわいい、エリザベス。ずっと見たかった。君ってこんな顔で僕にキスされるんだ......」
「アルフォンス、あなた変よ、どうしちゃったの? んん~ッ、んふぅーッ」
先ほどのサバトでのキスはまだ手加減していたらしい。
今度のキスはエリザベスの唇を食むばかりではなく、舌も歯も顎の裏すらすべて味わい尽くすようなさらに官能的なものだったのだ。
「禁止~ッ!! 禁止禁止! 羽目を外しすぎですわーっ!! 坊ちゃま!!」
「ぷはっ、ま、マイカ!!」
「......そういえば連れて来ていたんだったな......」
丸い石の状態でアルフォンスの内ポケットに入っていたマイカがけたたましい声をあげたので、アルフォンスの暴走はその場で食い止められたようだった。
「マイカ! コランダムから外されていたのね」
「はい! マイカはこれからもお二人の側でお手伝いしたいので~。それはそうと! お坊ちゃま、まだオイタはダメでございます! 正式に婚姻するまではキスから先は破廉恥でございます!」
「今はキスの範囲内だったろ......」
「口の中をべろべろ舐めるようなキスは限りなく黒に近いグレー! マイカ判定ではほぼ黒でございます~!」
「は、はっきり言わないで......マイカ、恥ずかしい......」
真っ赤になって顔を覆うエリザベスの前でマイカは嬉しそうにぴかぴかと光った。
「エリザベス様、お顔が戻ってようございました。その表情、まさに婚約者に愛されている令嬢のお顔でございます~。マイカはそのかんばせに婚礼のお化粧を施すのが楽しみでなりませんわ。それに! マイカ、内緒で婚礼用のヴェールに刺繍をしていたのです。早く戻って続きを刺しとうございます~」
「そうだったの......。そうね。アルフォンス。戻ったら婚礼の準備をはじめたほうがいいかも」
「そうだね。僕は、婚礼の前に君の顔をなんとしても取り戻したいと思ってたんだ。そして君はそれを成し遂げた。もう何もわだかまりはない。婚礼の準備をしよう」
「嬉しい、アルフォンス......」
慈しむような瞳で見つめてくるアルフォンスに、今度はエリザベスの方からチュッとついばむようなキスをした。
「......小鳥のように可愛い君からのキス、最高だな。お礼に婚礼の式まで僕は毎日君にキスをするからね。もちろん僕のキスは全然可愛くない奴だよ。全部食べ尽くすようなキスに早く慣れてね」
「アルフォンスッたら!!」
「禁止~ッ!!」
ほどなく、見えなくなっていたエリザベス・ハルトマンの顔がふたたび現れたという噂が社交界を駆け巡った。
誰もがもうエリザベスを顔なし令嬢などと陰で呼ばわることもなくなったころ、アルフォンスの王宮魔術師叙任式が行われる日がやって来た。
それは彼の親友である第一王子のジャスティンの粋な計らいにより、アルフォンスとエリザベスの婚礼の式をそのまま続けて行うことに決まった。