ホーム›沈む海鳴›番外編1-1
← 次の話目次前の話 →

番外編1-1

 荒野こうやが鴨居かもいに病院へ連行され、通院を余儀よぎなくされて数日、問題が一つ浮かんできた。

「服?」

 定期検診後、疲労で少しぼんやりしていた荒野は首を傾げる。
 鴨居は車を運転しながら「うん」と頷いた。
 
「率直にいうと、君の着る服がほとんどない」

 体が鴨居の頭一個分高い状態から、頭二個分低くなった荒野の今着ている服は、鴨居の着なくなった部屋着と学生時代のジャージを何回も折っている状態だった。
 
 今はそれでなんとかなっているが、残りの服といえば病院側の温情おんじょうで貸して貰っている入院着一着。

 どう考えても、これからの季節乗り越えられる服の数ではない。

「おい......ちょっと待て鴨居。この道、帰り道じゃねぇよな?」
「十九時か、まだギリギリ開いてるかな」

 気にせず走行を続ける鴨居に、荒野は呻いた。

「無視すんなって!」
「腕掴まない。事故じこるよ」

 有無を言わせぬ鴨居に、荒野は、ぐぬぬと歯を噛み締めた。

 車が停まった先は、大手こども衣料品店駐車場。
 本日の営業時間残り五十分といった所で、店内に入らず、二人は車内で言い合っていた。

「だから! 俺はこれでいいから!」

「本格的にこれから暑くなるんだから、下着も買わなきゃだし。いつまでも僕のシャツ着られても困るんだって」

「下着って......あの店にあるような、日曜ヒーローの? バカ言うな、ナリはこんなんだが三十路だぞ?!」

「探せば無地もあるって」

「そうじゃなくってだな!」

 荒野はガシガシ頭を掻いた。

 そんな荒野に対して、鴨居はため息を吐く。

「これは真面目な話だけど、僕は国から君の生活費を貰っている。――つまり君の生活を整える様に言われてるんだよ」

 鴨居の声は、車内に静かに響いた。

「衣食住すら整ってないって思われたら、君が嫌がっていた病院で暮らすことになるでしょう?」

 鴨居は納得いっていない様子の荒野の背中を優しく撫でた。

「大丈夫だよ、誰も君のことを知らないし、わからない。閉店間際だからスッといってスッと帰ればそれで終わるよ」

 そう言って優しく微笑む。
 荒野は観念した様に「......分かった」と小さく呟いた。

「たださ、俺、車で待ってちゃダメか?」

 鴨居を上目遣いで荒野は見つめる。

「いや、それは無理。身長分からないし」
 
 即答で否定された荒野は、再び文句を言い始めたが、問答無用で鴨居に手を引かれ、車を後にした。

 二人は店内の軽快なBGMに迎えられる。
 三十路の男二人で行くには縁遠い店だ。
 少しずつ片付けを始めていた店員が「あら」と入店に気づく。
 
「いらっしゃいませ、何をお求めでしょうか?」

 その明るい接客に荒野はたじろいだ。

「あぁ、ええっと」

 鴨居はどう説明しようかと、考えを張り巡めぐらせる。
 
「この子......甥おいっ子なんですけど。うちに遊びに来たんですが、服を家に忘れてきちゃったみたいで。しばらく泊まるんですが、何枚くらい服を買えばいいかなぁ、と」
 
 (状況的には大体合っている筈だけど、伝わったかな?)
 鴨居は自信なさげに首に手をやる。
 
 店員は「そうなんですね」と相槌あいづちを打った。

「そうですね、大体上下三枚ずつあれば安心でしょうか。この子の身長はご存知ですか?」

「いいえ、知らなくって」

「このくらいの時期は、すぐ大きくなりますものね。レジ前に簡易な身長計があるので――ボク、お名前は?」
 
 荒野は話しかけられると思わず「え?!」と小さく叫んだ。
 するりと鴨居の背中に隠れると「え、えっと荒野、です」と答える。
 
 (なんで苗字みょうじなんだ)
 鴨居は吹き出しそうになるが、咄嗟とっさに口内を噛かんで事なきを得た。
 
「こうやくん、お姉さんと身長測りに行こうか」

 そう言って店員はにっこり笑うと、荒野に向かって手招きをした。
 
「行こっか」

 笑いを堪こらえながら鴨居は声を震わせる。
 
 それに対して、怒りと羞恥しゅうちで顔を赤くした荒野は、鴨居の足をペチンと叩いた。
シェア
前の話 →
第六話
← 次の話
番外編1-2
沈む海鳴作者:えるま
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません
ホーム›沈む海鳴›番外編1-1
← 前の話目次次の話 →

