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第五話

 ――鴨居は以前と比べて心配ごとが多くなった。

 いきなり始まった荒野との同居には戸惑ったが、彼の生活補助と血液提供の謝礼として入金された金額に、鴨居は開いた口がしばらく閉じなかった。
 吸血鬼病という病は、本当に症例が少ないらしい。
 
 荒野は鴨居以外の血も摂取できるように、通院の度に本来固定化するはずだった人工血液を慣らしで飲んでいる。
 しかし、病室前の待合室では毎回嘔吐音おうとおんが響いていた。
 
 病室から出てくる、若干疲労感を纏う荒野に「お疲れさま」の一言しか声をかけられない。
 焦燥感しょうそうかんに似たものが、鴨居の胸に刺さった。

 
 バタン、と車のドアを開く。
 
 助手席へ飛び込むように座った荒野は、シートベルトを着けながら、はぁ、と肩を落とした。
 外は既に暗くなっていて、車の窓は鏡のように荒野の疲れた顔を映し出している。
 
「......まだ、口が鉄臭い」
 文句ありげに荒野は呟く。
 
 鴨居の中で一番太陽の似合う男が、日の下に出ることができない。
 その事に、鴨居は何とも言えない気持ちに駆られた。


 
 困ったように笑いながら、鴨居はエンジンをかける。

「これから、どうなんだろうな。俺たち」

 車の鍵が擦こすれる音と、荒野の声が重なった。

「――それならさ」

 一緒に死なない?

 漏れそうになった言葉を飲み込んだ。
 
「......コンビニでも寄って、口直しでなんか買おう?」
 
「あ――......そうだな」
 荒野は、窓の外に顔を向ける。
 ラジオから流れる陽気な音楽は、どこか空っぽに聴こえた。

 
 
 ――荒野の吸血行為の時間は、日に日に増えている。
 
 終了を告げるあのアラームから、一分、二分と増えていく度、鴨居は静かに焦っていた。

 (これを正直に伝えれば、確実に荒野は今より自由を制限させられるだろう。)
 
 その時間が三分を過ぎた頃。
 鴨居は計測時間をスマホのメモ帳に記録して、報告は当たり障りのない時間に書き換えた。
 
 いけない事だと分かっていたが、一度やってしまえば罪悪感は徐々に薄まっていく。
 それと比例するように、鴨居の不安は夜の闇のように濃くなっていく。

 
 
 エンジンを止めて、鴨居は助手席に顔を向けた。
 
「荒野、買ってくるから。甘いの以外に何か欲しいのある?」
「や、大丈夫。いってら」
 荒野は、シートに頭を預けて気怠そうに言った。
 
 
 鴨居は、足早にコンビニに入り、冷蔵スペースへ向かう。
 (荒野が好きそうなものは......)
 
 商品を選んでいると学生の頃、学校帰りに荒野とコンビニに寄った事を思い出す。
 荒野は運動部だったからか、食事だけでは足りないらしく、甘味を良く好んで買っていた。

 その反面、鴨居は好んで買うほど甘味が好きではない。
 けれど、荒野が美味しそうに食べる姿を見ることは好きだった。

 そんな昔の情景を思い出した鴨居は、いつか荒野が買っていたシュークリームをふたつ、無人レジで会計をする。

 自動ドアの開閉と共に鳴り響くドアチャイムに見送られながら、車が停めてある暗闇に足を進めた。
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沈む海鳴作者:えるま
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 ――鴨居は以前と比べて心配ごとが多くなった。

 いきなり始まった荒野との同居には戸惑ったが、彼の生活補助と血液提供の謝礼として入金された金額に、鴨居は開いた口がしばらく閉じなかった。
 吸血鬼病という病は、本当に症例が少ないらしい。
 
 荒野は鴨居以外の血も摂取できるように、通院の度に本来固定化するはずだった人工血液を慣らしで飲んでいる。
 しかし、病室前の待合室では毎回嘔吐音おうとおんが響いていた。
 
 病室から出てくる、若干疲労感を纏う荒野に「お疲れさま」の一言しか声をかけられない。
 焦燥感しょうそうかんに似たものが、鴨居の胸に刺さった。

 
 バタン、と車のドアを開く。
 
 助手席へ飛び込むように座った荒野は、シートベルトを着けながら、はぁ、と肩を落とした。
 外は既に暗くなっていて、車の窓は鏡のように荒野の疲れた顔を映し出している。
 
「......まだ、口が鉄臭い」
 文句ありげに荒野は呟く。
 
 鴨居の中で一番太陽の似合う男が、日の下に出ることができない。
 その事に、鴨居は何とも言えない気持ちに駆られた。


 
 困ったように笑いながら、鴨居はエンジンをかける。

「これから、どうなんだろうな。俺たち」

 車の鍵が擦こすれる音と、荒野の声が重なった。

「――それならさ」

 一緒に死なない?

 漏れそうになった言葉を飲み込んだ。
 
「......コンビニでも寄って、口直しでなんか買おう?」
 
「あ――......そうだな」
 荒野は、窓の外に顔を向ける。
 ラジオから流れる陽気な音楽は、どこか空っぽに聴こえた。

 
 
 ――荒野の吸血行為の時間は、日に日に増えている。
 
 終了を告げるあのアラームから、一分、二分と増えていく度、鴨居は静かに焦っていた。

 (これを正直に伝えれば、確実に荒野は今より自由を制限させられるだろう。)
 
 その時間が三分を過ぎた頃。
 鴨居は計測時間をスマホのメモ帳に記録して、報告は当たり障りのない時間に書き換えた。
 
 いけない事だと分かっていたが、一度やってしまえば罪悪感は徐々に薄まっていく。
 それと比例するように、鴨居の不安は夜の闇のように濃くなっていく。

 
 
 エンジンを止めて、鴨居は助手席に顔を向けた。
 
「荒野、買ってくるから。甘いの以外に何か欲しいのある?」
「や、大丈夫。いってら」
 荒野は、シートに頭を預けて気怠そうに言った。
 
 
 鴨居は、足早にコンビニに入り、冷蔵スペースへ向かう。
 (荒野が好きそうなものは......)
 
 商品を選んでいると学生の頃、学校帰りに荒野とコンビニに寄った事を思い出す。
 荒野は運動部だったからか、食事だけでは足りないらしく、甘味を良く好んで買っていた。

 その反面、鴨居は好んで買うほど甘味が好きではない。
 けれど、荒野が美味しそうに食べる姿を見ることは好きだった。

 そんな昔の情景を思い出した鴨居は、いつか荒野が買っていたシュークリームをふたつ、無人レジで会計をする。

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