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21.エリザベスとペイルトゥナ

 サバトの開催される場所はペイルトゥナの作った結界の中にあり、招待された魔女や魔術師しか入ることはできないとのことだった。

「招待状には君の名前もあった。エリザベス、ペイルトゥナは君も魔女として人数に入れているんだ。君にもちゃんと発言権がある」
「わたし......魔女と会うのなんて初めてで、とても緊張するわ」
「わかるよ。僕も魔術師として最初に行ったサバトはとても緊張したし、今でもヒリヒリする。けれど、おそらく魔女たちは君が自分の言葉で顔を返してほしいと言うのを好むだろう。頑張るんだよ」
「......!!」

 公爵領の夜の道、サバトへ向かう馬車の中でアルフォンスはエリザベスを励まし続けていた。
 結界の入り口はいつも蛙を捕まえに行く沼地の先にあるという。途中からは歩かなくてはいけないのでエリザベスは旅装用のブーツを履いていた。
 贈り物を汚してはいけないので、コランダムは車輪付きのカバンに入れてアルフォンスが持っている。

「馬車はここまでだ。暗いけど足元に気を付けてね、エリザベス」
 
 アルフォンスと手を繋いで森に足を踏み入れ、時につまづきそうになりながらエリザベスは歩いて行く。
 夜の森は暗く、闇はぽっかりと口を開けて二人を飲み込んでしまおうとしている魔物のようだったが、アルフォンスは迷いなく前を見据えて進んでいく。
 地面いっぱいにはびこる分厚い苔はエリザベスの重い足取りを受け止め、じゅぶ、と水っぽい音を立てている。
 昼にはなかった虫の音や昼もうるさい蛙の声がひっきりなしに響いていて、夜の森はこんなにも賑やかなのかとエリザベスは驚いた。

(木が絡まって星も見えない......アルフォンスと一緒じゃなかったらこんなところ怖くて歩けなかったわ......)

 握った手は暖かく、エリザベスに安心感を与えていた。
 この手に導かれていればきっと何も怖くない。そう思って彼女が足を進めていると、足元の苔がうっすらと青く光り始めていることに気が付く。

「わっ......、苔が光ってるわ......」
「ペイルトゥナの結界に入ったんだ。もうここからは僕たちがいつも見ている世界とは違う。ほら、木にお菓子が下がっているだろう」
「え? まあ、本当」

 アルフォンスが指さした先に可愛らしいアイシングクッキーでできた吊り下げ飾りがあり、うっすらとけぶる霧の中で風もないのにくるくる回っていた。
 ひとつに気が付くとそこここにいくつも同じものが下がっているのが見えてくるようになる。

「ペイルトゥナは恐ろしい魔女だけど、迷い込んだ子供には優しい。結界の中に迷い込んだ子供が死ぬことをとても嫌っているから、こうやってお菓子を結界の中にたくさん置いているんだ」
「そうなのね......。でもわたし、鏡ばかり見ている子は魔女に顔を取られるって小さいころに聞いたことがあるし、実際わたしは顔を取られたわ。そんな優しい魔女がどうして......」
「それはね、ご主人が『かわいそうな子』が好きだからだ」
「きゃあっ!!」

 突然アルフォンスとは違う声が会話に割り込んできて、エリザベスは思わず悲鳴を上げた。
 声のした足元を見ると、そこには黒い犬がいた。いや、黒い犬ではない。身体は犬なのに、首輪の先の頭は黒髪の美少女のかたちをしている。異形だった。

「あんたが新しい魔女のエリザベスかい。なるほど、顔がないね。面白い。魔女のみんながお待ちだよ。早くついてきな」
「アルフォンス......」
「やあカナデ。ペイルトゥナ様のご機嫌は麗しいかい?」
「ああ、なじみの魔女たちとお酒を一杯きこしめしてまあまあいいご機嫌さ。早く来な、あんまり遅いと悪くなるから」

 不安そうに手を握る力を強めるエリザベスをよそにアルフォンスはカナデと呼ばれた人面犬について歩き始める。
 少し歩くと霧の先に館の輪郭が見えてきた。だんだんとくっきり見えてきたその館はなぜか壁面を真っ黒に塗りつぶしてあり、そこに無数の鏡が宝石のように散りばめてあった。
 曲がりくねった黒い茨のような門の前にカナデが立つとそれはひとりでに開く。彼女についてエリザベスとアルフォンスはペイルトゥナの館に足を踏み入れた。

「あら、あらあらあら、やーっとアルちゃまが来たわよ! 相変わらず可愛いわねえ!」
「その子が婚約者? あたらしい魔女ね!」
「ごきげんよう、皆さま、お待たせしてすみません」
「アルちゃま~! トゥナならあっちで煙草を吸ってるわよ。早く挨拶済ませちゃってあたしたちと遊びましょ!」

 酒杯を片手に語らっていた魔女たちはエリザベスの目から見ればやや肌の露出は多いもののその姿や振る舞いはお針子会の令嬢たちとそう変わらず、エリザベスが子供のころのしつけに使われていたおとぎ話のような恐ろしいイメージはさほどなかった。
 若く見目麗しい男子であるアルフォンスは魔女たちに気にいられているようだった。酔った魔女の指に顎などをくすぐられてにこにこと笑っているアルフォンスを見て、エリザベスの胸にちりと小さな炎が燃える。

「失礼、婚約者がいますのでね」
「うふふ知ってるわよ。いってらっしゃい」
「ごめんねエリザベス、僕には君だけだからね。さあ行こう」

 アルフォンスが視線を移した先をカナデがぽてぽて歩いて行く。その先には紫の煙がたなびく喫煙スペースがあった。

「あらまあ、いらっしゃいアルフォンス。新しい魔女もちゃあんと一緒ね。紹介なさあい」

 長椅子にしどけなく寄りかかり、水煙草の煙をくゆらせる魔女がそこにいた。
 薄い木で作られた扇子で顔を隠しているが、それを貫通するような強烈な視線を投げかけられているのが本能でわかって、エリザベスは固い唾を飲み込んだ。

「ご機嫌麗しゅう、偉大なる百貌の魔女ペイルトゥナ様。魔術師アルフォンス、本日のサバトに婚約者であり新しい魔女のエリザベスを連れて参上つかまつりました」
「お初にお目にかかります、魔術師アルフォンスの婚約者の、エリザベス・ハルトマンでございます。この度アルフォンスと共同で新しく工房を構えることになりました。偉大なる百貌の魔女ペイルトゥナ様におかれましては末永くお見知りおきいただければ幸いでございます......」

 エリザベスはアルフォンスに続いて丁寧なカーテシーで挨拶をした。

「つきましては、ペイルトゥナ様が以前より興味をお持ちくださっていたゴーレムをエリザベスと共同で作成いたしました。本日はこちらを挨拶の手土産としてお納めください」
「ふぅん?」

 アルフォンスがずっと引いてきてた車輪付きのカバンを開けると、そこにうずくまっていたコランダムが自分から這い出し、ペイルトゥナの前で挨拶をする。
 コランダムはその体躯に見合った少年の声でしゃべった。

「コランダムでございます。どうかよろしくお願いします」
「あらあら、この輝きったら、ひょっとして貴石エルフの鉱山の宝石で作ったゴーレム?」
「いいな~、ねえアルちゃま、今度あたしにも作ってよ~」

 キラキラと輝くゴーレムを見て、周りの魔女たちがきゃあきゃあとはしゃいだ声をあげた。

「随分頑張ったんじゃない、アルフォンス。これは純粋に挨拶だけのために作ってきたわけではなさそうねえ。このあたくしに何かお願いがあるのではなくて? まあこの輝きに免じて聞くだけ聞いてあげるわ。どっちのお願い事? 話してごらんなさい」

 ペイルトゥナの声は静かなのに有無を言わさぬ圧があって、エリザベスは喉に石が詰まったようなストレスを感じた。
 子供のころのソフィアがこの魔女に狙われ、代わりにエリザベスの顔を差し出したのだとエリザベスはアルフォンスから聞いている。
 子供の身でこんな恐ろしい存在に晒され、必死で交渉したソフィアを素直に凄いと思った。

「......偉大なる百貌の魔女ペイルトゥナ様、ごらんのとおり、わ、わたくしには顔がありません。子供の時分に妹のソフィアとの契約でペイルトゥナ様のお手元にあると聞いております。初対面で厚かましいお願いとは存じますがっ......どうか、わたくしの顔をへ、返却してはいただけないでしょうかっ......」

 喋りながら、殺されるのではないかとエリザベスは思った。下げた頭を少し上げてペイルトゥナの様子をちらりと見ると、ペイルトゥナは顔の前の扇子をぱちりと閉じた。

「あら、ちゃんと自分で言える子なのね。いいじゃない、アルフォンス。この子があなたに言わせて隣でだまりこくってたら殺そうかと思っていたのよ。なかなか豪胆な婚約者じゃない」

 扇子を下ろしたペイルトゥナは形のいい唇を釣り上げている。その顔はエリザベスだけが毎朝鏡で見ている顔。エリザベスから奪った顔で魔女は笑っていた。
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顔なし令嬢は引きこもり魔術師に溺愛される作者:ケロリビドー
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21.エリザベスとペイルトゥナ

 サバトの開催される場所はペイルトゥナの作った結界の中にあり、招待された魔女や魔術師しか入ることはできないとのことだった。

「招待状には君の名前もあった。エリザベス、ペイルトゥナは君も魔女として人数に入れているんだ。君にもちゃんと発言権がある」
「わたし......魔女と会うのなんて初めてで、とても緊張するわ」
「わかるよ。僕も魔術師として最初に行ったサバトはとても緊張したし、今でもヒリヒリする。けれど、おそらく魔女たちは君が自分の言葉で顔を返してほしいと言うのを好むだろう。頑張るんだよ」
「......!!」

 公爵領の夜の道、サバトへ向かう馬車の中でアルフォンスはエリザベスを励まし続けていた。
 結界の入り口はいつも蛙を捕まえに行く沼地の先にあるという。途中からは歩かなくてはいけないのでエリザベスは旅装用のブーツを履いていた。
 贈り物を汚してはいけないので、コランダムは車輪付きのカバンに入れてアルフォンスが持っている。

「馬車はここまでだ。暗いけど足元に気を付けてね、エリザベス」
 
 アルフォンスと手を繋いで森に足を踏み入れ、時につまづきそうになりながらエリザベスは歩いて行く。
 夜の森は暗く、闇はぽっかりと口を開けて二人を飲み込んでしまおうとしている魔物のようだったが、アルフォンスは迷いなく前を見据えて進んでいく。
 地面いっぱいにはびこる分厚い苔はエリザベスの重い足取りを受け止め、じゅぶ、と水っぽい音を立てている。
 昼にはなかった虫の音や昼もうるさい蛙の声がひっきりなしに響いていて、夜の森はこんなにも賑やかなのかとエリザベスは驚いた。

(木が絡まって星も見えない......アルフォンスと一緒じゃなかったらこんなところ怖くて歩けなかったわ......)

 握った手は暖かく、エリザベスに安心感を与えていた。
 この手に導かれていればきっと何も怖くない。そう思って彼女が足を進めていると、足元の苔がうっすらと青く光り始めていることに気が付く。

「わっ......、苔が光ってるわ......」
「ペイルトゥナの結界に入ったんだ。もうここからは僕たちがいつも見ている世界とは違う。ほら、木にお菓子が下がっているだろう」
「え? まあ、本当」

 アルフォンスが指さした先に可愛らしいアイシングクッキーでできた吊り下げ飾りがあり、うっすらとけぶる霧の中で風もないのにくるくる回っていた。
 ひとつに気が付くとそこここにいくつも同じものが下がっているのが見えてくるようになる。

「ペイルトゥナは恐ろしい魔女だけど、迷い込んだ子供には優しい。結界の中に迷い込んだ子供が死ぬことをとても嫌っているから、こうやってお菓子を結界の中にたくさん置いているんだ」
「そうなのね......。でもわたし、鏡ばかり見ている子は魔女に顔を取られるって小さいころに聞いたことがあるし、実際わたしは顔を取られたわ。そんな優しい魔女がどうして......」
「それはね、ご主人が『かわいそうな子』が好きだからだ」
「きゃあっ!!」

 突然アルフォンスとは違う声が会話に割り込んできて、エリザベスは思わず悲鳴を上げた。
 声のした足元を見ると、そこには黒い犬がいた。いや、黒い犬ではない。身体は犬なのに、首輪の先の頭は黒髪の美少女のかたちをしている。異形だった。

「あんたが新しい魔女のエリザベスかい。なるほど、顔がないね。面白い。魔女のみんながお待ちだよ。早くついてきな」
「アルフォンス......」
「やあカナデ。ペイルトゥナ様のご機嫌は麗しいかい?」
「ああ、なじみの魔女たちとお酒を一杯きこしめしてまあまあいいご機嫌さ。早く来な、あんまり遅いと悪くなるから」

 不安そうに手を握る力を強めるエリザベスをよそにアルフォンスはカナデと呼ばれた人面犬について歩き始める。
 少し歩くと霧の先に館の輪郭が見えてきた。だんだんとくっきり見えてきたその館はなぜか壁面を真っ黒に塗りつぶしてあり、そこに無数の鏡が宝石のように散りばめてあった。
 曲がりくねった黒い茨のような門の前にカナデが立つとそれはひとりでに開く。彼女についてエリザベスとアルフォンスはペイルトゥナの館に足を踏み入れた。