番外編1-1

 荒野こうやが鴨居かもいに病院へ連行され、通院を余儀よぎなくされて数日、問題が一つ浮かんできた。

「服?」

 定期検診後、疲労で少しぼんやりしていた荒野は首を傾げる。
 鴨居は車を運転しながら「うん」と頷いた。
 
「率直にいうと、君の着る服がほとんどない」

 体が鴨居の頭一個分高い状態から、頭二個分低くなった荒野の今着ている服は、鴨居の着なくなった部屋着と学生時代のジャージを何回も折っている状態だった。
 
 今はそれでなんとかなっているが、残りの服といえば病院側の温情おんじょうで貸して貰っている入院着一着。

 どう考えても、これからの季節乗り越えられる服の数ではない。

「おい......ちょっと待て鴨居。この道、帰り道じゃねぇよな?」
「十九時か、まだギリギリ開いてるかな」

 気にせず走行を続ける鴨居に、荒野は呻いた。

「無視すんなって!」
「腕掴まない。事故じこるよ」

 有無を言わせぬ鴨居に、荒野は、ぐぬぬと歯を噛み締めた。

 車が停まった先は、大手こども衣料品店駐車場。
 本日の営業時間残り五十分といった所で、店内に入らず、二人は車内で言い合っていた。

「だから! 俺はこれでいいから!」

「本格的にこれから暑くなるんだから、下着も買わなきゃだし。いつまでも僕のシャツ着られても困るんだって」

「下着って......あの店にあるような、日曜ヒーローの? バカ言うな、ナリはこんなんだが三十路だぞ?!」

「探せば無地もあるって」

「そうじゃなくってだな!」

 荒野はガシガシ頭を掻いた。

 そんな荒野に対して、鴨居はため息を吐く。

「これは真面目な話だけど、僕は国から君の生活費を貰っている。――つまり君の生活を整える様に言われてるんだよ」

 鴨居の声は、車内に静かに響いた。

「衣食住すら整ってないって思われたら、君が嫌がっていた病院で暮らすことになるでしょう?」

 鴨居は納得いっていない様子の荒野の背中を優しく撫でた。

「大丈夫だよ、誰も君のことを知らないし、わからない。閉店間際だからスッといってスッと帰ればそれで終わるよ」

 そう言って優しく微笑む。
 荒野は観念した様に「......分かった」と小さく呟いた。

「たださ、俺、車で待ってちゃダメか?」

 鴨居を上目遣いで荒野は見つめる。

「いや、それは無理。身長分からないし」
 
 即答で否定された荒野は、再び文句を言い始めたが、問答無用で鴨居に手を引かれ、車を後にした。

 二人は店内の軽快なBGMに迎えられる。
 三十路の男二人で行くには縁遠い店だ。
 少しずつ片付けを始めていた店員が「あら」と入店に気づく。
 
「いらっしゃいませ、何をお求めでしょうか?」

 その明るい接客に荒野はたじろいだ。

「あぁ、ええっと」

 鴨居はどう説明しようかと、考えを張り巡めぐらせる。
 
「この子......甥おいっ子なんですけど。うちに遊びに来たんですが、服を家に忘れてきちゃったみたいで。しばらく泊まるんですが、何枚くらい服を買えばいいかなぁ、と」
 
 (状況的には大体合っている筈だけど、伝わったかな?)
 鴨居は自信なさげに首に手をやる。
 
 店員は「そうなんですね」と相槌あいづちを打った。

「そうですね、大体上下三枚ずつあれば安心でしょうか。この子の身長はご存知ですか?」

「いいえ、知らなくって」

「このくらいの時期は、すぐ大きくなりますものね。レジ前に簡易な身長計があるので――ボク、お名前は?」
 
 荒野は話しかけられると思わず「え?!」と小さく叫んだ。
 するりと鴨居の背中に隠れると「え、えっと荒野、です」と答える。
 
 (なんで苗字みょうじなんだ)
 鴨居は吹き出しそうになるが、咄嗟とっさに口内を噛かんで事なきを得た。
 
「こうやくん、お姉さんと身長測りに行こうか」

 そう言って店員はにっこり笑うと、荒野に向かって手招きをした。
 
「行こっか」

 笑いを堪こらえながら鴨居は声を震わせる。
 
 それに対して、怒りと羞恥しゅうちで顔を赤くした荒野は、鴨居の足をペチンと叩いた。
シェア
← 前の話
第六話
次の話 →
番外編1-2
沈む海鳴作者:えるま
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません