23.エリザベスとゲーム盤
「あっ......!?」
ゲーム盤が展開し終わったのと同時にエリザベスはめまいに襲われた。頭と足の位置がぐるりと入れ替わったかのような気持ち悪さ。
一瞬で視界が暗くなり、くずおれる身体をアルフォンスが受け止めてくれたことだけはわかったが、そのままエリザベスの意識は闇の中に落ちて行った。
「ううん......ここはどこ......?」
次に目が覚めた時、エリザベスは小さな小屋の中にいた。どうやら馬小屋のようなのだが馬は一頭もいない。ただ大量の藁が積み上げてあり、彼女はその中で眠っていたようだった。
(汚くない藁でよかった......)
衣服はサバトに出かけた朝の旅装のままだった。
目覚めてすぐは混乱したが、自分が魔女のゲームに参加させられたということを思い出したエリザベスは服についた藁を手で払うと、小屋の扉を開けて外に出た。
『エリザベス! エリザベスーッ!!』
「アルフォンス!? どこ!?」
愛するアルフォンスの声が聞こえ、エリザベスは彼を探してあたりを見回す。
声が頭上から聞こえてきていることに気が付き顔をあげると空の上に大穴が開いていて、巨大な顔がいくつも覗き込んでいるのを目にした。
「きゃあああ!!」
『落ち着いて、落ち着いてエリザベス』
「あ......あ、あ、アルフォンス......?」
その顔の一つが愛おしい声で語り掛けてくることに気が付き、エリザベスはどきどきする胸を押さえながらその場にへたりこんだ。
『アルフォンス君、ちょっとおどきなさい。今からあたくしがかわいい駒ちゃんに説明をしてあげるからね。さぁてエリザベスちゃん。その村はゲームのスタート地点よぉ。ゲームって言ってもこれは難しいことのない簡単なただのレースなの』
「レース......?」
心配そうな顔で覗き込んでいたアルフォンスをやんわりと押しのけ覗き込んできた巨大なペイルトゥナの声は先ほどと変わらないのだが、その顔は見たことのない別の女性の顔に変わっている。
エリザベスはペイルトゥナが百貌の魔女と呼ばれている所以を目の当たりにしていた。
『だってあなたたちったら別に鍛えてもいない貴族の令嬢ですものね。あんまり厳しくすると二人ともどこにもたどり着けないままおしまいになっちゃいそうだから、今回はとーってもちっちゃいゲーム板を選んだの。ねえ、あたくし優しいわよねえ』
ペイルトゥナの背後で魔女たちがやさしーい、などと囃し立てているのが聞こえた。
「あなたたち」「二人とも」というペイルトゥナの言い方にエリザベスはひっかかるものを感じた。そう言えば、この世界に入れられる前にペイルトゥナは「あたくしのお気に入りの駒とゲームをして勝つ」のが顔を返す条件だと言っていた。
お気に入りの駒。どうやらもう一人この世界にはいるとしか思えない言い草だった。
ペイルトゥナの声は大きくわんわんと響く。この村には驚くほど他の生き物の気配はなかったが、エリザベスは背後できいとドアが開くような音を聞き振り返った。
「うう......、うるさい......なんなのこの大きい声は......」
「え......」
エリザベスの背後の家から出てきたのはネグリジェ姿に男物のコートを羽織った少女だった。
上等な布でできた薄い寝間着と柔らかそうな室内履きの彼女の声にエリザベスは聞き覚えがある。
「ソフィア......、あなた、ソフィアなの!? どうしてここに......」
「......ッ! お、お姉さまッ、なんで? もう何日も誰もいなかったのに......!!」
魔女のゲーム盤の中、エリザベスとソフィアの姉妹は見つめ合う。
お気に入りの駒。そういえばお針子会で令嬢たちがソフィアが体調を崩し、熱を出して寝込んでいるようなことを言っていた。
「まさか、あなたずっとここにいたの? この村の中に?」
「......そうよ。わたくし、この村から出られないから。誰もいないし。何よ、なんなの? どういうこと?」
ソフィアはずっといらいらと不機嫌そうだった。
そういえば実家ではいつも部屋着でいたのは自分で、上等なドレスを着たソフィアがそれをあざ笑うのが定番になっていたが、今はまったく逆だ。
それがソフィアにとって耐えがたい屈辱なのだろうと思い、エリザベスはあまりソフィアの方を見ないようにした。
『ソフィア~? 元気ぃ? やっとあなたを使ったゲームの舞台が巡ってきたわよぉ』
頭上ではペイルトゥナが覗き込んでひらひらと手を振っている。
「ペイルトゥナ様! どうしてソフィアをここに閉じ込めているのですか!? わたくしの顔のことはわたくしとアルフォンスだけが試練を受ければよいのでは......」
『あらあら優しいお姉ちゃんねえ。そういうわけにはいかないのよぉ。ソフィアちゃんがここにいるのはね、その娘があたくしとの契約に背く行動をした罰なの』
「そんな! 誤解です、ペイルトゥナ様! わたくしは罪の意識にさいなまれて契約のことをアルフォンス様に話しただけです! わたくしが秘密を抱えておけない矮小な人間であることは認めます! でも契約に背いただなんて......」
ソフィアは頭上の魔女に向かって両手を胸の前で組み、祈るように訴えた。
『......こういってるけど、アルフォンス君、どうなの? あたくしとその娘の契約のこと、アルフォンス君はどう聞いてる? あたくし、ソフィアちゃんがあたくしの契約に背いたら自動的に駒になる呪いをかけていただけで、どんなふうに背いたのかは直接聞いてないのよぉ。本当に彼女が罪の意識にさいなまれて事実をゲロっちゃった愚かなかわいこちゃんなんだったらちょっと罰を軽くすることも考えないでもないの。ねえ、ソフィアちゃんはちゃあんと、『自分からお姉さんの顔を差し出しました』って言った?」
アルフォンスはどう答えるか迷っているようだった。アルフォンスの話ではソフィアはペイルトゥナに無理やりのように自分の顔の代わりにエリザベスの顔を差し出す契約を結ばされたと言っていた。だが、ペイルトゥナはソフィアが自分からエリザベスの顔を差し出したと言っている。
正直どっちでもありうるとは思う。ペイルトゥナの言っていることが正しいならソフィアは魔女に罪を擦り付けるような嘘をついていることになり、それが明らかになったら殺されてしまうかもしれない。
正直ソフィアは憎たらしいのだが、死んでほしいとまではエリザベスには思えなかった。そしてエリザベスのそういう優しい所はアルフォンスの好む所だった。
「アルフォンス! おねがい! ソフィアは正直に言ったのよね? そうよね! そうと言って!」
「お姉さま......?」
自分を擁護するようなことをこんな時に言い出すエリザベスをソフィアは訝し気に見る。しかし、彼女はそれをチャンスだと思ったようだった。
「そうなの! お姉さま! わたくしを許して! わたくしが悪かったわ、お願い、もっと言って!!」
そう言って縋りついてくるソフィアと頭上のアルフォンスを不安そうに見比べるエリザベスを見て、アルフォンスは目を閉じた。形の良い眉がぎゅっと寄せられ、眉間に深いしわが寄った。
彼はジャケットの内ポケットに手を入れ、キラキラと光る石を取り出した。
「......? アルフォンス? それは......その石は、どこかで見たことがあるけど......何をしているの?」
そして持参してきた宝石ゴーレムのコランダムを抱き上げてその顔に嵌っている石を取り外すと、取り出した方の石と交換する。
石を嵌められたコランダムは少年の声ではなくエリザベスの良く知っている声でしゃべりだした。
「ごきげんよう! マイカでございます! あら、これはどうしたことでしょう。なんだか小さくて可愛い身体に!!」
「マイカ!? アルフォンス、どういうこと!?」
エリザベスの疑問には答えずに、アルフォンスはコランダムの姿のマイカに命じる。
「マイカ、パーティの日にソフィア嬢が言ったことを再生しておくれ。必要なところだけ頭出しして。できるね」
「お安い御用でございます」
「ちょっと、何それ! やめて!!」
光る石......それはマイカの本体なのだろう。アルフォンスの要望にしたがって点滅しながらまた違った声を出した。ソフィアの声だった。
『ペイルトゥナは初めから姉の顔を欲しがっていました。だけど姉はあまり鏡を見る娘ではなかった。だから近くにいてよく鏡を見るわたくしの顔を取ると......。嫌なら姉の顔を差し出して、代わりにわたくしの顔は取らないという契約を結べと言われたのです......! ただの子供が鏡の中から魔女に脅され、わたくしは震えあがって首を縦に振るのが精一杯でしたの......』
「いやああああ!!! やめてええええ!!!!」
『うふふふふふ、きゃはははは、けけけけけ!!!!』
マイカが流す音声をかき消そうとソフィアが叫ぶ声を聞いて、ペイルトゥナはおかしくてたまらないというように笑い出していた......。