「あら、あらあらあら、やーっとアルちゃまが来たわよ! 相変わらず可愛いわねえ!」
「その子が婚約者? あたらしい魔女ね!」
「ごきげんよう、皆さま、お待たせしてすみません」
「アルちゃま~! トゥナならあっちで煙草を吸ってるわよ。早く挨拶済ませちゃってあたしたちと遊びましょ!」

 酒杯を片手に語らっていた魔女たちはエリザベスの目から見ればやや肌の露出は多いもののその姿や振る舞いはお針子会の令嬢たちとそう変わらず、エリザベスが子供のころのしつけに使われていたおとぎ話のような恐ろしいイメージはさほどなかった。
 若く見目麗しい男子であるアルフォンスは魔女たちに気にいられているようだった。酔った魔女の指に顎などをくすぐられてにこにこと笑っているアルフォンスを見て、エリザベスの胸にちりと小さな炎が燃える。

「失礼、婚約者がいますのでね」
「うふふ知ってるわよ。いってらっしゃい」
「ごめんねエリザベス、僕には君だけだからね。さあ行こう」

 アルフォンスが視線を移した先をカナデがぽてぽて歩いて行く。その先には紫の煙がたなびく喫煙スペースがあった。

「あらまあ、いらっしゃいアルフォンス。新しい魔女もちゃあんと一緒ね。紹介なさあい」

 長椅子にしどけなく寄りかかり、水煙草の煙をくゆらせる魔女がそこにいた。
 薄い木で作られた扇子で顔を隠しているが、それを貫通するような強烈な視線を投げかけられているのが本能でわかって、エリザベスは固い唾を飲み込んだ。

「ご機嫌麗しゅう、偉大なる百貌の魔女ペイルトゥナ様。魔術師アルフォンス、本日のサバトに婚約者であり新しい魔女のエリザベスを連れて参上つかまつりました」
「お初にお目にかかります、魔術師アルフォンスの婚約者の、エリザベス・ハルトマンでございます。この度アルフォンスと共同で新しく工房を構えることになりました。偉大なる百貌の魔女ペイルトゥナ様におかれましては末永くお見知りおきいただければ幸いでございます......」

 エリザベスはアルフォンスに続いて丁寧なカーテシーで挨拶をした。

「つきましては、ペイルトゥナ様が以前より興味をお持ちくださっていたゴーレムをエリザベスと共同で作成いたしました。本日はこちらを挨拶の手土産としてお納めください」
「ふぅん?」

 アルフォンスがずっと引いてきてた車輪付きのカバンを開けると、そこにうずくまっていたコランダムが自分から這い出し、ペイルトゥナの前で挨拶をする。
 コランダムはその体躯に見合った少年の声でしゃべった。

「コランダムでございます。どうかよろしくお願いします」
「あらあら、この輝きったら、ひょっとして貴石エルフの鉱山の宝石で作ったゴーレム?」
「いいな~、ねえアルちゃま、今度あたしにも作ってよ~」

 キラキラと輝くゴーレムを見て、周りの魔女たちがきゃあきゃあとはしゃいだ声をあげた。

「随分頑張ったんじゃない、アルフォンス。これは純粋に挨拶だけのために作ってきたわけではなさそうねえ。このあたくしに何かお願いがあるのではなくて? まあこの輝きに免じて聞くだけ聞いてあげるわ。どっちのお願い事? 話してごらんなさい」

 ペイルトゥナの声は静かなのに有無を言わさぬ圧があって、エリザベスは喉に石が詰まったようなストレスを感じた。
 子供のころのソフィアがこの魔女に狙われ、代わりにエリザベスの顔を差し出したのだとエリザベスはアルフォンスから聞いている。
 子供の身でこんな恐ろしい存在に晒され、必死で交渉したソフィアを素直に凄いと思った。

「......偉大なる百貌の魔女ペイルトゥナ様、ごらんのとおり、わ、わたくしには顔がありません。子供の時分に妹のソフィアとの契約でペイルトゥナ様のお手元にあると聞いております。初対面で厚かましいお願いとは存じますがっ......どうか、わたくしの顔をへ、返却してはいただけないでしょうかっ......」

 喋りながら、殺されるのではないかとエリザベスは思った。下げた頭を少し上げてペイルトゥナの様子をちらりと見ると、ペイルトゥナは顔の前の扇子をぱちりと閉じた。

「あら、ちゃんと自分で言える子なのね。いいじゃない、アルフォンス。この子があなたに言わせて隣でだまりこくってたら殺そうかと思っていたのよ。なかなか豪胆な婚約者じゃない」

 扇子を下ろしたペイルトゥナは形のいい唇を釣り上げている。その顔はエリザベスだけが毎朝鏡で見ている顔。エリザベスから奪った顔で魔女は笑っていた。
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